03-3.蒼い竜
会話はそこで途切れ、ベルが帰ってきて、宴の準備が始まった。
瓶に入った酒や、焼いた獣肉などが運ばれてくる。
それを運んでくるのは、十五歳前後の子供であった。
「食べてください。これには毒はありません。街の市場で買った肉なんですよ」
「街へ行ってるんですか?」
「私だけですがね。村長は少しだけ長く生きて、次の村長にやり方を伝えなければなりませんから」
食事が並ぶと、子供たちは外に出ていったが、その最中も視線は食事に釘づけであった。
「みんなも食べてはいけないんですか?」
返答は分かり切っているが、テレジアは思わず聞いた。
「ダメです。この村が上手くいっている、いえ、上手くいっているように見えるのは、誰もが絶望していないからです。欲を覚えては、必ず自分の運命に絶望します。そうすると、この村は終わりです。誰もが長生きしようとして、やってはならないことにまで手を染めることでしょう」
彼の言いたいことも分かるが故に、テレジアはどうしようもなく無力な自分に苛まれていた。
「食え、テレジア。そしてすぐにこの村を出るぞ」
「ええ、そうした方がいい。私も賛成です。でなければ、あなたがもたない」
ふたりに促され、テレジアは料理に手をつけた。
味など分かるはずもなく、ただ、彼らの境遇を思って涙を流しながら、胃にものを詰め込んでいった。
そして、食事をすっかり終え、テレジアは言った。
「私にもてなしのお礼をさせてください。助けることは出来ませんけど、喜んでもらうことはできるはずです」
それが、テレジアなりに考えて、出した答えなのだ。
大きなことは出来なくてもいい。
だが、何もせずにはいられない。
「……分かりました。実は、ひとつだけ、どうしても困っていることがありまして。この村の食糧を貯槽する洞窟があるんです。まずはそこへ行きましょう」
ミジカが席を立ち、ふたりを連れて、小屋から出た。
小屋の外では、二十人ほどの子供が三人を見ている。
全員が子供であるその異様な光景に、テレジアはまた胸の締め付けられるような思いを抱いた。
「やめとけ。見るな」
ヒグドナの大きな手に顔を覆われ、テレジアは口を強く結び、ミジカのあとを追った。
集落の外れには大岩があり、そこから地下へ向かって洞窟が伸びていた。
ミジカが松明に火をつけ、その中へ入っていく。
「この奥が貯蔵庫となっています。もう、冷気が漂っているでしょう?」
「たしかに、少し寒いですね」
テレジアはたまらず外套を羽織った。
冷気は奥から吹いてきており、進めば進むほど、気温が下がっていく。
洞窟の壁や床が、透明な氷に覆われ始め、松明の火が反射してきらきらと光る。
「さあ、ここです」
ひと際大きな空間に、一匹の青いドラゴンが横たわっていた。
その周囲には麻袋や木の樽が並べられている。
「これって……」
「グラキエースのウェンゴです。ここは、彼が冷やしてくれているんですよ」
ミジカが口笛を吹くと、ウェンゴは近寄って頬を擦りつけた。
「可愛いものでしょう。彼はこの村が出来た時からここに居るとされています。困り事というのは、彼のことなんです」
「いったい、何が? 元気そうに見えますが」
「実は、彼には妻子がいるんです。ですが、もう十日ほど帰ってこないんです。狩りを教えるために出かけたはずなんですけど、グラキエースの狩りが十日もかかることは、まずあり得ません。もしかしたら、人間に襲われたんじゃないか、と思うのです」
「その行方不明の妻子を探してきたらいいんですか?」
「いえ、すみません。曖昧な言い方はやめましょう。十日も経っていては、母親はすでに死んでいると思ってください。子供だけでは帰ってこられないので、子供は生きているかもしれません。
グラキエースの鱗は、本体と引きあう力があります。ここに、子供の鱗があるので、これを持って、探してきてください。無事を確認するだけで構いません。私がそれをウェンゴに伝えれば、彼は探しに行くことでしょう」
テレジアは、受け取った鱗を懐にしまうと、笑顔で言った。
「分かりました! でも、できたら連れて帰った方がいいんですよね?」
「難しいと思いますよ。彼らもただでは捕まりませんから」
「ダメだったら、潔く諦めます。じゃあ、ヒグドナ、行こう!」
テレジアはヒグドナを引っ張って、洞窟の外に出た。




