始まりの都市
2050年4月9日
静寂と無機物の支配する閉鎖空間。
薬品と錆びの不快極まりない閉鎖空間。
そこに存在する只、二つの有機物。
有機物の一つが重い口を開く。
「ねぇ、セイタス。貴方なら解るでしょう。」
「忘れました。そんなこと。」
二人にしか成立しない、明解な会話。
誰もその中へ介入は不可能。
ラムゼイは面白く無さげに眼鏡へ指を滑らす。
この二人はいつもこんな感じ、ラムゼイはセイタスに問、セイタスが解を述べる。
そして、ラムゼイはその解を決して認めない。
「質問を変えましょう。貴方は世界に何を求めますか?」
何を求めるか。
人は多くの物を求める。
地位、名声、金、恋人、力、長寿、どこまでも貪欲に人は求める。
口で求めるのは簡単だが、求める物には代償が付きまとう。
この世は循環であり、完全や完璧は存在しない。
静けさを失い、喧しく動き出した観測機。
人が生みし、神の躯を求めし傀儡。
聖域を見つめ、叶わぬ夢を逐う傀儡。
傀儡の影で製作者は問う。
今に何を求めるか。
この問いかけに対する最も模範的答えとは
この問いかけに対する本当の答えとは
この問いかけに対する本意の至るところとは
どの応えを用意しようと彼は納得はしない。
この男はいつもそうであり、揺らぐことなどない。
「応えよ。・・・・」
声は細く、セイタスへ届くまでに失せる。
ラムゼイの声に上書きを書けたのは、憐れな傀儡。
このアラームは、聖域とツバァイの湾曲同期の異常を告げる叫び。
つんざく悲鳴の中、ラムゼイの足は機器の方へと吸い込まれる。
それが示す者は、只一つ。
「遂に、見つけたぞ。代弁者ユースティティア。」
代弁者。神の操を人々へ告げ、導く、第二の神。
そして、代弁者の一角。人の願いを叶える絶対強者。
唯一神アークが象徴の神ならば、ユースティティアは原像の神。
その発見とは、救災を防ぐ鍵であり、アークへ届く架け橋。
鍵を掴むため、ラムゼイは見えぬ手を伸ばす。
届きそうで、届かない光。
「来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い、来い。ユースティティア!!!!!!!!!」
狂喜と純粋さで織り上げられた異質な空間。
この男と対象のみが存在、認識される閉ざされた世界。
閉鎖空間の主は、孤独を愛している。
そして、孤独に愛されている。
客観的に見れば、宛らイカれた道化師。
「見たか。見たかセイタス。私は貴様を今、越える力....」
紡がれた虚言の糸が不意に途切れる。
まるで、弦が切れ音が鳴らなくなった楽器の様に。
これは所謂、比喩であり、人に弦などなく切れるはずなどない。
今、此処で音が途切れた理由は一つ。
音を発す器官が機能を失ったための結果。
あるはずでない物・・・・・頭部。
先程まで、しっかりと首の上に居座っていた頭部。
長く荒れた髪を携え、皮肉を漏らしていた頭部。
えげつない嫌悪感と悪臭を連れ、閉鎖空間を一瞬にして汚していく。
転がった頭部は、釣り上げられた魚のような動きを続けより一層、大気を汚染する。
椅子に座ったままの胴体は、悲しげに事実を受け入れる。
「安心してください。そして、呪ってください。」
手に握られていた白槍。絡み付く鮮血を払い、肩へと流す。
これが彼の最善の解。
何も見当たらない。何もない。何も存在しない。
どこまでも冷たく、悲しく、虚しい閉鎖空間。
1つの影が空間を震わせる。
「彼の解は見届けました。もう用はありません。」
「それでは、セイタスに対してCE を発動させ、」
2つの無機質の振動は一瞬、鎮まる。
何も存在しない。何もいない。その中で唯一、存在が確立する。
確立したものは、影の前へと足を運ぶ。
形などない。ただそこに存在する。
「危険です。虚像、破壊。」
侵入者の存在を恐れ、旅立つことを決する。
3つの無機質は居なくなり、本当の閉鎖空間と化す。
一人ぼっちとなった存在。
そして、存在は一人でいることを選ぶ。
世界が霹靂をもたらし、自らに手を伸ばすまで....
