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第91話 揺れる心

 道が二手に分かれていた。


「おおっ! これが……」


 御者台のレイモンドは船着き場に続く直進する道に後ろ髪引かれながら右側の道を選ぶと、森の間をくねくねと蛇行した道に続いていた。

 かつては隠れ住むためにあえて獣道のまま利用していたが、こうして道が整備されると感慨深いものだ。

 だんだん見知った景色が近づいて来て、レイモンドはゴクリと息を飲んだ。彼は襲撃後の焼け跡は見ていないが、兄からその惨状は聞いていた。


「兄さん……帰って来たよ……」


 腰の剣に手を添えて手綱を片手で操りながら感慨にふけっていると、先回りした少年達が村の入り口で待ち受けていた。

 レイモンドが馬車を止めると、その内の一人が駆け寄ってきた。


「レイモンド!」


「ランドルフ、みんな無事か」


「もちろん。どうする? すぐにフィーネ様の所に行くか? 先に話を通した方がいいか?」


「そうだな……」


 レイモンドは思案しながら御者台から降り、馬車の扉を開けると、ティアナがひらりと飛び降り、モトロとアランがそれに続いた。


 アランは馬車を入り口近くの厩につけると、馬をそこに繋ぎ直し、レイモンドに向き直った。


「馬と馬車は俺達が責任を持って預かる。俺の家はこの隣だ」


 ランドルフが荷物を馬車から下ろしながらレイモンドとティアナに村の様子を説明する。


「焼け残った村長の家はなんとか復元したのですが、フィーネ様はダルセルノの家があった場所に家を建てて住んでおられます。お部屋を多めに作ったので、ティアナ様のお部屋もあると思います。この時間ならまだ畑仕事に出ておられる筈ですから、しばらくしてからお越しください」


 言われて村を見渡すと、襲撃など無かったかのように平穏な風景が広がっている。立て直した家の大きさや位置が変わり、村外れにずらりと並んだ墓と、畑仕事に従事しているのが女ばかりである事が目に付くぐらいだろうか。


「……あ、ガーシュ様の墓はあの丘の上だ」


 アランに言われ、レイモンドは丘を見上げた。村全体を見渡せる丘の上に一際立派な墓石が建てられている。


「……そうか……」


 レイモンドは言葉を失った。ここに来るまで、父の死を受け止めていなかった事に今更ながらに気付く。どうして、自分はあの時戦う事を選ばなかったのだろう。充分戦えた筈なのに。


