第67話 期待と重圧
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夕暮れ時、山を隔てても空は赤く染まっている。地震は続き、山の向こうの様子が気になるが、とりあえず一行は朝来た道を戻っていた。
「……ティアナ、大丈夫か?」
「……なんとかね……」
流石のアルスでも大人を背負って半日の移動は厳しい。ましてやティアナの身体はまだ六歳である。
明らかに魔力切れを起こした状態から走り詰め、そして歩き詰めだ。少し休ませてやりたい気持ちもあるが、こちらにも余裕はない。
「悪いな……。無理させるつもりはないんだが……」
どうやらこちら側には火山灰や溶岩は流れて来ないようだが、地震による土砂崩れなどの危険もある。少しでも山から離れた方がいい。
ティアナは抜き身の剣を杖代わりにして歩いていた。その髪も目も、本来の色彩を帯びている。
「ティアナ、目くらましは……」
村が近付いてきて、アルスは流石に気になったらしい。ティアナが黙っていると、ツグミがブツブツと何かを唱えて彼女の髪に触れた。
薄緑色の髪がサアッと金髪に変化する。
「フィアードの見よう見まねや。目は無理やけどな……」
フィアードは結界の屈折を利用して目くらましを掛けていたので、ツグミは空気の濃度を変化させて屈折させたようだ。
時折その目くらましで人間に溶け込んで調査などを行っているらしい。
「……ありがとう……」
「あとは目だけだな。……おっと、そうだ……この辺りで……」
アルスは背中のヨタカをゆっくりと地面に下ろした。村に連れて入る訳にはいかないだろう。
地面に横たわる青年の力ない姿にティアナは言葉を詰まらせた。
「……ごめん、ヨタカは……」
二人が自分に何を期待しているのか分かってしまうだけに、真実をどう切り出したらいいのか分からない。
「とりあえず……ここに埋葬しておくのでいいか? ツグミ」
アルスは妻であるツグミに確認を取る。ツグミは少し複雑な表情で頷いた。
「とりあえず……ね」
ティアナの呟きには二人とも気付かない。アルスが埋葬している間、ツグミはザイールに応急処置を施している。
荷物の中に治癒魔法の詠唱があったらしく、ツグミはそれでザイールの治癒を行い、大きな傷には布を当てていた。
ティアナはそれを見てあることを思い付いた。服の生地を裂いて両目を覆ってみる。
「……ティアナ……?」
「これで……とりあえずは誤魔化せるかな……」
朝は何の変哲もないハシバミ色の目の幼女だったのだ。突然左右の目の色が白銀と漆黒になったら驚くだろう。
「……そやな。しばらくはうちらが手を引いてたらええな……」
「……お願いするわ……」
「アルスを待っとったら夜中になってまうから、先に宿に行って休んだ方がええな」
ツグミはザイールの応急処置が終わったのでアルスに声を掛けに行った。
「……お主が鍵じゃな……。能力はどうした?」
低い声でザイールがティアナに話し掛ける。ティアナはギクリと身体を強張らせた。
「……それは……」
「……ヨタカを斬ったのはわしじゃ。じゃが、あいつは多分……それなりに満足して逝きよったぞ?」
「……」
本人の意思はともかく、期待を感じてしまっている以上、そのような言葉も気休めにしかならない。
ザイールはその様子に溜め息をついた。
「……あんまり思い詰めるでないぞ」
ツグミが戻ってきて、ザイールに肩を貸して歩き出す。ティアナは彼女の服の端を持ってソロソロとついて行くことにした。
このザイールという男はやはり侮れない。鋭い洞察力で真実を見抜いてくる。彼を敵に回したくないと思ったデュカスの気持ちも分からないではない。
ティアナは真実を見抜かれた悔しさと共に、一人でもそれを知っていてくれる安心感を感じていた。
