ジ・ハード
2050年4月17日
スラム小国特別自治区 小鹿の蹄亭
あの喧しい日々も気づけば七日を数える。
今も彼は、店主の元社会復帰のため下積みを続けている。
相変わらず店主の無能感は秀逸で気苦労の日々。
代わり映えしない日常と、急変する現実の間を彼は傍観と悲観を繰り返す。
七日間。これまでかという程に状況は変じた。
暁雲が現れてすぐ、スラム政府軍は全市民に対して外出規制を呼び掛け、情報を囲った。
二日目、街中に武装兵が目立つようになり、明らかなぴりつきを感じさせる。
三日間、外出規制が解除され、一時的な平穏が市民の元へ帰還した。
四日目、国内外の店店から国外製品が影を落とす。
五日目、本格的な入国規制及び輸入規制が始まり、外部からの隔絶が進む。
六日目、政府主導の元、スラム国籍以外の者の強制送還が執行される。
人々の平穏は静かに関節がずれていく。
七日目、今のところは行動はないが、国内の空気は決して良くはない。
人々は、有無言えぬ不安感が支配剱を握る。
今日も今日で、ここは不快感のウエイトが強い。
おおよそ、人の生命活動に相応しいとは言い難い空間にこの男は未だ根を張続ける。
ここは、ご存知小鹿の蹄亭。
オーランドは、一度ここから脱したもが政府の排他的処置から逃れるため、再び入獄を選んだ。
連日、当たり前のようにウェイトレスの姿で労働を強いられている。
段々と日常化している自分が酷く許せない。
これが人の適応力というべきか、何とも滑稽な様。
兎も角そんな日々が指折り過ぎている。
「店主、いつまで寝てるんですか。夜ですよ。」
このやり取りも他者から見れば可笑しなものだ。
普通の人は朝起き、夜に床につく。
だが、店主には常識というなの物差しは意味を持たない。
いつも開店の一時間前に叩き起こし、戦地へ駆り立てる。
「うっもうこんな時間か、いつも悪いな。」
「悪いと思うならいい加減、目覚ましと仲良くしてください。」
これがオーランドの一週間の変化。
2050年4月17日 同日
スラム小国首都 メルトス 中央統合本部
凝り固まった空気の中、六人の賢人が並び立つ。
形式術によって構築されたモニター。
映し出されるのはスラムのとある区画。
第9区画ギルナンド、メルトスから少し離れた工業区画。
元はギル区画と呼ばれ、メルトスに並び王国時代の発展に尽力したスラムの重要拠点。
映し出されているのは、もうひとつ。
朱髪で翡翠の衣を纏いし青年。
彼等が属にグレムリンと呼ぶ、存在。
青年は、何をするでもなく工業区画をさ迷う。
静寂が座する世界に、青年の足音が侵略を続く。
そして、ついに足音をも消え失る。
青年はゆっくりとモニターの方へと振り返り、ニヤリと嗤う。
何処かで、誰かが、良く知っている笑みが其処にはあった。
笑みの意味は言わずもがな。
背景となっていた工業区画が、刹那の間に焦土と化した。
誰も、何も語りわしない。不思議な程に
「時は為された。今より我々は、王国復興戦線を決行する。」
2050年4月18日
スラム小国特別自治区 小鹿の蹄亭
間も変わらず非日常な日常が交差する。
酒と加齢の織り成す不愉快極まりない箱で、客に媚びる日々。
一つ違うのは、店主がいつもより10分も速く店を開いたこと。
これは必ずや何かある。
逆にこれで何もなければそれこそ恐怖に近い。
「らっしゃいませ。」
挨拶で迎い入れたのは、歩く鉄の塊。
趣味の悪い装飾だらけのだっさい甲冑。
このダサさを見れば、これが誰であるかは皆が知るところにある。
「よう、リギルじゃねえか。仕事中にどったよ。」
「ネルソン殿。お迎えに参りました。」
椅子に腰を預けることなく、しなやかに床へと膝をつく。
只でさえ異質な場に、更なるカオスが舞い降りる。
客は一人、また一人と店を後にする。
静けさとカオスのシェアハウスに3人はただ立ち尽くす。
正確には、リギルはまだ膝をついているので立っているのは2人。
なんてことは、どうでもいい。
今は、この黙りの空気を清浄してもらいたい。
「今、我々は再び立ち上がる。」
「今、動いたところで利はないぞ。」
「否や、我らの動きは必ずや正義へ立つ。」
甲冑の軋む音と、特徴的なバリトンボイスが心地よく響く。
立ち上がる。
詰まったところ、反旗を翻す、革命を起こすと言った手合いのものだろう
「何度も言わせるな。」
「貴殿こそいつまでそうしているつもりだ。」
リギルの反論とともに第二の声が響く。
干渉型形式。
そこから流れる音は、誰もが承知するものだった。
「人民の諸君、我はスラム小国最高司令官ロザミオだ。我々はスラム政府は今ここに聖戦を開始する。」