「ほら、行くわよ」


 ティアナがレイモンドの腕を引いて、丘に向かう。

 モトロは黙って二人に付き添い、アラン達は戸惑いながらもフィーネへの連絡に向かって行った。彼の指示でランドルフがモトロと共に二人に従う。


 墓石の前でレイモンドはティアナに背中を押されて息を飲んだ。


「え……?」


「ちゃんとお父さんに報告しなさい、……フィアードの代わりに。……私も報告するから」


 フィアードの代わり……。その言葉が胸にズシリとのし掛かる。闇雲に剣術に没頭しながらも兄にその実力を隠す事で、心の何処かで兄に勝ったつもりでいた。

 だが、こうして代理として亡き父に相対する事になるとは……。


「……俺って……子供だったんだな……」


 いざ、兄の代わりとして何をどう言えばいいのか全く思いつかず、父の墓石の前で狼狽える。

 レイモンドは自分が思ったよりも幼い感覚で兄と競争していた事を実感した。


「あくまでも兄さんの補佐役のつもりだったんだ……」


「それでいいじゃない。フィアードはちょっと席を外してるだけなんだから」


 ティアナは少しムッとしてレイモンドを見上げる。


「フィアードの代理は今だけよ。取って代われる訳ないでしょ? レイモンドにはレイモンドにしか出来ない仕事があるんだし! だからホラ、報告!」


 ティアナに背中を押され、レイモンドは墓に跪いて瞑目した。


 ◇◇◇◇◇


 村長の屋敷は見事に復元されていた。ティアナはその手腕に驚きつつ、内部を見て回る。

 壁や床には若干の煤けた跡が残っているが、天井も屋根も一新されている。だが、住民がいないガランとした屋敷内部は殺風景だった。


「……お母様はここに住む気はないのね……」


 ティアナにとっては育った家という印象が強いが、フィーネにとっては村長の屋敷でしかない。当然と言えば当然だ。


「フィーネ様は、この屋敷はサブリナ様が戻られた時に使えるようにとおっしゃって……」


 ランドルフの言葉にレイモンドは唸った。


「母さんは多分、戻るつもりはないからなぁ……」


「勿体無いわね」


 焼け跡を知っているティアナは眉を顰めた。せっかくここまで復元したのに、空き家にしておくのは勿体無い。

 ティアナはプラプラと部屋を見て回り、応接室として使っていた広間と、ダルセルノが執務室として使っていた部屋を覗き込んだ。

 玄関から二手に分かれてすぐに入れるこの二部屋の位置関係に、ふといい事を思い付いた。


「ねえ、レイモンド。協会(ギルド)の事務所と学校をここに置いたらどう? それなら誰も反対しないと思うわ。他ならぬ貴方が協会(ギルド)の代表なんだし」


 ティアナの提案にレイモンドは大きく目を見開いた。既存の建物を利用できればこれほど有難いことはない。


「成る程な! 客間もあるから、派遣されて来た講師や冒険者も滞在できるな」


 レイモンドは大きく頷き、そそくさと懐から紙を取り出して各部屋の利用について考え始めた。


「モトロさん、あの……水に関することで、ちょっとお伺いしたい事があるんですが……」


 ランドルフはモトロに耳打ちして二人で外に出て行ってしまった。


 残されたティアナは仕事に没頭しているレイモンドを置いて、フラフラと奥の部屋に行くと、おもむろに地下室の扉を開けた。




 そこだけ時が止まっていた。


 襲撃直後のほんの数日間ではあるが、フィアードと暮らしたその時のままだった。

 建物の復元をした職人たちがこの地下室に気づかなかった筈はない。だが、中に立ち入らなかったのはひとえに、施工主フィーネによる心遣いであろう。

 フィアードが魔術の勉強をしていた机の傍に、自分が眠っていたゆりかごがあった。


「……あ……」


 ティアナはヨロヨロと机に歩み寄ると、フィアードが座っていた木箱に腰を下ろしてギュッと目を瞑った。

 彼と共に旅をした記憶が一気に蘇って胸を埋め尽くし、それ以前の記憶を鮮やかに塗り替えていくのが分かる。


「フィ……アード……ッ!」


 涙がとめどなく流れ、胸を締め付ける。どうして今、彼はここにいないのだろう。自分が短慮を起こして記憶を封じさえしなければ、こんな事にはならなかったのに。


 ティアナは机に縋り付くように頭を預け、嗚咽を上げて泣き続けた。




 一通り部屋の利用方法について原案が出来上がった所で、レイモンドは顔を上げて一人取り残されている事に気付いた。


「おいおい……酷いな……」


 いくら勝手知ったる我が家だったとは言え、こんなガランとした屋敷に取り残されて平然としてはいられない。少し不安な気持ちでキョロキョロと周りを見回しながら屋敷内を歩く。


