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第72話 報告

 夕食は先ほど捕らえた野鳥と野草を煮込んだ物と、里で分けてもらった雑穀の堅焼きパンだった。


「……美味しくない……」


「あのな、贅沢言うな」


 モソモソと文句を言いながら食べるティアナにアルスが溜め息をつく。


「せっかく煮込みは美味しいのに、パンが台無しにしてる……」


「里の蓄えから分けてもらったんだ。有難くいただけ!」


 どうしても道中で食料を探すと肉や木の実などに偏る。穀物は消化も良く活動の助けになるから、携帯食としては非常に有難い物なのだ。


「あーあ、フィアードのお母さんのパンが食べたいな……」


 街で彼女が焼いているパンはふっくらしていてとても美味しい。町では毎日食べていたし、湖畔の村(ボーデュラック)にいる時も、時々フィアードが持って帰ってくれていたのだ。


「まぁ、近いうちに商会にも顔を出さないとな……」


 アルスは難しい顔で堅焼きパンをかじる。行方不明になった当人の家族に会うのは気が引けるが、行かないわけにもいかないだろう。

 パンはパサパサとしていて、口の中の水分がすぐに無くなってしまう。その分日持ちするだろうから、保存食としては優秀かも知れない。


 バサバサ、と夕闇にも関わらず羽音が聞こえ、一羽の鳥が二人の前に舞い降りた。見覚えのある鳥にアルスはホッと溜め息をついた。


「……叔父貴か……」


 アルスが呟くと、途端に鳥は輪郭を変えて、空色の髪の中肉中背の中年男性の姿を形作った。


「……連絡ないから心配しとったんや……」


 ようやく見つけた、とホッとした様子のヨシキリはチラリとティアナを見て眉を顰めた。


「……おいアルス、他の奴らはどないした? このガキは何処で拾ったんや?」


 ガキ呼ばわりされてティアナは少しムッとしたが、自分をよく知るこの人物ですら気付かないという事に満足する事にした。


「……ツグミから連絡いってないか?」


「聞いてないど?」


 怪訝な顔をするヨシキリにアルスは言葉を失った。

 確か、山道に入る前にフィアードが連絡した筈だ。それ以降の事を説明しなければならないようだが、正直気が重い。出来れば他の家族や知人にもまとめて説明したいところだが、致し方あるまい。


「あー、とりあえず……、そこの子供はティアナだ」


「は?」


 ヨシキリは眉を寄せ、ティアナを食い入るように見つめる。

 耳の辺りで切りそろえた髪の色は焚き火の炎を照らされてよく分からない。左目は布で覆われ、確認できる右目の色は漆黒。

 そう言われてみれば、顔立ちはよく知っているあの幼女の物に見えるが……。


「……おじちゃん……」


 ティアナがいつもの呼び方で呼んでみるとヨシキリの空色の目が大きく見開かれた。その声。いつも遊んでいたあの愛らしい幼女のものではないか。


「ティアナ……、どないしたんやその髪……!」


 髪は女の命だ。

 ティアナは生まれてから毛先を揃えただけで、背中の中程まで伸びていた髪を二つに分けて結い上げたり編んだりしていた。それがこんなに短くなってしまうなど、とんでもないことだ。


