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<おもいで文庫より その5> 記憶の始まり

作者: まおちゃり

 忌まわしいエピソードに始まる幼稚園の記憶。しかしそれは、その後出会う先生のおかげで思い出深いものへと変わります。

 出会いの尊さをかみしめながら、恩師を偲びます。

 みなさんの脳裏には、いつ頃からの記憶が刻まれているだろうか。大抵は2、3歳頃からのようだが、中には母親の胎内にいた時の記憶を持つ人もいるというから驚く。


 私の記憶は3歳の初め、幼稚園の廊下を泣きながら走り回っているところから始まる。

 4月1日に3歳になったばかりの私は、祖母の家からほど近い幼稚園に通い始めた。5月にはお姉ちゃんになることもあり、当面日中だけ祖母宅で過ごすことになったのだ。

 ところが、同い年の子の中で最も生まれの遅い私は、まだ人見知りが抜けず、泣いてばかりの毎日だった。

 登園するとまず、1列に並んで「あ~ん」と口を開けたところに、肝油が1粒ずつ配られる。そこまではどうにか我慢するのだが、肝油を食べ終わるやいなや、涙が溢れてきたように思う。

 ある時とうとう、「そんなに泣きたいのなら、廊下へ行って泣いてらっしやい!!」と首根っこをつままれ、猫のようにポイッと放り出された。

 壁の上半分が白く、下半分が青い、薄暗い廊下。ちょうど境目あたりに非常ベルがぼーっと赤く灯っていた。そこを、手前の端から向こうの端まで、わぁわぁ泣きわめきながらひたすら往復している光景が、私の記憶の始まりなのだ。なんと情けない記憶の幕開けだろう。


 結局事態は改善しないまま、ひと月も経たないうちに私は退園することとなり、その後は悠々自適な日々を謳歌した。

 「もう明日から行かなくていいの?やった~!!」と喜ぶ私の顔があまりにうれしそうで、母は「そこまで追い詰めていたのかしら……」と胸を痛めたという。


 それから1年後、4歳になった私は、自宅から少し離れた別の幼稚園へ、バスで通うことになった。近所にはいじめっ子が住んでいて、母は最寄りの同じ保育所に通わせたくなかったのだ。

 温かい先生方が優しく迎えて下さった上、私も少しは大人になっていたこともあり、新しい園にはスムーズに溶け込むことができた。


 母の話では、最も早生まれで体も小さかったグズな私を、担任のM先生は常に自分のそばに置いて見守って下さっていたという。

 M先生は、ピアノが上手だった。教室でもよく「トルコ行進曲」や「エリーゼのために」といった名曲を披露して下さり、私たちはその迫力ある音に圧倒されながらも、夢中で聞き入ったものだ。


 M先生はやがて結婚されてT先生になられ、5歳になった年長組でも私を受け持って下さり、小学校へと送り出して下さった。

 難局を乗り越え、無事卒園できたことに両親ともども恩義を感じていた私は、成人してからも年賀状をやりとりしていた。

 ある時、先生ではない筆跡の喪中はがきが届いた。それはT先生の訃報を知らせる、ご主人からのものだった。49歳の若さだった。

 病気などとはひとことも言わず、常に明るい励ましの言葉を贈って下さっていたT先生。知っていたなら、きっとお見舞いに行ったのに。


 いつかあの世で再会することができたなら、直にお礼を申し上げたい。「先生、心許ない私をいつもそばで支え続けて下さり、本当にありがとうございました。先生のおかげで、私の不名誉な記憶は、思い出に溢れた、温かく懐かしい記憶に変わりました。ご恩は決して忘れません」

 「始めよければすべてよし」なら、私の記憶は最悪。これが「終わりよければすべてよし」になるよう、これからも優しくてうれしくて温かい記憶を刻み続けていきたいと思います。

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