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第87話 父という存在

「……名付け……か」


 ティアナはツグミにこれまでの経緯を説明していた。流石にフィアードの魔術の師匠だけあって理解も早い。何か適切なアドバイスも貰えるかも知れない、とティアナは身を乗り出す。


「成る程な。それでフィアードを解放するんか……」


 ツグミは腕を組み、少し考え込むような素振りを見せる。


「時間は掛かるかも知れないけど、それしか方法はなくて」


「必要な魔力量を蓄えられるん?」


「ええ。土地によって魔力量が違うから、あの周辺で名付けが出来るといいんだけど……噴火の影響でどうなってるか分からないし……」


 噴火の規模はよく分からない。とにかく必死で逃げて振り返りもしなかったのだから仕方ない。

 あの辺りで名付けが出来なければ必要な魔力を蓄えるのはかなり難しい。


「とりあえず、他の土地で出来る限りの名付けをして廻るんか……。大変やな」


「仕方ないわ。幸い、レイモンドも協会(ギルド)や学校の設立の為に各地を廻るつもりだったから一緒に行ってくれるし、モトロも同行してくれる」


 ツグミはレイモンドとモトロを順に見て頷いた。


「……アルスは?」


「アルスには家庭があるから、神族の村で別れる予定よ」


「そうか……」


 先の見えない旅だ。家庭のある者を拘束する訳にはいかないだろう。二人の同行者を見て、ツグミは溜め息をついた。


「まぁ、レイモンドがおるなら護衛はいらんしな……」


 ツグミの言葉にティアナは目を見開いた。


「ツグミ、知ってたの?」


「え?」


「レイモンドが強いって……」


「そりゃあ……事務所が何度か襲われた時に……」


 ツグミが話し出すと、レイモンドは面倒臭そうに割って入った。


「もういいじゃないですか、その話は。とりあえず、僕達がティアナに付き添うから心配ありませんよ」


 レイモンドは心配しているツグミを説得しようと身を乗り出した。


「……せやけど、封じられとるのは……フィアードだけちゃうやろ?」


 ツグミの指摘にティアナはギクリと顔を強張らせた。そうだ。あの空間に閉じ込められたのは他に二人いる。


「……フィアードを解放するんと同時に、デュカスがこちらに攻撃してくることは考えたん? フィアードを人質にされるとか……」


 出来るだけ考えないようにしてきた事をズバリと言われ、目を逸らす。


「でも、フィアードを解放出来れば、私の魔力も戻るから……制御さえ間違わなければ、多分大丈夫だと思うわ……」


「……解放と同時に発動するように準備しておかんとあかんな。フィアードだけ近くに転移させる、デュカスだけ遠くに転移させる、封じ直す……どれがええのかは分からんけど……」


「……そうよね」


 ティアナは溜め息をつき、考え込んだ。

 ツグミは意を決したように口を開く。


「……うちも……手伝おか……?」


「何言ってるのよ? 貴女は元気な赤ちゃんを産むんでしょ?」


 突然の申し出にティアナは驚いて目を見開く。ツグミが一緒なら心強いが、今優先すべきはお腹の子供だ。ティアナは強い口調で言ったが、ツグミは少し口籠り、腹をさすりながら言いにくそうに切り出した。


