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第55話 癒す者

 フィアードは午前中はリュージィの元で薬師の手伝いをすることになっている。酒場の仕込みの時間になるとリュージィが酒場に行ってしまうので、フィアードは事務所に移動して、アルスが苦手とする書類整理などを請け負っていた。


 ヨシキリの小屋で出来上がった薬を紙に包んでいると、一羽の鳥が窓から飛び込んできて、リュージィの肩に止まった。途端にリュージィの頬に朱が差す。


「あ……」


 フィアードには見せない拗ねたような表情だ。リュージィの黒髪を嘴でついばんでいる鳥が何者かは、簡単に伺える。


「帰ったど……」


 ヨシキリだ。彼は自分の血の匂いを手掛かりに、デュカスを追っていたのである。戻ってきたということは、何かを掴んだということだ。あの襲撃から二ヶ月。中々戻ってこないから別の女の所に行ったと思っていたリュージィはツンと横を向く。


「遅かったな。もう帰って来ないかと思ったぞ」


 ヨシキリはフィアードの姿を認めると人型に戻った。そして見せ付けるようにリュージィを抱き締めた。


「不安にさせて悪かったな……」


「こら、離さんか。これでは飯の支度も出来んだろうが!」


 リュージィが慌てている様子が微笑ましい。

 フィアードはそっと立ち上がり、薬の入った籠を片付けた。ヨシキリから何か報告を受けたところで、今すぐには動けない。ゆっくり落ち着いてから話を聞いた方がいいだろう。

 彼の留守中にリュージィと何があった訳でもないが、若干の後ろめたさもあり、フィアードは逃げるように事務所に向かった。


 後ろからティアナがちょこちょことついてくる。


「ねぇ、どうしておじちゃんに挨拶しなかったの?」


 大分調子を取り戻してきたティアナは、早足のフィアードに追いつこうと走りながら首を傾げる。


「あ……そうかな? 挨拶しなかった……かな……?」


 気を遣ったつもりだったが、教育上良くなかったな、とフィアードは内心で舌を出した。とりあえずその場を誤魔化して、事務所に向かった。

 どうせこちらの行動はリュージィには筒抜けだ。報告があれば然るべき時に報告してくれる筈だ。


「あら、お早いお付きで」


 ミーシャに迎えられ、事務所奥の机の上を見る。日参しているから、さほど書類は溜まっていないのは当然だ。しかし、いつも机で暇そうにしている赤毛の大男の姿が無い。


「アルスは?」


「急ぎの護衛の仕事が入りまして、そちらに行かれました」


 成る程、とフィアードは納得した。基本的には登録している冒険者に仕事を振るが、この支社の場合は登録者数もさほど多くない。急ぎの場合は所長自ら動くことも多いのである。


「了解。じゃあ、何かあれば俺が対応します」


「よろしくお願いします」


 ミーシャはホッとしたような表情だ。彼女は秘書としての仕事以上のことは負担に感じている。自分達がいつまでもこの土地にいる訳ではないし、やはり、レイモンドのように仕切れる者を雇った方がいいな、とフィアードは思った。



 事務所を閉める直前にヨシキリがやって来た。ヨタカの父親として紹介していたので、ミーシャは会釈して帰って行った。ティアナは相変わらず絵本に夢中だ。


「よお、待たせたな」


 久しぶりに恋人と過ごせてスッキリした顔で悠々と椅子に腰を下ろす。


「リュージィは酒場に行きましたか?」


「おう。仕込みに遅れた言うて怒っとったわ……。で……」


 ヨシキリは手描きの地図を広げた。所々に○印がされている。レイモンドが送ってくれたものよりも大分簡略化されているが、大まかなことは分かる。上空から常に俯瞰で見れる者の強みだろう。


「あいつらは転移を繰り返しとったから、中々位置が特定出来へんかったんや」


「そうでしょうね……」


 ティアナの記憶が戻らず、デュカスが敵に回っている以上、こちらの手の内は殆ど知られていると思っていいだろう。(あお)の魔人による偵察や、遠見(とおみ)などは想定の範囲内の筈だ。


