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第48話 道程

 土地への名付け……。それが如何なる影響を及ぼすのだろうか。フィアードは感覚を研ぎ澄ました。

 ティアナの魔力が高まったような気がする。土地に宿る魔力がこの地の支配者となった彼女に集中しているのだろうか。

 フィアードはペンを片手に地図に名前を書き込もうとするティアナを止めた。


「待て! ティアナ! 駄目だ!」


「え?」


 ティアナはキョトンとしてフィアードを見る。

 今いる土地だから名付けられたのか、それとも彼女ならば遠隔地でも、見知らぬ土地でも名付けられるのか……分からないことばかりだ。

 だが、土地への名付けによって得られる力は計り知れない。神の能力(ちから)の制御もままならないのに、魔力をこれ以上高める訳にはいかない。

 いずれ、世界を統べることになるかも知れないが、今はその時ではない筈だ。


「ティアナ、他の所の名前を付けるのはまた今度にしよう。いいな?」


「……うん……」


 ティアナはボーデュラックという名前だけ記入してペンを置くと、ううーん、と大欠伸した。

 地図の登場でつい夢中になっていたが、もう夜も遅い。いつもならばティアナはもう寝ている時間だ。


「ティアナ、もう寝る時間だな。遅くまで起こして悪かった」


「ええ~、もっと……地図見たいよ……」


 フィアードはティアナをなだめて地図を畳んで片付けると、彼女の寝支度を始めた。寝台を整え、寝間着を出してティアナに渡した。


「悪いな、下で待っててくれ」


 アルスに耳打ちして扉を開ける。ティアナももう五歳だ。人前で着替えるのは微妙なお年頃らしい。ティアナは欠伸をしながらアルスに手を振った。


「おやすみ、ティアナ」


 アルスはティアナの頭を撫でて、階段を駆け下りて行った。


 フィアードはアルスの背中を見送ると扉をそっと閉めた。フィアードに促されてティアナはノロノロと寝間着に着替え、寝台に潜り込むとすぐに眠ってしまった。朝から大はしゃぎだったのだ、無理もない。


 ティアナに毛布を掛けてやり、寝顔を覗き込むと気持ち良さそうに眠っている。燭台の火を消すと、暗闇の中に聞き慣れた水車の規則正しい音が響いていた。


 ティアナが起きないことを確認してから畳んだ地図を持ってそっと扉を開け、フィアードは階段をゆっくりと降りて行った。階下の機械室に繋がる扉の前でアルスが待っていた。


 機械室には夜間当番の作業員がいるので、地図を広げられない。地下室にはヒバリとグラミィがいる。この地図の存在はまだ知られてはならないのだ。フィアードは少し悩んだが、一番安全な場所に移動することにした。


「アルス、ちょっと目を瞑っててくれ」


 別に目を開けていても問題はないが、少しでも衝撃を和らげる為に忠告する。アルスは何の疑いもなく目を瞑った。


 フィアードは魔力を最大限まで練り上げて集中する。いつも以上に時間を掛けて空間が確実に繋がったのを確認すると、アルスの腕を掴んだ。


 アルスは一瞬息が詰まったような感覚になり、フィアードにしがみついた。すぐにフワリ、と何かが包み込む感触があり、呼吸が楽になった。


 無事に転移出来たことを確認して、フィアードは意外と怖がりな友人の逞しい背中をポン、と叩いた。


「目、開けてもいいぞ」


 アルスは恐る恐る目を開け、目の前にそびえ立つ無数の書棚に気圧された。どこから集めたのかと思う程の書物がぎっしりと詰まっている。


「なんだ? ここは……」


 フィアードはアルスに気付かれないように呼吸を整えると吊り照明(シャンデリア)に明かりを灯した。部屋がほんのり明るくなる。


(しろ)の村の俺の部屋だ」


 天井からは水晶の吊り照明(シャンデリア)がぶら下がり、壁一面の書棚、大理石の床には獣の毛皮が敷かれ、美しい木目の書斎卓には金の燭台が置かれている。窓が一つもないことを差し引いても、驚く程贅沢な部屋である。


