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第69話 潜伏と露見

 目に包帯を巻いた幼女がコソコソと宿の廊下に出てきて、隣の部屋の扉を叩いた。返事が聞こえて彼女は部屋の中に入ると、おもむろに包帯を外した。


「……どうされた?」


 寝台に横たわる男性が声を掛けると、彼女はチョコチョコとその枕元に寄ってきた。

 はぁっと深い溜め息をついて、ティアナは看病用に置かれている椅子に腰掛けた。


「私、何をしたらいいのか分からないの……」


 ツグミは町に行ってしまい、アルスは村の手伝いをしている。彼女は何もすることが無く、しかも人前に出られない為、一日中宿の部屋に閉じ籠っているのだ。

 ツグミと別れてから三日。アルスともろくに話していない。だからといって一人で部屋にいると気が狂いそうになる。


「これまでは、出掛けたければ何時でも何処にでも行けたわ。欲しい物は何でも手に入った。それが……部屋から一歩も出られないなんて……耐えられる訳ないでしょ?」


「……鍵殿は随分と我儘に育ったんですなぁ……」


 ザイールがニヤニヤ笑っている。彼も退屈しているので、こうして愚痴を聞くのも悪くないと思っているようだ。


「……そうね。それに気付かなかったくらい……」


 ティアナは遠い目をした。

 その様子を見て、ザイールは少し意地悪く言った。


「……ふむ。籠でも編んだらどうじゃ?」


 ハッキリ言って手先が器用ではない彼女にとって、それは苦痛以外の何物でもない。そしてその言葉には明確な嫌味が込められている。ティアナは口を尖らせた。


「……目を怪我してるから、手先を使うことは出来ないわ」


「そうじゃなぁ……。目が使えないとなると、何か楽器でもされるのはどうじゃ?」


「楽器ねぇ……。まぁ、いずれは……ね」


 ティアナにはその気は全くないが、曖昧に頷いておく。


 なんとなく間が保たなくなったので、ティアナはアルスが用意した果物の籠を手に取った。

 梨を一つ取ると、ナイフで皮を剥いて二つに割った。


「食べる?」


 その一つを食べながら、もう一方をザイールに渡すと、ザイールは苦笑しながらそれを受け取った。


「……まあ、そんなものか……」


「……悪かったわね」


 形良く切ったり出来ないのは仕方ないとしても、適当に剥いたのでゲンコツのような形だ。いくらなんでも酷かったかな、とチラリと思うが気にしない。


「……これからどうするんじゃ?」


 ザイールは自由になる右手で梨を持って食べながら、気になっていた事を口にした。


「……どうしたらいいのか……分からない」


 ティアナは溜め息をつく。この男には虚勢を張ってもすぐに看破されてしまうから、寧ろ気を遣わないでいられる。


「だって……一人では目くらましも出来ないのよ? こんな目立つ姿で出掛けられないじゃないの……」


「成る程。それもそうじゃな」


「……私ね、普通の生活をしてみたいってずっと思ってた。普通に畑仕事したりして、恋をして結婚して……。でもね、この姿じゃそれも出来ないの。その上、何の能力もないのよ? どうしろっていうのよ!」


