03-2.毒を食む村
ベルを先頭に、一行は荒野を進んだ。
ヒグドナの予定とは違う方向へ寄り道することになったが、それに対してヒグドナも特に不満があるとは言わなかった。
しばらく歩くと、目の前に、木で作られた小屋がいくつも立ち並ぶ集落が姿を現した。
この荒れ果てた土地で木材を手に入れることは難しいのだろうか、屋根の修繕はされていても、壁の修繕はされていない小屋が多い。
彼の言う通り、そんな状態でも人はきちんと暮らしており、どの小屋でも灰色の煙が空へ向かって立ち上っている。
「ここがスラング村です。どうぞ、こっちへ。村長の小屋に案内します」
ベルについてテレジアたちが村へ入ると、そこら中から視線を感じた。
「珍しいのかな?」
「そうだろうな。話にも聞いたことがないくらいだ。外との交流はないと思った方がいい」
「自給自足して暮らしてるってこと?」
「さっきあいつが倒れていた理由を考えれば、そうなんだろうな」
備蓄は子供のためだけにあり、動ける者は外へ食糧を探しにいく。
まるで野生の動物であるが、彼らはそうして暮らしているのだろう。
「ここが村長の家です。ちょっと待ってくださいね」
ベルが中へ入ると、すぐに、若い男が顔を見せた。
「ああ、よくいらっしゃいました。私がこのスラング村の村長ミジカです。汚いところですが、どうぞ中へ」
村長の家の中は小奇麗と言うより、物がほとんどなく、生活感がなかった。
灯りもなく、光は天井についた窓から直接取り入れているようだ。
「村長さん、お若いんですね」
テレジアが何の気もなしに言うと、ミジカは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いえいえ、そんなことありませんよ。もう二十五歳ですから」
「えっ!? 二十五!?」
たしかに若く見えたが、まさか自分と変わらないような年齢であるとは思わなかった。
そして、二十五歳でも村長になれるものなのか、と驚いた。
「おかしいですか? これでもここでは最年長ですよ」
二十五歳で最年長ということがよく理解できず、テレジアは聞き返した。
「……どういうことなんですか?」
「そのままの意味です。どうぞ、お座りください。旅の方なんて初めてですから、対応も不慣れですが、食事の用意をさせましょう」
ミジカはベルにそう言いつけると、彼は喜んで外へ飛び出していった。
「さて、聞きたいことがあるようですから、私でよければ答えますよ」
「二十五歳が最年長って言いましたよね? それより上の年齢の人たちはどこへ行ったんですか?」
「死にました。私の村の人間は、三十まで生きられない。昔から続く決まりなんです」
「決まり? それって、三十歳になる前に、自分から命を断つということですか? いったい、なぜ?」
「違いますよ。自殺はいけません。この村では、いくつかの決まり事があって、皆、それを守って暮らしています。……いえ、守らなければ暮らしていけないんです。周囲が荒野に囲まれていることは、知っていますね? この村の近くには河があります。そこで捕れる魚や周辺の草花は、子供の分だけで精いっぱいなんです。大きくなった人間が、いつまでも生きていては荒野の食糧なんてすぐに尽きてしまうでしょう」
「でも、自殺はしないんでしょう?」
「ええ。……魚のとれる河の上流は、ドワーフの鉱山に繋がっているんです」
それを聞いて、ヒグドナが唸った。
「なるほど、そういうことか。まったく、最初にやり始めた人間は狂っているな」
「察しがつきましたか。ええ、もう逃れられないんです。この村を出るという選択肢は、この村に生まれた瞬間に潰える。だから、我々は受け入れるしかないんです」
ふたりだけが分かった様子であったが、テレジアには全く分からず、ふたりの顔を交互に見る。
「え、え、どういうこと?」
ヒグドナが、重い口を開いた。
「……鉱山から続く河川には、鉱物が混ざることがある。それが少量であっても、そこに暮らす魚には蓄積される。その魚を食べるということは、人間にも、同じ鉱物が蓄積していくことになる」
「うんうん」
「個人差はあるだろうが、そんなものを食べていては、長くもたない。だが、食べなければ、飢えて死ぬ。どうあっても三十まで生きられないだろうな」
「そんな……」
テレジアはショックを受け、ミジカを見た。
全く死ぬような体調には見えないが、彼も明日死ぬかもしれないのだ。
「どうにかならないの?」
テレジアはすがるような気持ちでヒグドナに聞いた。
「ならないだろう。すでに体の中には毒が溜まっている。この村に生まれた瞬間に、運命が決まっているんだ。今から食べるものを変えて長生きしても、死ぬよりもつらい後遺症が出るかもしれない」
「だからって、放っておけないよ!」
「やめておけ。お前に人の寿命を伸ばす力はない。彼らが彼ら自身を救いたければ、子供を作るのをやめて、今の代だけでこの悪循環を終わらせるしかない」
「そんなの、つらすぎるでしょ……」
肩を落として火を見つめるテレジアに、ミジカは言った。
「そんなに悲観することはありません。人生が三十年か六十年かというのはそれほど重要なことでしょうか。長ければ必ず幸せになるというものはないのが、人生です。三十年には三十年なりの過ごし方があるんですよ」
彼は本当に幸せそうに言った。