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02-4.聖域の謎


「うわああああああ!!」


なめらかな穴の中は、手をかけても引っかかるところがない。

手足を踏ん張って必死に抵抗するも、落ちる速さが変わることはない。

死んだ、と思い、身を硬くしてぎゅっと丸まった。

明るい場所に開けたかと思うと、凄まじい勢いで砂の上に尻から落ち、テレジアは小さく悲鳴をあげた。


「おい! 生きてるか!」


穴の上から覗きこむヒグドナの顔が小さく見える。


「いたたた……。なんとか、大丈夫」


即死する罠じゃなくてよかった、とぶつけた尻をさすりながら、テレジアは立ち上がった。

眼前には、洞窟のような、巨大な空間が広がっていた。


さらさらとした砂が天井の岩の割れ目から降り注いでいる。

この上は塔の床下にあった場所なのだろうか。


壁に生えた水晶からは淡い光が発せられており、手元が見えるくらいには明るさがあった。


「すごい……」


素直な感想であった。

幻想的な景色にしばらく見惚れていたが、ヒグドナの声で現実に戻された。


「おい、どうかしたのか」

「ううん、大丈夫。これ、登れるのかなぁ」


テレジアは穴の内壁を触ってみるも、全くヒビひとつなく、指をかけられるところがない。

容易には登られないようであった。

ヒグドナに縄でも垂らしてもらえば帰れるだろうが、この洞窟の先にも通路が見えていた。


「助けようか?」

「いや、こっちも先に道があるみたい。行ってみるから、そっちはそっちで進んで」

「わかった。もしこっちが行き止まりだったら俺も下に降りるぞ」


そうして、ふたりはそれぞれ探索を開始した。






ヒグドナの歩く音が静かな通路に響く。

時折罠のスイッチを踏み、壁や床に空いた小さな穴から槍が飛び出すが、錆びついた切れ味の悪い槍先では、オークの樹皮のような硬い皮膚を貫くことができない。


罠はあくまで人間用なのだろう。

ヒグドナも多少の警戒はしているものの、この程度の罠ならば気にかける必要もないと思い、足早に奥へと向かう。


そのため通路の先の開けた部屋へ出るまで時間はかからなかった。

石で出来た棺が部屋の左右の壁に沿うように無数に立てられ、最も奥には装飾の施された棺もある。

王族の墓というのは正しかったようだ。


しかし、調度品や宝石などは見当たらない。

すでに墓荒らしの被害にあったあとのようだったが、棺には手がつけられておらず、それがヒグドナの中で違和感になっていた。


一通り室内を見て回ったが、奥に続く道や仕掛けはない。

ここで行き止まりか、とヒグドナは踵を返そうとしたそのとき、足元に何かを見つけた。

拾い上げてみるとそれはオルゴールのネジのようであった。


なぜ墓の中にこのようなものがあるのか、と疑問に思い、それを腰の革袋へしまって、テレジアの元へと向かった。






テレジアは明るい砂の上を進んだ。

ここも先ほどあったものと同じ、軽いものほど沈む砂だ。

そのおかげでゴミひとつない綺麗な床になっているのだろう。


その上を踏みしめ、洞窟の奥にある細い抜け穴へ向かう。

人為的に作られたものなのかどうかはわからないが、ともかく奥へと続く道はこれだけである。


抜け道の壁はゴツゴツとしており、岩肌が剥き出しになっていた。

この上に砂漠があると思えば、強固で広大な岩盤であることがわかる。


進む先には光る水晶もなく真っ暗で、テレジアは腰につけたランタンに火をつけた。

薄暗い洞窟の中、普通ならば天井にコウモリでも居そうなものだが、ここまでの構造上小動物はなかなか入ってこられないようで、さらには湿気もなく静かなものであった。


先へ進んでいくと下へと続く螺旋階段が現れた。

螺旋階段にはろうそく立てが均等に並んでいたが、ろうそくは立っておらず、依然暗いままである。


