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第58話 旅支度

 久しぶりに訪れた村は騒然としていた。天幕はたたまれ、畑には新しい作物は植えられていない。

 フィアードはその雰囲気に二年間暮らした懐かしさを感じることが出来ないままに、目的の人物を見付け出してしまった。


「ミサゴ、ノスリ、お久しぶりです」


 時々連絡を取ってはいたものの、実際に顔を合わせるのは二年ぶりだ。二人は荷物をまとめているところであった。


「おお、フィアード! 久しぶりやな。男前になりおったなぁ!」


 ミサゴは人懐こい笑顔で迎えてくれたが、ノスリは露骨に嫌な顔をした。


「わしらは忙しいんじゃ。ややこしい話は聞きとおないわ」


「悪い。冬になる前に出発したかったから……」


 フィアードは苦笑する。明らかに引っ越し準備で忙しそうだが、決して歓迎していない訳ではない。ノスリはただ単にこういう表現しか出来ない不器用な男なのだ。


「ツグミがおらんから、引っ越しも大変や。せやから、ノスリを貸し出す訳に行かへんねん。悪いなぁ……」


 ミサゴは肩を竦めた。フィアードは神妙な顔で頷いた。


「引っ越しと重なってしまったなら仕方ないです。で、もう一つの話の方は……?」


 フィアードも荷造りを手伝おうとしたが、流石に移住にも慣れたもので、極端に物が少なく、あまり役には立たなさそうだ。


「詠唱式の魔術やろ? 相変わらずオモロいこと考えるなぁ、ゆうて関心しとってん」


 喋りながらも二人掛かりで天幕の骨組みをまとめている。


「わしらにはそれほど関係ないことやから……な」


 グッと紐を縛り上げるノスリはフィアードの方を見もしない。


「それじゃあ……」


「ええんちゃう? それが定着すれば、うちらも他の属性の魔術が使えるってことやろ?」


 ミサゴはノスリに骨組みを運ばせてフィアードに向き直った。


「うちらとしても、それは歓迎なんや。だから研究大いに結構や!

 ……でも、うちらもこれから大移動や。子供多いし、ノスリがおらんと厳しいのは分かるやろ?」


「いえ、無理を言ってすみませんでした」


 フィアードはミサゴに頭を下げた。こんなに忙しい時に来てしまうとは、なんと間が悪いのだろう。あと一日早く挨拶に来ていれば、ゆっくり対策も立てられたのに。


「ゆっくり話聞きたいところやけど、座る所もあらへんしな。せいぜいきばりや」


 デュカスの存在を知らせてすぐに、(あお)の村の移動を決めた、と連絡があった。万が一、ティアナがデュカスの手に落ちると、村の位置や情報が筒抜けになるからだ。恐らく提案したのはノスリだろう。


「でもまぁ、引っ越し前でよかったで。久しぶりに会えたしなぁ。ツグミはどないしとる?」


 ミサゴの何気無い一言で、フィアードは硬直した。彼から言うことは無いと思い、敢えて連絡しなかったのだが、何も聞いていないのだろうか。


「えっ……と……」


 フィアードが口籠っていると、ノスリが戻ってきた。


「ツグミはヨタカと結婚したて聞いたど」


「はぁっ? うちは聞いてへんよ? 何やそれ!」


 ミサゴは目を丸くする。ノスリの情報収集能力に比べて、ミサゴの呑気さは中々大したものだ。


「わしに頼るより、あいつら連れて行けばええやろ。アルスがおるねんから、もう剣士はいらん」


「……えっと……まぁ……」


 ノスリは相変わらず手厳しい。


「複数相手ならヨタカの弓とツグミの魔術があればええやろ」


 フィアードは息を飲んだ。この男(ノスリ)はどこまで知っているのだろうか。


「そうや……おのれら、町でなんや商売しとるんやろ? ボロ儲けしとるいう噂やで?

