05-2.ドワーフの集落
テレジアとヒグドナは、転がる大岩の間に作られた登山道を歩いていた。
エティダルグから港町エンゲイトへ抜ける唯一の道であるため、しっかりと踏み固められ、歩きやすい道になっている。
雲ひとつない晴天だが、高度もあって気温はそれほど高くない。
むしろ少し肌寒いくらいである。
「ここにはドワーフの採掘場がある」
ヒグドナが言った。
「え? ここ、火山なんじゃなかったの?」
「火山地帯の方が鉱石はとれるんだ。まあ、溶岩の危険もあるんだが、ドワーフにはあまり関係ない」
「どういうこと?」
テレジアが聞くと、ヒグドナは足元の石を拾い上げた。
「この石の中には何があると思う?」
「え、石の中って、石じゃないの?」
「ドワーフの考え方では、石の中身は割ってみるまで確定しない。この中にはあらゆる鉱物が同時に存在していて、割った瞬間にそのうちのどれかがこの世界に出現する」
ヒグドナが石を砕くと、中には何も入っていない。
ただ、灰色な断面があるだけだ。
「掘ってみるまで何が出るかまったく分からないということだ。まあ、これだけ栄えている集落だから、安定した鉱脈はあるんだろう」
何代にも渡ってドワーフが住んでいる山にはたくさんの資源が眠っているのだ。
そうでなければ、すぐに暮らせなくなり、別の土地へ移っているだろう。
「でも、どこに何があるかって、学問でどうにか分かるものじゃないの?」
「ある程度は、そうだろう。だが、彼らは理屈よりも感情をとる。さっきも言った通り、勉強よりも運任せを選びがちな種族だ。学問を根づかせようと思えば、優秀な教員と、採掘に勝る熱量が必要だろうな」
「そうなんだ。私もどちらかと言えばそっちの方だから気が合うかも」
「そうか。ルムベルの集落は大きいから一泊できるぞ。その間に色々見て回ったらいい」
ドワーフたちも観光客をよく受け入れて、時期によっては採掘場や鍛冶場の紹介などをやっている。
彼らからすれば、ここを通る旅人は大事な副収入なのだ。
テレジアたちの目の前に、灰色の煙がいくつも見え始めた。
丘を降るような形になっており、平らになった広い土地にたくさんの小屋が並んでいる。
木の柱を組み合わせ、大きな布で覆う、簡素な小屋である。
「あんまり見ない形の家だね」
「ああ、これは、一ヶ所に定住しないエルフの文化がそのまま残っているんだ。いつでも畳んで移動できるように作られてる。見た目より頑丈だぞ」
「へー、面白いね」
テレジアは感心してそう言った。
集落に近づいていくと、金槌で金属を叩く音や、製鉄所の高炉から立ち上る白い煙がとても身近に感じられる。
広い集落だが、どこへ行っても熱気があり、住居と作業場が完全に分けられていることも分かった。
テレジアたちはまず、住居の立ち並ぶ方へ向かった。
宿屋は探すまでもなくすぐに見つかり、今訪れている人は他にいないと知った。
赤黒い肌と長い耳をした宿屋の主人のドワーフは、快活に笑って言った。
「この時期は催し事も特にないからね。それにみんな忙しいから、見学も難しいよ」
それを聞いて、テレジアはがっくりと肩を落とした。
ドワーフの仕事場を、できればこの目で見てみたかったのだ。
「ご主人は、採掘には行かれないんですか?」
「ドワーフだからって、みんながみんな土いじりが好きだというわけじゃないからね。おれは元々エティダルグの街で宿屋をやっていたんだが、競争に負けてこっちに来たくちさ」
他の人たちはみんな好きで採掘しているものなのだろうか、と思ったが、好きじゃなければ続かないきつい仕事なのだろう。
しかしながら、他の職業の選択肢もあるのは、良いことだ。
「他にもお店をやっている方が?」
「ああ、みんなこのタニャルゴにいるよ」
聞きなれない単語に、テレジアは首をかしげた。
「タニャルゴ?」
「エルフ語で『我々の住まう地』って意味なんだ。住居区画のことだと思ってもらって構わないよ」
「エルフ語、話せるんですね」
「単語だけだよ。ドワーフの中でも常用するエルフ語だけは残っているんだ。もっと上の年代なら会話もできるかもしれないけど、おれはさっぱりダメだ」
宿屋の主人はそう言って笑った。
宿屋から出て、テレジアたちはひとまずタニャルゴを見て回ることにした。
広い街道に沿うようにして、いくつも小屋が立ち並んでいる。
その間にある空き地で遊んでいる子供たちや、散歩をしている人もいて、どことなく温和な雰囲気の場所だと感じた。
「平和なところだね」
テレジアが言うと、ヒグドナは頷いた。
「いいところだ。ドワーフが争いを好まないこともあるが、喧噪のひとつも聞こえない」
「元気のある人たちはみんな採掘に行ってるんだろうね」
「ああ、夜になってそいつらが帰ってくれば、また違うかもな」
一通り歩きまわってみると、確かに大人の男性だけはどこにも見かけなかった。
加えて、酒場も昼間はやっていないらしく、扉を閉ざしていた。
そういうところが夜になるとやかましくなるであろうことは、簡単に想像できる。
「採掘場の方も、行ってみるか?」
「忙しいから見学できないって言ってたけど、行くの?」
「ダメだったら大人しく引き返すだけだ。せっかく来たんだから、見ておいた方がいいだろう」
テレジアも少しは見たい気持ちがあった。
見学もできる採掘場というものがどういうものか興味があったのだ。