テレジアもろうそくは持ち歩いていない。

後からヒグドナが来るかもしれないと考えれば、明かりは確保しておいた方がよかったのだが、無いものは仕方がなかった。


階段は三周ほど続き、テレジアはいとも簡単に最深部へと辿り着いた。

もう少し罠があるものだと思っていたが、そんなこともなく、地下に存在する巨大な講堂へと足を踏み入れた。

町に存在する一般的な教会のように神像彫刻と装飾が散りばめられている。


しかし、その神様をテレジアは知らない。

恐らくエルフの宗教であると思われるが、知識がないため調べることも出来ない。


金のゴブレットが置かれた台座には三行に渡って文字が書いてある。

常用される文字ではないため、これもまた、テレジアには分からない。


「これがあのエルフ文字ね……」


独特の形をした文字群を睨むも、意味どころか単語の切れ目すらわからない。

あとでヒグドナに教えてもらおうと、テレジアは日記を取り出して文字を書き写していく。


やがて、それを写し終えるころに、どしん、と何か重い物が落ちる音が聞こえた。

しばらく待つとヒグドナが螺旋階段を降りてきた。


「あっちは行き止まりだった。それも墓荒らしにやられた後だ。お宝を探してるわけじゃないが、全部盗まれちまって寂しいもんだった」

「墓荒らしはこっちには気がつかなかったのかな?」

「隠し通路になってたからな。見つからずに済んだんだろう」


ヒグドナは喋りながらもテレジアの写していた文字群を見つめる。


「エルフ文字か。しかし、随分と古い書き方だな。百年前とか二百年前とかのものじゃないぞ」

「でも前に来た時は、ここ、無かったんだよね?」

「ああ、もしかしたら埋もれていたのかもしれんな」

「こんな大きな物が?」

「砂漠の変動があったから建物が現れたのかもしれん。順序が逆だとすれば、ここにあるのは砂漠を動かす方法じゃないってことだ」


ヒグドナは話しながらエルフ文字の解読を始めた。

常用言語であっても、古くなると文法や単語の意味が変わっていることもある。

ましてや使う場のないエルフ文字ともなれば、読み解くことは並大抵の難度ではない。


時間を持て余したテレジアは講堂の中を先程よりも丹念に調べた。

どこかへ続く道はない。

装飾を触ってみても特におかしなところもない。

ただ、値打ちのありそうなものだ、と感じた。


目利きができればもっと詳しくわかりそうだが、墓荒らしのようにここから持ち出すわけにもいかないことを思えば、値打ちはわからない方が後悔もないのかも、と思えた。


ここに来た目的はあくまで謎の解明である。

砂漠を元に戻して人が住めるようにするために来たのだ。


「終わったぞ」


ヒグドナの声にテレジアは散策を辞めた。


「何かあったか?」

「何も。エルフ文字、どうだった?」

「仕掛けの動かし方が書いてある。ここに砂を移動させる装置がないんじゃないかって言ったが余計な心配だったみたいだな」


「何って書いてあったの?」

「『器を王へ』とだけ書いてある」

「こんなに長い文章なのにそれだけ?」

「今の言葉に直せばそんなもんだ」


無駄が多いから廃れたのだとヒグドナは続けた。

言語など便利な物が一つあれば充分なのだ。


「器ってこれのことなのかな」


テレジアが金のゴブレットを手にとった。

見た目よりもずっしりと重く、純金で出来ているのであろうことがテレジアでも分かった。


「これを王に? 王って?」

「さっき上で棺を見つけた。あれだろうな」


あの部屋では一際豪華な棺が台座の上に鎮座していた。

王であるかは定かではないが、特別な意味があるに違いなかった。


「この神様って何の神様なの?」

「これは運命を司る三女神のうちの一つだな。過去、現在、未来をそれぞれ担当しているやつがいて、こいつは未来の女神に当たる」