「……この子の……ち……」


 ツグミが何か言いかけた瞬間、レイモンドがガタン、と立ち上がった。


「モトロ、そう言えば薪が濡れてしまって使い物にならないんですよ。ティアナと一緒になんとかしてくれませんか?」


 チラリと意味深にモトロに目配せをすると、モトロはコクリと頷いて立ち上がった。


「分かりました。では、濡れた薪を乾かしてきます。ティアナ様、手伝ってください」


 モトロはキョトンとしているティアナの手を引いて、スタスタと小屋から出て行った。

 扉が閉まるのを確認し、レイモンドは冷ややかな目でツグミを見下ろした。


「ツグミさん……貴女……今、何を話そうとされたんですか?」


「……えっと……だから……父親の……」


「それは、ティアナに聞かせるべき話ですか?」


「ちゃんと言っておいた方がいいかと思って……」


 レイモンドは目を細めた。その迫力に気圧され、ツグミは目線を泳がせながら呟く。


「……ティアナは貴女とヨタカさんの子だと思っていますが?」


「……でも……フィアード……かも知れないって……」


 それを聞いてレイモンドは溜め息をついた。モトロが意を汲んでティアナを連れ出してくれて良かった、と胸を撫で下ろす。


「……どちらか分からないんですよね?」


「……でも、ヨタカとはずっと出来へんかったし……」


「ご自分と兄さんの関係をわざわざティアナに話して、貴女は楽になるかも知れませんが、ティアナの気持ちはどうなるんですか?」


「……えっと……」


「僕は、記憶を失って普通の子供のように兄さんに懐いているティアナの姿を見て来ました。記憶を取り戻してからも、一途に兄さんを想って鍛錬を積んでいるティアナの気持ちを考えると、貴女が今言おうとした事は残酷です」


 穏やかな口調で淡々と語られ、ツグミは言葉を飲み込んだ。


「貴女は兄さんよりもヨタカさんを選ばれたんですよね」


 コクリ、とツグミが頷く。


「それならば、何も今、言う事ではないですよね。お子さんが生まれてから兄さんとやり直したい、と思われるならば僕は止めませんが……」


「……うん……ごめん」


「すみません、敢えてきつい言い方をさせてもらいます。

 ティアナは今、兄さんを助ける為に必死です。その覚悟を揺るがすような事は止めていただけますか?

