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第78話 少年剣士

「最近、多いんだよな……」


 御者は手綱を返してもらい、アルスの隣でボソリと呟いた。


「盗賊か?」


 アルスの言に頷きながら、腰の剣を指す。


「冬の間も時々荷馬車を出してたんだが、かなり多くてな。それで、俺達みたいな御者が必要なんだ……」


「物騒だな」


 アルスは渋面になる。先ほどのあしらい方を見ても、相当場慣れしてるとは思ったが、ただの御者ではないらしい。


「最近は荷の事を知ってたり、乗ってる客筋を知ってたりするんだ。多分、客として乗ってる奴が繋がってるんだろうが、証拠が無くてな……」


「……女子供……か……」


 アルスは目を細めた。しかもこの女子供は一般的な女子供とは訳が違う。神の化身に最先端の技術を持つ醫師(いし)だ。万が一にも盗賊の手に落ちたら大事だ。


「珍しいからな。荷馬車に女子供を乗せるなんて。ちゃんと護衛付きだったから良かったようなもんだ」


「……だな」


 普通は安全な乗合馬車に乗る。彼らとてそのつもりだったのだから当然だ。アルスは荷台の様子が気になるが、走行中なので仕方なく周囲に目を光らせる事にした。


「しばらくは何もないといいんだが……な」


「さてな、こればかりは運だ。一回の移動で三回襲撃された事もあるぞ。蹴散らしてやったけどな」


 御者は物騒な事を言って笑う。


「なんだ、俺は余計な世話だったか……」


 アルスが肩を竦めると、御者は慌てて訂正した。


「いやいや、あいつはヤバかった。助かったよ」


「で、どの客が通じてるのかは分からないのか?」


「ああ。あの三人はいつも乗ってるんだが……三人とも通じてたら洒落にならんなぁ……」


 冗談にならないような事を言い、御者は溜め息をついた。彼にとっては荷を受け取るのが仕事で、客を運ぶのはついでである。客同士のイザコザは御免こうむりたいところだ。


「……成る程な……」


 アルスは荷台の方をチラリと見やる。幌の向こう側の様子はよく分からないが、あの三人なら何とか出来るだろう。いよいよの時は自分が飛び込めばいい、と開き直ることにした。


 ◇◇◇◇◇


 ティアナは三人の客の様子をコッソリ観察する事にした。特に他にやる事もないし、ただ何となく挙動不審な所を感じたからだ。


 髭を蓄えた小太りの商人は大きな布袋を抱えている。中身は反物のようで、色とりどりの布がチラリと袋から覗いている。常に汗をかいていて、やたらめったら汗を拭う仕草が見られる。そんなに暑いのだろうか。

 頭に布を巻き付けて煙管を咥えた商人は大きな甕を大事そうに抱えている。薬品のような匂いがするので、薬草か何かだろう。時折煙管から燻らせる煙が目にしみるのは勘弁してほしい。

 禿頭で痩せている商人は複数の小袋を大きな袋に入れて抱えている。時々小袋を取り出し、中身を確認している。どうやら何かの原石のような色とりどりの石が種類ごとに分けられているようだ。この荷台で粗悪品を選別しているのか、時々ポイポイと石を捨てているのが気になる。


 彼らにとってはこちらの一行の方がよほど気になるだろうな、と思いながらティアナは背中に担いだ剣を確認する。

 アルスは御者台だ。何かあったらモトロが戦う事になるだろう。これ以上湖畔から離れたら、ティアナは魔術は使えない。頼れるのは剣のみ。この四ヶ月で身に付いたものでは牽制にしかならないだろうが、無いよりはマシだろう。


 先ほど襲われたばかりなのだ。しばらくは大丈夫だろう、と思っていた矢先、馬の嘶きと共に再び馬車が急停車した。


 ティアナは振り落とされないように荷台にしがみつき、モトロはリュージィを庇うように抱き止め、片手を凍らせて荷台に繋ぎ止めた。

 三人の商人はそれぞれが初めからしっかりと荷台に紐で自らの腰を括り付けていたようで動かなかった。

 成る程、荷馬車での移動では体の固定は必須なのか、とティアナが感心しつつ周囲に目をやると、パラパラと木の間からガラの悪い男達が現れた。服装から察するに、先ほどの盗賊とは別口のようだ。

 先ほどの連中は森の入り口付近だったが、これほど森深い所で待ち伏せとは恐れ入る。


 男達は無遠慮に荷台を取り囲むと、その内の一人がひらりと荷台に乗り込んできた。

 前方では剣戟の音がするので、どうやらアルス達が応戦しているのだろう。


「おう、そこの女とガキ! ん? もう一人も女か? ……まぁとにかく上玉じゃないか。怪我したく無ければ、大人しくこっちに来るんだな!」


 人さらいか……。ティアナは隻眼をスッと細め、自分の魔力を確認する。先ほど結界を張ってしまった上湖畔の村(ボーデュラック)から離れている。殆ど魔力は残っていない。

 モトロはリュージィを庇いながら、男達の動向を探っている。


「……おかしいですね、この荷馬車に女子供が載っていると、何故分かったんですか?」


「見りゃ分かるだろう?」


 その言葉でモトロは三人の同乗者の中に盗賊と繋がってる者がいる事を確信した。彼は遠方からはリュージィとティアナの姿が見えないように目くらましを掛けていたのだ。

 いくら人間の世界に疎い彼でも、リュージィやティアナが見た目だけでも狙われ易いという事は承知している。正体を知れば、更にその危険性が高まる事は言うまでもない。

 先ほどの連中は村から先回りされていたとも考えられるが、今回は流石にそれは無理だろう。それか、複数の盗賊と通じた奴隷商という事も考えられる。

 これでは、いくらその場を凌いでも解決にはならなさそうだ。モトロは手元に氷の剣を出し、男を牽制する。


「おいおい……やろうってのか?」


 モトロの魔術に少し怯みながら、男は剣を抜いてその剣先をティアナに向けた。すかさずティアナも剣を抜き、その剣先を跳ね上げると、禿頭の商人に剣を突きつけ、男を睨みつけた。


