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第74話 族長への提案

 ティアナ達は一晩休憩して、翌朝から馬での移動となった。

 三頭の馬に大人が分乗し、アルスがティアナを乗せることになった。体重的にはグラミィと乗るのが最善だが、本人の強い希望なので誰も否を唱えられなかったのである。


「速い! 凄い、殆ど揺れないし! 行きとは全然違う!」


 鞍上で興奮するティアナの頭上でアルスが苦笑する。

 彼女は往路は初心者のフィアードと一つの鞍に乗っていたのだ。よほど気を遣っていたのだろう。


「初心者と比べたら駄目だぞ。それに、こいつは力が強いからな」


 アルスは馬の鹿毛の頸をポンポンと叩くと、馬は嬉しそうに耳を振った。


 ティアナはフィアードの事を思い出して瞑目する。よく考えたら、これ程長い時間彼と会わなかった事はなかった。

 早く会いたい。会って色々な事を話したい。そう思う反面、今会っても何も変わらないのではないか、という思いが胸を締め付ける。


「……悪かった。思い出させちまったな」


 アルスが気まずそうに呟くと、ティアナは口を尖らせた。


「本当だよ。父さんの意地悪」


 アルスは片手でティアナの頭を撫でると、手綱を持ち替えた。


「ほれ、少し速度を上げるから掴まっておけ!」


 言われて慌てて鞍にしがみつく。手の傷はグラミィに治癒してもらった。お陰で今朝の修行はとても調子が良かったのだ。

 見ると、グラミィもヨシキリも見事な手綱さばきで、狭い小径を早足で駆けている。流石というか、三頭の隊列は全く乱れていないのだ。

 この分だと大分早く湖畔の村(ボーデュラック)に辿り着けそうだ。


 小径を抜け、少し開けた場所で休憩を取る。

 グラミィのお陰で水の心配がない。腰の水袋には常に清潔な水が満たされている。有難い話だ。

 馬にも水を与え、ヨシキリが空から様子を伺う。

 それまでの道程とは全く違う快適さに、ティアナはアルスと二人で過ごした時間が如何に貴重なものであったかを実感した。


「アルス、本当にありがとう」


「どうしたんだ?」


「すごく気を遣ってくれてたんだよね。私、足手まといだから……」


「そんなこと気にすんな」


 アルスはいつものように白い歯を見せて笑った。


 ◇◇◇◇◇


 馬を駆ること五日、見慣れた田園風景を越えると、湖畔の道(ボーデュラック)が見えてきた。

 ティアナはなんとなく力が漲るような不思議な感覚に首を傾げた。

 試しに魔力を溜めてみると、 力強い魔力の塊を感じる。

 これは一体どういうことだろう。


「どうした?」


 アルスはティアナに話し掛ける。

 目の前で首を傾げたり、ブツブツと何か唱えられると、気が散って仕方がない。


「あ……ごめん。なんだか、魔力が増えたみたいだから……」


「そうなのか?」


 アルスには魔力のことは全く分からない。今、彼女が手のひらに溜めている魔力も感じ取ることが出来ないので、答えようがない。


 二人の会話を聞き付けたグラミィの馬が近付いてきて、横に並ぶ。


「……あら、本当ね。元々の魔力には及ばないけど、かなりの量ね」


 村が近付くにつれ、その量が増えてくるのが分かる。

 はっきりとした境界のない村だが、田畑が途切れて民家が立ち並ぶようになった辺りで、その魔力が安定した。


「ねえ、ティアナ……、それって、貴女が名付けたこの土地の魔力じゃない?」


 グラミィがふと思い付いて言うと、ティアナがハッと顔を上げた。


「こんなに……?」


 元の魔力量が多すぎて、どれだけの魔力を土地から受けたのか分かっていなかったが、普通の魔人程度の魔力は充分感じられる。


「そう言えば、フィアードが心配してたな。土地の名付けの事が、デュカスに知れたらマズイって……」


 アルスの言葉にグラミィが頷く。


「そうね。一つの村に名付けてこれだけの魔力だもの。複数の土地に名付けて回ったら、とてつもない魔力を得る事になるわね」


 ティアナはその言葉を聞きながら、手元に小石を引き寄せ、宙に浮かせてみる。


「……出来た……」


 問題なく神の化身の能力を使う事が出来るようだ。


「でもよ、この村でしか使えないんじゃ、フィアードを助けるのは無理だろ?」


 アルスは馬を降りて引き始めた。もうすぐ馬を貸してくれたバウアーの家である。


「……土地を離れても、魔力はゼロではなかったわ……」


 ティアナは髪に素早く目くらましを掛けて馬から降りた。目の色はそのまま、左目を眼帯で覆った状態だ。


 バウアーに色々聞かれても困るので、馬はグラミィに託して水車小屋に向かう事にした。


 これだけ魔力があれば、転移で(しろ)の村に移動する事も可能だ。

 ティアナは土地から注がれる魔力を感じながら、すぐにでもフィアードが残した資料を読みたい衝動に駆られていた。


「ティアナ、逸る気持ちは分かるが、あまり目立つなよ」


「……分かってる。ヒバリ達にも報告よね……アルス……私、ヒバリを傷付けたよね。ごめんね」


 ふと思い出して歩みが重くなる。


「……そんな事もあったな。でもそれは、中途半端に記憶が戻りかけたからだろ? 今でも会うのはキツイか?」


 水車小屋を目の前にして、ティアナは深く息を吐いた。大丈夫だ、ちゃんと今の(・・)ヒバリと対面できる。


「大丈夫。ヒバリはアルスのお嫁さんだから!」


