第7話 それぞれの戦い
男達の下品な笑いが耳に付く。形ばかりに剣を構えながらフィアードは彼らを値踏みするように見渡した。
「ティアナ、とりあえずは手出し無用だ……」
せっかくアルスに鍛えて貰ったのだ。いつまでも彼女に守られている訳にはいかない。
自分の腕を客観的に見て、嘗めてかかれる相手ではなさそうだ。多勢に無勢、転移や結界のように発動に時間の掛かる魔術は使えない。
それならば……と、男達が踏み込んだ瞬間に放射状に純粋な魔力を一気に放った。魔術書で理論だけ学んだ技だったので、加減がよく分からない。気の毒だが練習台になってもらおう。
フィアードを中心に衝撃波が起こり、男達に襲いかかる。二人が吹き飛ばされ、三人がバランスを崩した。思ったより出力が弱い。遠慮している場合ではなかった! フィアードは舌打ちした。咄嗟に踏ん張った正面の一人が忌々しそうに地を蹴った。
「ッチ!! 変な術を使いやがって!!」
白刃が襲いかかる。フィアードは結界に覆われた左手を盾にして攻撃を受け流し、すかさず剣を繰り出す。ズシャリッという肉を断つ嫌な感触がして、思わず手を緩めてしまった。
男は、斬られてバランスを崩しながらも、無防備な脇腹に蹴りを入れる。そして更に追い打ちをかけるように剣を振るった。
体勢を崩したフィアードに剣先が触れそうになった刹那、キィーン! と乾いた音がして刃が折れて飛んだ。フィアードは男の肩口に剣を振り下ろす。男は折れた剣を取りこぼし、呻き声を上げて膝をついた。
空中に弾け飛んだ刃は今まさに襲いかかろうとしていた別の男の喉を斬り裂く。そのまま崩れ落ちる男を視界の隅に捉えて、フィアードは剣を構え直した。
やばかった! フィアードは返り血と冷や汗を拭う。残るは二人。幸いにも最初に吹き飛ばした二人は大木に体を強打して動くことが出来なくなっているようだ。ティアナはとりあえず彼を立て、剣戟の結界を張ってくれていたようだ。お陰で命拾いした。
「多少の攻撃なら大丈夫だから!」
背中から聞こえる声に大きく頷いて、大地を蹴った。思わず大きく剣をふりかぶってしまったので、その隙にもう一人が懐に飛び込んできた。やってしまった! と、思わず身を引く。男の肘がフィアードの腹部を抉った。
「うぐっ!!」
剣が音を立てて足元に落ちた。激痛に気が遠くなりかけるが、必死に踏みとどまる。咄嗟にティアナを庇おうとしたその腕を男が乱暴に掴んだ。男はフィアードの腕を捻って押さえ込むと、覆いかぶさるようにして背中のティアナに短剣を突きつけた。その白い肌に赤い筋が走る。ティアナは目を見開きその切っ先を睨みつけた。
男はティアナの色違いの双眸には気付かず、空いている手でフィアードの髪を掴み、自分の方に顔を向かせる。脂ぎった顔を近づけて怒鳴りつけた。
「おい、あばずれ! 手間かけさせやがって! ガキの命が惜しければ大人しくしろ!」
こんな時も女扱いかよ! っと内心で悪態をつきながらも、下敷きになっている左腕が地面にギリギリと押し付けられる。腹部の痛みと捻られた右腕が軋み、涙が滲む。結界は剣戟に向いた構成にしていたため、打撃は殆ど軽減しなかった。それを見抜いた上での攻撃であれば、この男は相当の使い手なのだろう。
剣先をフィアードに向けつつ落ちた剣を拾う。怪しい術を使うのだ。いくら拘束しても油断出来ない、と判断したのは流石である。
どうやらただの人攫いではなさそうだ。恐らく狙いはティアナ。ダルセルノの手のものかも知れない。目的と黒幕を暴き出したいが、そんな余裕もないかも知れない。魔力を溜めようとしても腹部の痛みで集中出来ない。
ったくあの馬鹿! どこまで行ってるんだ! フィアードは自分の無力を棚に上げて、内心でいつもならばこんな奴らを瞬殺してくれる赤毛の大男に悪態をついた。
