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第45話 新たな息吹

アクセスありがとうございます。

第三章に突入です。

PVで3000アクセス、ユニークで1000アクセス突破しました。

これからも頑張りますので、よろしくお願いします。

 雲ひとつ無い明け方の空には星がきらめいている。無限に広がる氷の大地に二人の人影があった。


 乳白色の髪の女性の手元が眩い光を放っている。


「心の準備はいい?」


「……はい!」


 少年の返事を聞いて、女性はゆっくりと掌を少年に向けた。


「水を司る精霊よ! フィアードの元へ集え!」


 光が収束し、一筋の矢となってフィアードの胸に吸い込まれて行く……ゆっくりと確実に。


 フィアードは風の精霊を抑え込みながら、光が全身に行き渡るのを感じていた。

 グラミィは肩で息をしている。約束通り、持てる力を全て注ぎ込んでくれたようだ。

 フィアードは身体中を駆け巡る精霊を抑え込みながら、グラミィに声を掛けた。


「グラミィ……、今のうちに……!」


 グラミィは顔を上げ、その溢れんばかりの魔力を感じて顔色を変えた。足元の氷に穴を開け、その姿を変えて素早くその中に飛び込んだ。後のことは打ち合わせ通り湖畔に控える連中に任せることにする。


 グラミィが逃げたのを確認すると、途端に全身に凄まじい圧力がかかったような気がした。身体がはち切れそうになる。


 ーーやっぱりそう簡単にはいかないよな……。


 フィアードは力を抑え込もうと蹲る。足元の氷に亀裂が入る。亀裂はみるみる広がり、蜘蛛の巣のような模様を氷上に刻んだ。


 待った甲斐があったらしく、分厚い氷にはそれ以上の変化はなかった。村に影響が出ないようにと湖畔で様子を伺っていたアナバスはホッと胸を撫で下ろした。


義父(ちち)上、空を……!」


 モトロが異変に気付いて慌てて養父に声を掛けた。ノビリスが空を見上げたまま動かなくなっている。その顔は恐怖に彩られていた。

 アナバスは慌てて空を見上げて息を飲んだ。

 雲ひとつ無かった明け方の空は、いつの間にかどす黒い雲に覆われていたのだ。

 雲は蛇のようにフィアードの上にとぐろを巻き、中で放電しているらしく、あちこちが点滅している。


 雷鳴が轟き、大粒の雨が降り出した。雨はどんどん激しさを増し、すぐに豪雨となる。湖に張った氷は亀裂から徐々に解け始め、やがて割れてそれぞれがぶつかり大きな音を立て始めた。


「フィアードさんは?」


 モトロは青ざめて湖上を見た。氷の塊が揺れ動き、人影は見当たらない。少年は迷わずにその身を湖に躍らせると、一尾の美しい魚の姿で氷の下を物凄い速さで移動した。


 湖の中央近くまで来ると、薄緑色の髪の少年を抱えた祖母と目が合った。彼女の合図でその服の端を咥え、そのまま滝壺を抜けて、村の入り口まで二人を引っ張った。


 岸に上がると、フィアードの身体はすっかり冷え切っていた。モトロは素早く人の姿に戻る。水を飲んでしまったようなので、体内に残っている余分な水を全て排出させた。

 治癒を掛けると呼吸も戻り、少しずつ顔色が良くなって来た。


「おばあちゃん、大丈夫?」


 加護を授けてすぐに変身し、その上水中でフィアードを助けたのだ。その消耗は計り知れない。

 グラミィは孫の頭を撫でて優しく微笑んだ。


「大丈夫よ。助かったわ。私一人では運べなかったから……」


「お義父(とう)さん達は、村への影響を食い止めてくれてるから……僕はフィアードさんを助けなきゃ、と思ったんだ……」


 滝の裏側にいるので雨がどうなったのか分からないが、フィアードの様子を見ると、これ以上精霊が暴走することはなさそうだ。すぐに雨も止むだろう。

 モトロは祖母の膝で眠っている少年を見下ろして溜め息をついた。


 この日の嵐は昼前には落ち着いた。作物の収穫も終わっており、村には殆ど影響がなかった。入念な打ち合わせの賜物であろう。

 珍しい冬の嵐で分厚い湖の氷が解けたことだけが村人達の記憶に残った。


 ◇◇◇◇◇


 カリカリ……カリカリ……


 部屋にはペンを走らせる音が響いている。膨大な資料の山の向こうで、フィアードが何かを書き綴っていた。水の精霊の加護を受けて一年半、様々な研究を繰り返し、その記録を綴っているのだ。


