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第89話 盗賊のアジト

「一対多数の戦い方?」


 レイモンドから剣術を習い始めてすぐ、ティアナはレイモンドに質問した。


「アルスさんには習わなかった?」


「剣一振りで三、四人を真っ二つにする人に教わってもね……」


 フッとティアナはやや遠い目をして唇の端を吊り上げた。レイモンドは苦笑する。


「そんなに必要あるとは思えないけど……。今までそんなに襲われた事あるのか?」


「そうね……二、三週間に一回くらいかな……」


「……そうなんだ……」


 レイモンドはゴクリと息を飲む。やはり神の化身ともなると、狙われる頻度も高いのか。これは心して掛からなければならないな、と今更ながらに気を引き締めた。


「これまでは、アルスが切り刻んでくれたり、サーシャが斬り伏せてくれてたんだけど……」


「……へぇ……」


 あんな化け物達と同じように戦えると思っていないだけましか、とレイモンドは小さく息を吐く。


「あと、一人の時を狙われたら、とりあえず魔力でぶっ飛ばしたり、消し去ったり、記憶飛ばしてみたりしたんだけど……」


 恐ろしく物騒な話にレイモンドの顔が引き攣る。もしかしたら自分はとんでもない人物の護衛と師匠を引き受けてしまったのかも知れない。


「剣一本で自分の身を守れるか……心配だわ……」


 レイモンドは深く溜め息をつき、この規格外のお姫様に一般常識を叩き込む事にする。


「とりあえず、複数の敵に囲まれた時は、逃げる事を一番に考えるんだ。間違っても、敵を殲滅しようとか思うな」


「……え……でも……」


 こいつは殲滅する事しか考えてなかったな……。レイモンドは背中を冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。


「そもそも、お前の腕力で大人の男の息の根を止めるのは不可能だ」


「……そうかな?」


「運良く首筋をとらえられれば殺せるが、返り血も凄い。一人仕留めて、次に攻撃を移しにくい。胸や腹に剣を埋め込むのは論外だ。それなら懐剣なんかの暗器を仕込んだ方がいい」


「……うん……じゃあ……」


「暗器が無ければ、敵の戦意を喪失させて、その隙に逃げることを優先しろ」


「……うん……」


 なんとなく釈然としないティアナに質問を投げかけてみる。


「戦意を喪失させるにはどうすればいい?」


「……えっと……武器を奪う?」


「そうだな。他にも、手や足、目なんかの局所攻撃だ。爆音なんかで耳も意外といけるが、味方には事前に知らせておかないとこちらも動けなくなるからな」


「そっか」


 具体的な例を聞いて、少しイメージが湧いてきたようだ。これで殲滅には拘らなくなるだろう、とホッとして続ける。


「飛び道具がなければ、複数の敵はそれほど怖くない」


「……そうなの?」


「暗器に関しては要注意だが、そういう奴は自分から近付いて来ない事が多い。無闇に近づかない事だ。そして、動かない奴に背を向けるな」


「そうね」


「暗器の使い手がいなければ、それほど問題はない」


「……どうして?」


「武術や短剣みたいに射程距離(リーチ)の短い敵ならともかく、基本的には同時に攻撃してくる事はないからな」


「そっか!」


 剣や槍などを別方向から同時に一つの的に当てる事は出来ない。しかもティアナのような小さな子供は的が小さい。下手をすれば味方同士の武器がぶつかるだけだ。


「普通は連携して近い奴から順に攻撃してくるから、一人ずつ片付けてもいい……でもな……、もっと簡単な方法がある」


 レイモンドはニヤリと笑う。


「連携をさせないで一斉に攻撃させたら、避けるだけで敵は自滅する」


「……成る程ね……でも、そんな馬鹿な事……するかしら?」


「それで、連携を崩すのも……ティアナみたいな子供や女性なら意外と簡単に出来る」


「……どうするの?」


「挑発すればいいのさ」


 ◇◇◇◇◇


 挑発は思った以上に効果的だったらしい。

 元々、それほど連携するような集団でも無さそうだったが、まさか全員が一斉に馬車を背にしているティアナに向かって地を蹴るとは思わなかった。


「……単純……?」


 目の前の少年の白刃を身を屈めて避けると、その少年の向こう脛を思い切り蹴りながら、右から横薙ぎに払われた剣をいなして剣筋を変えさせる。


 キィン……!


