06-2.イザベルタ
薄暗い空が、天幕のように広がっている。
イザベルタは、寝転がって空を見上げていた。
いったいいつから、そんな空を眺めていただろう。
「もしかして、イザベルタさん?」
突然、声が聞こえた。
人の声を聞くのも久しぶりな気がして、そちらを見ると、少し距離を置いているテレジアがいた。
「ん?あ、お、おー! テレジアじゃん!」
その後ろには、大きな図体のオークが立っている。
テレジアの連れだろう。
「いや、別人だったらどうしようかと思ったよ」
「ははは、ここに来たってことは、町の様子見て来たんだろ?」
「うん。仲間割れだって?」
「ああ、やられたよ。まったく、あいつむちゃくちゃしやがる」
「何があったの?」
テレジアが聞くと、イザベルタは頭をかいた。
「元々さ、あたしらは海賊狩り専門の海賊でね、客船襲ったりとかはしてなかったんだけど、所帯が増えると、それだけじゃ食えなくなってきた。そんで、闘技場で稼いでたんだけどさ、副船長のシュリックはそれじゃ効率が悪いってんで、意見が分かれたわけだ」
「え?それだけでこんな大事に?」
「そんなもんさ。主張が分かれて派閥ができると、うちらみたいなもんはすぐに内部分裂を起こす。まあ、両方がそれなりにカリスマ性を持ってる場合だけど。で、ここからが問題で、本来なら団を抜けて、別の海賊になって終わりなんだ。離反した船員を連れてね。だけど、あいつはあたしの海賊団を乗っ取って、コネをそのまま使いながら海賊行為をしようとしたんだ」
「最悪だね。客船に信用あるんでしょ?」
「ああ、最悪だ。だから、止めなきゃならない」
イザベルタは立ち上がった。
「テレジア、手伝ってくれない?」
「私?」
「もう船員いないし、ひとりじゃ勝てる気しなくてね。あんたが来てくれたら百人力なんだけど」
「うーん、イザベルタさんは聖島って知ってる?」
イザベルタの頭の中に、ひとつの島が浮かんでいた。
聖島って名前がついてる島は、たしかあそこだ。
「聖島? あのエルフどもの島か?」
「場所わかる?」
「まあ、行ったことはある、が……。なんだ?あそこに行きたいのか?」
「うん、そういうこと」
「いいぜ。全部終わってからでいいなら、送ってやるよ。その代わり……」
「うん、手伝うよ。ヒグドナも、それでいいよね?」
テレジアが後ろのオークに聞くと、彼も頷いた。
「そっちのオークの旦那は、戦えるのかい?随分歳をとってるみたいだけど」
「気にするな。これでもまだ現役だ」
「頼もしいねえ」
ヒグドナの肌を見るに、百はこえているはずだ。
それでも旅をするだけの体力があるのは、驚くほかない。
百歳をこえているとはいえ、オークの身体能力は馬鹿にならない。
いてくれるだけで大助かりだ。
イザベルタは戦力が充分なことを確認しているうちに、自分の船がシュリックに奪われていることを思い出した。
「そういや船もねえんだ。どうにかしねえと」
「船はあるよ。親切な人に借りたから」
「おっ、助かるね」
テレジアの手回しの早さに感心する。
シュリックの航路は、自分が使っていたものと同じであるため、そこを辿ればいずれは見つけられるだろう。
「よし、じゃあ早速始めるか。準備はいいか?」
「いつでも」
揚々と歩くイザベルタに、テレジアとヒグドナはついて、グランベールの墓地から港へと向かった。
すっかり夜になって、月明かりが海面に反射して、眩しく感じる。
テレジアの用意した船は、海賊船だった。
数人の男たちが、出港の準備をしているようであった。
「あ? どういうことだよこれは」
テレジアに海賊の知り合いがいるとは思えないが、どういう経緯でこうなったのか、イザベルタは眉をひそめた。
それに、この海賊旗には見覚えがある。
たしか、ゴナゴとかいうごろつきのやつだった。
「借りたんだよ」
「借りたってお前、海賊が自分の船貸すかよ?」
そう言っていると、テレジアに向かって、傷だらけの男達が礼をした。
「お疲れさまです!テレジアの姉御!いつでも出られる準備をしておきました!」
「うん、ありがとう」
まるで、自分の部下のように、テレジアが振る舞っている。
ますます腑に落ちないが、船があるだけありがたいと思って、それ以上の言及はやめた。
「ゴナゴさん、じゃあ、すぐ返すから」
「あ、ああ。絶対返してくれよ!」
怯えたような顔で、ゴナゴが言う。
いったい何をしたんだろう。
それに、イザベルタをまるで見えないもののように扱っている。
視線は感じるから見えないわけではなく、触れたくないというような雰囲気だ。
(まあ、海賊を狩っていたんだから、それもそうか)
シュリックのこともある。
関わらないのが一番利口だ。
三人だけを乗せた大きな海賊船は、暗闇の大海へ出発した。