 で、アルスのボケがヨシキリの娘と結婚したらしいど。わしらには関係ない事やから、オカンには言わんかっただけや」


 ノスリは意味深な目で母親(ミサゴ)を見た。


「……へぇ。ヨシキリの娘……」


 ミサゴの顔色が変わった。そう言えば、ミサゴはヨシキリの最初の妻だったと聞いた気がする。フィアードは何となく不穏な空気を感じ、ジリジリと後退った。


「あ……じゃあ、引っ越し頑張って……。失礼しましたっ!」


 ◇◇◇◇◇


「……で、結局、(あお)の村で愚痴を聞かされていた、と」


「……まぁな……」


「兄ちゃん、俺、忙しいんだけど」


 執務室にいきなり現れた兄に愚痴を聞かされ、レイモンドはトントンと机を指で叩く。


「まぁそう言うなよ。風と水の魔術の使用許可取ってきたんだから。ルイーザは魔力高そうだから、あいつに使わせたら便利だぞ」


 持ってきた紙束をバサリと机に置く。


 レイモンドは紙束を手元に引き寄せ、その表紙を見た。


「『詠唱式の魔術の再現方法』……か。長いな。なんか通称考えようぜ」


「『魔術』じゃ……ダメか。詠唱しなくてもいいもんなぁ……」


 フィアードは腕組みした。レイモンドは表紙の文字をブツブツと組み合わせながら呟き、ふと顔を上げた。


「……『魔法』でいいんじゃないか?」


 レイモンドの提案に、フィアードは口の中でその響きを何度か確認して頷いた。


「それいいな。じゃあ、ルイーザにこれを渡して勉強させてくれ。手紙の配達程度なら、すぐにでも使えると思うぞ」


「それに関しては有難いけど……。代わりにツグミさん達を助っ人に寄越せってこと?」


「……いや別に……」


 フィアードの目が泳ぐ。レイモンドは溜め息をついた。


「……兄ちゃん達に何があったのか聞かないけど、一応伝えておくよ。あ、それから……」


 レイモンドは立ち上がり、執務室の奥から大きな包みを出して、フィアードの前に置いた。

 ガシャリ、と金属が擦れ合う音が聞こえ、フィアードは首を傾げた。


「これは?」


 包みを開くと、白く輝く金属の胸当て、手甲、具足が二組入っていた。


「ヴァンホフっていう鍛冶屋が持って来たんだ。彼の新作で、青銅製だけど強度が高くて軽いらしい」


 アルスが愛剣を買ったあの鍛冶屋か! フィアードはそれらを手に取ってみた。上品な光沢があり、確かに従来の物よりも大分軽い。


「へぇ……」


「かなり腕のいい鍛冶屋らしいから、商会からも結構発注してる。父さんの事も知ってたり、面白い人だな」


「ああ。アルスがそこで剣を買ったんだ」


「そうそう。それで、かなり多めに代金を貰ったから、これを収めさせろって押し付けて来た。相手が相手だし、これで少しは役に立つんじゃないか?」


「ありがとう。使わせてもらう」


 フィアードはレイモンドの気遣いに顔を綻ばせた。心配してくれていることが嬉しいが、強大な敵に向かうという事を思い出し、気持ちが引き締まる。


 包みを床に下ろすと、扉を叩く音がして、暗褐色の髪の少女が茶を淹れて持ってきた。少女は俯いたままフィアードの前に茶碗を置き、レイモンドにも茶を置いた。

 少女が顔を上げたので、フィアードが会釈すると、ポッと頬を赤らめた。えっ? とフィアードが一瞬戸惑ってレイモンドを見ると、彼も心なしか頬が赤い。


「し……失礼しました!」


 少女は顔を伏せたまま、パタパタと執務室を出て行ってしまった。フィアードはその様子に首を傾げながら椅子に座った。


「……地図はどうするんだ?」


 レイモンドは何かを誤魔化すように、茶を飲みながら尋ねた。フィアードはすぐに気持ちを切り替えて少し考え込む。


「……あれを世に出すのはもう少し待って欲しい。ちょっと精度が高すぎるかも知れないからな……」


 精度が高すぎて、抜け道なども分かってしまう。もし敵対する者の手に回ると危険だ。