 敵同士の剣がぶつかり、二人ともが体勢を崩した隙にティアナが返した剣で二人の剣を弾き飛ばした。


 少し離れた位置にいた少年達はティアナがただ者ではないと気付き、慌てて踏ん張って立ち止まるが、時すでに遅し。


「空を統べる精霊よ……」


 ポソリと呟くように詠唱し、ティアナが懐から粉末を風に乗せて広げた。


「うげっ!」


「なんだこれっ!」


 覆面のお陰で思い切り吸い込むことはなかったようだが、全員目からボロボロと涙を流して座り込んでしまった。

 染髪用に用意していた灰汁の原料である。こういう使い方もありかと仕込んでおいて良かった。


 十人ほどいた少年達は地に這い、完全に戦意を喪失してしまった。


 ティアナは御者台を振り返った。漆黒の隻眼がキラリと光る。

 リーダーらしき少年はその圧倒的なスピードと戦い慣れた身のこなしに息を飲んだ。モトロに突きつけている剣先が震える。


「なっ……なんだこいつ!」


 アルス仕込みの瞬発力で少年の懐に潜り込んだティアナの剣先がその喉元に突きつけられた。


 カラン、と少年の手から剣が落ちる。

 モトロが一切手出ししなかったのは、ティアナの大切な練習の機会を奪わない為かも知れない。


「……流石ですね……」


 モトロはいつでも助太刀するつもりでいたが、全く危なげなく少年達を退けたティアナに感嘆の溜め息を漏らした。


「で……、この子達どうしようか?」


 ティアナの声を聞きつけ、戦いが終わった事を知ったレイモンドが馬車から降りて口笛を吹く。


「すげえ。やるじゃんフィード」


 少年達が顔を上げ、レイモンドを見て固まった。


「なっ!」


「レ……レイモンド?」


 リーダーの少年は下顎が落ちそうなほど大きく口を開けてレイモンドを見、ぐるりと首を回してティアナを見た。


「……お前ら……馬鹿だろ……」


 呆れ返ったレイモンドの声に、どうやらこの少年達は神族の村の少年らしいと思い至り、ティアナは苦い顔をした。殲滅しなくて良かった……と。




「……で、なんで盗賊まがいの事をしてたのか説明してもらおうか」


 レイモンドは先ほどの道から少し外れた開けた場所に少年達を座らせ、覆面を剥いでいく。

 どうやら彼は村一番のガキ大将だったらしく、少年達は身を縮こませて震えていた。


「……俺達は狩猟をする為に村から出てたんだけど……さ、大物とかは全然狩れなくて、本当にギリギリだったんだ……」


 リーダーの少年はアランと名乗った。レイモンドの二つ年下で十六歳らしい。


「で……ある日、矢も尽きて今回は収穫なしだなぁって……トボトボ歩いてたら、行き倒れの商人の死体を見付けてさ……」


「そいつがすっげぇ金持ちで、お陰で近くの村で食料だけじゃなくて酒や薬、調味料も買えたんだ……。ちゃんと供養したんだぜ? お陰で助かりましたって……」


 アランの隣に座っていた少年も口を添える。


「……で、味を占めたのか……」


 レイモンドは溜め息をついて頭を抱え込んだ。復興の速度が速すぎると思い心配していたら、これだ。

 まさか自分達の故郷が盗賊のアジトに成り下がっているとは。


「ていうかな、襲うなら相手を見ろ! こいつは何だ! 勝てると思ったのか!」


 レイモンドはモトロの頭をバシバシ叩きながら少年達に説教する。


「え……いやぁ、変わった毛色の女だなぁ……と」


「……女……」


 モトロの目がスッと細められ、ヒュウッと冷気が立ち込めると、少年達は青ざめて震え出した。

 ティアナが盛大に溜め息をついてモトロの背中を撫でる。


「何怒ってるのよ。自分でヒバリに似てるって言ったじゃない……。じゃなくて、レイモンド、論点がズレてる。それじゃあ相手次第では襲ってもいいみたいじゃないの!」


「……あ、そうか……」


 レイモンドが肩を竦めると、アランが怪訝な顔でティアナを見つめた。


「なぁ……このガキ……、何なんだ? メチャクチャ強いしなんか変な術使うし、それに偉そうだし……女……?」


 しまった! ティアナは慌てて口を塞ぐ。言葉遣いが女に戻っていた。この姿だと違和感が凄まじい。


「あ〜……どうする?」


 レイモンドは口籠り、チラリとティアナを見た。ここで正体を明かすか、それとも隠し通すのか。

 ティアナは顔を顰める。正体を明かすと、村から離れられなくなりそうだ。母親に会わなければならないし、ある程度長居しても構わないが、フィアード救出の為には少しでも早く多くの土地を回りたい。


「……漆黒の……右目……の子供……!」


 アランの隣の少年が絶句した。しまった、漆黒の目ならばさほど目立たないと思っていたが、神族の村人の目は誤魔化せない。

 彼は何やら頭の中で計算をして、ティアナの見た目から年齢を割り出し、そしてその場にひれ伏した。


「……も……申し訳ございません!」


 察しのいい少年の言葉に、他の少年達がざわめく。


「あ……貴女様が……お帰りになる……とは……思いも掛けず……! 我々はなんと失礼な事を……!」


 その仰々しい喋り方、察しの良さ、外見の特徴から、ティアナは記憶の底から彼の名前を思い出した。


「……ランドルフ……?」


「っ! ははっ!」


 いきなり名を呼ばれ、少年は真っ青になってさらに地面に額をこすりつけた。

 かつて(・・・)執事をしていた彼は、若い頃からあまり変わっていなかったのだ、と知り、ティアナは思わず吹き出してしまった。

 少年達のざわめきも収まらず、説明するのも面倒なので眼帯を外した。


「あ……っ!」


 白銀の左目が露わになった瞬間、少年達が一斉に息を飲んで慌ててひれ伏した。


 その異様な光景にレイモンドとモトロは目を見張り、それを当然のように受け止めているティアナに驚愕する。


「……顔を上げて……」


「めめめ……滅相もございません……! 我々は……何という狼藉を……!」


 アランが震える声で言うのをティアナがクスリと笑う。


「いい練習になったわ。村に帰ってからも、練習相手になってくれるかしら?」


「……は……はいっ!」


「ていうか、お前ら全員鍛え直しだ」


 呆れたレイモンドの声にティアナが大きく頷いた。


「そうよねぇ」


 流石に、少年達がいつまでも額を地面にこすりつけているのが居心地が悪くなってきたらしい。ティアナは少し苛立ちながら再び少年達に声を掛けた。


「ねえ、顔を上げなさいって……」


 少し剣呑な響きが宿っていると察知し、全員がガバッと顔を上げる。面白いほどに青ざめた顔色にティアナは肩を竦めた。


「……お母様が、復興の旗印になっていると聞いたの。詳しく聞かせてくれる?」


「……はい……」


 アランが頷き、ゆっくりと口を開いた。


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