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06-3.夜の航海

夜の帳が下りた世界を、明かりもつけずに船は進む。

海面は見えないが、ざばん、と波の跳ねる音だけが聞こえる。

月の光だけが、ぼんやりと三人の姿を照らしていた。


舵輪を握るイザベルタは、月へ向かって真っ直ぐ進んでいた。

月の方角へ進み続ければ、数日後には西大陸へ行ける。


「このまま進んで見つけられるの?」


テレジアが投げかけた疑問に、イザベルタは答えた。


「たぶんな。航行が目的じゃないから、港からそう遠いところには行かない。この辺りをうろついて獲物を探しているはずだ」

「でも、こんなに暗いのに?」

「月の航路のことは、あたしが教えたんだからな。探すなら、昼間よりも夜だ。やつは海で休んでる海賊に夜襲をかけるつもりなのさ。あたしがやっていたようにね」


暗闇の中、静かに忍び寄り、夜襲をかける。

海賊とはいえ、敗色濃厚な状況で、命をかけて戦おうという輩はそういない。

縄で縛って、生殺与奪の権利を奪ってしまえば、それで終わりなのだ。


海賊にしてみれば、金品などまた奪えばいいだけのことだ。

生きてさえいれば、どうにでもなる。

この大西海に生きる海賊たちの、基本的な思考はそういったところから来ている。


そのさっぱりとした考え方は、その道の人間からしてみれば、憧れでもある。

とはいえ、悪党であることにかわりはなく、海軍や自警団、傭兵など、天敵のようなものはたくさんいる。

その中のひとつに、海賊狩りの海賊がいる。


イザベルタも若い頃は海賊に属していたが、弱いものから金品を巻き上げることに抵抗を感じ、海賊を狩る側にまわった人間である。

その理念に賛同している者は多くはなかったが、それでも何人かの人間は彼女の考えについてきた。


だが、シュリックは少し違った。

彼も海賊狩りの海賊になるために、イザベルタの船に乗ったのだが、彼は単に手段を選ばず一番稼げる方法を探していたにすぎなかった。

手腕を認められて副船長の座についたものの、独断が目立つようになり、イザベルタに咎められたことをきっかけに、内部からじわじわと団員たちの思考を支配していった。


どうしても変えられない、イザベルタの思考に同調していた者は、全員始末した。

元団員たちは、体を溶かす毒を全身に打ち込まれ、穴だらけになって、死んだ。


それを見せられたイザベルタは、激昂した。

しかし、相手は自分が手塩にかけて育てた精鋭たちである。

ひとりずつなら簡単に勝てただろうが、三十人ともなれば、敗北は必至。

船を海賊団ごと乗っ取られ、イザベルタは諦めざるを得なかった。


「あ、あれ、違う?」


突如、テレジアが闇の中を指さした。

いったいどこまで見えているのだろう、とイザベルタはその身体能力に呆れながらも、そちらを睨んだ。

水平線に重なるように、うっすらと、船の形が見える。

灯りもつけずに航行する船など、あいつらしかいない。


「ああ、間違いない。それに、向こうはまだ気がついていない」

「どうするの?」

「そうだな……」


このまま大船で近づいて行くことは、あまり得策とは言えない。

かと言って、小船でこの距離を行くと、波にさらわれる危険性がある。


「これを使おう」

「オークの旦那?」


ヒグドナが手にしていたのは、捕鯨用の大きな銛だ。

海賊が相手の船を逃がさないように使うものだ。


「これを向こうに打ち込んで、縄を伝って小船で行けば見つかりにくいだろう」

「でもよ、この距離を飛ばせる設備なんてないぜ?」

「ここにある」


ヒグドナの持っている、つたを絡めて作った大弓の張り詰められた弦が、銀色に光る。


「いやいや、旦那。いくら自慢の大弓って言っても、ここからあそこまで二キロはあるぜ?」

「試してみるか」


弓がぎりぎりと音を立てながら、引き絞られる。

大銛は、ヒグドナの腕と同じ位の大きさだが、大人の男ふたりがかりで運ぶほど重い。

よく知っているからこぞ、これがそれほど飛ぶとは思えない。


静寂が続き、銛は放たれた。

銛はまるで、空中から獲物を狙って降下する猛禽類のように、空気を裂いて突き進む。


弓矢で遠くを狙う時、普通は山なりに飛ばす。

その方が、飛距離が伸びるからだ。

しかし、このオークの矢と来たら、まるで地面に落ちる様子がなく、直線を高速で突き進んでいる。


どのような弓であればこんな軌跡を描くのか、イザベルタは背筋が冷える感覚がした。

とんでもない化け物をふたりも連れてきてしまったらしい。


「後ろの方に当たったね」

「よく見えるな……」

「イザベルタさん、見えないの?」


そうは言っても、船自体が黒い影にしか見えていない。

観測は諦め、彼女の言葉を信用して、イザベルタは小船を出した。

テレジアはすぐに乗り込んだが、ヒグドナは行かないようだ。


「おれはここから援護をしよう。終わったら合図を出してくれ。迎えに行く」

「わかった。任せたね、ヒグドナ」


すでに理解をこえたその会話に、イザベルタはただ、肩をすくめるしかなかった。

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