「ここで崇拝してたのかな」

「いや、恐らく長久を願うためのものだろう。本来そういう使い方をされる女神だ。それにここは崇拝に使われていた形跡がない。しかし、墓に未来を表す女神像とは妙だ」


ヒグドナは訝しんで言った。


「何がおかしいの?」

「普通、こういうところには生死を司るものが置かれるはずだろう。死んだ人間を弔うのに、未来を願うことがあるか?」


テレジアが答えあぐねているうちに、落ちたところまで戻ってきた。

穴は体感よりも長く、遙か上に微かな光が見える。


「ねえ、どうやって上に戻ろうか」

「それは問題ない。これを使え」


ヒグドナは二つの尖った瓦礫のついたロープを取り出した。

足に巻きつけると、まるで巨大な爪のようである。

さらに、ヒグドナから小さな瓦礫を手渡された。


「壁に刺して登るんだ」


テレジアは不安ながらもヒグドナに言われた通り、瓦礫を壁に刺してみる。

簡単に刺さるものかと思っていたが、意外にも壁の方が柔らかいのだ。


「上と下とで建材が違うんだ。ここの壁は砂を固めたものに近い。だからしっかり刺して行けばそう難しくはない」

「落ちたら受け止めてね」


テレジアはしっかりと体重をかけても崩れないことを確認して登っていく。

手、足、手、足と順に壁に瓦礫を刺しながら、テレジアは蜘蛛になったような気分に陥っていた。

特に問題なく、ある程度の高さまで登ったところを見て、ヒグドナも登攀を始めた。


「ああ、やっと戻ってこられた」


テレジアはひと息ついて、追ってきたヒグドナに手を貸し、穴から引き上げた。

しかし、通路を回転させるなんて仕掛けをどうしたら思いつくのか。

隠し通路なら、無理矢理落とす必要はないのではないだろうか。


そんなことをぼやきながら、ふたりは棺の部屋へ向かった。

ヒグドナからどこに罠があるかを聞きながら、奥へと進んでいく。

今度は道中のおかしな罠にかかることもなく、棺がたくさん収められている部屋へと、たどり着くことが出来た。


「この棺って誰が入ってるの?」

「あの目立つ棺が王族のものだとすれば生贄の兵士だろうな」

「いけにえ……」


テレジアは驚きに言葉を失った。

そんなおぞましい話は聞いたことがない。


「昔のエルフの国ではよくあったことだ。殉葬じゅんそうと言うんだが、主人が死んだ時に家臣も後を追うんだ。自主的か強制かは主次第なんだがな」

「断るとどうなるの?」

「殺してから入れられるんじゃないか? まあ、今はもうやっていないところがほとんどだから気にすることはない」


少しはあるのか、とテレジアは思った。

その間に、ヒグドナはずんずんと中央の棺へと向かう。

棺の表面に手を触れて、テレジアを呼んだ。


「おい、これを触ってみろ」

「え?」


触れるとわかったが、棺のフタが完全に閉じられている。

特殊な構造でもしているのか、どれだけ持ち上げようとしてもビクともしない。


「もしかしてこれ棺じゃないんじゃない?」


テレジアはそう言いながら何気なく金のゴブレットを棺の上に置いた。

すると、ゴブレットの重みの分だけ棺が台座へ沈み込んだんではないか。


テレジアはおもむろにその場から離れた。

大きな地響きがしたあと、壁に立てかけられた棺が震え出した。


「気をつけろ」

「何が出るの!?」

「さあな。少なくとも良いものじゃない」


棺のフタが次々に開き、床へと音を立てて倒れていく。

中からは鉄の鎧兜で武装をした骸骨達が現れた。

手にはさびついた青銅の剣を持っている。


明らかに友好的な態度ではない。

テレジアは腰の剣を抜いて構えた。


「ねえ、骸骨って剣で切れるの?」

「頭を砕け」

「了解、切れないのね」


骸骨達は様子を伺うこともなく、二人に襲いかかってきた。

