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第50話 次なる敵

 店内はまだ薄暗く、厨房からは忙しく調理する音と調理人達の怒号が聞こえていた。

 人気のない店内を一人の中年男性が歩いている。男は厨房にひょいと顔を出し、目当ての人物を見付けた。


「ここにおったんか! リュージィ!」


 忙しく働いていた黒髪の美少女はギョッとして振り返り、慌ててその男を店の外に連れ出した。


「ヨシキリ……何しに来た」


 少女のつれない反応に、男は空色の髪をガシガシと搔く。やや拗ねたような口調になってしまうのはやむを得まい。


「起きたらおらへんから、探しにきたんや」


「もう昼過ぎだぞ。今まで寝てたのか……耄碌(もうろく)したものだな……」


 ブツブツと言いながら、リュージィは木箱から芋を取り出した。


「あのなぁ、劇的に再会してんから、あの熱ぅい夜の後は、寝台でずっとイチャイチャするもんやろ? なんで、わいを放って仕事しとるんや!」


 その細い肩を抱こうとして避けられ、ヨシキリの腕は宙を切った。リュージィが井戸の水を汲む。


「再会したのはヒバリの結婚式だろうが。それに、私がいないと店が回らんからな」


 屈んで芋を洗い出したので、ヨシキリはその横に並んで座る。


「いや……それにしてもな、せめて、ほら……」


 手持ち無沙汰になったヨシキリも一緒に芋を洗い始めた。


「悪いな……身体は若くとも、中身は齢九十の婆だ。イチャイチャしたいなら、グラミィと暮らすがいい。今朝、様子を見に行ったら寂しそうだったぞ」


「リュージィ……」


「そうそう……一つ気になることがあるな」


 ふと、手を止めてリュージィがヨシキリに振り返った。


「……?」


 間近に神秘的な紫色の目が迫り、ヨシキリはゴクリと息を飲んだ。


「フィアードが魔力切れを起こしたと言っていたが、あれはどのくらいで回復するものだ?」


「魔力切れ? フィアードが?」


 ヨシキリは眉を顰める。普通の魔人を遙かに凌ぐ魔力を保有するあの魔族総長が? そんなに簡単に魔力切れを起こすものか?


「酷く疲れておってな、アルスと寝たのかと思ってからかってやったら、そう言いおったわ」


「目に見えて疲労してたんか?」


「そりゃもうゲッソリと……」


 リュージィは洗い終わった芋を籠に入れて立ち上がった。

 ヨシキリはしばらく考え込んでいたが、立ち上がり一緒に歩き始めてポツリと呟いた。


「多分な……それ、魔力切れちゃうど……」


 ◇◇◇◇◇


 薄暗い部屋の中で少年は瞑目していた。いつ頃からそうしていたのか、両手を組み合わせて椅子に浅く腰掛けている。机上の燭台は既に消え、燃え尽きた蝋燭が溶けてこびりついている。

 扉を叩く音がしても、少年は気付かない。何度か扉が叩かれ、痺れを切らした者によって遂に扉が開けられた。


「……おい、フィアード……!」


 赤毛の青年に肩を叩かれて、初めて少年は顔を上げた。


「……アルス!」


 アルスは窓を開けた。夕陽が部屋を赤く染める。フィアードは大きく息をつき、腕を伸ばして強張っている身体をほぐした。


「……どうだった?」


 アルスはフィアードが部屋にこもって何をしていたのか知っている。フィアードは首を振った。


「やっぱりいないな。俺に見える(・・・)所にはいないし、特別な警戒もしていない」


 アルスは頷いた。概ね予想通りだ。


「それなら、もう『火の国』に行ったと考えていいだろうな。偵察する必要はないだろう」


「サーシャにはまだ仲間がいる……」


 部下ではなく、目的を同じくする何者かが控えている筈だ。それを隠す為の刺客だったのだろう。他に手が無いと思わせておいて、力を蓄えるつもりだったのだ。


「そうだな。不用心に近づかない方がいいかも知れない」


「だけど、俺の遠見(とおみ)は完璧じゃない。サーシャなら死角に潜んでいる可能性もあるんだ……。

 考えてもみてくれ。ダルセルノはティアナと一緒に何回も繰り返して経験と知識を蓄えてるんだ。俺が知らない事も、まだ研究できていないことも、あいつは知っていた可能性も高い。

