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第64話 変節

「封じる……と仰いましても……、彼も神族、欠片持ちですよ?」


 栗色の髪の女性が眉を顰めた。青年は肩を竦める。


「だってさ、彼は精霊の加護を受けて魔術も使うんだよ? 魔族と通じてるしさ。うまく誘導できるかどうか怪しいし、邪魔じゃない」


「ですが、封じるとなると……」


「簡単だよ、サーシャ。僕が隔絶空間に閉じ込めちゃうから、君がその空間ごと時間を止めちゃえばいいんだ。それで時空の狭間にポイッて……」


「……それは……」


 簡単に言われてしまったが、それがそんなに簡単ではないことを彼女はよく知っている。

 青年は立ち上がり、サーシャの栗色の髪をクルクルと指に巻きつける。


「何? 自信ない? じゃあ、また子供を調達してあげるよ。それで力を付ければいいじゃない」


 唇を耳に寄せ、サーシャに囁きかける。


「いえ、その必要はありません……」


 おぞましい提案にサーシャは青ざめて首を振った。もう二度と、あの儀式をしたいとは思わない。

 青年は指に絡めた髪をそのまま掴み、サーシャの顔を無理やり自分の方に向けた。サーシャの顔が苦悶に歪む。


「なんだよ、君だってそのお陰でこうしてこの場にいられるんじゃないか……。今更君だけいい子ぶらないで欲しいね。僕達は一蓮托生なんだよ」


「……申し訳ありません……」


 サーシャは唇を震わせ、その白銀の双眸に涙を浮かべて青年を見つめた。


「!!」


 突然、青年が何かに気付いて顔を上げた。その漆黒の双眸を細めて、サーシャの髪を掴んでいた手をゆっくりと離す。


「……おや?」


「……これは……」


 サーシャもゴクリと息を飲む。何処かで途轍もない力が集束しているのが感じられる。一介の魔人や欠片持ちの魔力ではない。


「……派手にやってくれるね……」


 青年が何かを見て(・・)いる。サーシャはすぐに立ち上がり、戦いの準備を整えはじめた。

 ダルセルノは事態が飲み込めないようであったが、サーシャに倣って身支度を整える。


「ダルセルノ、将軍を呼んで来てくれるかな? サーシャはすぐに戦える準備を……ああ、もう出来てるね。流石だね」


 いつもの余裕はあまり見られない。青年は少し焦りながらも指示を出す。

 ダルセルノは大慌てで部屋の隅にある伝声管の脇の紐を引き、蓋を開けた。


「大至急、将軍を陛下のお部屋に呼べ!」


 その朝顔の形の通話口に怒鳴りつけると、すぐに耳を当てる。伝声管が僅かに震えているので、何か返答があったようだ。


「……よし……」


 ダルセルノは小さく頷いてから青年に向き直る。


「陛下、将軍はこちらに向かっています」


 陛下、と呼ばれることに何の違和感もないらしい青年は悠然と頷いた。


「そう……。じゃあ、君もすぐに支度をするんだ。彼等がもうすぐ山を越えるよ。ここまで来る前に先回りしよう」


「えっ? もう……ですか!」


 彼等が拠点としている村を出たという報告からまだ四日しか経っていない。通常の移動手段ではないことが伺える。


「しかも、僕が心を込めて準備してた舞台には登りたくないみたいだね。せっかく素敵なおもてなしを考えてたのにね……」


 青年は渋々と言った体で帯剣する。扉を叩く音がして、一人の武装した男が入って来たのを確認し、青年はニヤリと笑った。


「多勢に無勢で苦しんでいる所を叩くのを楽しみにしてたのに……仕方ないね……。僕達だけで出迎えてあげることにしようか……」


 ◇◇◇◇◇


 光の輪が徐々に大きくなるにつれて、緊張感が高まって来た。


「ツグミ、少し速度を落として……」


 フィアードの指示にツグミが従う。結界は少しずつ速度を落として、丁度出口を出たところで止まった。


 一行はぐるりと周囲を確認するが、見渡す限り荒涼とした平原である。所々に草や苔が生えているだけで、木々の姿はない。

 空は相変わらずどんよりと曇っており、生ぬるい風が吹くと時々卵の腐ったような匂いが鼻につく。


「……まだ気付かれてない……?」


 結界を解きながら、フィアードが人影が無いことにホッとすると、ヨタカが冷ややかに言い放った。