「目は! 怪我したんか!」


 確か目はハシバミ色。本来は漆黒と白銀らしいが、その色彩を見た事は殆どない。

 ヨシキリの問いに答えるように、ティアナは左目を覆っている布を外した。

 白銀の目が現れ、ヨシキリは息を飲んだ。


「……ティアナ……」


「ねえ、誰も近くにいない? ヨシキリ、貴方なら消音の結界張れるでしょ? お願い」


 突然大人びた口調で言われ、ヨシキリの顔が強張る。彼の知るティアナは聡明ではあったが、無邪気な子供の域を出ない子供であった筈だ。

 だが、その有無を言わせぬ雰囲気に慌てて結界を編み上げると、ようやくアルスが重い口を開いた。


「ティアナは記憶を取り戻した。だが、力の殆どを封じられたんだ」


「……なんやて?」


 手強い相手だと言う事は分かっていた。ある程度の犠牲は覚悟せざるを得ない、とも。ヨシキリはヘナヘナとその場に座り込んだ。


「デュカスを封じる為に、フィアードがそうせざるを得なかった……」


「彼は私から神の力を引き出して、あの男を封じようとしたの。でも、サーシャの抵抗にあって……結局、三人で時空の狭間に……」


 ティアナは唇を噛む。あの時、記憶があれば……。どうして自在に時間を遡れないのだろう、今更ながらに借り物の力であった事を痛感する。


「親父が……、デュカスの側に付いてたんだ……」


「なんやて!」


 ヨシキリの背中に冷たい汗が流れた。アルスの父、ザイールは剣豪と言っても過言ではない。いくらアルスでもその父親が正面に立ちはだかって無事で済むとは思えない。


「それで、ヨタカは俺を庇って……。すまん、叔父貴……」


 誰よりも従弟思いの息子がこの場にいない事を不自然に思っていた。ヨシキリの顔から血の気が引く。


「麓の温泉地に埋葬したわ……」


 ティアナの言葉に俯いたアルスをヨシキリは複雑な顔で見る。どう声を掛けたらいいのか分からない。きっと彼が誰よりも傷付いているのだろう。


「それでツグミは……、私と言い合いになって……」


 ティアナは目を泳がせる。よく考えたらヨタカは夫として彼女にとって大切な位置を占めていた筈だ。フィアードとの関係ばかりに気を取られていたから、あまり意識していなかったが、もっと他の言い方があったのかも知れない。


「あいつは……時々そうやって逃げるからな……」


 ヨシキリの呟きに、ツグミとの付き合いの長さを感じてティアナは顔を上げた。


「大丈夫や。頭冷やしたら戻って来るやろ。あいつは呑気に見えるけど、打たれ弱いんを隠しとるだけなんや……」


「そうなの?」


「多分、知っとるのはわいくらいやけどな……」


 ヨシキリはニヤリと笑い、ティアナの頭を撫でる。


「なんや、記憶戻った言うからどないしよかと思たけど、あんまり変わらへんな……」


「なっ……!」


 ティアナの頰がカッと赤くなる。いくら自分とは言っても、あんな子供と一緒にされてしまうなんて。


「とにかく、早よ戻って来よって。グラミィがまだ馬連れてこの辺りにおる筈やから、連絡入れとくど」


「……助かる……」


 アルスはホッと胸を撫で下ろした。馬で帰れるならば確実に雪が降る前に湖畔の村(ボーデュラック)に到着できる。こんなに気を遣う道程は初めてだった。要人の護衛をするのは最低でも二人以上は必要だ。一人でティアナを四六時中守らねばならないので睡眠すら取れない。今も、消音の結界を張ってもらってようやく安心して話せる。


「この先の村に馬を戻すように言うておくな。そこまでならなんとかなるやろ?」


 呼び出した鳥に伝言を乗せて飛ばす。魔力を与えられた鳥は闇の中でも迷う事なく空を舞う。


「ありがとう、叔父貴……」


 珍しく自分の前で素直なアルスにヨシキリは苦笑する。


「ヒバリが心配しとるからな。……ヨタカは残念やが、お前が無事でよかった……。今晩はわいが見張ったるから、お前は寝とけ。寝不足で酷い顔や」


 ヨシキリは食事を終えた二人を有無を言わさず天幕に押し込んだ。


「……すまない……」


 そんなに酷い顔をしていただろうか。アルスは張り詰めていた緊張を少し緩めた。

 狭い天幕の敷布の上にティアナと並んで横になり、ティアナに毛布を掛ける。


「……ごめん、アルス……。あんまり眠れてなかったんだよね」


「仕方ない。俺には魔術みたいな便利な物が使えないからな」


「うん……。それなのに、剣術まで……」


 アルスは優しくティアナの頭を撫で、ごく自然に小さな体を後ろから抱き締めた。

 狭い天幕なので、別々に寝たくてもそれぞれの手足が邪魔になる。こうした方が寝心地がいい。


「明日もちゃんと稽古するんだろ? 早く寝ろ。俺もちゃんと眠らせてもらうから、余計な心配するな」


「うん」


 ティアナは不思議な心地がした。アルスの逞しい身体に守られている安心感ばかりで、かつて(・・・)フィアードに感じたような動悸や息苦しさはない。子供の身体だからなのか、相手がアルスだからなのか、それは分からないがとにかく心地良く、すぐに瞼が重くなる。