 本当に酷い仕打ちだ。ティアナは思いを吐き出してしまった為か、軽い虚脱感に襲われた。


「ふむ……アルスは何か言っとるのか?」


 梨の芯を枕元の紙に包んでティアナに渡しながら言った。ティアナは首を振りつつそれを受け取り、屑篭に捨てる。


「全然。気を遣ってるのか、何も考えてないのか……分からないけど、とにかく腫れ物に触るみたいよ……」


「あぁ……、あいつは馬鹿じゃからなぁ……」


「馬鹿なのよねぇ……」


 しみじみと、二人はこの場にいない赤毛の大男の顔を思い浮かべた。彼の能天気さは救いでもあるが、相談相手には相応しくない気がする。


「アルスはあんなのだが、長男は慎重な男でなぁ……兄弟でも違うもんじゃなぁ……」


「……アルスのお兄さん、慎重なんだ……意外」


「それでヨタカがしたたかじゃろ?アルスはいつもくだらないことで暴れては二人に馬鹿にされておったわ」


「へぇ……」


「そう言えば、こんな事があってな……」


 ティアナはなんとなく身を乗り出した。ザイールはティアナの様子を見ながら息子達が小さい頃の話を始めた。


 ティアナの目に少しずつ光が戻ってくる。ザイールが話す息子達の話はアルスから聞かされる冒険譚よりもよほど面白い。ティアナは面白がって色々質問しながらザイールの話を楽しく聞いていた。