「いや、気付かないわけないだろう」


 弓に矢をつがえ、周囲を警戒する。何せ敵は、隠れる必要なくいきなり姿を現せるのだ。

 大人達はそれぞれ構えながら自然とティアナを背中に庇うように立った。


 フィアードは遥か前方から、一人の人影が悠然と歩いて来ることに気付き、身を固くした。

 徐々にその姿が確認できるようになり、フィアードは目を細めた。知らない男だ。だが、誰かに……似ている。

 長い赤毛を背中で束ねたその男は、然程身長は高くない。年の頃は中年、といったところか。

 大剣を腰に下げて歩くその動きには一切の隙が感じられず、歴戦の勇士であることが伺われる。


「……親父……」


 アルスの呟きにフィアードは息を飲んだ。そうだ。アルスに似ているのだ。だが、フィアードの知るザイールよりも随分と若い。デュカスにより若返ったのだろう。

 コーダ村に立ち寄った形跡がなかったのは罠。本来なら立ち寄った形跡など残さずに転移出来る筈なのに、敢えて形跡を残したのは、フィアードにその実力を知らしめる為と、コーダ村との関わりが終わったと油断させる為。


「くそ……そういうことか……」


 アルスが舌打ちするのを聞いて、ふとフィアードは嫌な予感がした。

 ザイールが敵に回っている、ということは……!


 突然、背後で突風が起こり、ヨタカが吹き飛ばされた。


「なっ!」


 フィアードが振り返ると、ツグミがヨタカを吹き飛ばしたところだった。

 ヨタカは器用に空中で姿勢を正すと、立て続けに三本の矢を放ってきた。


「なにするんやっ!」


 矢を次々と弾くツグミの目は戸惑いに見開かれている。何故、ヨタカがいきなり弓を引いたのか、理解できない。


 フィアードはティアナを結界で覆うと、腰の剣を抜いてツグミの横に立った。すぐ横でアルスが地を蹴ったが、そちらを見ている余裕はない。


「ザイールが敵の手に落ちたから、ヨタカは名を知られた。多分、思考誘導されているんだ……」


 ツグミに告げながら、胸が不安で押し潰されそうになる。ヨタカの口からツグミの名が出たら、今度はツグミが敵になるかも知れない。


「……ふん……。お前の望み通り、フィアードより先に死なせてやるよ……」


 ヨタカの目はいつもと変わらない。狂っているようにも見えず、操られているようにも見えない。むしろ、それが本心なのかも知れない。

 ツグミは自分に明確な殺意を向けるヨタカから、ただ、逃げることしか出来なかった。



 アルスは地を蹴って、若かりし頃の姿になっている父親に斬りかかった。

 相手の腕はよく知っている。だからこそ、こちらから打って出ることを選択した。

 ザイールは腰の大剣を瞬時に抜いてアルスの剣を弾き返した。

 すぐに体勢を立て直して繰り出した第二撃も受け止められるが、アルスはそのまま剣を引かない。


「甘いな、アルス。誰がお前に剣を教えたと思っとる」


 ギリギリ、と二つの刃を交えながら、久々の再会にそれぞれの思いがぶつかる。


「今のが入るとは思ってねぇよ! まさかあの欠片野郎に付くとはな……このくそ親父が!」


 キィン、と剣に甲高い音を立てさせ、自ら後ろに飛ぶ。


「破格の待遇だからな。将軍だそ。一軍を率いることなぞ、考えもせなんだわ!」


 ザイールは大剣を振りかぶり、アルスの胴を薙ぎ払う。すんでの所でその剣戟を躱し、アルスはギリ、と父親を睨み付けた。


「あいつらがどうやって蘇生したか知ってるのか?」


「関係あるまい。人は誰しも命を食らって生きておる。同じことじゃ」


「同じじゃ……ねぇだろうが!」


 アルスは逆手から斬り上げるが、ザイールの大剣に阻まれた。

 剣を構え直し、ジリと距離をとるアルスの顔はむしろ、この場で与えられた好敵手との戦いの機会に歓喜していた。



 フィアードはまさかの展開にギリ、と歯ぎしりした。ザイール一人の出現で、期待していた戦力が完全に無効化されてしまった。まだ欠片持ちは一人も出てきていないというのに。


 ヨタカの矢を躱しながら、フィアードとツグミは緊張していた。思考誘導は本人の負の感情を増幅させるようだ。本人の意思や感情が残っているだけに、ハッキリと敵として認識することが出来ない。アルスのような戦闘馬鹿は割り切って戦える分、こういう状況ではむしろ頼もしい。


