小鹿の蹄
血生臭さ
それが憩の隣人の今。
朝も、昼も、夜
全て奪われ阿鼻した過去。
永遠にも感じられる遺憾な
傲慢の未来。
2050年 4月10日
息苦しくも感じる都内を抜け、解放的な都外へと足を運ぶ。
着飾った都内よりも彼女には合っている。
人々の活気を中心に成り立つこの都外。
ここに、彼女の探し者が在るのだろうか。
半日ほど探索に明け暮れるが、それを発見には至っていない。
翡翠之魔神。勿論、本物ではなく模造者。
この国にとっての害であり、愚別の対象。
「全く、何故今なのか。」
怒りをともなった独り言には当然、理由が孕む。
4月25日。スラムの始まりの日。
永い独立の日々が終結し、不自然な自由を勝ち取った日。
それを記念し独立祭の準備やら、警備状況の見直しなどで猫の手どころか蟻の手でも借りたい時にこの事件。
もう日も落ち、捜索は困難なものになる。
「仕方ない、今日はここまでか。」
一通りのことを済ませ、ある場所へと向かう。
そこは彼女の行き着けの店。
お世辞にも、繁盛などしていない。
嘘臭い笑顔の店主と、まぁまぁの飯。
店主を除けば、取り上げて文句はない。
見慣れた扉を開け、中へと踏み込む。
「よう、ファブ隊長殿。毎度ご贔屓に」
「贔屓した覚えはないけど、」
足を踏み込んだ瞬間、ここで感じたことのない賑わい。
どう考えてもおかしい。
こんな胡散臭いオッサンの店に来る客など、オッサンの旧友かスラムアタトの人間ぐらいの者。
観光客がおいそれと入っていける風貌ではない。
色々な思考が行き交う中、思考に答が突き立てられる。
「いらっしゃいませ、ようこそ小鹿の蹄亭へ」
今までに見たことないフレッシュ感溢れる人物。
この店に起きた変異事象の関係者であるのは一目でわかる。
男どもが目線は決して彼女を見失いはしない。
どこの世界でも男という人種は屑。
「でっあんなのどこで拾った。」
「小一時間前に路上で丸くなってたのをな」
まるで仔犬でも拾ったかのような言い様。
にしても、この時期にここにやって来る人間など何処かのコスプレイヤーぐらいのものだ。
予想通り、そのような風貌のものか目立つ。
どいつもこいつも本物とは天と地の差。
だが、目標がいる可能性は否定出来ない。
「今日は何でまたこんなところへ?」
「仕事です。仕事。」
カウンター席の奥。ここがファブの指定席。
足を組み、メニューを開くことなく手前の酒に手をかける。
ごくごく当たり前のようにグラスを持ち出し酒を浴びる。
店主も目を離していた間に一杯引っ掻けていた。
呆れたように女性が店主を引っ張り業務に戻す。
「ところで、あんた名前な何て言う?」
ふいに、特に何が在るわけではない。
が、このまま呼び名がないのも不便ではある。
「エットナマエ。・・・オーランドです。」
いきなり片言しかも、名前が出るのが遅い。
怪しい、だがこんなのにあんなことが可能か。
根拠などない。女の勘というやつ。
店にも、いつも通りの平穏が再形成された。
テーブル席には、酔いつぶれた者たちが積み上げられ、調理場は洗い物の進撃を受けていた。
客の波が収まり、オーランドもやっと一息つく。
椅子へと腰を預け、エプロンの紐を緩める。
ふいに、オーランドの姿が目に映る。
綺麗な焔のような赤髪に、満月のような金の瞳。
あの人物と一致する。
翡翠の衣、性別の不一致というもんだいはあるが
仏頂面で見つめていると、店主が顔を出す。
「悪い、オーランド。もちっと手伝ってくれ。」
「はい。分かっりました。」
緩めた紐を直し、椅子から飛び立つ。
