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第97話 愛の結晶

更新が遅れて申し訳ありません。

 モトロが客を連れて戻ると、アルスとギーグはすっかり打ち解けて杯を酌み交わしつつ、レイモンドを正座させて説教していた。


「……アルスさん……」


 モトロに声を掛けられ、アルスは顔を上げてそのまま硬直した。


「……え?」


 モトロの腕にはもうすぐ一歳になる息子、そしてその隣には……。


「……ヒバリ……?」


 驚くアルスに対面させられていたレイモンドがひょいと振り返ってニヤリと笑った。


「あ、ようやく到着ですね」


 レイモンドの声に、アルスの顔が引き攣る。


「……お前……ヒバリに何を……」


 アルスに詰め寄られたレイモンドは肩を竦めて彼を見上げ、シレッと言い放った。


「ペガサスの詠唱とこの村の地図を送っただけですよ」


「……おかげで半日でこちらに来れたわ。ありがとう」


 ヒバリは疲れた顔でレイモンドに会釈する。


「半日って……お前、無茶しすぎだろ!」


 アルスは立ち上がり、ヒバリの手を握った。ヒバリの手は冷え切っていて、少し震えていた。


「だって……、貴方がもう戻って来ないかも知れないと思ったから……」


「なっ……」


 ヒバリの思いがけない反応にアルスがゴクリと息を飲んだ時、台所からフィーネが酒の肴と果物を持って来た。


「モトロさん、お客様は……?」


 フィーネは皿を食卓に置き、ヒバリに気付いて軽く会釈する。


「……あ……ええと、いらっしゃい。モトロさんの……?」


 驚くほどモトロに似た少女を見て、フィーネは首を傾げた。魔人の少女が何故、突然この場に現れたのかよく理解できず、その顔色の悪さに手を差し伸べそうになった。


 一方、フィーネを見た瞬間、ヒバリの中ではその姿がティアナと重なった。

 ティアナとアルスに共通する点と異なる点。その二つをいつも気にしてきたヒバリの目が、無意識に前に立つフィーネとティアナの共通点を洗い出す。

 彼女がアルスとこの女性の間に生まれた娘である事を瞬間的に悟り、ヒバリは自分が思った以上に衝撃を受けている事に呆然とした。


「……あ……イヤ……」


 自分にもモトロという息子があるのだ。伴侶たるアルスの過去を認めない訳にはいかない。

 理性ではそう思っていても、感情がそれを許さないと悲鳴を上げている。

 アルスがティアナに向ける優しい目が、彼女を通してこの女性に向けられていたのだと思うと胸を掻き毟られるようだ。


「あの……大丈夫ですか?」


 フィーネが声を掛けた途端、ヒバリは両耳を塞ぐように頭を抱え、アルスの目の前にしゃがみ込んだ。


「どうしたの?」


 皿を持って部屋に入ってきたティアナは、フィーネとヒバリが対峙している事に気付いて息を飲んだ。


「……あ……お母様……その女性(ひと)は……」


「俺の妻だ」


 ティアナが説明しようとしたのを遮るように、アルスはヒバリの肩を抱いてフィーネに向き直った。


「あ……まぁ……そう!」


 フィーネは頬を赤らめて口を覆った。まさか、アルスの妻が魔人の少女だとは思いもしなかった。

 ヒバリはギュッと目を瞑り、一見少女にしか見えないその細い身体を震わせている。


「ヒバリ?」


 アルスが顔を覗き込んでも、反応は無く、ヒバリはただ何も聞きたくないと耳を塞いでしゃがみ込んでいる。


「……あ〜、悪い。どこか部屋を貸してくれるか?」


 アルスはヒバリを抱き上げ、少し気まずそうな顔でフィーネに言った。


「……分かったわ……」


 フィーネはアルスの腕に抱かれている少女をチラチラと見ながら、小さく溜め息をついた。彼女はティアナとアルスの関係にずっと前から気付いていたのだろう。それが、ティアナの母親と再会すると知って、文字通り飛んできらしい。