 ヨタカに名前を呼ばれたら、と思うと気が気でないツグミだが、ヨタカは何故か名を呼ぶつもりはないらしく、ただ矢の雨を降らせ続けている。


 ヨタカの攻撃の一瞬の隙にいつの間にかその後ろに黒髪の男が佇んでいることに気付いた。その余裕ぶった態度が癪に障る。


「ダルセルノ……!」


 フィアードが敵を認識して氷の刃を放つが、ヨタカの風刃がそれを粉砕する。


「くそっ!」


 フィアードは剣を構える。ツグミとの連携でヨタカの矢を次々と弾き返してはいるものの、流石にダルセルノに攻撃を加える隙を与えてはくれない。


「その(あお)の魔人には見覚えがあるな。……そうか、フィアードがいつも惚れる女か」


 まずい、ダルセルノはツグミの事も覚えている。名を知っていたら……。


「おい、ヨタカ。その女の名を教えろ」


 知らないのか! フィアードは胸を撫で下ろしたが、ここでヨタカが答えたら同じ事だ。答えさせまいと、吹雪がヨタカに襲いかかる。


「フィアード! あかん!」


 ツグミが泣きそうな顔でフィアードにすがりつく。ヨタカを傷付けたくない、そう訴えるその目を見て、フィアードの攻撃の手が緩んだ。


「ふん……。見せ付けやがって……!」


 二人が寄り添う姿に舌打ちし、ヨタカは白く凍結した髪をグシャリと崩して腰の短剣を抜いた。矢が尽きたらしい。


「ヨタカ! その女の名は!」


 ダルセルノの耳に付く声が響くが、ヨタカはフン、と鼻で笑った。


「なんで俺が貴様ごときに、可愛い妻の名を教えなきゃならないんだ?」


「な……貴様……!」


 ダルセルノの顔が青ざめる。


「俺は妻の希望を叶えてやろうとしたまでた。フィアードよりも先に死ねたら本望らしいからなっ!」


 風刃がツグミを襲うが、ツグミに近付くにつれて刃が小さくなり、ついには掻き消えた。風の魔術の技量ではツグミの方が大分優っている。

 そんなことは百も承知しているヨタカは空を跳び、短剣を一閃した。ツグミの空色の髪が数本、宙を舞った。


「ヨタカ……!」


 ツグミの胸は張り裂けそうだ。フィアードと同じ時間を過ごせないが故に彼を選んだ自分を拒むかのような目。それが思考誘導によるものなのか、彼の本心なのか分からないが、彼を深く傷付けていることは確かなのだ。


 フィアードはヨタカの短剣を弾き返し、ツグミとティアナを背中で庇う。

 ヨタカが地を蹴った瞬間、甲高い笑い声がこだました。


「あははは! 仲間同士で戦ってるのって面白いね! その上、戦闘馬鹿は親子喧嘩の真っ最中!」


 笑い声と共に、空間を歪めて薄緑色の髪の青年が現れた。青年はダルセルノに冷たい視線を投げかける。


「それにしても……ダルセルノ。せっかく手に入れた駒を上手く使えないなんて、やっぱり君は欠片持ちとして半端だね」


 まずい、とヨタカと斬り結びながらフィアードは咄嗟にツグミを結界で覆う。


「君、ヨタカって言ったっけ……。そこの女の子達の名前を教えてくれるかな?」


 あわよくば、ティアナの名前を聞き出そうと言うのか! フィアードは突風でヨタカを弾き飛ばして、地を蹴って斬りかかった。


「デュカス!」


 名を呼ぶことで、少しでも動揺を誘おうとしたが、青年は無造作に剣を抜きフィアードの剣を難なく跳ね除けた。


「あれ? あぁ、そうか。アルスには名前の隠匿も効かないんだ……。本当に厄介だねアイツ……」


 チラリ、と父子で戦う姿を見やり、再びフィアードに向き直る。


「名前を知って、勝ち誇りたい気持ちは分かるけど……考えてもごらんよ。

 僕が、僕の能力を知っていて、それでも本名を名乗ると思う?」


「な……!」


 青年の剣がフィアードの鼻先に突き付けられる。


「みんな馬鹿だよねぇ。簡単に名乗っちゃってさ。ねぇそう思わない? フィアード(・・・・・)

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