「おい、せっかくだからもっと痛めつけてからたっぷりと楽しませて貰おうぜ!」
下品な笑いを浮かべる外野の男の言葉に嫌悪が募り、背筋が寒くなった。
「ちょっとあんたたち……」
突然聞こえた子供の声。しかし、その声には子供らしい響きは一切ない。男達が異様な空気に息を飲んだその時、赤ん坊に突きつけていた短剣が音も立てずに粉々に砕けて砂になった。そして今、言葉を発したのは……
「赤ん坊が……しゃべった!!」
驚愕に目を見張る男達は、次の瞬間恐怖で凍りついた。薄緑色の髪がふわりと宙に舞い、闇そのものを写したような漆黒とまばゆい光をたたえた白銀の双眸が見開かれる。
「よくもフィアードを馬鹿にしてくれたわね! 許さないんだからっ!」
彼を立てて様子を見ていてとんでもない台詞を聞かされ、ティアナの怒りは頂点に達していた。
空間を歪める凄まじい力と光と闇が束となって男達を次々と貫いた。存在そのものを否定された男達は断末魔を上げることすらなく、まるで空間に溶けていくかのようにただその姿を消していった。
急に身体を解放されたフィアードは、痛む腹を抑えながら身を起こした。そして、その場に確認できたのはフィアードの剣と喉を斬り裂かれた男の死体だけであった。
「おいおい……まじか……」
生きていたはずの五人は跡形もなく消えていたのである。黒幕を吐かせるどころではない。
フィアードはその惨状に息を呑み、恐ろしい力を振るった直後に力尽きて眠ってしまった背中の悪魔に戦慄を覚えた。
◇◇◇◇◇
宿になりそうな民家もない山道。野営に相応しい場所を探していたら、十数人の賊に襲われたのだ。例のごとく返り討ちにしようとしたのだが、いつもとは勝手が違っていた。
賊は巧妙に陣形を変え、少しずつ移動していく。気が付いた時には戦闘開始位置から大分離れた所に来ていた。
フィアード達と離れすぎている、急いで賊を片付けて戻らなければ。はやる気持ちで剣を振るい始めた時、賊たちが下品な笑いを浮かべていることに気付いた。
「お前らの狙いは何だ!」
賊と剣を交えながら怒鳴りつける。何人かを斬り伏せる。考えることは苦手だが、よくない予感がする。
「ヒヒヒ……、お前の可愛い嫁と娘は今頃俺達の仲間の慰み者さ……!」
下品に笑う男たち。仲間達が殺されても顔色ひとつ変えずに向かってくる。つまり、フィアード達から護衛を引き離すためにこの賊が襲ってきたということだ。そして、今男が言った言葉。
「それが狙いかっ……!?」
アルスの予感は的中した。すぐにでも引き返そうとするが、賊がそれを阻む。明らかに適度な距離を保って牽制している。時間稼ぎが目的と分かった以上、普段は使わない奥の手を使うことにした。どうせ生かして帰さないのなら、奥の手も何もないだろう。
アルスは手前の賊の攻撃をひらりと躱し、剣をその賊に……投げた!
賊は間合いの外から飛んできた剣を避け切れずになす術もなく斬り裂かれる。そして油断していた他の賊にも次々と剣は襲いかかった。
アルスは自分を取り囲んでいた賊を一気に倒し、右腕を振り上げた。手甲に繋がった鎖が跳ね上がり、手元に剣を引き寄せる。常識はずれの腕力が可能とする鎖鎌ならぬ鎖剣……原理は簡単。だから一度見せたら終わり、という奥の手である。
アルスは手甲と柄を繋ぐ鎖を外すと、賊の生死を確認する。生きているものがいれば黒幕を吐かせてから殺すつもりで。しかし、僅かながら息のあった者たちは、彼が手を下すまでもなく次々と血を吐きながら死んでいった。歯に毒でも仕込んでいたのだろう。
「なんだって……!」
仲間の死にも動じず、目的が達成出来なければ自ら命を断つ……これはただの賊じゃない……! アルスの背筋に緊張が走る。目的は……神の化身か!