「追跡に気付かれてましたか?」


「……分からんな……でもまぁ、立ち寄ったと思われる場所はある程度特定出来た」


 そう言って地図の○印を指差す。フィアードはその印を見て首を傾げた。


「……コーダ村には寄ってないんですか?」


「せやな。あえて寄らんかったんか、何か思惑があるんか……」


 フィアードは○印をそれぞれ指差しながら距離を測り、あることに気付いた。


「俺より転移の範囲が広いみたいですね……」


「そんなことが分かるんか?」


「はい。多分。でも、ダルセルノとサーシャを連れて、これだけの距離を転移出来るとなると、一人だともっと……」


 そうなると追尾はほぼ不可能だ。もうすでに火の国に到達していると考えていいだろう。


「火山は越えられへんかったけど、多分この辺りが火の国やろうな」


 ヨシキリは火山の麓を指差した。


「グラミィは徒歩と馬で行ったと言っていましたが……」


「徒歩か馬でしか通れんような剥き出しの道があるんや。この道が怪しいねんけど、噴煙が凄くて空からは近づかれへん。低く飛んだらバレるしな」


 火山の麓に書き込まれた線がその剥き出しの道であろう。複雑に入り組んでいて、途中からは線が消えている。


「とにかく、この辺りはかなり道も危険や。待ち伏せされたら終わりやで」


 腕を組んで考え込んでいたフィアードは顎に手を当てながら地図を見る。


「でも、今ならまだ向こうも体勢が整ってませんよね。こちらの状況からも、まさか攻めてくるとは思ってないでしょうし……」


「おいおい、えらい好戦的やな。どないした? そもそもまだ魔力使えへんねやろ?」


「……デュカスがこれ以上力を蓄えることを避けたいだけです……。試してみたい事もありますし。

 ……ちゃんとヒバリの言う通りにしているので、魔術はあれから使ってませんよ……」


「……あれから二ヶ月か……、まぁ、そろそろええやろ。表出ろや」


 ヨシキリはフィアードを探るように見て、意味深な笑みを浮かべた。


 ◇◇◇◇◇


「よし、そおっとや……、そおっと魔力溜めてみぃ……」


 事務所の裏手の訓練場にフィアードとヨシキリが向かい合って立っている。

 ヨシキリの指示に従って、フィアードは少しずつ魔力を溜め始めた。


「よし、そこで止めや!」


 ヨシキリの合図に驚いてフィアードが顔を上げた。


「えっ? これだけですか?」


 まだ全然魔力が溜まっていない。殆ど普段と変わらない程度だ。


「少しずつ増やして行くんや。急にぎょおさん魔力使こたら、また逆戻りやで? 目眩が出たり、頭痛くなったらアウトや!」


 フィアードは渋々頷いた。まさかこの男に魔術を習うことになるとは思わなかったが、同じ症状のヨタカを何度も治していると聞くと従わざるを得ない。


「……ラキスもきっと、同じ思いをするんでしょうね……」


 生まれたばかりの半魔人。彼の行く末も心配だ。


「せやな。あんまり無理させんなってヒバリには言うとくか。よし、じゃあもう一度……!」


 フィアードはゆっくりと魔力を溜めて、先程より少し多くなったらすぐに抜く。


「そうや、その感じで、一割ずつ増やして行くんや」


「……今まで無意識だったのを意識してするのがこんなに大変とは思いませんでした……」


 魔力の量を調節するのは思った以上に大変だ。フィアードはジンワリと全身が汗ばむのを感じた。


「一分おきに少しずつ増やして、今日は十五分で終わるか。明日は二分おきに増やして三十分、明後日からは五分おきで一時間っちゅうところかな。それを朝昼晩、一日三回や!

 ちょっとでも違和感あったら一つ前に戻す。それで様子見や。それ以外では魔力使いなや!」


「……意外と几帳面なんですね……」


「大体や! 大体! そんな感じでやっとけ、ゆーこっちゃ!」


 フィアードは苦笑しながら懐から紙を出して記録する。今後も同じことが起こらないとも限らないし、ラキスのためにもなるだろう。


「これで一週間くらいで戻るんちゃうか?それでやっと魔術使えるで」


 ヨシキリの言葉にホッと息をつくと、ギロリと睨まれた。


「ただ、難しい魔術はしばらくは使いなや!」


「……はい。気をつけます」


 でもまあ、資料を取りに(しろ)の村に戻るくらいならいいだろう、とチラリと考えた。


「調子ぶっこいたらあかんど!」


 ヨシキリに凄まれて、フィアードは肩を竦めた。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、フィアードはヨシキリの小屋で魔力の調整を終えてからリュージィの手伝いをしていた。草の実から種を取り出す、という地味な作業だ。