そそくさと片付けを始めたオーランドを横に再び酒に口をつける。
ここにいた偽物たちは粗方調べたが、やつは居なかった。
まだ何処かに潜伏しているのか、または逃げているか。
どちらにしろ、対応は明日。
今はゆっくりしよう。
そう心に決め、更に酒を追加する。
「お客さん、飲み過ぎは良くないですよ。」
「どうだ、あんたも付き合えよ。」
オーランドの傍らのグラスへと酒を注ぐ。
完全に出来上がっている。断るのも悪い。
「ガキに酒進めてんじゃねいよ」
「いいだろう、此方は大変なんだよ。」
オーランドへと注いだ酒を奪い取り、喉へと落とし込む。
顔が一層色づき、まるでトマトのようだ。
2050年4月11日
寝苦しいことこの上ない環境、これも馴れてしまった環境。
目を覚ましたのは見慣れた小鹿の蹄亭の奥間。
ここは馴染みの店主の計らいで、いつもここで潰れている。
ちなみに、店主はここへ入ることが出来ない。
女性のみ侵入可能。
いつもは店主の娘に連れてもらうのだが、今回はオーランドが運んでくれたのだろう。
軽く荷支度を終わらせ、店の方へと足を運ぶ。
「ネルソン。悪いが朝飯お願いします。」
「おう、起きたかちと待ってな。」
当たり前のようにカウンターに座り、当たり前のように食事が運ばれてくる。
説明がまだだったが、ネルソンとは先程から店主と誇称していたオッサンである。
これが慣れ親しんだ彼女の日常の一幕。
「そういえば、オーランドはどうした?」
「あぁ、お前を運んだ後に飯喰うだけ食って何処かに行ったよ。」
出来れば彼女とはもう少し話してみたかったけど惜しかった。
なんて、考えるのはいつ振りだろうか
別に友達が少ないとかでは決してない。
何となく、何となくあの人に似ていた。
感傷。あの人は嫌っていたが、そうでもない。
最後の一切れを口に運ぶ時、連絡が入る。
折角の感傷が裂かれ、苛立ちながら連絡を受ける。
「此方ファブ、どうした。」
ノイズがひどい、本部から離れている分影響があるのは分かるがそれを鑑みても粗悪だ。
「 造 を 見。 所 一区画。」
ほとんど聞き取れないが、兎に角第一区画を目指せと言うことだと言うことは理解できる。
食後の余韻を無下にして、慌ただしくその場を去る。
これもまた、何の変わりもない日常の一ページ。
スラム第1区画アウガ
未だに古傷を抱えながらも、どうにか復興を目指している。
崩れかかった建物の多さは、第7区画と比毛をとらない。
しかし、此所ならば奴も身を隠す場も多い。
通信機は相変わらず、壊れたラジオのように雑音を醸し出す。
「何処にいる。翡翠之魔神。」
さまようことに疲れはて、アウガ支部へ戻ろうと踵を返す。
雑音を常に紡ぐ通信機。
もう何時間も砂嵐。
そんな嵐の中、一筋の切れ目がファブの踵を止める。
「グレムリンらしき人物、支部より南西の方角にて捕捉。」
丁度、支部の南部にいたファブは西へと走る。
心拍が上がり、鼓動が全身を被う。
もしかしたら、奴はあの人かもしれない。
浅はかで幼稚な、理由なき期待。
何故だろうか、空気が重い。
誰が見ているわけでもなく、何の力を感じている訳でもない。
だが、重い。
まるで、あの戦場のあの時のような空気。
「やっぱり、ここか。模造者としては、支障なやつだな。」
どうだったでしょうか。
小鹿の蹄。
本当はスラムの防人のはずだったんですが思った以上に書きすぎました。
次回、ファブがついにリークに出会いスラム戦線の火蓋が切られます。
出来れば続きも読んでください。
頑張って書きますので、小説も絵も上げていきます。