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05-3.水晶の洞窟とシュリンガ

タニャルゴから製鉄所や鍛冶場のある区画へ向かうと、筋肉の発達した男たちが、汗まみれになって働いている。

鉱石を一輪車で運ぶ者や、鉄の加工をしている者、石工までいる。

この場所で、製品にするまでの過程を全て終えるのだ。


ヒグドナは一番近くで石を割って宝石を探している若者に話しかけた。


「忙しいところをすまない。作業の見学をしたいのだが、誰に話を通せばいい?」

「見学ですか? デルガルト(導き手)がもうじき帰って来ると思います。この間からずっと会議続きで、ここにいないんですよ」


彼は手を止めることなく言った。


「何かあったのか?」

「ええ、最近シュレッド(噴き出る溶岩)が多くて、採掘がしばらく禁止になっているんです。ほら、発破の音が聞こえないでしょう?」


普段は爆破で採掘を行っているようだ。

彼からすれば、今この作業場はとても静かなものなのだろう。


「この間もシュレッドに巻き込まれてひとり亡くなったところなんです。アンデール(母なる山)が怒っているのでしょう」

「採掘場を閉鎖するのか?」

「分かりません。それを決めるのはデルガルトなので……」


そうやって話していると、住居区画の方から、老ドワーフの一団と十歳くらいの少女が共に歩いてくるところが見えた。

若者に口を利いてもらったことで、その老ドワーフの中でもひと際威厳を放つデルガルトが、ずいっとヒグドナの前に出た。


「観光ですか。あなたも聞かれたと思いますが、今は部外者を山に入れるわけにはいかないのです。いつどこからシュレッドが出るか分かりません。足を運んでもらったのはありがたいのですが、そういった事情がございますので、すみませんがご遠慮願います」

「いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ない」


彼らを困らせるわけにもいかないと、テレジアも諦めようとしたが、ドワーフの一団にいた少女が、ふと口を開いた。


「あ、あの、レリアシル(水晶の洞窟)なら、アンデールからも離れてるし、見せてあげられないかな」


それを聞いて、デルガルトは少し考える素振りを見せたが、やがて許可を出した。


「ヨルハが案内しますね! あ、えっと、私、ヨルハといいます」


ヨルハは小さな体をぴょこぴょこと跳ねさせ、自己紹介した。

ドワーフ特有の赤黒い肌をしているものの、エルフの外見というものは美しく、テレジアの目からは歳の割に大人びて見えていた。

他のドワーフと違い、ふわふわと軽い布のような素材でできた真っ白な服を着ている。


「俺はヒグドナだ」

「私はテレジア。よろしくね、ヨルハ」

「はい、よろしくお願いします! じゃあ、こちらへどうぞ! レリアシルに案内します!」


張り切って歩くヨルハに、ふたりはついていった。


「てっきり何も見られないと思ったから、助かったよ」

「今、本当に危ないんですよ。おじいさまも意地悪で言っているわけではありませんからね?」

「おじいさま? ええと、家族なの?」

「はい! ちゃんと血の繋がった、本物のおじいさまですよ」


ドワーフのデルガルト(導き手)の孫となれば、それなりの発言力をもつのだろう。

白い服の端をはためかせ、彼女は言った。


「あ、でも、すごいのはおじいさまなので、ヨルハに気をつかったりとかは、やめてくださいね」

「うん、わかった。それで、今どこに向かっているの?」

「レリアシルです。巨大な水晶がいろんなところから生えてる洞窟です。少し暑いところですけど、おふたりは平気ですか?」

「まあ、常識の範囲内なら」


頭の中で砂漠や荒野の暑さを思い出す。

余裕を持って歩くと思えば、あれくらいが限界だ。


「それはよかったです。たまに苦手な方もいらっしゃるので、そういう方にはおすすめできないんですよ」


ドワーフの集落から少し離れた山肌に、よく整備された洞窟の入り口が作られている。

立て看板にはレリアシルの簡単な解説が書かれており、そのとなりには入場料が記載されている。


「えっと、お金はヨルハに払えばいいのかな?」

「いえいえ、けっこうです。せっかく来ていただいたのに、肝心の採掘場をお見せできなかったので、お代はいただけません」

「でも、商売なんでしょ? ダメだよ、受け取らないと」


そう言われると、ヨルハは渋々入場料を受け取った。

ここが彼女のものなのであればその裁量に従うこともやぶさかではないが、洞窟がこの集落のものである以上、規則を破ることは好ましくない。


「では、どうぞ」


ヨルハが洞窟の入り口にかけてある鎖を外し、ふたりに中へ入るよう促した。

中は深淵のように真っ暗で、灯りらしきものは見えない。

テレジアが躊躇していると、ヒグドナが先頭に立った。


「俺が先に行こう。ヨルハ、真っ直ぐ進んだらいいんだな?」

「はい。ずっと、真っ直ぐです」


ヒグドナの後ろにテレジア、その後ろにヨルハが並んだ。

中はひとり分の幅しかない通路が真っ直ぐと続いている。

テレジアはほのかに湿った壁に手をつきながら、ヒグドナの背中を追った。


歩いているうちに、段々下っていることに気がついた。

そして、むうっとした熱気が漂い始めた。

短い通路の先に、青白い光がかすかに見えている。

通路が下へ伸びていたために、この灯りは入り口から見えなかったのだろう。


「すごい……」


通路を抜けた先に広がっていた光景に、テレジアは暑さも忘れて息を飲んだ。

とてつもなく広い空間に、大木のような巨大な水晶が、何本も立ち並んでいる。


床や、壁や、天井も関係なく、びっしりと内側を向いて伸びていた。

そのどれもが、水中から空を見上げた時のようなちらちらとする光を放っており、辺りは不思議なほど明るい。

今までも綺麗な洞窟を何度も見てきたが、ここは格別であった。


「ラッツリック(深海の水晶)か……」


ヒグドナがそう呟くと、ヨルハは驚いた顔をした。


「お詳しいんですね」

「これほど大きいものは初めて見た。見事なものだな。ここまで伸びるのに、千年じゃ足りないだろう」

「聞いた話によれば、三千年前にここは海底洞窟だったらしいですよ。その証拠に、少し掘ると貝殻や魚の骨なんかが出てきます」


ヒグドナから見ても、非常に興味深い水晶だったのだろう。

ふたりはしばらく言葉も発さず、その幻想的な景色を、ただ眺めていた。

どれくらい時間が経ったころだろうか、ヨルハが口を開いた。


「こんなに気に入ってもらえるとは思っていませんでした。ありがとうございます」

「そんな、かしこまらなくても。私たちもこんなに素敵なものを見せてもらえて、とても嬉しいよ」


それを聞いて、ヨルハは微笑んでいたが、細めた目の端から、一筋の涙がこぼれた。

ヨルハはすぐに気がついて、恥ずかしそうに袖でぬぐう。


「あっ、すみません。なぜだか、涙が出てしまって」

「大丈夫?」

「はい、大丈夫です。お見苦しいところを……」


そう喋りながら、涙は止まらずに、ぼろぼろと大粒のものに変わっていく。


「あれ、あれ? なんでだろう? 止まらない」


ついには、へたり込んで、ヨルハは目を覆って、鼻をすすり出した。

何かあったのだろうと思ったテレジアは、できるだけ静かにヒグドナに外で待っていてもらうように言った。

ふたりの方が話しやすいだろうし、何より、他の人が入って来ないようにしてもらうためだ。


テレジアは彼女が泣き止むのを待って、話しかけた。


「ねえ、何かあったの? 私でも話くらいは聞いてあげられるよ?」

「……旅の方を巻き込むわけにいきませんから」

「違うよ。旅の人だから、何を言っても後腐れないでしょ? 愚痴でもなんでも、言ってみて。そんな姿を見せられて、放っておけないよ」


ヨルハは迷っていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。


「最近、シュレッド(噴き出る溶岩)が多くなっているって話、聞きましたか? ドワーフの中に伝わる風習のひとつに、シュレッドの原因となっているアンデール(母なる山)の怒りを鎮めるために、シュリンガを立てるというものがあります。ヨルハの母もシュリンガでしたが、病気で亡くなってしまったので、今はヨルハがシュリンガなのです」


「シュリンガって?」

「……いわゆる、生贄です。アンデールを元に戻すために、ヨルハの命は捧げられます。木の棺桶に入れられて、溶岩の溜まっているところへ落とされるのです」


言いながら、彼女はまた泣き出してしまった。


「三日前に、ヨルハは、その役目を言い渡されました。あと七日すれば、ヨルハはシュリンガとしての役目を果たさなければなりません」

「それをすれば、シュレッドはなくなるの?」

「…………」


彼女は答えなかった。

そんなこと、分かり切っている。

山へ身投げしたところで、現状が良くなることなど、万にひとつもない。

ただ風習だから従わなくてはならない、とまるで呪いのように皆が動かされている。


「デルガルトさんは、何って言ってるの?」

「おじいさまは、特別何も言っていません。ただ、やらなくてはならない、と言っているだけです」

「ヨルハは、お爺さんがどう思ってると思う?」

「……納得はしていないけど、使命感を持っているんだと思います。デルガルトとして、ドワーフの掟を守っていく義務がありますから……」


それはヨルハも同じことのように見えた。

生贄となることに納得していないが、祖父の顔を立てるために、彼女は命を使おうとしていた。


「ヨルハはどうしたい?」

「え?」


余計なことをしてヒグドナに怒られるな、と思いながらも、テレジアはそう聞かずにはいられなかった。


「ヨルハが心の底からドワーフの掟を信じていて、シュリンガになることを受け入れているなら、何もしないつもりだった。でも、そうじゃないんでしょ?」

「……どうしたらいいんですか」

「どうしたいかによるね」

「そんなの、生きたいに決まってるじゃないですか!」


洞窟の中に、ヨルハの悲痛な声が響いた。

デルガルトから随分と熱心に教育を受けたのか、年齢と不相応に大人びているものの、テレジアからすればただの小さな女の子だ。


「さて、ひとまず作戦を考えよう。一番簡単なのは死んだふりをして逃げ出すことだけど、それじゃ帰る場所がなくなってしまうでしょ?」

「できるんですか?」

「やるよ。なんとかする」


テレジアはそう言って笑った。

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