 フィーネはティアナから聞いた話をもとにそう考え、二人を二階の客間に案内した。


「じゃあ、今晩はこの部屋を使ってね。おやすみなさい」


 フィーネは扉を閉めて足早にその部屋から遠ざかった。




「……おい、ヒバリ……」


 アルスは腕の中のヒバリに話し掛けるが、ヒバリは相変わらず耳を塞いで目を瞑っている。


 アルスは溜め息をついてヒバリをゆっくりと寝台に横たえ、その震える唇にゆっくりと自分の唇を合わせた。


「……ん……」


 ヒバリがゆっくりと目を開けると、アルスは更に深く口付け、その大きな手でゆっくりとヒバリの身体を撫で回し始めた。


「アルス……」


 ヒバリもウットリとした顔でアルスの身体を撫で回す。


 いつしか二人の手は着衣の下に潜り込み、もどかしそうにお互いの服を剥ぎ取ると、もつれるように寝台に倒れ込んだ。


「ヒバリ……愛してる。お前だけだ……」


 アルスに耳元で囁かれ、ヒバリの目に涙が浮かぶ。


「……狡い……」


 そんな事を言われたら、許してしまうではないか。


「彼女との事は……、過去の事だ」


「でも……」


 首筋に口付けながら、ヒバリの髪を少し乱暴に掻き上げると、白いうなじがあらわになる。


「妬いてくれるのか?」


 数多の男を虜にしてきたこの女性が自分に嫉妬してくれるのなら、これほど男冥利に尽きることはない。


「……だとしたら、嬉しすぎるぞ……」


 アルスはヒバリの身体に口付けの雨を降らせ、赤い刻印を花のように散らす。


「だって……アルス……」


「安心しろ……彼女にもちゃんと伴侶となる男がいる。だから……」


 アルスはそのままゆっくりと身体を重ね、仰け反ったヒバリの胸の頂きに口付けして白い身体を抱き締めた。


 ◇◇◇◇◇


「ねえ、レイモンド……貴方、ヒバリに何を吹き込んだの? ラキスまで連れて、こんな所まで飛んでくるなんて……」


 ティアナは三人を見送りながら、レイモンドに白い目を向ける。


「いや、俺は何も。ただ、きっと気付いてると思ってたし、そこにペガサスの詠唱を知ったらどうするかなって……」


「で、送り付けたらまんまとやって来ちゃったんだ……」


 ティアナは苦笑した。でもこれで、アルスを家族の元に帰しやすくなった。


「……ティアナはアルスに一緒にいて欲しかったか?」


 レイモンドの言葉に、ティアナは複雑な表情になる。


「そりゃ、いてくれたら心強いわよ。だけど、いつまでも彼に頼るのは良くないって思ってたし、ヒバリに悪いって思ってた……」


 レイモンドは自分がどうしてヒバリに手紙を出したのかよく分からなかった。だが、ティアナの言葉を聞いてホッとした自分に気付き、ゴクリと息を飲む。


 ーー俺は、アルスさんに嫉妬してたのか?


 とにかく自分はアルスに叶わない。そして、ティアナが彼に全幅の信頼を寄せているという事実。明らかに修羅場となると分かっていながら、ヒバリを呼び寄せてしまった理由が他に思い付かず、なんとなくティアナから目を逸らした。