 だが、この草、何処かで嗅いだことのある匂いがするのだ。


「夢想花の実だよ」


 リュージィの言葉にフィアードは納得した。成る程、通りで嗅いだことのある匂いだと思った訳だ。


「この種から強い睡眠薬が作れるんだよ。他の睡眠薬と混ぜれば、痛みでも目覚めない眠り薬が出来るかと思ってね」


「……へぇ……」


 フィアードが好奇心からその種を口に運ぼうとすると、リュージィが慌てて、その手を払いのけた。


「馬鹿! これは毒でもあるんだよ! そのまま口にしたらあっという間にお陀仏だ!」


 リュージィの剣幕に圧倒される。そんなに危険な植物を知識の無い者に扱わせるのもどうかと思うのだが……、なんとなく釈然としない。


「すみません!」


 扉を叩く音と鬼気迫るような大きな声が聞こえて、二人は何事かと玄関に向かった。屋根裏部屋で遊んでいたティアナとヨシキリが顔を出して様子を伺う。


「あの……、ここに薬師がおられると聞きまして……」


 農夫が仲間を担いで立っていた。足元に血が滴っている。どうやら怪我をしているらしい。ヨシキリは邪魔にならないようにとティアナを部屋の奥に連れ込んだようだ。

 リュージィは躊躇わずにその仲間の近くにしゃがみ込んで、傷口を探した。ふくらはぎに大きな傷口が開き、血がポタポタと流れている。


「……鎌で切ったのかい?」


 リュージィは持っていた手拭いで膝上を縛り上げ、手早く止血する。


「すみません! 俺がこいつに気付かずに……!」


 連れて来た農夫は半泣きだ。仲間を怪我させてしまったのだ。やむを得まい。


「傷口を見よう。早く中へ! フィアード、水を用意しろ!」


 農夫達を部屋に入れて座らせ、傷付いた脚を桶に入れる。フィアードが井戸水で傷口を洗うと、刃物で切った跡が見えた。


「……大事な血管は切れてないね。よし、傷口を閉じるよ! フィアード、火を持って来な! それから水と包帯を用意!」


 リュージィは戸棚から何やら箱を取り出した。フィアードが暖炉から炭を持ってくると、箱の中から出した鉤型の針を小さな火箸で挟み、炭火で炙った。


「……縫うんですか?」


 患者の顔が恐怖に引き攣る。


「そうだよ! 友達をしっかり押さえておきな!」


 リュージィの言葉に、農夫が患者を必死で押さえつける。針の穴に細い絹糸が通される。

 フィアードが水と包帯を持ってくると、リュージィは彼にも患者を押さえつけるように合図した。


 友人に鎌で切りつけられた気の毒な患者は、男二人に押さえつけられたまま、目の前で傷口を縫いとめられるという恐怖を味わうこととなったのである。



 傷の縫合が終わり、片足を包帯で固められた患者は、ぐったりとしたまま仲間の農夫に担がれて帰って行った。

 二人を見送りながら、フィアードは溜め息をついた。


「……凄いですね……。あの針と糸は?」


「人に使ったのは初めてさ。細めの縫い針を曲げて、使いやすくしただけだよ。焼いたのはその方が後で化膿しにくいからさ。それと、糸は絹糸が細くて丈夫だからね」


 フィアードは関心しながらメモを取る。彼女の動物実験はここまで進んでいたのだ。しかし、一つ問題がある。


「あの……貴女はもう『薬師』じゃないですよね?」


「……?」


 リュージィは首を傾げた。


「貴女が『薬師』を名乗ると、他の薬師が気の毒ですよ……」


「……それもそうだな。……じゃあ、私は何という職業を名乗ればいい?」


 他に相応しい呼び名は無いものか……フィアードは考えて、ある言葉を思い付いた。


「……貴女は、醫師(いし)……です」

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