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第63話 前奏曲

「……すげぇ……」


 アルスはしばらくその光景に呆然としていたが、ハッとあることに気付いて振り返った。


 やはり相当消耗したのだろう。フィアードが肩で息をしている。だが、ティアナは目の前に現れた洞穴に口を大きく開けているだけで、あまり疲れていないようだ。


「フィアード……やりすぎちゃうか?」


 ツグミはフィアードに駆け寄り、思わずその身体に触れかけた手を止めた。気持ちの動揺を誤魔化そうと視線を洞穴に移す。

 洞穴は先が見えない程の深さだ。もしかして開通しているのだろうか。


「おい、また魔力に当てられたりしてないだろうな!」


 アルスも駆け寄り、足元が覚束ないフィアードの身体を支える。


「あ、悪いな……アルス」


 フィアードはアルスに寄りかかると大きく息をついた。

 洞穴を観察していたヨタカが歩み寄り、アルスが持っていた荷物を彼に託す。


「……いや、これは単純な力技だからな。しばらくすれば魔力も回復するだろう。……それよりも、これだけの魔力を放てば、敵にもすぐにバレるぞ。狼煙のつもりか?」


 ヨタカの言が終わらないうちに、フワリ、と全員の身体が持ち上がった。気がつけば周囲を不可視の繭が覆っている。

 ヨタカはムッとしてフィアードを睨みつけた。これでは気付かない内に結界内に閉じ込められたのと同じではないか。

 フィアードはヨタカの様子に苦笑しつつも、これ以上魔力を使うことに危険を感じた。空色の髪が視界に入る。やはりここは彼女に頼るしかない。


「……ツグミ、この結界ごと洞穴を突っ切ってくれ。多分開通してるから。俺はちょっと休ませてもらうな……」


 フィアードが結界の中に座り込んだのを見て、ツグミは不安になった。


「なあ、なんでそんなに焦ってるん? ゆっくり行ったらあかんの?」


 彼の様子が尋常ではない。明け方別れた後に何があったのだろうか。フィアードは座り込んだまま、呼吸を整えてからツグミに向き直った。

 正面からその顔を見ると、やはりドキリとするが、気持ちの整理はついている。ツグミは努めて冷静を装う。


「今朝、山道の出口を見て(・・)みたら、多分デュカスの部下みたいな兵士が集まってたんだ……」


 さっと大人達の顔が緊張した。


「……そうか。山道が国の入り口になるから、守りを固めてるんだな」


 考えてみれば当然のことだ。アルスは正面突破のつもりだったので、フィアードがそれを避けようとしたことに驚く。


「成る程。……奇襲を掛けるということか」


 ヨタカはその策に是を唱えた。


「ああ。山道の出口とこの洞穴の出口はかなり離れてる。俺達が洞穴を一気に抜ければ兵士達はどう考えても間に合わない」


 山道は緩斜面に刻まれた獣道を選んだものだ。クネクネと蛇行して上下するので、その全長はかなりある。大人の足でも三、四日かかるだろう。

 一方、フィアードが開けた洞穴は直線だ。最短で山岳地帯を抜けることができる。


「さっきの狼煙で、御大だけを誘き寄せるつもりか……」


 ヨタカは腕を組んでフィアードを見る。デュカスにとっては距離など問題ない。場所を特定すればすぐにやって来るだろう。


「多分、ダルセルノとサーシャは一緒に転移すると思うけど、一般兵士までは転移しないだろう」


 ツグミは納得しながら、フィアードの成長ぶりに舌を巻いた。チラリとヨタカを見ると、ヨタカは腕組みしたまま洞穴の先を睨んでいる。


「とりあえず、これを抜ける前に攻撃されない事を祈っておくしかないな」


「じゃあ、うちはこの洞穴の中を結界ごとぶっ飛ばしたらええねんな」


 フワリ、と繭状の結界が浮き上がり、風に乗る。

 アルスは荷物から松明を取り出し、手際良く火を灯した。


「松明は大丈夫だな?」


「うちが空調管理するから大丈夫や」


 ツグミは松明の周りに新鮮な空気を送りつつ、結界を洞穴に滑り込ませた。

 徐々に加速していくが、風を感じる事もなく、振動もない。更に外は真っ暗なのでその速度は計り知れない。


「ああ。それからヨタカ、お前もこれ……」


 フィアードは懐から小さな袋を出し、そこから丸薬を二粒取り出した。その内一粒をヨタカに投げ渡す。


「疲労回復の丸薬だ」


 フィアードに言われてヨタカの顔色が変わる。


「夜通し村を監視してくれてたんだろ?」


「そうなのか?」


 丸薬を飲みながら言ったフィアードの言葉にアルスが反応する。ヨタカは不機嫌になってフィアードを睨みつける。


「……お前も監視するならそう言え。無駄骨になるだろうが」


 フィアードが遠見(とおみ)で監視したら、鳥の姿のヨタカが村を巡回していたのだ。


「……いや、俺は少し様子を見ただけだから……」


 フィアードが言いながらチラリとツグミを見ると、ツグミの顔が赤くなった。ヨタカはその様子を冷ややかに見る。


「まぁ、くれると言うなら貰っておく」


 仏頂面で丸薬を飲み込み、前方に注意を戻した。さりげなくツグミとフィアードの間に割って入る。

 フィアードはその様子に苦笑した。なんだかんだと言いながら、ヨタカはツグミを大切にしている。二人を見るのはまだ辛いが、気持ちを話し合えたお陰で、前ほどの息苦しさはない。