~第一章 ルート開戦~
~第一話 始まりの都市~
2050年 4月10日
呆れるほどの平和な檻の中、人々は思い出す。
平和という言葉の存在する檻の中に、平和など存在しない。
クライム皇国に隣接する小国スラム。
4年前にグレス帝国から独立した新規創立国家。
クライムの採掘と贖罪の独自生成を主な収入源とする汚染国家。
現状、大陸を結ぶ逃幻橋を有し、クライム皇国の第一防衛ラインとされ、最大の戦場となっている。
独立戦争の傷も癒えないまま、更なる痛みを味わう。
「第八歩兵団進め。」
土煙と乾いた血の香りの染み付いた街中に、聞き慣れた声が響く。
世界平和機構。通称、WPC。
世界最大の統制機構。種族、能力に関係なく優秀な戦士を携え、世界の6割を統治する。
第八歩兵団。WPCの中で特に、防衛任務を主とする部隊。
スラムは、未だ独立勢力国軍を持たず、多くの組織が介入する。
そのため、組織間でのいざこざは絶えず、その沈静化のために召集されたようだ。
「働き者ですね。やっと落ち着けると思ったのに」
壊れかけたビルの上、青年は部隊を見送る。
鮮血のような赤髪。
目に優しい緑と黄色を基調とした軍服。
男性にしては少々低い背丈。
本人は気にしていないと主張するが、このことについては、禁句である。
そんなことは置いておいて、彼が俗に言う主人公さんです。
何故此処にいて、何をしようとせんのかは、今は誰も知らない。
スラム小国 第2特区ルート
空気は張り詰め、今にも弾けてしまいそうなほど。
誰もが他を意味嫌い、怖れる。
これで良くなった方だと言うのだからふざけている。
皆が望んだはずの独立。
皆が望んだはずの自由。
皆が望んだはずの国。
それが今であり、現世ならば笑えない。
有象無象の人の間を縫うように、彼は一人さまよっている。
「久しぶりですが、変わらんな。」
感傷に浸るなど無意味。
変わらないという考えは、変えられなかったということと同義。
4年。変えられなかった、変わろうとしなかった4年。
何処まで進もうと見つからない解。
思考の坩堝の中、外界の干渉により引き戻される。
耳元を掠れた得物。WPCの一部部隊の使う苦無という短剣。
足音を気づかせず、彼の周囲へと陣取る。
奪われた空気の振動。
隠しきれていない殺気と鼓動。
「止めましょうよ、判るでしょが。」
言ととものに、周囲に霧散した意識に襲来者は固まる。
感じる。
足一本、指先一本、動かそうものなら一瞬で肉片へと回帰する。
圧倒的な狂気の羽音を感じる。
襲来者は沈黙の海に沈み、彼は一人歩を進める。
「待て、翡翠の魔神。」
グレムリン。彼を指す真名であり、愚別の名。
何か言いたげな顔で、兵士はこちらを凝視する。
声がでないのか、果たして出せないのか。
生命の脈動が、無形の場をふるわせる。
「何故だ、何故あんなことを。」
「忘れました。そんなこと。」
乾いた応えに納得のいかない男が身を変える。
動く体躯と裏腹に、男は後悔する。
男の向かう先に、もうあの彼はいない。
彼がいるのは、男の背後。剣を振るえば、意とも簡単に頭は落ち、肉の塊へと具現化する。
「今は、時間がないので此れで失礼します。」
彼は、何をしなかった。
男は一人空となった場へと走り続ける。
感じた狂気は消え、絶望の歩幅が大きく変わる。
絶望は唯一の絶対であり、人の織り成す光。
2050年 4月11日
彼は今、危機に直面している。
先程の小競り合いなど、今の事態と比較的すれば比ではない。
正に、月とスッポンぐらいの違い。
スッポンといっても亀の方ではなく、掃除道具の方ぐらい違う。
この違いが解るのは関西人ぐらいだろうが。
足はもたずき、思考は不安定。腹に至っては先程から悲鳴が響き続け、今にも限界を迎えそう。
生物が決して抗えぬ衝動にして、反復行動。
空腹。
どんな強者であろうと、どんな弱者にも訪れる絶対の定め。
ここ4日ほどまともな飯はおろか水分も確保出来ていない。
地理にも強い訳でもない彼にとって迷宮に近く、そこから食事処を探し当てるのは不可能に近い。
彼は、若干量の方向音痴持ちである。本人は一様に自覚している。
行けばいくほど、修正しようとするほど、迷子になっていく。
「まずい。このままじゃ本気で倒れる。」
悲痛な叫びも、誰もいないこの空間では体をなさない。
覚束無い足を気合いで動かし、店を探すが店どころか人さえ感知できない。
ふと、目に入るのはどれも似たり寄ったりの瓦礫の山。
唯一見つけた違いも畏敬に彼を嘲笑う。
「第零特区ディール。」
瓦礫の間からやつは此方を見つめ嘲笑う。
第零特区ディイール。
スラムの中で最も激しい戦禍となった地であり、今だ多くの謎の残る未曾有の地。
どうりで人の存在を感知できないはずだ。
ここは一見様御断りのお堅いところだったようだ。
しかし、そうなると更に状況が悪い。
誰もいないということは、誰に頼ることもできないということ
つまり、孤立無援=餓苦。
最悪なシナリオへのカウントダウンが頭の中をループする。
そんな現象を押さえつけ、誰もいない非現を歩く。
「よう、こんなところで迷子か。グレムリン。」
薄くこごもった声。
ふいに、振り返ると其処には正に人成らざる者がこちらを凝視する。
久しぶりの投稿となりましたが、多分皆さんはじめましてですよね。
改めまして、記載者兼今作の主人公リーク=セイタスです。
小説内で、彼やグレムリンと言われた今回唯一の主要キャラです。
何か、説明的な感じになっていますが、次からは色んなキャラ登場しますので、ご勘弁。
キャラの顔とかが気になるかたは、ツイッターの方で絵のほう挙げさせていただいていますので、そちらをチェックしてください。
キャラ、小説への罵詈雑言お待ちしています。