 今までの嫌な記憶はしっかりと封印する。ただ、知識だけはいつでも引き出せるようにしておきたい。

 ティアナはアルスの後ろに隠れるように立った。

 アルスが扉を叩く。


「はーい」


 やや鼻に掛かったような甘えた声が聞こえ、アルスは勢いよく扉を開けた。


「ただいま!」


「おかえりなさい!」


 乳白色の髪を緩く纏めた少女が背中に赤ん坊をおぶったまま飛び出して来て、アルスの首に抱きついた。

 アルスの腕はその細い体をしっかりと抱きしめる。


「会いたかった……!」


 ヒバリが潤んだ目でアルスを見つめてそう言うと、アルスはその唇を重ねた。


 離れていた時間を埋めるようにお互いを貪る二人を見て、ティアナは溜め息をついた。この二人は相変わらずだ。もうこちらの事などすっかり忘れている。


「えーと……お邪魔します」


 このままでは、報告まで二、三日は掛かるだろう。よく考えたらこうなるのは容易に想像出来た。


 ティアナは二人の横をすり抜けて一人で水車小屋に入り、フィアードと暮らしていた二階へと階段を上がる。


 アルスがヒバリを抱き上げて階段を降りていく音が聞こえる。きっとラキスはそのまま寝台に寝かされてしまうのだろう。


「ま、アルスらしいわ……」


 ティアナは肩を竦めて二階の扉を開けた。


 まだ三週間しか経っていない筈なのに、もう何年も留守にしていたような気がする。

 床に荷物を下ろし、フィアードがいつも座っていた椅子に座る。


 目の前の机の引き出しから紙を出し、ペンにインクを浸した。


 サラサラ、と紙に走り書きして机の中央に置き、インクの瓶で重石をする。


 棚から何冊かの資料を出して纏め、荷物を確認して木剣を握り、ゆっくりと目を閉じた。


 転移先は(しろ)の村。事情の説明や挨拶をしなければならないので、モトロの部屋がいいだろう。


 今ある魔力を無駄なく使う為に、今までよりもしっかり意識を高める。部屋が見えた(・・・)所で、その地点に意識を集中させる。

 ゆっくりと身体を引きずり込まれるような感覚が襲い、そしてスッと身体が軽くなった。




「……っな!」


 いきなり目の前に現れた少年を見て、乳白色の髪の青年は目を見張った。


「モトロ、私よ」


 ティアナが笑うと、モトロは更に目を大きく見開く。


「ど……どうしたんですか! その髪は!」


「ちょっとね。狙われてたから男の子のフリをしてたの。似合うでしょ?」


 ティアナが笑うと、モトロははあっと溜め息をついた。


「勿体無いですよ。せっかく綺麗な髪だったのに……」


「どうせすぐに伸びるわ。それより、族長に報告があるの。いいかしら」


 妙に大人びた口調にモトロは戸惑いを隠せない。


「え……ええ。構いませんよ」


 しかし、相手は神の化身である。何が起こっても不思議はないだろう、と自らを納得させて頷いた。


 ◇◇◇◇◇


 (しろ)の魔族の族長、アナバスは緊張していた。目の前の六歳の少女にである。

 どう見ても少年にしか見えない程に短く切り揃えた髪に、男物の服。剣を背負った姿は剣士見習い以外の何者でもないが、その醸し出す雰囲気が尋常ではない。

 今までの膨大な魔力による存在感とはまた違う何かを感じ、額に汗が浮かぶ。


「よく戻った……。ティアナ殿」


 あまり卑屈な態度にもなれず、とりあえず背筋を伸ばして威厳を保つ。

 対するティアナは自然体だ。


「ただ今戻りました。アナバス、貴方に報告と提案があります。いいですか?」


 色違いの双眸を細め、壁際に控えているノビリスとモトロにも視線を送ると、デュカスとの戦いについて説明を始めた。


「……結局、フィアードが私の力を引き出し、デュカスとサーシャ、二人の欠片持ちを諸共に封印しました。その際、私の神の力全て封じられました」


「……なんと……」


 あまりにも次元の違う話で、アナバスは二の句を継げないようだ。


「私の今の魔力は、隣の湖畔の村(ボーデュラック)の名付けによって得られたものだと分かりました。そこで、提案があります」


「……はい」


 アナバスはすっかりティアナの臣下のような気分で、その提案に耳を傾ける。


「この(しろ)の村に、私が名付けを施してもいいですか? もちろん、貴方が望む名を私が授けます」


 ゴクリ、とその場の三人が同時に息を飲む。


「……それは……」


「フィアード達の封印を解くには、魔力が必要なの。神の力と同じ位の力が。その為に、名付けで得られる魔力の事を研究したいのよ」


「実験台ですか……」


 土地への名付けがどのような物なのか、彼等にも全く想像がつかない。

 ティアナも試してみなければ分からないのだ。


「ええ。申し訳ないけど、魔族の住む土地と人間の住む土地で、何が違うのか、名付けに必要な条件なんかを調べないと……」


 アナバスの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。

 失われた魔力を取り戻す方法として、土地への名付けを行うと言うことか。


「名付けで得られる魔力が、その土地から離れてどの位の量になるのかも調べないといけないわ……」


「まさか、世界中全ての土地に名付けられるおつもりか?」


 アナバスの声が掠れる。


「ええ。そのまさかよ」


 ティアナは真剣な顔で頷いた。

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