 レイモンドはうんうん、と頷く。


「あれは兄ちゃん達の役に立つならそれでいいよ。簡略化したものは別に用意してるんだ」


「流石だな」


 ちゃんと考えていたようだ。そもそも地図はフィアードとティアナの為に作成したのであり、商会はそのおこぼれに与るつもりだったのだ。


「とにかく……無理しないでくれよ。母さんやレイチェルには会わないのか?」


 すぐにでも帰ってしまいそうな雰囲気に、レイモンドはなんとなく胸騒ぎを覚えた。


「……やめておく。この呪文を毎日一回唱えろって言っておいてくれ」


 机の上に手紙を置く。水の精霊による浄化魔術の再現ーー魔法だ。これで病状は安定するだろう。


「……分かった。伝えとくよ」


「じゃあ、母さんにもよろしく」


「ああ……気をつけて……」


 包みを手に笑顔を残して忽然と姿を消した兄に、何か他に言うべきこと、してやれる事はなかったか、と、そこはかとない不安を感じるレイモンドであった。


 ◇◇◇◇◇


 (しろ)の村にも挨拶を済ませ、水車小屋に戻ると、ティアナが駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、お帰りなさい!」


 二つに結い上げた髪をピョコンと跳ねさせながら、フィアードに抱きついてきたので、その頭を優しく撫でてやる。


「ただいま。……アルスは?」


「昨日からヒバリと出掛けてるよ?」


 しばらく会えなくなるから当然か。フィアードはそうか、と頷いてティアナを抱き上げた。小さな両腕がキュッとフィアードの首にしがみつく。


「あ、そうだ! リュージィが来てるよ」


 耳元で大きな声を出されて、フィアードは少し面食らった。苦笑いしてティアナの顔を覗き込む。


「……そうか、ありがとう」


「エヘヘ……」


 ティアナは嬉しそうにその頭をフィアードの肩に預けた。

 フィアードは下ろすに下ろせなくなってしまい、ティアナを抱き上げたまま包みを脇に抱えた。ズシリとその重さが応える。

 水車小屋の扉の近くまでくると、ティアナが手を伸ばして扉を開ける。仕方ないのでそのまま水車小屋の中に入った。


 リュージィは地下室でラキスをあやしていた。

 グラミィは保存食などを袋に詰めて、旅支度に余念が無い。ヨシキリはその周りを所在無さげにウロウロしている。


「フィアード、戻ったか。朗報だ」


 リュージィはフィアードの姿を見るなり手に持った資料をずいっと突き出した。

 フィアードはティアナを下ろし、包みを床に置くと深い溜め息をついた。


「……何ですか?」


「眠り薬の量と使用者の体重で、効果の持続時間が決まることが分かった。詳しくは資料を見ろ!

 後は人体で試すだけだが、これもフラウとバウアーが協力してくれることになったぞ!」


「すごいじゃないですか!」


 フィアードは目を見開いた。もう少し時間が掛かるかと思ったのに、リュージィは本当に勤勉だ。


「ああ。旅立つ前に報告できてよかった。それから、これは私からの餞別だ」


 リュージィは小さな袋を食卓に置いた。ジャラリ、と音がする。


「疲労回復の丸薬だ。グラミィもお前さんもいれば、傷や病気は大丈夫だと思うが、疲れは溜まるだろうからな」


 リュージィなりに心配してくれている事が伝わり、フィアードの胸が熱くなる。


「ありがとう……」


「とにかく気をつけてな。無理は禁物だぞ。何かあれば逃げるのも大事だぞ!」


 白い指を突きつけられ、フィアードは苦笑した。


「はい……帰ったらまた、色々教えて下さいね」


 これだけ多くの心遣いを受けて出発できるなんて、洞窟から旅立った時には思いもしなかった。何としてでも無事に帰って来なければ。フィアードはティアナの頭をポンポン、と撫でた。

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