荒廃の六騎
2050年4月10日
多くの人々がまるで洗脳を受けたように、空を仰ぐ。
赤雲は徐々に拡大を繰り返し、スラムの地を市中に納める。
スラムの空を紅く染め上げたそれは、スラムの民にとって大きな意味を持つ。
「まさか、正気か。」
今までの変な空気を強引に相殺したファブ。
後ろなど向けない。
オーランドがどんな顔をしているだろうか。
「ファブさん。」
届くはずの宛先を失い、霧散する。
風向きが変わり、事実を通達する。
血の薫り。
戦地で嫌というほど嗅ぎ、染み付いた嫌悪の香水。
薫りと同時に、地に折れる肉の音。
その肉は、見覚えのある翡翠に身を染める。
「翡翠乃模造者、いぞようもない。」
ファブの背後より発する二つ目の音。
甲冑で覆い、肌身を隠蔽する体躯。
腰より流れる、長剣を提げた大男。
剱光エルグランド=ペイオフ。
現在、スラムの自警団第一部隊の総括。
とある戦いの、とある英雄の失敗作。
「ファブ殿、ロザミオ様が御呼びです。」
「御呼びなのは、荒廃埜六騎でしょ。」
「貴構には、代理を務めて貰う。」
落ちた翡翠の肉を道端へと掃う。
何故か、転がる肉に目が動く。
差し出された手に反応が遅れる。
嫌々、手に同意を示すと身体が浮く。
転送系形式による事象変異。
これでほんの僅かな時で、地へとたどり着く。
もう奴とも会うことはないのだろう。
程無く、つい先日まで身を預けた場へと帰還した。
息苦しいほどに狭く、空虚な部屋は相も変わらず粗末なまま。
其よりももっと達の悪い者が住み着いている。
「此は此れは、ファブ。お久しぶりです。」
どこで染み付いたのか薄汚い笑みを浮かべる変態。
この国の頭にして、ファブの義父。
偽善盧同調者。
ロザミオを中心にあと二人。
一人はファブの部下の黒髪の異邦人。
円舞織剣。
そして、ファブの隣のエルグランドとキャラデザの被り気味の鎧男。
鬼人リギル=フォートカス。
過去の記憶と成りつつある亡霊。
「やはり、奴らは来ないか。」
「抑、奴らは外野の人間だ。仕方ない。」
雁首揃えて、沈黙を保つ。
ガラスで構成された心許ない空間。
キイキイと椅子のみが、この場の発言権を持つ。
何のための召集かは、言うが萌那さ。
紅き狼煙。
この存在に、民は恐れ、憂い、叫喚する。
これはスラムにとっての聖戦の狼煙。
独立という檻を破り、自由という解放を欲す聖戦。
「皆さん、そろそろ話を始めましょう。」
「というより、ヘルファングはどうした。」
「彼はもう動き始めている。」
2050年4月11日
まだ朝日も朧気に田湯多雨。
暗く湿った、酒と煙草の半融合を起こした一角。
散らかり放題の足元に整列を駆け、歩を進める。
嫌悪の山の頂上に、その主は君臨する。
公害レベルの鼾を放つモンスター兼この小鹿の蹄亭店主。
「店主、そろそろ起きてください。」
二人が消えた後、行き場を探し此処へ辿り着いた。
そして、流でまた女装させられている。
この店主の趣味は一度、矯正が必要だ。
これが下手をしたら英雄になっていた男の末路とは末恐ろしい。
目を覚ます気配が毛ほども感じられない。
確かに大物であるのは、迷いどころはない。
箸にも掛からないような話は、突如の違和感に相殺される。
騒音の裂き目より、毛色の違う存在が一つ。
「どちら様ですか。すみませんが店主は今...」
音が止み、不気味に場が荒れる。
転がるように物陰へと体を押し込む。
鼓動が逸ると共に、情報が流れ込む。
4箇所へと枝を違える卑屈な音。
その一つが店主のもとへと、足を運ぶ。
本来なら、行動を起こすべきであろう。
しかし、今回に関しては例外。
あの店主に何があろうと不利益は微々たる物。
まだ、給料を貰っていないことを除けば
彼は、後ろ髪を引きちぎり店を後にする。
「出てったか、で何の用だ。剱光殿。」
「貴方様を迎えに参りました。人外様」
荒廃の六騎。
剱光、鬼人、円舞、廃狼、修羅、人外の二つ名を持つ戦士の総称。
このごみ溜めの覇者。
未だ自由の利かない肉を引きずり、エルグランドの前へ立つ。
「残念だがな、剱光殿。俺は目覚めはしねぇよ。」
拳を握ろうと、力を入れるが拳をそれ以上、閉まりはしない。
腕は異様に震え、その異形さを示す。
理解を求めるように顔を上げるも、男の顔は変わらない。
震える腕を抑え、不適に笑みを漏らす。
「お前はまだ、あの廃狼に希望を見いだすか。」