 遠見(とおみ)についての研究は比較的文献も残ってるんだ。結界を張られたら見えない所も出てくる。

 サーシャには前回は完全に不覚を取ったからな……」


 そしてヒバリを死なせてしまったのだ。フィアードはあの苦い経験から、遠見(とおみ)だけに頼ることを止めたのだ。


「やっぱり一度様子を見てくる」


 フィアードの言葉にアルスは溜め息をついた。


「……ちゃんと回復してからにしてくれよ」


 昨日のフィアードの消耗が思いの外大きかったことにアルスも気付いてしまったのだ。仕方がない、とフィアードは頷いた。


「分かってるよ。無理はしない」


「そうしてくれ。それから……」


 アルスは窓の外を見た。フィアードもつられてそちらを見ると、ティアナがグラミィの洗濯の手伝いをしていた。


「……ティアナがどうした?」


「ヒバリと何かあったみたいだ」


 フィアードは眉を顰めた。確か初対面の時、ティアナがおかしな反応をしたが、それ以降は特に問題は無かった。むしろ、仲良く遊んでいた印象が強い。


「……何かって?」


「多分、記憶が戻り掛けたんだろうな……」


 ドキリ、とする。ヒバリの過去(・・)がダルセルノから聞いた通りだとすると、ティアナがヒバリに対してどのような印象を持っているのか、想像することすら憚られる。


「……ヒバリには言ったのか?」


「言う必要は無いだろう?……だが、ティアナがこれ以上あいつを傷付けるのは……困る」


 ティアナがかつてツグミに酷い物言いをした事を思い出し、フィアードは言葉を飲み込んだ。


「……お前が出掛けてる間は俺がティアナを預かる。それでいいか?」


「……頼む」


 気掛かりが増えてしまった。フィアードは大きく息を吐いて立ち上がった。

 グラリ、と目眩がして机に手を付いた。自分の体が自分の物では無いような感覚に陥り、そのハシバミ色の目を細める。


「おい、大丈夫なのか!?」


 アルスはフィアードの身体を支えてそのままゆっくりと寝台に運んで座らせる。


「おかしいな……、遠見(とおみ)でこんなことになるなんて……」


 なんとなく今まで経験した魔力切れとは違う気もする。魔力は感じる。溢れる程に。なのに制御出来ないのだ。


「お前、ちょっと休んでろ! それ以上能力使うなよ! 飯は持ってきてやるから!」


 アルスは怒鳴りつけるように言うと、乱暴に扉を開けて出て行った。フィアードは激しい頭痛と目眩に耐えきれず、寝台に倒れこんだ。


 ◇◇◇◇◇


「生きてる?」


 扉を軽く叩いて部屋に入って来たのはヒバリだった。空色の目が覗き込んでいることに気付き、フィアードは目を瞬かせた。


「……あ……俺、寝てた?」


 ヒバリは頷いて食事を机の上に置いた。その匂いで自分が朝から何も食べていないことに気がついた。


「ティアナは?」


「下で皆と食事してるわ……」


 ヒバリの表情は複雑だ。多分、彼ならば何か話してくれると思っているのだろう。だが、アルスから口止めされている以上、フィアードの口からは何も言えない。


「そっか……」


 フィアードは体を起こした。頭痛は治まり、体も随分楽になっている。一体何だったのだろう。


「フィアード……昨日、どんな魔術使ったの?」


 ヒバリは治癒術師らしく、注意深くフィアードの様子を観察しながら質問した。


「アルスを連れて(しろ)の村を転移で往復しただけなんだけどな」


 確かにいつも以上に集中して、万が一にもアルスに影響が出ないように気遣ったが、それがいけなかったのだろうか。


「……人を転移させるのって、自分を転移するより大変なんじゃない?」


 彼の転移を何度も見ている。その魔力の流れもある程度は把握しているが、それは他者に向けて使えるような構成ではない筈だ。


