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02-2.砂漠の町サマク

「ついたー!!」


町の入り口で、テレジアは両手を上げて叫んだ。

入り口のゲートにはランタンがぶら下がっている。

しかし、中に見える建物はどこか寂しく、どこも真っ暗で灯りが見えない。


「……みんな寝てるのかな?」

「わからん。砂漠が変わったのと関係あるのかもな。宿屋を探すぞ」


町の大通りには、たくさんの民家が面している。

しかし、そのどれもに生活感がない。

扉や窓は開け放たれ、中には砂が舞い込んで、埃のように積もっている。


人が住んでいればこのようなことにはならないはずである。

夜とはいえ、旅人がよく訪れるはずの町で、商店が全くないということがあるだろうか。


不審がりながらも、ふたりは道を歩き、一軒だけ、灯りのついている施設を見つけた。

ぶらさがった看板には、宿屋と書かれている。

このような状況では、ただ一軒営業しているというのも、逆に怪しいものである。


フードを被って顔を隠したヒグドナを先頭に、ふたりはその建物へ足を踏み入れた。

他の民家などとは違い、中は綺麗に清掃されている。

ふたりが辺りを見回していると、カウンターの奥から、声がした。


「あ、すみません! 気がつきませんで!」


奥から出て来たのは、長耳のエルフの主人である。

細身で背の高いエルフは、砂漠で暮らしているというのに、全く日焼けなどもしておらず、透き通るような白い肌をしていた。

人間の皮膚とは構造が違うのだろう。


「なあ、町の様子がおかしくないか? 前に来た時はもっと活気があったはずだが」


ヒグドナが言うと、主人は本当に困ったという顔で言った。


「ええ、ええ。もう、私のほかには誰もおりません。砂時計の町なんて言われていたのも、三十年ほど前までですねぇ……。あのころ、急に砂漠の大変動がありましてね。今まで使っていた道が全く見えなくなってしまったんですよ。砂漠で道が見えなくなるというのは、夜の山中で灯りを消すようなものですから、皆は完全に場所が分からなくなってしまう前に、他所へ引っ越してしまったんです」

「賢明な判断だな」


「その通りでございます。元々、砂漠の民は流浪のものですから、土地に対する拘りをそれほど持っていません。ですが、私のように他所からここへ来た者は、少なからず愛着を持ってしまいましてね。離れられないんですよ。いずれ砂に飲み込まれると分かっていてもね」

「原因は分からないのか?」


ヒグドナがそう聞くと、主人は少し考える素振りを見せて、言った。


「このレンドル砂漠には、聖域と呼ばれる場所があります。なんでも、大昔にエルフの一族が作ったらしく、そこでは砂漠の管理を行っているとか……」

「砂漠の管理?」


今度はテレジアが聞いた。


「ええ。私にも、どういうことか分かりませんが、そこで何か悪さをした人がいるのかもしれません」

「それって、どうにか出来ないんですか?」

「どうにか、とは?」

「砂漠を元に戻すんです」


主人は驚いて首を振った。


「無理ですよ! それに、あなたたち、いえ、そちらの大きな方はともかく、あなたのようなお嬢さんが行くところではありません。中には化け物がいるんです。危ないんですよ」


テレジアは肩をすくめて言った。


「でも、もう聞いてしまいましたから。止めても行きますよ」


主人は困った顔でヒグドナを見るも、彼は特に何も言わない。

随分迷ったのか、頭を掻きむしって、主人はカウンターの中から古い手書きの地図を取り出した。


「強情な方だ。聖域の場所を教えます。砂漠で行き倒れになるよりはいいでしょう。でも、本当に危ないところですから、危険を感じたらすぐに戻るんですよ」


茶色くボロボロになった地図には、砂漠の全体図と周辺の町との位置関係が書いてある。

サマクの他にも、町はふたつあるが、そのどちらもすでに人は住んでいないらしい。


主人は全ての町を見て回って、人がいないかどうか探したが、どこもサマクと変わらない様子であった。


「あの砂漠を抜けてきたのだから、方角はお分かりになるのでしょう? この辺り、ちょうど砂漠の中央辺りですね。ここが聖域です。昔の王族の墓なのですが、誰のものなのか、記録は残っていません。ここの地下に、聖域があるのですが、ひとつ問題がありまして」


主人は一呼吸おいて言った。


「墓の中には古のエルフが施した仕掛けが多数存在します。その解き方も傍の壁画に書いてあるのですが、今は既に失われたエルフ語で書かれているのです」


今や人間とエルフは同じ言葉を話しているが、大昔はエルフはエルフだけの言葉を喋っていた、とテレジアも聞いたことがあった。


「ご主人は、読めないんですか?」

「少しだけなら読めますが、この通り、足を痛めていまして、残念ながら同行は難しいかと」


そう言って、主人はズボンの裾をめくって見せた。

足首からふくらはぎにかけて、切りつけられたような傷が残っている。

生活するには問題ないが、とても探索などは出来そうにない様子であった。


「……おれが読める。問題ない」


それまで寡黙に話を聞いていたヒグドナが口を開いた。


「流石です! 私が知っていることは、以上です。この地図もさしあげますので、どうか生きて帰ってください」


主人はすがるようにそう言った。

ふたりはそのまま、休むために部屋へ向かった。


室内にはベッドの他にはランタンと机くらいしかなく、本当にただ寝るためだけの部屋であった。

安いから、というよりも、物資がないから、と言った方が正しいだろう。

飲み水だけは、昔引いた井戸があるため、困ることはないようであったが、それ以外、一切のものを手に入れることが難しいだろう。


「あの人、どうやって暮らしてるんだろう」


テレジアはベッドに寝転がり、天井を見つめながら言った。


「行商人でもいるんだろうな。おれたちが辿りつけたことを思えば、位置を正確に記録してる奴らなら、難なくたどり着くだろう」


荷物の整理をしながら、ヒグドナは言った。


「でも、商売相手もいないのに?」

「通り道としてなら考えられる。砂漠の真ん中で寝るよりは、屋根のあるところで寝たいと思わないか?」

「それは、たしかに」


窓の外では、砂の海が月明かりに照らされて、青くぼうっと光っている。

歩いているころは気がつくことがなかったが、遠くから落ち着いて見てみると、地平線がきらきらと光り、夜闇にきらめくそれが、星の砂と呼ばれる理由が、テレジアにも分かった。


「聖域って、エルフが作ったのかな」


テレジアは何気なく聞いた。


「エルフの連中は自然現象に造詣が深い。何か目的があって、砂漠を操らなければならなかったんだろう。王族の墓、というのも荒らさせないための嘘かもしれない。それほど重要な人物の墓なら、中にどれだけ罠を巡らせても皆納得するだろう」

「建てる段階で怪しまれないようにするため?」

「そういうことだ。しかし、俺が前に来たときはそんな建物はなかったはずだ。少なくとも、王族の墓があるなんて話は聞かなかった」

「砂が動いたから出て来た、とか?」

「わからん」


雑談はそこで終え、ふたりは翌日の聖域探索に備えて、眠ることにした。


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