04-4.昔馴染み
闘技場の最上階では、ガウェインがアゴヒゲを触りながら、テレジアを待っていた。
「や、久しぶり」
「おう」
テレジアの挨拶にも、ガウェインはどこか上の空で、まっすぐテレジアを見ようとしない。
「ガウェインさま」
ルネリットが低い声でそう言うと、やっとガウェインはテレジアを見て、咳払いをひとつした。
「あーと、お前、なんでここにいるんだ?」
「まあ、色々あってね。旅をしているんだ」
「旅? ひとりでか?」
「ううん、もうひとりいるよ」
「お前が、誰かと旅をすることがあるのか……」
意外そうな顔をして、ガウェインは言った。
「失礼な。私だって、それくらいします」
「いや、悪い。別に変な意味で言ったんじゃないんだ。お前と会うのはあれ以来だろ。その様子を見るに、憑き物は落ちたみたいだな」
テレジアは肩をすくめた。
彼に話した覚えはないのだが、父親の敵討ちのためにアルフレド皇国の騎士団に入ったことは知っているらしい。
「で、何の用なの? 私に闘技大会から棄権しろって話なら、聞かないけど」
「ああ、違う。それは構わない。最近同じやつばかりが上がって来るようになっていてな。お前くらいの刺激があると丁度いい。それに、まだ本名使ってるってことは、ランスロットを名乗る気はないんだろ?」
「剣聖なんて名乗れる身分じゃないよ」
「身分の問題でもねえだろ。まあ、それはいいさ。俺が知りたかったことは、知れた。元気でやってるみたいで、良かった」
まるで親戚のような素振りである。
テレジアは訝しんで言った。
「あなたの口からそんな言葉が出るなんて。熱でもあるんじゃない?」
「なんだ、俺は言っちゃいけないのかよ」
ガウェインはそう言って笑った。
彼も、あのころからあまり変わっていない様子であり、テレジアも安心した。
「そこでだ。こいつ、ルネリットっていうんだが、俺の一番弟子でな。近いうちに剣聖の試験を受けさせようと思ってる」
ルネリットがテレジアに深く礼をする。
つられて、テレジアも同じように返した。
「少し、稽古つけてやってくれねえか?」
「私が?」
「本人たっての希望でな。大会が終わってからでいい。どうだ?」
ルネリットの目が期待に満ちている。
テレジアは断れないな、と諦めた。
「いいよ。全部終わってからね。でも、私、あまり手加減できる方じゃないよ」
「承知の上です。先程の試合も見ました。一呼吸のうちに相手を倒す技は、実戦で使っていたものなのでしょう。体に刻み込まれている様子でした」
「そんな立派なものじゃないんだけど」
外の様子を見ると、ちょうど真下に試合会場が見える。
話している間にイザベルタの試合も終わり、そろそろ二回戦が始まろうとしていた。
「じゃあ、また後でね」
テレジアは一方的に別れを告げて、階段を降りて行った。
テレジアが部屋から去って、ガウェインは、大きく息を吐いた。
「あーっ! しんどい!」
「師匠、緊張しすぎではないかと」
「いや、するだろ! あいつを前にすると、手がいつでも剣を取れる体勢になってしまうのは、考えものだな」
「そんな方には思えませんでしたよ」
「そう見えたか?」
「……どういうことですか?」
ルネリットが聞くと、ガウェインは少し考えて言った。
「あいつは、感情の制御が下手なんだよ。普通、喜怒哀楽ってものは、桶に水を貯めるようなもので、その時の状況で増減するだろう。あいつにはそれがない。あいつのとって、感情は『ある』と『ない』の二択なんだ。分かるか?」
「……激情家、だと?」
「少しでも楽しければ全力で楽しむ。少しでも悲しければ全力で悲しむ。それだけならまだいいが、怒りや殺気に対しても同じで、耐えるということがまったく出来ない。笑うことと同じくらい簡単に人を殺せる。昔はそうだった」