「……おやすみ、父さん……」


 なんとなく呟くと、アルスは苦笑して頭ををポンポン、と叩いた。


「おやすみ、フィード」


 ◇◇◇◇◇


 ティアナが目を覚ますと、すぐ横には空色の髪があった。どうやら夜中に見張りを交代したらしい。

 ティアナは身体を動かそうとしてその痛みに顔を顰めた。案の定、全身が筋肉痛だ。ヨシキリを起こさないように痛む身体を無理やり起こし、天幕から出た。


「おはよう」


 朝靄の中、赤毛の青年が椅子代わりにしていた丸太から立ち上がって木剣を投げよこした。


「ほれっ、稽古を始めるぞ」


「はい!」


 慣れるために左目を覆ったまま、素振りを始めた。ヨシキリを起こさないようにと声をあげずに回数を数えていると、どうしても気が散ってしまう。

 そして何より身体の節々が痛み、昨日のように回数をこなすことが出来なくなっていた。


「ちょ……もう、無理……」


 昨日の行程の半分ほどで音を上げたティアナの頭をアルスはガシガシと乱暴に撫でる。


「よしよし、よく頑張った。辛くなったら止めていい。その内、全部こなせるようになって、更に回数を増やしていけるからな」


「ありがとうございました!」


 アルスは白い歯を見せてニカっと笑うと、自分の稽古に戻った。

 ティアナはその姿勢や目線など、なんでもいいから参考になりそうな事を盗もうと、彼の姿を食い入るように見つめる。


「やっぱり……アルスは凄い……」


 木剣が見えない程の勢いで振っているのに、軸がブレない。かと言って、腕だけで振っている訳でもなく、足元にはしっかりと体重を移動した跡が残っている。

 フィアードも必死で稽古をしていたが、やはりこの域に達するのは大変な事なのだろう。特に彼はどちらかと言うと勉強家で、今まで(・・・)剣を持っている姿を見た事がなかっなし、今回も(・・・)どうやら旅立つ前は剣など握った事はなかったようだ。


 一通りの素振りを終えてアルスは少しだけ呼吸を整えると、焚き火に掛けていた鍋の様子を見に行った。


「うん、大丈夫だな」


 中身を確認して火から下ろし、ティアナを手招きする。


「昨日の残りに水を足して、あの堅焼きパンを粥にしてみたぞ。茸を入れたから匂いもいい。これなら食べやすいだろう」


「うわぁ」


 食欲をそそる匂いがして、ティアナは木剣を脇に置いた。アルスは昨夜食器用に余分に用意した大き目の木の葉に粥を盛り付け、ティアナに手渡す。


「育ち盛りなんだからな、ちゃんと食えよ」


「うん!」


 食欲の力は偉大だ。あれだけ言う事を聞かなかった身体が一気に息を吹き返す。ティアナがいそいそと木匙を出して食べようとすると、天幕からゴソゴソとヨシキリが出てきた。


「お、美味そうな匂いやな、わいも食うど」


 アルスはヨシキリに堅焼きパンをひとかけら投げた。


「悪いな、二人分だ。叔父貴はこれで我慢してくれ」


 アルスがニヤリと笑うと、ヨシキリは肩を竦め、これ見よがしに溜め息をついた。


「……調子取り戻したやないか……」


 昨晩のらしくないアルスが心配で留まったのは正解だったらしい。

 ヨシキリはフッと笑うと鳥の姿になって空に飛び上がった。


「じゃあ、わいは一足先にグラミィと合流しとくな」


「おう。よろしく!」


「よろしく!」


 アルスとティアナの声に軽く頷き、ヨシキリは軽く上空を旋回して夜明け直後の空を村の方に飛んで行った。

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