戦いの跡を逆走しながら、アルスは不安を拭えなかった。フィアードの魔術は中々のものだ。攻撃に転じる方法もある。だが、複数の敵に囲まれた時、魔術の発動まで敵が待ってくれる訳ではない。
恐らく、フィアードは剣で戦おうとする。彼の技術では先程の賊のレベルだと相打ちがせいぜいだろう。魔術を織り交ぜても、複数相手に渡り合えるとは思えない。
最初の襲撃からどのくらいの時間が経っただろうか。敵の目的がティアナなら、フィアードはどうなる!? 自分は間に合うだろうか!?
高まる不安を振り切るように、アルスは駆けて駆けて……ようやく二人の姿を見付けた。
◇◇◇◇◇
「フィアード!!」
アルスの声に、木陰に座り込んでいたフィアードは立ち上がった。
「アルス!」
遅いっ! ……と文句を言おうとして、その言葉を飲み込む。その凄まじい返り血が理由を雄弁に語っている。
一方、アルスもフィアードの姿に息を飲んだ。その乱れた髪や土に汚れた衣類、腕に無造作に巻かれた布は地で染まっていた。
「……何が……あった……?」
傭兵の性か、すぐにフィアードの傷の具合を確認し始めた。切り傷はない。
「剣戟の結界対策か……結構やられたな。右腕は捻挫か……冷やしておくしかないな。腹は……吐き気とかないなら大丈夫だろ。左腕の傷は浅いが広い……跡が残るかもしれないな」
「女じゃあるまいし、別に跡が残っても構わないけどな。ティアナは無事だったし。お前こそ、手こずったのか? 遅かったじゃないか」
アルスは渋い顔になる。すぐに駆けつければ、こんな怪我をさせることもなかったのだ。
「ああ……。まんまと嵌められた」
アルスは自分が受けた襲撃について話しはじめた。攻撃の要であるアルスの分離、そして同時襲撃。実行部隊の生き残りを許さない周到さ。
「……黒幕を吐かせたかったが、始めから毒を仕込んでたんだ。ただの賊じゃない。そっちはどうだったんだ」
フィアードは木に寄りかかり、少し考えて言葉を選びながら答える。
「人攫いに見せかけた逃亡兵って感じだったな。かなり腕の立つ奴らだった。……人を斬るって嫌な感じだな。躊躇った挙句に腹に一発入れられて……ティアナがいなければ危なかった」
「奴ら? でも、死体は一人だろ?」
倒れているのは一人。一人であればフィアードでも対応できたのだろう、と思ったのだ。敵は無力な女子供と判断したから、護衛相手にあれだけの人数を割き、その司令塔たる黒幕が一人でフィアードを襲ったのだろう、と。
「いや……六人いたんだ。あとの五人はティアナが……消した」
「六人もいたのか! よくそれだけで済んだな! え……消した?」
「あぁ。文字通り、音もなく、跡形もなく消えた……。お陰でこっちも情報は収集できなかった。ティアナは魔力を使い果たしたんだろうな……しばらく起きないだろう」
「……それって、神の化身の力か?」
「ああ、多分な。それよりもお前、ちっとも聞いてくれないから殆ど説明してなかったもんな。順を追って話すと長くなるが……今日は聞けるか?」
「……悪かった。ここで話すのもなんだから、移動しながら聞かせてくれ」
アルスは素直に謝った。正直、今回の襲撃は危なかったのだ。あれだけの集団を使い捨てに出来る相手が黒幕だというのならば、事情は把握しておかなければならないだろう。
アルスが荷物を持ち野営地に移動している間に、フィアードは出来るだけ丁寧に、コーダ村でアルスに出会うまでのことの顛末を話して聞かせた。