 二人の笑い声が途切れた時、ふとザイールが窓を見た。表情が険しい。


「……どうしたの?」


「来たな……」


 ザイールは呟くと、ゆっくりと寝台に身を起こした。痛みに顔を歪めながら、立ち上がろうとする。


「ちょっと! 安静なんでしょ!」


 ティアナは慌てて止めようとするが、所詮六歳の女子である。いくら傷付いていても、屈強な肉体を誇る戦士を止めることなど叶うはずもない。


 ザイールはアルスが念の為にと村人から譲ってもらった鉈を寝台の下から引きずり出した。


「くっ……」


 一瞬苦痛に顔を歪めるのを見て、ティアナはゴクリと息を飲んだ。そこまでして武器を手にしようとするとは……。


「……追手?」


「まあ、そんな所じゃろ」


 全く気付かなかった。ティアナは今までは遠見(とおみ)未来見(さきみ)を無意識に駆使して自分の周囲を警戒していたことを思い知った。


 ザイールは寝台に寄り掛かりながら立ち上がる。顔を苦悶に歪め、腱が切れた足を引きずって、壁にもたれ掛かった。右手に持った鉈の感触を確認する。


「ヨタカの奴……もっと手加減するか、殺せばよかったものを……」


 恐らくギリギリで手を抜いたのだろうが、中途半端は始末が悪い。これで戦えるかどうかは怪しいものだ、とザイールは自嘲しながら窓の外を見やった。


 ◇◇◇◇◇


 アルスは地下講堂から食料や物資を運び出していた。噴火と地震が収まったので、村人達が通常の生活に戻る為である。


 四日も畑を放置していることを嘆きながら、農夫達が荷物を運んでいる。その中の世話役のような女性が親しげにアルスに話し掛ける。


「まだ油断は出来ないけど、ずっとここにいる訳にはいかないものねぇ」


「他にも手伝える事があれば言ってください。身内が世話になってますから……」


 アルスはその人当たりの良さで村人に溶け込んでいた。村人も彼の働きに感謝して、食料はもちろん、日用品や衣類なども譲ってくれるようになっている。


 アルスが農夫達に囲まれて、火山灰に覆われた畑を掃除していると、農夫の一人が山を見上げた。


「おや……、誰か来るね」


 見上げると、山岳地帯の急な斜面に紐を巡らし、かなりの人数が山を下っている。先に下山したと思われる数人がこちら側へ移動してきていた。


「……あれは……」


 アルスは目を細め、腰に手をやり舌打ちする。村人達に余計な警戒心を植え付けない為に、今日は帯剣していなかった。

 何か武器になるものはないか、と畑の手入れに使っていた鋤を持ち上げた。二、三度振って火山灰を落とすと、握り心地を確かめる。使えない事はないだろう。


 農夫達は目付きの変わったアルスから一歩、二歩、と距離を取る。


「ちょっとこいつを借りるぞ」


 アルスはこちらに移動してくる連中に向かって悠然と歩き出した。


 農夫達はその後ろ姿を不安な表情で見送った。



「よう……お前ら、何者だ?」


 アルスは鋤を油断なく構えて集団の前に立った。

 集団は殆どが男で、全身を火山灰や煤で真っ黒にしていた。その中の一人の男が歩み出る。


「……あ……我々は……山の向こう……火の国の兵でした……」


 戦う意欲も残っていないらしいと悟ると、アルスは武器を下ろした。

 それに安心した男は事情を説明し始める。


「……山道の出口で待機していましたが、火山の噴火に気付いて慌ててこちらへ避難して来たのです」


「……それじゃあ、国がどうなってるかは……」


 アルス達の気掛かりはそれである。ティアナの言葉を聞いて夢中で逃げて来たが、火の国にも多くの人が暮らしていた筈だ。


「……分かりません。ただ……山頂から見下ろした時にはあちら側は火の海でした。我々も判断が遅れていればどうなっていたことか……」


 まさに命からがら逃げて来たということだ。

 アルスの後ろで様子を伺っていた農民達がわらわらと歩み出て来て、それぞれに労わりの声を掛け始めた。


「大変だったねぇ。ゆっくり体を休めるといいよ」


 もともと湯治が盛んな地である。余所者を受け入れることに躊躇いはない。男達はその厚意に涙を流していた。


「勝手ながら、我らの隊長が宿に向かっております。我らは村の様子を見てくるように言われましたのでこちらでお手伝いをしようかと……」


「ありがとうねぇ。でもまずは体の汚れと疲れを落としてちょうだいな」


 アルスはそっとその人の輪から離れると、気配を殺して宿への道を駆け出した。


 ーーまずい、宿にはティアナがいる。


 ただの子供になってしまっても、外見だけは神の化身だ。火の国の兵士に見付かったら、大事になってしまう。

 念の為に武器を用意してはいるが、傷付いたザイールが戦えるとは思えない。


 アルスははやる気持ちを抑えながら、出来るだけ目立たないように疾走した。


 ◇◇◇◇◇


 宿の主人の制止する声が響く中、足音が部屋に近付いてくる。

 ティアナはどうしたらいいか分からず、ただオロオロと椅子の陰に隠れた。


 扉が乱暴に開けられ、煤だらけの男が部屋に入ってきた。


「ザイール殿!」


「おお、ソルダードか!」


 ザイールは鉈を下ろし、ゆっくりとティアナを隠すように身体をずらした。

 男はホッとしたようにザイールに歩み寄り、そして跪いた。


「ご無事でしたか! 陛下はいずこに……?」


 火の国の兵士だ。ティアナはすぐに男の素性に思い当たった。見付かるとまずい。緊張で脚が震え始めた。


「……ダルセルノ猊下は亡くなられた。陛下とサーシャ殿は……行方が知れぬ……」


「な……なんと……!」


 ザイールの言葉を聞いて男が崩れ落ちた。


「国は火の海でした……! 陛下がおられぬならば、我らはどうすれば……!」


「ソルダード……」


 崩れ落ちた男の目が椅子の陰に隠れる子供の姿を捉えた。


「……?」


 男が目を凝らす。髪の色が彼らの主のものとよく似ているように見える。


「ザイール殿、その子は……?」


 ティアナは視線を感じ、男から顔を背けた。ツグミの目くらましはもう効果が消えている。屋内であればそれほど目立たないと思っていたが、実際に薄緑色の髪を見たことのある者には分かってしまう。


 ザイールの右手が鉈を握り直す。


「もしかして……他にも欠片持ちが……!」


 ソルダードが手を伸ばそうとした瞬間、ザイールが鉈をその鼻先に突き付けた。


「ザイール殿?」


 ソルダードは鉈を呆然と見て、ザイールを見上げた。そして再び子供に目線を戻す。やはり、薄緑色の髪だ。鉈がその頬にピタリと当てられる。

 ザイールが放つ恐ろしいまでの殺気に驚き、ティアナは思わずそちらを向いてしまった。


 ソルダードの両目が大きく見開かれ、その二色の双眸に釘付けになった。


「……あ……」


 目が合ってしまった。ティアナの背筋に汗が流れる。


「……神の……!」

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