03-4.生きるため
手の中に持った鱗が、弱い力で指し示す方へ、ふたりは荒野を歩いて行く。
「こっちって、私たちが歩いてきた道だよね?」
「ああ。ベルが倒れていたところだな」
スラング村へ向かって歩いたところを、今度は戻っているのだ。
そして、ベルの倒れていたところを通り過ぎ、まだまだ進んでいく。
「本当にこっちであっているのか?」
ヒグドナが聞くと、テレジアは自信満々に答えた。
「うん。だって、ほら」
鱗を手渡すと、ヒグドナは正面を見た。
持った人にしかわからない弱い力で、鱗は方角を示しているのだ。
「たしかに、あってるな」
「ね? そうでしょ」
歩きながら、テレジアが口を開いた。
「ねえ、グラキエースの子供、本当に生きてると思う?」
「なんでそんなこと思うんだ?」
「ウェンゴ、だっけ。お父さんが探しにいってないってことは、もしかして、分かってるんじゃないかな」
「……かもしれないな。もし死んでいても、生きて元気だったって、伝えるか?」
「うーん……。伝えるのは心苦しいけど、帰らない人の帰りを待つのって、とてもつらいから、私は、正直に伝えようと思う」
「そうか」
ふたりはその後、ずっと黙って歩いた。
目的の地が近づくと、鱗の引っ張る力は途端に強くなった。
荒野の中、乾いた大地の上に、横たわる青いドラゴンが見え始め、テレジアは走った。
ドラゴンの足から鉄のロープが伸びて大岩と結んであり、その近くには錆びた剣が落ちていた。
ドラゴンの頭部が、それで殴られたことを示すように傷だらけになっている。
すでに、ドラゴンは息絶えていた。
「どうしてこんなひどいことを……」
「捕まえたが、殺す方法が思いつかなかったんだろう。狩りの素人だ」
獲物にストレスを与えるような殺し方は、素材を全て駄目にしてしまう。
それに、苦しませて殺すようなやり方は、狩人なら絶対に許されない行為であった。
「どうして、ここに置いたままなのかな」
「運べなかったんじゃないか? おそらく、この剣で切り取って運ぼうと思っていたんだろう。ドラゴンの鱗どころか、人を切ることもできなさそうな、この剣でな」
錆びた剣は、刃がかけており、刃物としての機能はほとんど失われていた。
これでは草刈りもできないだろう。
「この子のお母さんは、どこに行ったのかな」
「そっちはプロが捕えたんだろうな。見ろ、この鋼のロープを。これだけはしっかり大岩に結び付けられている。手慣れたやつの仕業だ。この子供は罠にたまたまかかったんだろう。目的の獲物じゃないにしても、罠を外すためには近づかないとならないから、捕えたまま放置してあることは、ドラゴンの狩りではよくあることだ」
「それを見つけた誰かが、この子を殺して売ろうとしたってこと?」
「まだ、戻って来る気なのかもしれないな。……ああ、犯人を捜して問い詰めようなんて考えるなよ。殺し方はむごいが、やっていることそのものは悪いことじゃない」
「分かってるよ。動物を捕まえて食べることと、一緒だよね。だけど、なんていうか、やりきれないなぁ……」
「そういうものだ。さあ、報告しに戻るんだろう?」
ヒグドナがテレジアの肩を叩くと、思いついたようにテレジアが言った。
「あ、ねえ、今来た道と違う道、通って帰れる?」
「帰れるが、どうした?」
「戻って来るかもしれない人と、鉢合わせしたくないから。誰だったとしても、会いたくない」
テレジアの言う通りに、ヒグドナは来た時とは全く違う道を通って帰った。
テレジアはなんとなく分かっていた。
あの村の誰かが、この子を獲物として売ろうとしている。
あの村を出て、街にでも行くのだろうか。
運命を諦めず、生きようとする意志を否定できない。
だから、止められない。
ひたすら関わらないようにするくらいしか、テレジアには思いつかなかった。