「ティアナ、もう大丈夫か?」


 フィアードは座り込んだまま、ティアナの頭を撫でた。

 真っ暗な洞穴を食い入るように見つめていたティアナはハッとして振り返り、ニコリと微笑んだ。


「うん。お兄ちゃんこそ、平気?」


「大分楽になってきたよ。リュージィのお陰だな」


 丸薬の効き目なのか、全身の倦怠感は大分軽減している。魔力も徐々に戻っているのが分かる。


「じゃあ、早く帰ってお礼言わないとね!」


「……そうだな……」


 出口の光が見えてきた。


「……もうすぐ出るで……!」


 ツグミの呟きに全員が身構えた。


 ◇◇◇◇◇


 石造りの立派な建物の一室。統一性のない調度が雑然と並んでいる。

 高価な金銀の燭台、石像などの美術品から竹細工のような工芸品、よく用途の分からない楽器のようなもの。

 机や椅子も適当に寄せ集めたようで、一つとして同じ物はない。

 そのこだわりの無さがこの館の主の性格を表しているかのようだ。


 薄緑色の髪の青年は無垢材の簡素な机の前の布張りの豪奢な肘掛け椅子に座っていた。

 最近手に入れた焼き物の花瓶のような物を片手に持ち、色々な角度から見ている。そしてふと何かを思い出した。


「ねぇ、ちょっと小耳に挟んだんだけどさ……、フィアード達ってかなり出来のいい地図を持ってるんだってね?」


「……そうなんですか……」


 唐突に切り出され、控えていた男性は狼狽えた。


「なんだ、君知らないの?」


 軽蔑したような目で中年の男を見下ろす。手にしていた花瓶を男に投げつけるが、男は慌ててそれを受け止めた。

 出来の悪い部下に興味はないので、すぐに隣に控えている女性に声を掛けた。


「なんかさ、色んな技術を持った人材を集めて商売してるんだよ。フィアードの弟が取り仕切ってるらしいんだけど……」


「レイモンドですか?」


 栗色の髪の女性は間をおかずに答えた。その答えに満足した青年は嬉しそうに微笑んだ。


「へえ〜、レイモンドって言うんだ。(あお)の魔人と絵師に上空から地図を描かせたって……凄いよね。中々の手腕だと思わない?」


「そうですね。確かに彼は賢い少年でしたから……」


 女性の言葉を受けて、青年はうっとりと呟いた。


「……欲しいなぁ……」


「……地図ですか?……レイモンドですか?」


「両方だよ」


 青年は優雅に笑い、どこからともなく茶器を取り出した。茶碗に琥珀色の茶を注ぎ、その香りを楽しむ。


「きっと彼は立派な文官になると思うんだ。僕達の(・・・)国に必要な人材になるよ」


「では、早速捕らえて参ります……」


 男が腰を上げかけると、青年は鼻で笑った。


「君は本当に人の話を理解できないね。今すぐ欲しい、なんて言ってないだろ? 彼の組織が大きくなってから、彼ごといただくとしようよ」


 茶を飲んでほうっと一息つくと、机に頬杖をついた。


「だから今は……見守ってあげようじゃない?」


 笑いながら、二人の分の茶を注いで勧める。二人は恐縮しながらもその茶を口にした。


「それからさ、ダルセルノ。君に確認しておきたいことがある」


「はい……」


 ダルセルノは茶碗を置き、緊張の面持ちで向き直った。


「化身は何度かやり直し(・・・・)をしてるんだね?」


 探るような目を向けられ、ダルセルノの額に汗が浮かぶ。


「そのさぁ……切っ掛けになる事って何か分からない? せっかくここまで準備したのに、ふりだしに戻りたくないじゃない?」


「切っ掛け……ですか?」


「そう。化身が自発的に時を戻せるなら、もっとやりようがあるだろ? だから、きっと化身でも自在に時を戻せないって事だと思うんだ」


 思いがけない話で、ダルセルノは混乱した。青年はその様子に苛立ちを募らせる。


「だからさ、それまでのやり直しの切っ掛けになりそうな共通の出来事ってない訳? 誰かが死ぬとか」


 面倒臭そうに説明する。ダルセルノはそこまで言われて始めてハッと気付いた。


「それでしたら、恐らくダイナ本人の死亡が切っ掛けでしょう!」


「やっぱりそうか!」


 想定の範囲内だ。彼女の命を保証しておけば大丈夫ならなんとかなるだろう。

 青年が満足気に頷いていると、ダルセルノが再び口を開いた。


「……それと……」


 ダルセルノは混乱する記憶を必死で整理しながら、幾つかの場面を思い出していた。


「まだあるの?」


 若干ウンザリして青年は尋ねた。この要領を得ない男と話すのは疲れるので極力手短にしたい。

 だが、もたらされた情報は聞き捨てならないものであった。


「恐らく……フィアードの死も関係しております」


「……そうなの?」


 青年は眉を顰めた。


「はい。私が目撃した限りでは、その直後に記憶が反転して、数年前に戻るのが常でしたから……」


「……ふーん。フィアードも関係してるんだ……。困ったなぁ……」


 青年は腕を組んだ。自分がいれば薄緑(みどり)の欠片持ちはもういらないので、殺してしまえば簡単だと思っていたのに。


「何か不都合でも?」


「フィアードを殺しちゃ駄目ってことか……やりにくいなぁ」


 何としてでもふりだしに戻るのは避けたい。しばらく考え込んで、ふと発想を変えてみる。


「……そうか、殺しちゃ駄目なら……」


 唇の端がニヤリと歪んだ。


「封じちゃえばいいんだ……」

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