「そうだな。しかもアルスは魔力に耐性が無いから……」


 更に魔力の耐性を付与するような構成を追加したのか、とヒバリは溜め息をつくと、白い指先をフィアードの額に突きつけた。


「フィアード、貴方の魔術は素晴らしいわ。魔力も高い。でも、その身体は殆ど人間なのよ。無理は禁物」


「じゃあ、これって……」


「貴方が今までにないくらい複雑な魔術を使って大量の魔力を使ったから、身体が魔力に拒否反応を示してるのよ!」


 ◇◇◇◇◇


 アルス達が水車小屋の地下室で食事を摂っていると、ふと、いつも聞こえている水車の音が途切れた。


「……何だ?」


 その場にいた全員に緊張が走り、アルスは愛剣を引き寄せる。


「水車が……止まった?」


 グラミィの声が無音の部屋に響く。アルスは剣を握りしめて静かに扉に歩み寄った。扉の向こうの気配を伺ってからゆっくりと扉を開き、素早く外に出た。


「……何?」


 不安そうにグラミィを見上げるティアナ。グラミィはラキスを抱き上げて素早くおぶる。ヨシキリは魔力を溜めつつ、扉に近付いた。

 ここは地下室だ。地上で何かあったならば安全だが、攻め込まれると脱出が難しい。この場で戦えるのはヨシキリとグラミィだけだ。二人は子供達を守るべく、油断なく扉に向かって構えた。



 ヒバリとフィアードも異変に気付いた。二人は素早く物見櫓に登って地上を見下ろす。赤毛の青年が飛び出してくるのとほぼ同時であった。



 三人は水車近くで行われている儀式に釘付けになった。


 栗色の髪の女性が、地面に大きな敷物を敷いて何やら唱えている。隣には腰に剣を下げてフードをかぶった男が立っている。

 女性の全身から魔力が立ち上り、それに呼応するように敷物からどす黒い魔力が湧き上がってくる。


「……魔法陣か!」


 フィアードは書物で理論だけを読んだ魔法陣がそこにあることに目を見張った。魔術を書き込んだ紙などを媒介にして、術者が本来使えない魔術でも使用可能にする方法だ。

 あの敷物が魔法陣になっているのは分かるが、あのどす黒い魔力はなんだろう。


「あの色は……血の色ね……!」


 ヒバリの乾いた声を聞いてある事に気付き、フィアードは吐き気を覚えた。そうだ。あの敷物から感じる魔力は、子供達の生命力を呪術で変換したもの。そして、あの魔法陣に描かれている魔術は恐らく……!


「アルス! サーシャを止めろ!」


 フィアードが叫ぶより早く、アルスは剣を抜いてサーシャに斬りかかった。しかし、その刃が届きかけたその時、キィン……! と乾いた音がして、アルスの剣が弾き返されたのだ。


「何?」


 剣戟の結界にしても強度が高すぎる。アルスは信じられない思いで、改めて剣を構え直した。サーシャの横に控えていた男が振り返った。


「へぇ、君がザイールの次男……。馬鹿息子のアルスか」


 男は口の端を上げてニヤリと笑った。アルスはその隙の無さに舌を巻く。これは、儀式を邪魔するのは困難かも知れない。

 ヒバリが櫓から氷の刃を飛ばすが、結界に阻まれて届かない。


 フィアードはその結界を見て、全身が粟立つのを感じた。見覚えのある結界、自分に最も馴染みのある能力(ちから)……。


 アルスは今度は男に向かって斬りかかった。男はその直情的な攻撃を嘲笑う。


「無駄なことを!」


 アルスは男を覆う結界に触れる直前に剣を引き、肘で思い切り男の脇腹を抉り上げた。


「ぐぅっ!」


 男はその痛みに仰け反りながらも剣を抜いてアルスに反撃する。アルスの剣がそれを受け止めた。フードが飛び、男の顔が露わになる。


「……お前は……!」


 アルスはその色彩に目を見張る。

 月光に照らされて、薄緑色の髪が風になびいていた。

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