外ではテレジアの次の試合が始まっていた。
これに勝ち上れば決勝戦だ。
次の相手はイザベルタかラルゴのどちらかになる。
「昔、何があったんですか?」
「……俺があいつに会ったのは、剣聖の試験会場だったって話、したよな? 剣聖を目指すお前なら分かると思うが、俺が三十歳で受けに行ったのだって、当時は散々な言われようだった。ジジイになるまで鍛錬を積んで来いってな。
そんなところに、あいつが現れた。当時、十六歳だぞ。一応試験を受けることは出来ても、他の参加者からは目のかたきにされてな、俺より酷い扱いだったさ。さらには、テレジアは農民の出だった。お前は、それがどういうことか分かるだろう?」
「はい。家の支援を受けずに、才能を努力のみで伸ばさなくてはならない、ということですよね?」
「あいつは、親父の復讐のためだけに自己流で剣を鍛え、騎士団に入るためだけに剣聖の称号を取りにきたんだ。おかしいだろ。剣の才能がなくても、たぶん同じことやってただろうぜ。
……まあ、とにかく、あいつの眼には何が何でも目的を達してやるって光があった。実績がほしいだけのやつらとは違う、その先の道が見えていた。だから、試験に受かったのは、当然だったんだろうな。俺とあいつと他にも何人かが受かっていた。だが、俺の同期はあいつだけ。何があったと思う?」
ルネリットは少し考え込んだ。
他の合格者の命を奪ったのかとも思ったが、そんな動機はないはずだ。
「分からないだろ。他の合格者のやつが、また馬鹿野郎でな。小娘と同期ってだけで低く見られるのが嫌で、問題を起こしてやろうと思ったのか、テレジアに向かってこう言ったんだ。『家に帰って親父のアレでもしゃぶってろ』ってな」
「……最低」
ルネリットは吐き捨てるように言った。
「だろ? まあ、内容はどうだってよかったんだが、親父の話題は、あいつにとって逆鱗だったわけだ。その馬鹿野郎の一番近くにいた俺は、咄嗟に殺気を感じてそいつとテレジアの間に割って入っていた。
ああ、体を張ったわけじゃねえぞ。ちゃんと剣を盾にしたんだが、それごと俺の胴体を綺麗に切り裂きやがった。間違いなく死んだと思ったぜ。俺は反射的に体をそらしていたらしい、と後になって見ていたやつから聞いた。そのおかげで、大怪我はしたが、臓器には傷がつかず、なんとか生き延びたってわけだ」
「……それがなぜ、合格者がふたりだけってことになるんですか? 不合格になるのはテレジアさんだけじゃないんですか?」
「剣聖の名を与える聖杯は、善悪の区別なく力のある者に称号を与える。一瞬であれだけの殺気を出して神速の剣を見せたテレジアと、それを察知して割って入った俺のふたりに比べると、あとの棒立ちだった面々は、実力が足りないってことになったって話だ。聖杯に拒否されちゃ、あいつらも文句は言えない」
テレジアがそこまで激昂しやすいとは、ルネリットにはどうしても思えない。
しかし、ガウェインが嘘をついているとも思えないため、なんだかもやもやとした、釈然としない感情を抱いていた。
「俺はさ、その事件のあと、あいつのことが気になって調べたんだよ。そこで初めてあいつの親父が罠にはめられて死んだことや、その仇をとるためだけにアルフレド皇国って戦争ばっかしてる国の騎士団に入ったことを知ったんだ。そんなあいつが、今はこうして笑って旅をしているってんだから、よっぽど良い奴と旅をしているんだろうな」
遠い目をするガウェインに、ルネリットは言った。
「あの、ずっと思っていたんですけど、ガウェインさまって、テレジアさんのこと好きですよね?」
「はあ? それはない。絶対ない。ただ、放っておけないやつだとは思うが、それだけだ。あいつ、胸も尻もないしな」
ルネリットは何も言わずに肩をすくめた。
外の闘技場では、ラルゴに勝ったイザベルタが雄叫びをあげていた。