村の人々はこんなに早く帰ってくると思わなかったと口々に言っているが、人数が減っていることと噴火の事には触れなかった。道中で噴火や地震に遭い、戻ってきたと思っているのだろうが、彼等なりに気遣ってくれているのが分かる。
ツグミは宿を取ると寝台にザイールを寝かせ、薬師に診察をお願いした。もうすぐアルスが戻ってくるので後は任せることにする。
部屋に着くとティアナは目に巻いていた布を外す。荷物は殆ど置いてきてしまったので、ツグミは村の人から譲ってもらった着替えを出して、ティアナに手渡した。
「じゃあ、うちは温泉入ってくるわ。ティアナはどないする?」
「……行く……」
血と汗と土埃でドロドロで早く洗いたかった。
ティアナの答えを聞いて、ツグミは小さく頷くと彼女の手を引いて歩き出した。
他の客がいなかったので、ティアナは露天風呂に行き、身体を洗った。ツグミを待たずに風呂に浸かると、ザブザブと奥の方に移動する。疲れきった身体がほぐれ、緊張の糸も緩んでくる。
とにかく、今日の出来事を振り返ることにした。何がどうなったのか。自分の目で見た事を思い返してちゃんと考えなければ。
胸元にはフィアードに渡された水晶の首飾りがある。これは恐らく一つの水晶を二つに割って作られた物だ。だから、この水晶を通して魔力をフィアードに流すことが出来たのであろう。
逆もまた然り。そして意識すればフィアードの魔力を感知することが出来る筈。……しかし、水晶は沈黙している。
「……どうしよう……」
フィアードがいない、という現実にぶつかり、ティアナは唇を噛み締めた。
今までの通りであれば、もし彼が死んでしまったのならば、やり直す力が働いた筈だ。
だが、それが起こっていない事からも、フィアードが死んでいないという事が分かる。では彼は何処に行ってしまったのだろうか。
あの白銀の光の意味が彼女の予想通りの意図で放たれた物であれば、恐らくは時空の狭間。しかし、そこから救い出す術があるのかどうか……。
「フィアード……」
祈るような気持ちで呟くと、すぐ側で水音がした。
「フィアードは何処におるん?」
ツグミだ。ティアナは顔を上げて、豊かな胸に目を奪われた。そして胸元に散る赤い印。
それが何を意味するのか分かってしまい、頬が上気する。慌てて目を逸らし、ツグミに背を向けた。
「……あ、ごめん……」
ツグミは自分の無神経さに気付いて同じようにティアナに背を向けた。
「こちらこそ……ごめんなさい」
女性が羨むような彼女の美しい肢体。こうして間近で見るのは初めてであった。思わずチラチラと見てしまう。
胸元の赤い印を刻んだのが誰なのかはすぐに思い付き、胸が苦しくなる。
「私、先に上がるね」
ティアナはそそくさと風呂から上がり、新しい服に着替えた。
一足先に部屋に戻っていると、ツグミが軽くつまめるような軽食と果汁を持って帰ってきた。
ツグミはティアナに果汁を飲ませ、軽食を勧めながら、自分も寝台に腰を下ろした。
「……うち、気絶しとったから……何が起こったんか知らんねん……」
「……そっか……」
ティアナはゴクリと息を飲む。恐らく、彼女はあまり深刻に考えていない。自分の万能に近い能力を知っているのだから当然だ。
「今日はゆっくり休みや……」
「……うん……」
休めば何とかなると思っている。どうしよう、ここで真実を伝えるべきか……。
ティアナは果汁を飲み終えた杯を机に置き、震える唇で言葉を紡いだ。
「ツグミ、あのね……その事なんだけど……」
「……ん」
ツグミは軽く相槌を打つ。ティアナはその呑気さが腹立たしくなった。現状を理解して苦しんでいるのが自分だけなのが馬鹿らしくなってきた。
「多分、休んでも私の魔力は回復しないの……」
ただ単に、事実としてツグミに告げる。
「……え……?」
ツグミは思わず手に持ったパンを落とした。今までのように、彼女の魔力は数日休めば回復し、ヨタカを蘇生してフィアードを呼び戻すことなど簡単なものだと思っていたのだ。
