02-5.謎の真相
砂漠を通り、町へ戻っても景色はさほど変わっていなかった。
少し風が弱くなったような気もするがそれも体感でしかなく、遺跡での操作が正解だったのか間違いだったのかすぐに知ることはできなかった。
宿へ戻ると主人は喜んで出迎えた。
まさか帰ってこられるとは思っていなかったのだろう。
「よくご無事で! それで、どうでした? 何か変わったことはありましたか?」
「変わったことは沢山あったけど、その前に教えてほしいことがあります」
テレジアは言った。
「どういう仕組みなんですか?」
「何がです?」
「砂漠のことですよ。ただの砂漠じゃないんでしょう?」
主人は黙った。
それに対する答えを持っているが、話して良いものか迷っているのだ。
「はあ、私のこと、バレてしまったんですね」
観念したように言う。
「あなたが墓荒らしであると認めるんですね」
「そうです。私があそこに入り込み、砂漠を動かしてしまった張本人です」
「なぜそんなことをしたんですか?」
主人は困ったように笑うと、二人に椅子にかけるよう促した。
「私はね、昔旅人だったんですよ。ある日、風の噂で砂漠にある聖域の話を聞いた。砂漠は、砂漠と思われているそれは、極めて小さな精霊が寄り添ってあたかも砂の海であるかのように見せているんです。その精霊達を管理するのがあの聖域だったんです」
軽い物が沈む作用も精霊のせいだと主人は言った。
砂時計が詰まらないようにするために異物はどこかへ持って行ってしまうらしい。
だが、運べる重さには限界があり、結果として軽い物だけが姿を消すのだ。
「砂時計の形には何の意味があるんですか?」
「ああ、あれは、彼らの時間を動かす物なんですよ。時間が動いていないと彼らは移動することができない。それを動かしてしまったから今のような状態になってしまったんです。彼らを止めておかなければ、風に吹かれて自由きままに砂漠はどんどん広がってしまう」
変化はすぐには起こらない。
主人がそれに気がついたのは長い時間が経ってからだったと言う。
後悔して戻ろうとしたものの、聖域の仕掛けのせいで足を怪我しており昔のようには歩けなかった。
そこで彼は協力してくれる人を待ったのだ。
好奇心が強く、損得感情の薄い旅人が適任だった。
そして、ちょうど良くテレジア達が現れたのだ、と彼は言った。
そこまで聞いて、テレジアは口を挟んだ。
「私にはわからないんですけど、なんで逃げなかったんですか? ここに留まっても旅人が来る可能性なんか低いじゃないですか。砂漠がこんな状態じゃ生きている間に会えるかもわからない。あなたが当事者であることを知る人はいないんだから、逃げようと思えばいつでも逃げられたでしょう?」
「罪悪感、だけではないんです。私はある女性と旅をしていた。美しい人だった。どこか良いところがあれば彼女と共に落ち着こうかとも思っていた。しかし、聖域の骸骨共に彼女は殺されてしまった。助けようとした私もこの有様で、なんとか危機を脱したものの、すでに彼女は息絶えていたんだ」
主人は俯いて言った。
もう旅を続けるだけの気力を失っていた。
テレジアは何も言えなかった。
大切な人がいなくなった時の喪失感をよく知っているからだ。
それを忘れてどこかへ逃げるなんて、思いつきもしないだろう。
自分が、そうだったからだ。
じっと話を聞いていたヒグドナは何かを思い出して懐を漁る。
「おい、これを拾ったんだが、何か知ってるか?」
ヒグドナが手のひらに乗せた銀色のネジを見て、主人は目を丸くした。
「あ、ああ、これは……」
ヒグドナの手を握るもネジを触ることができない。
触りたいが、触れない。
「……先ほど話した女性の持ち物です。見つけてくださって有難うございます……!」
主人はぼろぼろと大粒の涙を流し、膝をついて、ヒグドナにお礼を言った。
「何のネジなんだ?」
「それはですね、このオルゴールを巻くためのものです」
カウンターの引き出しから小さな木箱を取り出す。
開くと小さな穴が空いていた。
「すみません、回してもらえますか?」
ヒグドナは頷くとテレジアにネジを渡す。
小さな穴にネジを差し込み、テレジアは何周か回した。
そして、手を離すと、金属のピンが弾かれて音楽を奏で始めた。
心が安らぐ不思議な旋律だ。
三人は音楽が止むまで静聴に徹した。
やがて、オルゴールは止まる。
感慨深く、心底落ち着いたように主人は深く息を吐いた。
「良い音楽ですね」
テレジアが言う。
「これ、故郷の音楽なんです。また聴ける日が来るとは思いませんでした」
「もう落とさないように、大事にしてくださいね。私たちはそろそろ行きます。次の場所へ向かわないといけませんから」
主人は驚いたように言う。
「あの、私を罰さないんですか?」
「私はそんな権限を持っていませんから。それに、罰ならもう充分受けたでしょう?」
何年もここで己の愚行を悔やみ続けた。
それが罰でなくて何なのか。
「だったら、せめてお礼をさせてください」
「……そうですね、じゃあ――――」
テレジアとヒグドナの二人はすぐにサマクを発つことにした。
何よりも今のここは滞在するのに向いていない。
また数年すれば景色だけは元の町に戻るだろう。
そのあと活気が戻るかどうかは、誰にも分からない。
「本当にそんなものでよかったのか?」
ヒグドナが言う。
テレジアは満足気に大きな地図を眺めていた。
砂漠が変動する前に作られた、ひと昔前の地図だ。
宿屋の主人が現役だったころのものである。
テレジアは彼が旅人なら必ず持っていると思い、お礼にもらったのだ。
「だって、私たち地図を持ってないでしょ? これからここに書いてある所に行けると思うと、楽しい」
皇国を出た時は、着の身着のままだったため、地図の準備などしているはずもなかった。
実際のところ、地図がなくても目的地にたどり着けるヒグドナの方向感覚は凄まじく、そのおかげで地図は必要なかったのだが、テレジアだってこの先に何があるか知りたかった。
「次はどこに行くの?」
「さあ、どこかな」
ヒグドナは意地悪く笑った。
地図があったとしても、磁石なしで方角がわかるのは彼だけだ。
「あ、ずるい。教えてよ」
「知らない方が面白いだろう」
ふたりはそんな会話をしながら砂漠を歩いた。
太陽はまだ高く、ふたりを照らしていた。