「……うぅ……」


 何処からか嗚咽のような声が聞こえ、レイモンドはそちらに足を向けた。


 地下室の扉が開いている。その中から押し殺したような泣き声が聞こえてきている。

 幼い女の子の声ーーティアナだろう。


 レイモンドはどうしたものかと頭を抱えた。彼女は本当の意味で子供ではないのだから、泣いている姿を見られたくないかも知れない。


「……おーい……」


 小さい声を出して反応を伺うと、泣き声が止まった。

 隣の部屋まで戻り、あえて大きな足音を立てて地下室の扉に近付いて中を覗き込んだ。


「……あ……レイモンド……」


 眼帯を外し、目の周りと鼻を赤くしたティアナが無理に笑って顔を上げた。

 その顔を見たレイモンドの心臓がドキン、と跳ねた。


「……こ……ここにいたんだ……」


 ドギマギしながら、ティアナが地下から上がってくるのを見る。レイモンドは自分のその反応に戸惑っていた。


「ごめん、探した?」


「いや……大丈夫だ……」


 なんとなく目を逸らし、玄関に向かって歩き出すと、ティアナがトコトコとついて来て、レイモンドの腕を掴んだ。


「ねぇ……、お母様に会う時、一緒にいてくれる?」


「……俺が?」


 いきなり腕を掴まれた心の動揺を隠すようにぶっきらぼうな言い方になってしまった。ティアナはそれに気付かずに色違いの双眸でジッとレイモンドを見つめる。


「うん。……ちょっと……不安で……」


「お……おう。分かった……」


 レイモンドは今自分の心に芽生えた不思議な感覚に内心で首を傾げつつ、彼女の要求を受け入れた。


 ◇◇◇◇◇


 ティアナは緊張した面持ちで家の扉を叩いた。


「はい……あ……」


 畑仕事を終えて、着替えを済ませたばかりの栗色の髪の女性が扉を開けてティアナを出迎えた。

 ティアナは赤毛に髪を染め、男物の衣服に身を包んだままだが、眼帯を外している。


「……お帰りなさい。ティアナ……」


 若草色の目で笑い掛けられ、ティアナは複雑な気持ちで頷いた。


「中に……入る?」


 フィーネは遠慮がちに聞いてくる。ティアナは戸惑いながら後ろに控えているレイモンドをチラリと見た。


「……フィーネさん。お久しぶりです」


 レイモンドが一礼すると、フィーネは少し困ったような表情になった。


「レイモンドね。フィアードはどうしたの? 彼が連れて来ると思ってたんだけど……」


 生まれて間もない我が子を託したのはフィアードだ。何故この場にいないのか気になるのは当然だ。


「……話せば長くなるの。それで……」


 ティアナが続けようとしたが、突然駆けつけたモトロに声を掛けられて口を閉ざした。


「ティアナ様、こちらでしたか。レイモンドに相談がありますので、よろしいですか?」


 少し駆けてきたのか珍しく息が上がっている。ティアナが頷く前にモトロはレイモンドを引きずるように連れて行ってしまった。


「……あ……モトロ?」


「あら……まあ……」


 フィーネは少し面食らっていたが、すぐに気を取り直してティアナに恐る恐る笑い掛けた。


「……今日はここに泊まっていくんでしょ? 色々聞かせて欲しいことがあるの……」


「……私もよ、お母様。話さなければならない事もあるし……聞きたい事も……」


 ティアナが俯きながら言うと、フィーネはホウッと溜め息をついた。


「じゃあ、中に入って……」


「うん……」


 ◇◇◇◇◇


「おい……離せよ!」


 レイモンドはモトロの腕を振り解こうとするが、彼は動じることなくレイモンドを引っ張って村長の屋敷に入ってしまった。


「くっそ……、何なんだよ!」


 ようやく解放され、レイモンドは舌打ちした。油断ならない男だとは思っていたが、まさか自分がこんな扱いを受けるとは思いもしなかった。


「レイモンド、貴方らしくありませんね。今、ティアナ様と一緒に家に上がり込もうとしてましたよね?」


「ああ。ティアナが不安だからついてきて欲しいって言ったから……よ」


「不安なのはティアナ様だけですか?」


 呆れたようなモトロの口ぶりにレイモンドはキョトンとした。


「え?」


「生まれてすぐに子供を手離し、六年もの間その帰りを待ちながら暮らしてきた母親の気持ちは考えましたか?」


「……あ……」


 自分の立ち位置をわきまえた行動を取るのが得意だと自負してきたレイモンドにとって、この指摘は耳が痛いものであった。


「多分、彼女はティアナ様よりも不安な筈です。それなのに、部外者がその再会を邪魔してどうするんですか」


「……そ……だな」


「貴方がいたら、お母上は真実を語らないかも知れません。我が子にしか聞かせられないような話だってある筈です」


「……おう……」


「僕たちは部外者なんですよ」


 モトロに言われて深く頷いた。


「……分かってる。いや……でも、ちょっと……忘れかけてたかも知れない……な」


 レイモンドは不安に揺れるティアナの双眸を思い出して、溜め息をついた。


「悪い……。俺、どうかしてたな……」

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