「……(しろ)の魔人は金持ちなのか?」


「大理石の地盤なんだ。湖底からは金や水晶も採れるらしいしな。良質な木材もすぐに調達できる。殆ど村の中で加工して使ってるだけだ」


「その上、治癒の魔術か……。狙ってくれと言わんばかりだな」


 アルスの言葉に苦笑する。実際に暮らしてみてその豊かさに驚いたのだ。食物などは自給自足で充分賄えているので、その気になればもっと豊かになれるだろう。


「この書物はどうしたんだ?」


「俺が各地で集めて来た。複製した物も多いぞ。読むだけより書いた方が頭に入るからな。お陰でこの二年間で身体はすっかり鈍っちまったけどな……」


 アルスは呆れて溜め息をついた。


「お前といいレイモンドといい、本当に事務仕事が好きだよな……。おかしな兄弟だ。理解できん……」


 実はこの中の三分の一はティアナの物なのだが、それは言わなくてもいいだろう。

 彼女は文字を覚えてすぐに書物を読み漁り出したのだ。気がつくと書物が増えてることも多いが、どこからどうやって入手しているかは考えないようにしている。


 フィアードは書斎卓の上を片付けて持ってきた地図を広げた。紙を何枚か繋ぎ合わせて地図に重ね、ペンで写し取っていく。


「一応、俺の帰りは一週間後ってことになってる。茶とか淹れないからな。消音結界を張ったから気付かれることもないと思うが、あんまり騒ぐなよ」


「お……おう。分かった……」


 他の部屋も見てみたかったが、先手を打たれた気分だった。フィアードは出来るだけ簡単に地図を写し取る。


「ところで、土地に名付けたってのはどういうことだ?」


 アルスは先ほど聞きそびれたことを尋ねた。フィアードは手を休めずに答える。


「……名付けって、魔術的にはかなり重要な意味があるんだ。……ティアナが名前を変えたのも、ダルセルノからの支配を避ける為でもあったんだ。

 魔術師は名付け親には逆らえない。魔人も多分そうだ。……俺は知らなかったけど、土地でも同じなんだな。

 ティアナが名付けた途端、土地に宿る魔力があいつに集まったのが分かった」


「それじゃあ……」


「地図上で離れた土地に名付けられるとは思えないけど……ティアナだからな」


 神の化身(ティアナ)だから、それだけで不可能が可能になりそうだ。アルスは息を飲んだ。


「それで止めさせたのか」


「ああ。まだろくに制御できてないから、これ以上魔力を増やす訳にもいかないだろ」


「俺達が勝手に名付けても問題はないんだよな?」


「さあな。地図上で名付ける分には大丈夫だと思うけどな……。実際、土地に名付けるなんて魔術、何処にも記載ないし。知ってるとしたら(くろ)の魔族くらいか」


 フィアードは必要な情報だけを選んで写し取ると、元となった地図を机上に残し、写した地図を床に広げた。ペンを持って床に座り込む。


「多分、グラミィが言っていた火山はここのことだろう」


 フィアードは白抜けになっている所に丸を付けた。


「黒い雲が邪魔で近寄れなかった……って書いてあったんだ。匂いも酷くて、目が開けられなかったらしい」


「それが火山と関係あるのか? 火山って火を吐く山だろ?」


 アルスの認識では、遠くで火を吐いている山、程度のものである。


「黒い雲ってのが多分火山の噴煙だろう。あれから色々調べたけど、常に噴煙を上げている火山もあるらしいんだ。それに火じゃなくて、溶けた岩を噴き上げるらしいな」


「溶けた岩……って……」


「俺達の想像してる物より凄いんだろうな。遠目ならただの燃えてる山だろうけど……。生き物は近付けないみたいだぞ?」


 村の位置も写し取ってある。フィアードは神族の村の位置に×印を入れ、コーダ村に「コーダ」と書き込んだ。


