訓練場の少年
訓練が始まる。国が所有する軍の訓練場に俺は来ていた。
目の前に隊列を組んだ兵士たちがズラリと並び立っていた。
当然だがここに居る全員大人で10歳の俺より背が高い、ただ立っているだけで威圧感が半端ない。正直怖い。
「全員、注目!」
隊長が大声を上げて号令を出した。一斉に視線がこっちに集まる。
「王子に向かって、礼!」
一糸乱れぬ動きで拝礼を行う兵士たち。
「それでは王子、皆にお声を」
そう言って壇上の位置を変わり真ん中に押しやった。数百の目がこちらに注目する。
「今日から皆と一緒に訓練に参加することになった。俺は王子だがここに居る間、立場は一番下となる。王子だからと媚びる必要はない!繰り返す、媚びる必要はない」
しゃべる言葉は事前に決めていたのだがこの大人数の前で話すのは緊張する。
「聞いた通りだ!今日から王子は我らと同じ訓練場で剣の訓練を開始する。皆はこのまま通常訓練を開始しろ」
「はっ!」
そして訓練を開始するために5人、10人とそれぞれ数人のグループに分かれて訓練のために移動していく。
「では王子…、いやクリス、付いて来い」
訓練場の一角、等間隔に木人形が並ぶ部屋で一人の少年が人形に向けて木刀を振っていた。その少年は部屋に入ってきた俺達に気付き笑顔で走ってきた。
「父上、つぅ」
俺をここに連れてきた隊長が少年に拳骨をお見舞いした。
「ダイン、ここでは私はお前の父ではない。何度言ったらわかる」
「すみません。………ギルバート将軍」
殴られたダインと呼ばれた少年は渋々といった感じで不服そうだ。
「はぁ、クリス様ご紹介いたします。私の息子で今日からあなたの剣のパートナーとなりますダインです」
「ダインです。年は王子より2つ上で今日からの実戦訓練の相手となります。手加減などは致しませんのでご容赦を」
ということで自己紹介も終わり訓練が始まった。準備体操をして壁の隅に立てかけている木刀を取る。
最初の最初なので木刀の持ち方から足捌きまで丁寧に教えてもらえた。
そしてここで神様に貰った力の片鱗を見せる。一度教えて貰った事はすぐにできるようになった。真綿が水を吸うようにどんどん技術を吸収していく。
ダインは面白くなかっただろう。自分は将軍の息子として2年間汗と涙を流して習得した事をすぐさま出来る様になる俺が。そんな俺を将軍である自慢の父親が笑顔で褒めるのだ。
悔しくて悔しくて嫉妬してしまう。人形を俺だと思いながら木刀を振るう姿を何度も見た。
しかしそんな雑念が入った素振りが良いはずなく、父親からダメ出しされる。横で同じ事をしている俺は褒められているのにだ。
だからだろう実戦訓練では力任せに圧倒された。2歳という年の差といっても子供の体では明確な違いが生じる。
ダインが打ち込むたびに俺は吹っ飛ぶ。最初はそれで簡単に勝負がついていた。
父親である将軍はそんなダインに何も言わなかった。
しかし半年が経った時、ダインは俺に手も足も出なくなっていた。
日が落ちて暗くなった訓練場に一人残って黙々と木刀を振る人影があった。
「………」
それを黙って見守っている人影もあった。
「くそ、くそぉぉ」
今日も負けた。年下のアイツに負けた。いくら素振りをしても何度剣の型をさらっても強くなっている感覚が、勝てるイメージが浮かばない。
このまま諦めて剣を置くことも何度も思った。しかしそれをすれば完全に負けることになるとわかっていた。
「ダイン、もうそろそろ終わりにしろ。それ以上は体を壊す」
「父、上」
ダインは素振りをしながら泣いていた。そんな息子を胸に抱いて声をかけてやる。
「ダイン、お前には剣の才能がある」
そんなものはないと言いたかった。だがいえなかった。
「黙って聞け、相手は神に祝福された勇者だ。いくら才があっても届かない場所に王子は行くだろう。私でも数年後、成長した王子に勝てる気がしない」
そう将軍でもある父が認めた。
「だがそれは諦めと同義ではないぞ。我ら王国軍はそれを承知で彼の、王子の下で戦うと己と剣に誓ったのだ。ダイン、彼は倒すべき敵ではない。共に戦う仲間だということを忘れるな」
まだ難しかったかもしれない。しかし先達として、親として指を咥えて息子が挫折して腐ってしまうのを見ていることも出来なかった。
その行動は後に間違えではなかったと実感した。
ある日の実戦訓練、ダインは肩の力が抜けていた。相手の姿がよく追えている。相手の動きが見えていれば攻守が楽に行える。余裕が生まれる。
何度目かのつばぜり合いの後、ダインの胸に淡い光がふっと入っていったように見えた。
そして上段から振り抜いたダインの木刀は受け止めた王子の木刀を“切断”した。
「………まいった」
なんと訓練で強くなった勇者である王子から一本を取ってしまったのだ。
後に王子とともに各地に飛び幾多の魔物を切り伏せることとなる加護を受けた勇者の右腕“聖騎士ダイン”はこうして誕生した。