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第68話 不協和音

 闇夜の空か赤く染まっている。火山の恵みで潤ってきたこの村にとっても、それは脅威であった。

 村人達は夜中にも関わらず、最悪の事態に備えて支度を進めている。


 火山灰から火災になるのを防ぐために屋外に出ていた燃えやすい藁などを屋内に片付ける。建物の殆どが石造りなのもこういう事を想定してであろう。

 時折、身体で感じる地震が起こり、その度に村人達に緊張が広がるのが分かる。


 村の中央には緊急避難用の地下講堂があり、自宅の備えが終わった者達の多くはそこに移動していた。地震による地下講堂の倒壊を懸念して村を捨てて逃げた者達も多く、夕方帰ってきた時よりも村全体が騒然としている。


 地形の関係で溶岩はほぼ流れて来ないが、風向きによっては火山灰は降ってくるのだ。とりあえず、噴火が落ち着くまではこの状況は続くだろう、と見識を備えた村人が言っていた。


「あんたは宿に泊まってるんだろ? 怪我人もいるって聞いたけど、大丈夫なのか?」


 地下講堂に食料を運びながら村の青年がツグミに尋ねる。


「……ちょっと無理させてもうたから、しばらくは動かされへん……。もし良ければ、春まではここで治療したりたいねんけどなぁ……」


 ツグミはなんとなく宿に戻り損ねて、何故か手伝いをする羽目になっていた。


「あそこの宿なら地下室があるから、いざという時はそこに逃げるといいだろう。確か、子供も目を怪我してただろ?」


「あ……ああ、そやねん。でも、大した事ないから、それは大丈夫や」


 ギクリとする。下手に薬師を呼ばれても困る。神の化身の外見が一般的にどの程度知られているかは分からないが、左右の目の色が違うだけでも奇異の目で見られる。ツグミは慌てて取り繕った。因みにツグミは目くらましで髪を黒くしているので、魔人だとは気付かれていない筈である。


「そうか。それなら良かった。うちも同じ年頃の子供がいるから心配してたんだ」


 ツグミが考え込んでいるのを見て、子供を心配していると思ったのだろう。青年は人の良さそうな笑みを浮かべてツグミの持つ荷物を受け取った。


「……ありがとう。お陰で助かったよ。我々は地下に避難してるから、何かあればそっちに来てくれ」


 確かにそろそろ戻った方が良さそうだ。ツグミはペコリと頭を下げた。


「色々教えてくれておおきに。それじゃ、また……」


 ツグミは忙しそうに動き回る村人の間を縫って、宿屋への道を駆けて行った。


 ◇◇◇◇◇


 宿に戻ると、ティアナは眠っていた。


「ティアナと仲直りしてやれよ。こいつ、相当落ち込んでたぞ」


 アルスはティアナを起こさないように声を潜めて話しているが、日中の疲れが相当溜まっているのだろう。彼女はピクリとも動かない。

 眠っている姿はごく普通の六歳児だ。自分はこんな子供にどれだけの負担を掛けていたのだろう。記憶が戻ったと知って、全てが上手くいくと思ってしまった。ツグミは一脚だけ用意されている椅子に腰を下ろした。


「……アルスは聞いたんか?」


 何を、とは聞かない。


「ああ……参ったな。俺みたいな仕事をしてると、仲間が死ぬ事は珍しいことじゃないんだ……。

 でも、ヒバリの時は本当に何でもない事みたいに蘇生したからな……」


 アルスの表情も暗い。多かれ少なかれ、ティアナに期待していたようだ。


「でもヨタカは、いらんって言ってたんだ……」


「え?」


 ツグミが思わず聞き返す。


「ティアナに治癒して貰おうって言ったら、これでいいってな……」


 アルスは難しい顔をしている。ヨタカの言葉の意味が分からないのだ。


「それが……最期の言葉?」


「そうだ」


 アルスの憮然とした答えに、ツグミは口元が綻んだ。


「そうやな。ヨタカはそれでよかったんやな……」


「俺は良くないぞ」


 アルスは口を尖らせた。庇われるなんて真っ平だ。アルスは自分の失態が許せないのかも知れない。


「でも、ヨタカにとっては最高の死に方したんやろ。蘇生したりしたら恨まれるで」


 ツグミには彼の気持ちが良く分かる。自分もフィアードを庇ってその腕で死ねたら本望だったろう。愛する者よりも明らかに長い寿命を持つが故の願望。そして、相手の記憶には自分が深く刻まれるのだ。これ以上の喜びがあろうか。


「うちだって、フィアード庇って死にたかったわ」


 ツグミの呟きに、アルスはますます渋面になった。残された者の身にもなって欲しい。


「やっぱりお前らは訳が分からん……」


「似た者同士やった……っちゅうことや。朝になったらティアナにもちゃんと話しとく」


「……ああ。頼んだ」


 アルスは言い残して部屋を出た。扉に寄りかかって溜め息をつく。

 アルスはツグミが思ったよりも元気そうで内心ホッとしていた。彼の経験上、大人の女性を慰めるとその後がややこしいのだ。

 今までのような自由な身分ではないので、自分を抑制できなければ大問題になる所であった。


「それにしても……ヒバリにどう言ったらいいんだろう……」


 ヨタカは彼女の弟だ。それにフィアードが消えてしまった。ティアナの記憶のこともある。彼は自分の家族に思いを馳せながら、実の父親のいる部屋の扉を開いた。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、噴火と地震が落ち着いてから薬師が来た。