「仲間を殺されたく無ければ、さっさと荷台から降りろ!」


 禿頭は突然切っ先を突き付けられて真っ青になる。十歳にも満たない子供に言われ、男は顔を赤くした。


「……な……そいつが仲間だと?」


「あれ? 違うの? じゃあ、遠慮なく斬っちゃおうかな」


 ティアナがニヤリと笑うと、荷台を取り囲んでいた男達に明らかな動揺が走った。


「貴様……何故……」


 禿頭は掠れた声を絞り出す。ティアナは彼を見てクスリと笑った。


「だってあんた、ポイポイ石を捨てて、乗客の情報を道に残してたじゃないか。赤い石が女、白い石が子供、黒が男……だよね? で、父さんが御者台に行ったから、黒い石を遠くに投げただろ?

 石を確認してから単騎で先回りするのはそう難しいことじゃない。荷馬車じゃ通れない獣道を使えばいいんだからな……」


 ギクリと禿頭の顔が硬直する。ティアナは意地悪く笑いながら、よくアルスがやるように剣先を遊ばせる。


「……自分で自分を縛って、これじゃあ逃げられないね。どうする? ああ、もうすぐ父さんがこっちに来るよ?」


「このくそガキがぁっ!」


 激昂した男がティアナに斬りかかる。眼帯をしている左側からの横薙ぎだ。

 死角と思ったのだろうが、生憎この眼帯には小さな穴が無数に空いているので、左の視野は若干狭まってはいても、見えない訳ではないのだ。


「遅い!」


 ティアナは難なくその剣を躱し、小さい体を活かして瞬時に男の懐に入り込んで柄で男の顎を思い切り跳ね上げた。


「ブヘッ!」


 この剣はティアナにはまだ大きく、振り回すと隙だらけになってしまう。だが剣を抜いた方が威嚇にはなるので、いざという時の戦い方としてアルスが考案したものだ。

 男が仰け反った所で急所に思い切り蹴りを入れる。こういう時は容赦はいらないと言われているので、渾身の力を込める。


「ぐおっ!」


 男はもんどり打って倒れ、荷台から転がり落ちた。


「お、片付けたのか。やるな!」


 馬車を取り囲んでいた男をバタバタと倒しながら呑気な声を掛けてきたのは赤毛の大男だ。


「父さん、こいつが盗賊の関係者だよ」


 切っ先を禿頭に向けると、アルスは尻上がりの口笛を吹いた。


「よく見付けたな。御者は中々尻尾を出さないから困ってたらしいぞ」


 アルスは荷台に飛び乗り、禿頭に詰め寄った。顔色が変わった所を見ると、どうやらティアナの見込み通りのようだ。


「……で、お前らは俺の連れをどうするつもりだったんだ?」


「い……いやぁ……別に……」


「奴隷商か? そりゃあこいつらは相当な上玉だろうなぁ……」


「いやっ……そんなつもりは……!」


 ピタピタとその禿頭を大きな手で叩きながらアルスはニヤリと笑う。


「まぁ、今回は未遂だからなぁ。お仲間と仲良く森に置き去りでいいか」


 ブツリ、と体を固定していた紐を切ると、その体をヒョイと持ち上げて荷台から放り出した。

 禿頭は大きくバウンドすると、倒れている仲間の上に落ちて気絶した。下敷きになった男達は皆、呻き声を上げている。


「大切な馬は先に逃がしちまったからなぁ……。頑張って歩いて森から出るこったな。おーい、馬車を出してくれ!」


 アルスが声を掛けると馬車はゆっくりと走り出した。

 森に取り残されている男達をよく見てみると、その殆どが足を負傷している。ろくに立ち上がれない者もいるようだ。

 先ほどのように飢えた獣に見つかったらひとたまりもないだろう。


「うわぁ……性格悪ぅ……」


 思わずティアナが呟くと、アルスは頭をコツンと叩いた。


「皆殺しの方が良かったか?」


 顔を見上げると、その赤銅色の目は笑っていない。ティアナはゴクリと唾を飲みこんだ。


「ううん……血の匂いで獣が興奮したら困るし、馬車が返り血で汚れても困るから……」


「そういう事だ」


 ここは森林地帯の真ん中だが、彼等の縄張りだ。運が良ければ森から脱出できるだろう。


 男達の姿が見えなくなって初めてアルスはいつものように白い歯を見せてティアナに笑い掛けた。


「良くやったな。まさかここまで出来るとは思わなかったぞ」


 今度は頭をワシワシと撫でながら弟子の活躍を褒める。ティアナは少しはにかんで、その大きな手をどけた。


「うむ。頼もしい限りだな」


「驚きました……」


 リュージィは満足気に頷き、モトロは溜め息をついて氷の剣を消した。

 あまり感心されても気恥ずかしく、ティアナは少し頰を染めて剣を収めた。


「うん……。一応、場数だけは踏んでるから……」


 剣を手にした事こそ無かったものの、彼女が繰り返してきた修羅場を考えると、下手をすればアルスよりも場数を踏んでいるかも知れない。

 国や世界を背負っていた時の重責に比べれば、今の自分はなんと恵まれていることか。


 ティアナは少し遠い目で空を仰いだ。

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