「フィアードが、私の能力のほぼ全てを使ってデュカスを封じてしまったから……。だから……」
「……ちょっと……待ちや……じゃあ……」
いきなり突き付けられた事実に、ツグミの頭は混乱した。
「フィアード達の封印が解けないと、私の魔力も戻らない」
「じゃあ、どうやって……」
ティアナは弱々しく首を振った。
「封印を解くだけの魔力も残ってないの……」
ツグミの目が大きく見開かれる。それでは、ティアナはただの無力な子供ではないか。
「……ヨタカは……?」
「……ごめんなさい……」
ティアナは瞑目して頭を下げる。期待したのは彼女の勝手であり、謝る必要など無いのかも知れないが、それでもこの事実は重すぎる。
ツグミはフラリと立ち上がりティアナに詰め寄った。
「なんでや? うちはフィアードを諦めてんで? それでヨタカと生きるて決めたんや! なのになんでそのヨタカも奪うん?」
「……ツグミ……」
「……フィアードも戻らへんの? なんで? なんで……あんたはうちから全部奪うん?」
空色の目がティアナを睨み付ける。
「あんたが……記憶を失わんかったら、こんな事にはならんかったんやろ!」
「分かってるわ! そうよ! 私が悪いのよ! でも……私に……万能を求めないで!」
ティアナは声を絞り出した。万能を求められる辛さ。そしてそれを叶えられないもどかしさ。自分が神の化身として生まれてきたことをこれ程呪ったことはない。
ツグミはクルリとティアナに背を向けると放心したように扉を開けた。
「……ツグミ……」
「……ごめん……」
振り向きもせずに言い残し、ツグミはフラフラと出て行ってしまった。
ティアナが天井を仰いで溜め息をつくと、ツグミと入れ替わるかのようにアルスが部屋に入ってきた。
「ティアナ、今度は何があったんだ?」
ティアナとツグミを二人にするとロクなことが無い。アルスは不安で様子を見に来たのだ。案の定、である。
「……アルスにも謝らないといけないわね……」
ティアナは自嘲気味に微笑んで彼を招き入れ、現状を説明した。
◇◇◇◇◇
村はずれに真新しい簡単な墓標が建てられている。
空色の髪の少女はフラフラとその墓標の元に座り込み、地に手をついた。
「……なんでなん……?」
分かっているのだ。蘇生など本来ならばあり得ないこと。それでも、それを可能にしてしまう存在がいたから、あわよくば、と思ってしまっていた。
ティアナに言われるまで、自分が如何に彼女に期待していたかすら気付かなかった。
夫の死がジワジワと実感となって胸に迫る。その両目からは涙がポロポロとこぼれ、地にはこぼれた涙が次々と染み込んでいった。
「ヨタカ……、うち……どないしたらええの?」
辛い時、苦しい時、何も言わずに抱きしめてくれたあの黒髪の青年の冷ややかな表情が目に浮かぶ。
自分にとって彼がこれ程大きな存在になっているとは思いもしなかった。
「ヨタカ……」
切なくてその名を口にした途端、記憶の中の彼が心底嫌そうに顔を顰めた。お前にそこまで想われるのは心外だ、とでも言わんばかりである。
「……ヨタカ……?」
そう言えば、自分といる時は基本的に無表情か仏頂面であまり笑顔は無かった。お互い気楽で一緒にいただけだ。彼が心の底から楽しそうに笑うのはいつも、あの従弟と一緒にいる時だった。
「ヨタカ……アルスの腕の中やったから笑ってたん?」
当たり前だ、とでも言われた気がして、ツグミはムッとした。
「……あんただけズルいわ!」
愛するアルスを守って、その腕の中で死んだ。本来は見送るべき相手に看取って貰えるなど、贅沢にもほどがある。
それに引き換え、自分は……。
「……フィアードの……アホ!」
勝手に自己完結して消えてしまうなんて酷すぎる。残された者の身にもなって欲しい。
本当に彼を助け出す方法は無いのだろうか。ツグミは考え込み、思いつめたティアナの顔を思い出した。
「そうや……とにかく……謝らんと」