 彼女以外の何人にも兄さんを救う事は出来ないんですよ? 貴女だって兄さんを救いたい筈です。違いますか?」


 一気にまくし立てたレイモンドは一呼吸置いてツグミを見た。


「……そうや……」


「僕が言いたいのはそれだけです。僕も一応ティアナの師匠という立場になってしまったので、彼女の不利益になる事は極力避けてやりたいと思ってますから」


「うん。分かった」


 ツグミが頷くのを見て、レイモンドはふと何か言い忘れたかのように口を開いた。


「……あと……」


「……うん……」


「僕だって……きっとティアナも、貴女には元気でいて欲しいんですよ。その子も、元気で生まれて欲しい……これは本心です」


 それまでとは違った優しい声音で言われ、ツグミは胸が締め付けられるような気がして俯いた。


「……おおきに……」


 ◇◇◇◇◇


 その後はティアナとレイモンドは剣術の修行、モトロとツグミが二人で水と風の魔法の研究をしながら過ごし、取り立てて問題もなく二日が過ぎ、アルスが小屋に戻って来た。


「おい、馬車を手配したぞ。ここまで入れないから、道で待ってる。移動できるか?」


 小屋に入るなりレイモンドを捕まえて声を掛ける。


「あ……、早かったですね! 分かりました。すぐに仕度します」


 レイモンドはバタバタと荷造りを始めた。ティアナとモトロは食事を作っている最中だった。


「じゃあ、食事を済ませたら出発ね」


「ああ。叔母が馬車を運んでくれた。モトロ、彼女に代わって馬車の番をしてくれないか」


「分かりました。じゃあ、続きはお願いします」


 モトロはニコリとティアナに笑い掛け、アルスに着いて小屋を出て行った。


「ツグミさん、馬車が来たけど移動できますね? 必要な荷物はこれだけですか?」


 レイモンドが荷物を手に寝台を覗き込むと、ツグミはコクコクと頷いた。心なしか顔色が悪い。


「……アルスの叔母さんってことは……ヨタカのお母さんが来たんか! どないしよう!」


 コーダ村に行くと聞いていて、ある程度覚悟をしていたが、まさか当人が迎えに来るとは思いもしなかったのだ。


「いいじゃないですか、貴女は仮にもヨタカさんの奥さんなんですから」


「……うう……」


 色々と思う事があるのだろうが、いちいち構っていられない。レイモンドはティアナが仕上げた食事をよそい、食卓に並べた。


「お、ちょうど出来てる」


 アルスが扉を開けて小屋に入ると、その後ろからスラリと背の高い中年女性が入って来た。

 白髪混じりの黒髪を掻き上げ、木匙を準備しているティアナを食い入るように見つめ、アルスに振り返った。


「ちょっとあんた! 息子連れて来てるならそう言いなさいよ!」


 ツカツカとティアナに歩み寄って抱き上げ、その頭をグリグリと撫でる。


「えっ……あの……ちょっと!」


「アルスのおばちゃんのケイトよ! うわぁ〜! ちっちゃい時のアルスそっくり! 可愛い〜!」


 ギュウッと抱き締められ、ティアナはジタバタと暴れるが、流石アルスの血縁である。全く動じる事がない。


「目を怪我してるの? 可哀想に。おばちゃんが見てあげるわね」


「ケイト!」


 アルスが止める間もなくティアナの眼帯をサッと取り外し、露わになった白銀の左目に釘付けになる。


「……あら……」


 アルスは素早くケイトからティアナを回収して、そっと自分の後ろに隠す。


「……ケイト、目的が違う……」


 アルスの真剣な表情に一瞬息を飲んだケイトはフッと肩を竦めた。


「……訳あり……か。分かったわ。それで、ヨタカの嫁は……ああ、貴女ね」


 スタスタと寝台に歩み寄り、ツグミに笑い掛けた。


「ケイトよ。初めまして」


「……ツグミ……です」


「……ちょっと失礼……」


「え?」


 ケイトは毛布をめくり、真剣な顔でツグミの腹を触り始めた。


「力を抜いて。私は助産師だから……。うん、大丈夫そうね。出血したって聞いたから心配してたけど、これなら移動しても平気ね」


「あ……ありがとうございます」


「食欲は?」


「大丈夫です」


「出血したのは一度だけ?」


「はい」


 ガチガチに緊張したまま、ケイトの質問に答える。


「どうしたんですか、ツグミさん……借りてきた猫みたいですよ?」


 余りにも大人しいツグミの様子にレイモンドが吹き出した。ムッとしてツグミがレイモンドを睨みつける。


「あほ! 緊張して当たり前やろ! あのヨタカのオカンやで! 怖いに決まっと……あ……すんません……」


 思わずレイモンドを怒鳴りつけ、慌ててケイトに向き直ると、彼女は目を丸くしてツグミを見ていた。


「あ……、思い出したわ! そう言えば、ヨタカから久しぶりに連絡が来たと思ったら、『面白い奴と暮らすことになった、母さんと気が合うと思うから、今度会って欲しい』って書いてあったわ。あれって、あんたの事だったのかしら?」


「……あ……多分……」


 ツグミの胸がジンワリと温かくなる。ちゃんと親に連絡を入れてくれていたのかと思うと、嬉しくて恥ずかしい。


「ちょっと今、村はゴタゴタしてるから、ヨタカの嫁としての扱いは出来ないけど、ちゃんと患者として受け入れる準備はしてきたわ。安心してね」


「……宜しくお願いします」


 ツグミは深々と頭を下げた。


「もういいだろ? とりあえず、飯食ったら出発するぞ」


「了解〜」


 ケイトの気の抜けた返事に、アルスはグッタリと項垂れた。




 食事を済ませ、ケイトが荷物を、アルスがツグミを抱き上げて出て行くと、ティアナとレイモンドだけが小屋に残った。


「……賑やかな人だな……流石、アルスさんの叔母さんだ……」


 食器を片付けながら、レイモンドが溜め息をつくと、ティアナが少し思い詰めた表情で口を開いた。


「ねえ……レイモンド……」


「うん?」


「私って……そんなにアルスに似てる?」


 レイモンドは小さく頷き、ティアナの顔を正面から見つめた。


「前はそう思わなかったんだけど。髪の色を抜きにしても相当似てると思う。あのケイトって人が言ってた事が気になるのか?」


「他人ならともかく、血縁者に言われると……ね」


「成長の過程で顔って変わるからな。俺も兄さんに似てた時期もあったけど、兄さんはそのうち母さんに、俺は父さんに似てきたんだ……」


 ティアナは複雑な気持ちで自分の手を見た。アルスの息子ラキスとよく似た爪の形……。それの意味する事を思えば思う程、これまでの自分が否定されるような気がして苦しくなる。


「私……どうしよう……、お母様に会うの……怖くなって来た……」

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