 ザイールは失血が多く、かなり消耗していたものの裂傷は問題ないとのこと。ただ、切れた腱が元に戻るかどうかは難しいらしい。


「ああ〜、リュージィがいたらなぁ……」


 薬師を見送り、宿の食堂で朝食を摂りながらアルスは深い溜め息をつく。彼女ならば切れた腱を繋ぎ合わせることも出来るだろう。


「こっちの薬師には出来へんの?」


 ツグミは温かいスープを口に運ぶ。少し遅い時間になったので他の客はいないようだ。ティアナはまだ部屋で眠っている。


「あいつはもう薬師じゃなくて、醫師(いし)だからな。魔術との併用だけど、腹の中から胎児を取り出したぞ。母子ともに元気だぞ」


「……凄いな。そんな奴もおるんや……。じゃあ、うちが連れて来ようか?」


 ツグミのペガサスなら一日で往復できる。流石にザイールを運ぶのは危ないので、リュージィを運んで来ることになるだろう。


「いや、いい。まだこの村は危険だからな。連れて来て万が一何かあったら良くない。親父には悪いが、なんとか自力で治してもらう」


「……ここで治療するん?」


「……そうだな。しばらく動かせないからな」


 腱の断裂には安静しかないらしい。既にかなり無理をさせてしまっている。本当は湖畔の村(ボーデュラック)に帰りたい所であるが、止むを得ない。


「もうすぐ冬だしな。春まではここで治療だな。このまま噴火が落ちついてくれたらいいんだが……」


 アルスは食器を片付けてから果汁を持って席に戻って来た。


「それからツグミ、一応レイモンドには報告しておいた方がいいと思うんだが……」


 アルスの言葉にツグミは明らかに嫌な顔をした。ハッキリ言って苦手分野である。しかし報告しない訳にもいかない。腕を組んでポツリポツリと状況を口にする。


「……フィアードが消えて、ヨタカが死にました。敵は封じたけど、ティアナは能力を失いました。ザイールの治療でしばらく帰れません……か?」


 ツグミが羅列すると、アルスは顔を顰めた。これではいくらなんでも酷すぎる。


「レイモンドが怒鳴り込んで来そうだな……」


 しかし、この二人にレイモンドが納得するような説明を出来る訳もない。アルスはしばらく考え込んだが、やがて諦めて口を開いた。


「……ティアナに任せよう……」


「そやな……」


 二人は最高責任者に報告を丸投げすることにした。彼女が以前の調子を取り戻してくれればいいのだが。


「その為にはまず、仲直りだな」


 あまり深く物事を考えない二人は顔を見合わせて頷いた。


 ◇◇◇◇◇


 ティアナが目を覚ましたのは夕方になってからであった。


「……おはよう……」


 声を掛けたツグミの姿を認めて、ティアナは露骨に目を逸らした。昨夜のことを考えれば当然の反応だ。


「その……ごめん……」


 ツグミは頭を下げる。ティアナはビクリと肩を震わせた。その様子に一抹の不安を覚える。まさか、また記憶を失ってしまったのではなかろうか。ツグミの背中を冷たい汗が流れた。


「……えーと、記憶は……」


「大丈夫よ。ちゃんと(・・・・)覚えてるわ」


 ティアナの棘のある言い方にツグミがムッとする。


「あのな、うちは謝ろ思てんねんけど……いらんお世話か?」


「……私が悪いのは本当だから」


 ティアナは寝台から降りてツグミの脇を通り、机の水差しの水を飲んだ。ツグミの存在を完全に無視していて、取りつく島もない。


「えーと、食事はどないするん?」


「両目を怪我した可哀想な子供だから、部屋で食べるわ」


「……そやな。取ってくるわ……」


 ツグミは諦めたように溜め息をついて部屋を出た。


 ティアナは椅子に腰掛けて窓の外を見た。空には暗雲が立ち込めているものの、赤くはなくなっている。

 どうやら噴火は落ち着いたようだ。


 出来ることならば湖畔の村(ボーデュラック)に戻り、(しろ)の村でフィアードが集めた資料を一から調べ直したい。

 しかし、今の無力な自分では移動もままならない。アルスに連れ帰って貰いたくとも、ザイールがいるから恐らく無理だろう。

 ツグミとの関係もなんとかしなければならないが、今までの気持ちと昨夜の言葉を思い返すと、友好的な関係を築けるとは思えない。


「入るぞ」


 アルスの声だ。ティアナは少しホッとした。


「うん」


 アルスは食事を盆に乗せて入ってきた。机に盆を置くと、温かいスープから湯気が立ち上った。


「……まあ、とりあえず……何か食べろ」


「ありがと……」


 ティアナは匙を取ってスープを一口、口に運んだ。温かみがじんわりと胸に広がり、胸から色々な思いがこみ上げてくる。


「ティアナ……大丈夫か?」


「ごめん、アルス。……一人で食べる……」


 俯いてしまったティアナの頭をポンポン、と撫でて、アルスは扉を開けた。


「……じゃあ、俺は食堂に行くな。今晩からは俺がこっちで寝るから……」


「うん……」


 扉が閉まる音を聞いて、ゆっくり匙を下ろす。涙がその手の甲にポタリと落ちた。



 扉を閉め、アルスは重い足取りでツグミの待つ食堂に行った。


「どうやった?」


 ツグミはアルスの姿を見つけて駆け寄って来た。アルスは肩を竦めて首を振る。


「……難しいな。俺もどう接していいか分からん……。そっとしておくしかないかもな……」


「……そっか……じゃあ、うちは……レイモンドに報告しに行くな」


 やはりこの二人を一緒にしておくのは良くない。しばらく距離を置いた方がいいだろう。ツグミなら外部との連絡も取れる。アルスは頷くしかなかった。


「……悪いな」


「……ティアナに何か持ってくる物ないか聞いといて」


「……そうだな」


 アルスは深く溜め息をついた。

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