04-7.朝日はのぼる
朝日が昇る前に、ふたりの稽古は終了した。
疲れ切ったルネリットを闘技場の仮眠室へと連れて行き、残ったふたりは、最上階にあるガウェインの部屋でくつろいでいた。
「お前、やりすぎだ」
ガウェインはテレジアにそう言ったが、彼女はただ肩をすくめた。
「騎士団で人に教えていたんだろう。相手の体力くらい考えてやれ」
「痛いところを突かないで。騎士団にいたころの特訓は、今思っても、少しやりすぎだったから」
ガウェインは呆れて大きなため息をついた。
しかし、彼女が人のために考えて動いてくれていることが、少し嬉しかった。
それは、以前のテレジアからは、考えられないことだったからだ。
「……とにかく、付き合ってくれてありがとうな。あいつにも、ほどほどにしておくように、きつく言っておく」
「そうしてもらえると助かるよ」
その後、少しだけ沈黙が続き、ガウェインが口を開いた。
「……旅は、楽しいか?」
そう聞くと、テレジアは怪訝そうな顔をして言った。
「何言ってんの。気持ち悪い」
「いいじゃねえか。どうだ?」
「……楽しいよ。世界を歩きまわるなんて、今まで考えたこともなかったし」
「そう言えば、誰と旅してるんだ?」
「オークの、ヒグドナって人」
オークのヒグドナと聞いて、ガウェインは思い当たる人物がひとりいた。
「それってあの、深緑のヒグドナ、か?」
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、お前知らないのか? オークを奴隷制度から解放するために戦った英雄だろ?」
「そうなんだ。知らなかった」
そんな大物と旅をしているのだから、それは楽しい旅だろう。
「あ、そろそろ帰らないと」
テレジアは思い出したように言った。
遠くの空が白んでいる。
もうじき朝になるだろう。
「送ろうか?」
「嫌に決まってるでしょ。信用って日ごろの行動の積み重ねなんだからね?」
部屋を出ていこうとするテレジアは、最後に、とひとつ付け加えた。
「あの子が起きたら、ごめんって言っておいて」
「お、成長したな。人に謝れるようになったなんて」
「むう、馬鹿にしてるなあ。まあ、別にいいけど」
ふたりはひとしきり笑い合った。
普段から連絡を取り合う仲ではなかったが、こうして数年ぶりにあっても変わらず話ができる相手というのは、貴重だった。
テレジアにとってだけでなく、ガウェインにとっても、それは同じことである。
「じゃあ、本当に、もう行くから」
「ああ、元気でな」
「うん、そっちもね。ばいばい、ベルハルト」
「……本名なんか、久しぶりに聞いたわ」
「私が呼ばないと、もう呼ぶ人いないでしょ」
悪戯っぽく笑うテレジアに、ガウェインは鼻を鳴らした。
帰って行くテレジアの後姿を、ガウェインはいつまでも見送っていた。
(好き、か。たしかに、そうかもな)
ガウェインは石造りの天井を見つめて、呟いた。
「笑えるな」
テレジアのことを調べるうちに惹かれていた過去の自分を思い出し、ガウェインは自嘲気味に笑った。
テレジアが孤児院へ着くころには、朝日がのぼっていた。
シスターは朝食の準備をしており、やっと帰ったテレジアを見てほっとしたような表情をしていた。
「すみません、今帰りました」
「おかえりなさい。朝食を食べてから、ひと眠りしますか?」
「……いいですか?」
「どうぞ、席についていてください。ヒグドナさんももうすぐ起きてくると思いますよ」
木の椅子に座り、テレジアは外を眺めた。
こんな生活をしてみたかった、と昔を思い出しながら。