「あれから二年だし、サーシャがまだコーダ村に居るかどうか、明日にでも調べてくる」


「お前が行くのか? 大丈夫か? 身体鈍ってるんだろ?」


「まあ、まずは遠見(とおみ)で見て、場合によっては転移してから鳥で村に入り込むさ」


「あくまでも偵察だぞ? 余計な手出しするなよ? 俺のいない所で喧嘩売るなよ?」


 アルスの心配性ぶりにフィアードは苦笑する。結婚式帰りの襲撃ですっかり信用を無くしてしまったらしい。


「多分もうサーシャはいない。コーダ村からの襲撃でサーシャがまだあっちにいると思わせてる訳だろ?」


「あからさま過ぎるからなぁ……罠かも知れないぞ……?」


 アルスはフィアードを行かせたくないらしい。


「だからって、お前は行けないだろ?」


 フィアードの指摘にアルスは唸った。アルスには移動の手段が徒歩しかない以上、フィアードが偵察するのが一番効率がいいのだ。


「……分かったよ。絶対に帰って来いよ」


「当たり前だろ。後のことはまた相談しよう」


 アルスは胸騒ぎがしたが、渋々認めるしかなかった。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、フィアードは酷い頭痛に見舞われた。アルスを連れて(しろ)の村を往復したからだ、とすぐに思い至った。

 ティアナ一人で朝食に行かせてしばらく休んでいたが、中々調子は戻らない。


 書き写した地図を開いて、×印に指を置く。自分が歩んだ道程を辿って、ボーデュラックまでの線を引く。

 ツグミのペガサスで近付けなかった火山の規模がどの程度なのか。グラミィは徒歩で火山を越えたと言っていたが、本当はどの辺りまで火山に近付いていたのか、分からないことが多すぎる。


 フィアードは無理矢理身体を起こして、階段を登って物見櫓に出た。

 コーダ村の方向を向いて魔力を集中させようとするが、頭痛が邪魔をして集中出来ない。


「マズイな……」


 ここまで魔力が制御出来ないのは久しぶりだ。水の精霊の加護を受けた後も、すんなりと馴染んだのに。

 やはり、魔力の無い人間を連れて転移するのは無理があったか、と反省する。


「お、そこにおったのか!」


 黒髪の美少女になったリュージィが地上からフィアードを見上げていた。


「渡すものがあるから、こっちへ降りてこれんか?」


「……分かりました。今行きます」


 フィアードは一瞬躊躇したが、すぐに櫓から飛び降りた。なんとか風を操ってリュージィの前に着地する。


「……随分お疲れじゃな」


 すぐに降りてきたフィアードに驚きながらも、その様子を見てリュージィは首を傾げた。


「貴女はなんだか……」


 対するリュージィは昨日よりもずっと肌にハリがあり、心身共に充実して見える。


「まあ、久しぶりに運動したからの。やはり若い身体はよいな。お前は昨日アルスと一緒だったと聞いたが……そういう関係だったのか?」


 自分のいない所でどんな話をしているのだろうか……。流石ヒバリの親友だ。フィアードは頭痛が酷くなるのを感じた。


「俺は、ただの魔力切れです」


「ふん、つまらん奴だ。疲労回復の丸薬だ。飲め」


 リュージィは懐から丸薬を出して投げつけた。有難く頂戴しておく。


「私の研究資料を渡しておく。分からんことがあれば、また聞きに来い」


 手に持っていた袋をそのままズイッとフィアードの目の前に突き出した。受け取ってみるとかなり重い。


「あ……ありがとうございます」


「まぁ、今度妹を私に診せてみろ。何か分かるかも知れんからな」


 老婆の頃と同じようにニヤリと笑い、リュージィは酒場の方に歩いて行った。

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