ヒグドナは振り下ろされた剣を完全に無視し、骸骨の頭を大きな手でひと掴みにして、まるで果物のように潰した。


テレジアも負けてはおらず、振り下ろされた剣を避けたあと足で抑え、頭部目掛けて剣の柄を振り下ろす。

すると、簡単に砕けた。


「骨だけなのに骨が弱いって……」

「油断するなよ。剣の錆びは毒だと思え」

「分かってるよ。切られるつもりはない」


二人は手分けして骸骨と戦った。

決して強くはないが、如何せん数が多く、何体いたか数える気にすらなれない。

へとへとになったころ、やっと棺の部屋は静かになった。


ゴブレットを置いた棺を見ると、中央から二つに分かれ、翠色に輝く水晶を置いた台座がせり上がっていた。

眩く光る水晶をヒグドナはまじまじと見つめて言った。


「今、この砂漠で何か作動しているものはあるか?」

「砂くらいじゃない?」

「この大きさの水晶で砂全てを動かすのは厳しいな」

「ここにはまだ何かあるってこと?」

「……取ってみるか」


ヒグドナは水晶を取り外した。

同時に地響きが聞こえ始める。

何かが動いているのだ。

それはしばらく続いたが、今いる棺の部屋が崩れる様子はない。


辺りに注意を払いながらじっと収まるのを待った。

この部屋からでは何が起きたのか変化がわからなかったため、二人は来た道を戻ることにした。


「見て! あんなの無かったよ!」


塔の真下にある空洞でテレジアはそれを見つけた。

奥へと続く洞窟が現れていたのだ。

その道は短く、奥はテレジアが落ちたあの巨大な空洞に繋がっていたが、まるで向きが変わっていた。


「……どういうこと?」


テレジアの疑問にヒグドナは答えない。

しばらく考える素振りをして、彼は口を開いた。


「……この空間はここにあったか?」

「あ、そうか。あの時は下に落ちたんだからここにあるのはおかしいね」

「移動してきたとすれば、今まで真下にこの空間があったことで何かが作動していたということだ」

「そして、二つの空間は繋がっている、と……」


テレジアはハッと気がついて、目を見開いた。


「砂時計!!」


二つの空洞を合わせると砂時計の形をしていることに気がついたのだ。

しかし、なぜ砂時計なのかはわからない。

それに、これで砂時計が横向きになって、何が変わるのだろうか。


「砂漠、元に戻るのかな」

「戻ればいいが、今すぐにとはいかないだろう。それと、もう一つやらなくてはならないことがある」


ヒグドナは懐から小さなネジを取り出した。


「何のネジ?」

「オルゴールのネジだ。ここで拾った物だが、おかしなことに銀で出来ている」

「銀じゃ駄目なの?」

「ああ、エルフは銀が苦手なんだ。つまり、この墓に使われるはずのない材質ということになる」

「泥棒の人が落としたのかな」

「可能性はある。落としたが、拾えなかったんだろう」


ヒグドナの言葉を聞いて、テレジアは気がついた。


「泥棒の人はエルフだったってこと……?」


テレジアの出した結論にヒグドナは頷く。


「どこかでこの墓の情報を得たのだろう。そしてエルフ文字を読めるために仕掛けを作動させることが出来た。しかしネジが銀であることに気がついて落としてしまった」

「拾えないくらい苦手なの?」

「エルフに銀は触れない。触っているだけで気が狂ってしまうからな。これが銀と分かった時点で間接的にでも持ち上げられなくなる」


銀を持っているという感覚が駄目なのだとヒグドナは言う。

テレジアにはよくわからなかったが、とにかくエルフが銀を持ち歩けないということだけは理解できた。


「それじゃあ、早速詳しい話を聞きに行くとしようじゃないか」

「誰に?」

「泥棒の人にだよ」


テレジアはよく分からないまま、ヒグドナと共に遺跡を後にした。

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