「……ま、もともとここからは僕達で行く予定でしたしね」


 モトロが腕の中のラキスをあやしながら、ティアナの隣に座った。


「ラキスからお父さんを取り上げたら可哀想だもんね……」


 ただでさえ、生きる時間が違うのだ。きっとヒバリは一分でも一秒でも近くにいたい筈だ。それはラキスにとっても同じ事だろう。

 ティアナはその言葉を飲み込んでから、弟の頭を優しく撫でた。


「ラキス……お父さんを返すね。お姉ちゃんは頑張って強くなるから、貴方もお父さんに強くしてもらってね」


 きっとこの子は強くなるだろう。なんと言ってもアルスとヒバリの子だ。

 空色と水色の色違いの双眸を覗き込み、その額に優しく口付けた。かつて、あんなに欲しかった兄弟がここにいる。


「……ついでに、ティアナ様と母の兄弟探しでもしますか? きっといっぱいいますよ?」


 モトロが笑うと、ティアナは苦笑した。アルスとヨシキリ……確かにこの二人の子供なら、二人のあずかり知らぬ所であちらこちらで生まれているかも知れない。


「そう言えばそんな村、あったわね」


 ティアナが言うと、レイモンドとモトロはクスクスと笑い出し、何となく話を聞いていたギーグはキョトンとしていた。


 ◇◇◇◇◇


 寝台の上で抱き合ったまま、ヒバリはアルスの逞しい胸に頭を預ける。


「アルス……愛してる。ごめんね、嫉妬したりして……。しかも過去の事なのに……」


「いや……お前が妬いてくれるなんて、思いもしなかったから……」


 アルスは愛しい妻の身体を愛しげに撫で回すが、ヒバリの手がそっとそれを止めた。


「……ん? もう終わりか?」


 アルスが物足りなそうに言うと、ヒバリはチュッとその唇に口付けた。


「貴方にお知らせがあるのよ」


「ん?」


「多分……もう一人いるわ。だから、今日はここまで……ね」


 ヒバリが頬を赤らめて言うと、アルスはその赤銅色の目を大きく見開いて妻を見つめ、大きな手をそっと妻の下腹部に当てた。


「本当か!」


「まだすごく小さいけど……。多分間違いないわ」


 アルスは少し興奮してそのまま耳をヒバリの下腹部に当て、首を傾げる。


「まだ……何も聞こえないか?」


「まだよ」


 ヒバリはクスクスと笑い、アルスの赤毛をくるくると指に絡めて弄ぶ。


「そうか……。今度は女の子がいいな……」


 目尻を下げて下腹部に口付けしながら言う夫に、ヒバリはポツリと言った。


「……ティアナの旅に付き合うの?」


「……さっきまではそう思ってたんだ……。でもな……」


 レイモンドにしてやられた気がするが、無茶をしてここまで飛んで来た妻を追い返す訳にはいかないだろう。


「お前はどうするんだ? また湖畔の村(ボーデュラック)に帰るのか?」


「何も言わずに飛び出して来ちゃったから……」


 ヒバリが言うと、アルスは再び妻に覆いかぶさった。唇を深く重ね、貪るように口付けると、不意に顔を離して潤んだ目でヒバリの顔を覗き込む。


「あ〜、駄目だ。もっとお前を抱きたい……。腹に負担掛けないから……いいだろ?」


 ヒバリは少し考え込み、悪戯っぽく笑った。


「あの人にもそんな風に迫ったの?」


「おい……ヒバリ……」


 アルスは参った、と肩を竦める。


「……彼女との事……全部話してくれるなら……いいわよ?」


「勘弁してくれよ」


「駄目よ。貴方がこれまでどうやって女の人をたぶらかしてきたか、聞かせて欲しいわ……」


 ヒバリは赤い唇の端をニィッと上げて挑発的にアルスを見つめる。


「あのなぁ……」


「……私も全部話すから……」


 ポツリと呟いたヒバリの言葉にアルスは眉を顰めた。


「俺は聞きたくないぞ? 今のお前がいればそれで充分だ」


 第一、ヒバリのこれまでの男の話など聞いていたら、時間がいくらあっても足りないだろう。

 アルスは意外にも独占欲が強い妻の束縛を感じ、その心地よさに深く吐息をついた。


「お前が聞きたいなら話すけどな……」


 そう言えば、他の女の話はあえて避けてきた。アルスはヒバリの耳朶を噛み、優しく囁いた。


「これまで他の女をどうやって抱いたのか、全部お前の身体に刻み込んでやるよ……」


「アルス……」


「一緒に帰ろう。ラキスとこの子を大切に育てよう……。それに……もっと俺の子を生んでくれよ」


 ヒバリの白い身体に付けた痕を指でなぞりながら、耳から首筋へと唇を這わせる。


「アルス……」


「俺たちがこうして……一緒にいた事の証明を……もっと……!」


 生きる時間が違う……、従兄がその事をどれだけ思い悩んでいたか思い出し、ますます不安が大きくなる。

 またヒバリを一人にしてしまう前に、少しでも多く自分とともにあった証拠を残したい。

 フィーネとの一夜がティアナの存在によって揺るがぬ物となったように、自分達が愛し合った証拠をもっと残したい。


「……ええ。私も……もっと証拠が欲しい……!」


 ヒバリは両腕をアルスの背中に回した。愛しい男を自分の元に繋ぎ止める為に。

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