「お兄ちゃん!」


 扉を元気に開いて金髪を二つに結わえた女の子がその部屋に入ってきた。五歳になったティアナは、この(しろ)の村と湖畔の村を自由に行き来して楽しく暮らしている。


「ティアナ、お帰り」


 フィアードは目線を上げて微笑んだ。ティアナは顔を上気させて息を弾ませている。


「どうしたんだ?」


 いつもと様子が違うので、フィアードは首を傾げた。ティアナは彼に駆け寄って大きく息をして吐き出すように言った。


「生まれるよ!」


 誰が、とも何が、とも言わないが、それが何を意味するのかフィアードには分かった。


「そうか!」


 待ってました、とばかりに立ち上がり、机をよけるのももどかしく、すぐに出掛ける支度を始めた。この日のために取っておいた物を袋に詰める。


「アナバスさんには言った?」


「まだ」


「じゃあ、言ってから出発だな」


 フィアードはティアナの手を取って部屋を出た。

 彼に与えられた部屋は(しろ)の村の地下、アナバスの部屋から二部屋隔てた所だ。

 扉を二つやり過ごし、一番奥の部屋の扉を叩く。


「フィアードか」


 ノビリスが居た。フィアードは要件を伝えるのを少し躊躇したが、ティアナは興奮気味に二人に言った。


「あのね、ヒバリの赤ちゃんが生まれるの! 行ってくるね!」


 ノビリスは一瞬顔を顰めた。複雑な思いがあるのだろう。アナバスは流石に感情を表には出さない。


「そうか……。帰りは何時(いつ)頃になる?」


 警備の関係上、あまり自由に出入りされると困るらしい。フィアード達にとってはあまり関係ないのだが、立場上仕方ない。


「……少し調べ物もしたいので、一週間ほどで帰ります。帰る前に連絡しますので」


「ふむ……。ではグラミィによろしく伝えてくれ」


 なんだかんだと言って、アナバスはグラミィにゾッコンだ。ヨシキリがあちらにいることは言わない方がいいだろう。フィアードは若干気まずさを感じながら、二人に一礼して退室した。


「ねぇ、どうしてノビリスは嫌な顔したの?」


 回廊でティアナが歩きながら首を傾げた。フィアードは苦笑する。かつてのティアナであれば面白がって反応を引き出すところだろう。


「大人には色々あるんだよ。そのうち分かるさ……」


 ティアナの記憶が戻る気配はない。だが、何かの切っ掛けで戻る可能性は充分にある。それがどんな事かは分からないが、いつ記憶が戻っても文句を言われないように気を遣っているつもりだ。


「ふーん、変なの……」


 モトロにも報告しておく必要があるので、直接転移しないでちゃんと階段を上がる。

 モトロはこの防衛の要とも言える階段の守りを任されている。いつも族長の側にいるノビリスに比べて如何に信用されているかが伺える。

 しかし、他の村人との接点も少なく、ティアナが時々遊びに行ってはいるものの、孤独であることに変わりはない。その生まれを考えると止むを得ないのかも知れないが。


「モトロ!」


「ティアナ様。フィアード様、どうしました?」


 ヒバリにそっくりの笑顔で二人を迎えてくれる。


「ヒバリの赤ちゃん生まれるよ! モトロも行こうよ!」


「それはめでたいですね! ……でも僕は行けません……またの機会に……」


 モトロは少し寂しそうな顔をした。彼の外出には養父の許可が必要だから止むを得まい。フィアードは申し訳なさそうにティアナを制した。


「生まれたら連絡するよ。それと……確認よろしく」


 フィアードは鞄に入れていた冊子をモトロに渡す。モトロとは水の魔術の共同研究をしているのだ。モトロはペラペラと内容を見て頷いた。


「……分かりました。じゃあ、帰られるまでに調べておきます」


「それじゃあ……」


 フィアードはモトロに片手を上げて挨拶すると、ティアナと手をつないで湖畔の水車小屋へと転移した。



 彼らが到着すると、地下の扉の前でアルスがウロウロしていた。大きな体で所在なく歩く姿は、まるで迷子の熊のようだ。

 フィアードはその様子がおかしくてつい吹き出してしまった。


「……フィアード……」


「酷い顔だな……。別に初めての子じゃないんだろ?」


 フィアードが軽口を叩いた瞬間、アルスの大きな手がその口をもの凄い速さで塞いだ。


「それは言うな! 絶対言うな!」


 フィアードは息苦しさでその逞しい腕をバシバシと叩く。壁際のヨシキリが恐ろしい顔で二人を睨んでいるので、どうやら禁句を口にしてしまったようだ。フィアードはもう言わない、とコクコクと頷いてなんとか縛を解いてもらった。

 今までの行きずりの縁とは違い、本気で家族になるつもりの相手が自分の子を産もうとしているのだ。悪い事をしてしまった、とフィアードは少し反省した。


「どの位経ったんだ?」


「昨日の夜から陣痛が始まったから……もう十二時間くらいか……」


 フィアードは弟妹達の時のことを思い出して首を傾げた。


「……長いな。初産じゃないんだろ? 誰が付き添ってるんだ?」


「グラミィとリュージィ婆だ。あの婆さんは産婆の資格もあるらしいぞ」


 フィアードは納得した。その二人が付き添っているなら安心だろう。もしかしたら自分も何か手伝うかもと思っていたが、必要なさそうだ。

 フィアードが待ちの体勢になった途端、乱暴に扉が開いた。汗だくのグラミィが飛び出してきて、ヨシキリに何かを言いかけて、ハッとフィアードに気が付いた。腕をいきなり掴まれる。


「フィアード! 丁度良かったわ、手伝って!」


 言いながらフィアードの腕を引いて部屋の中に引きずり込んだ。動揺したアルスも便乗して産室に入った。


「……ど……どうしたんですか?」


 フィアードはそのただならぬ雰囲気に息を飲んだ。


「赤ちゃんが出てこないのよ」


「ええっ!」


 アルスが悲壮な顔になる。寝台には汗びっしょりのヒバリが荒い息で大きなお腹を抱えて横たわっていた。老婆がその背中をさすりながら言った。


「子供が大きすぎるね。つっかえて出て来れないんだよ」


 ヒバリは小柄だが、アルスは巨漢と言える。子供がアルスに似てしまったのかも知れない。フィアードは何故自分が呼ばれたのかを素早く理解し、ヒバリの元へと歩み寄った。


「ヒバリ……?」


 声を掛けても返事がない。かなり危険な状態だ。大きなお腹に手を添えて瞑目する。


「子供を出す手伝いをします。手伝って下さい」


 直接子供を転移で取り出すことも出来るが、他の臓器を傷付けるかも知れない。フィアードは胎児の周囲の空間を慎重に少しずつ広げた。ヒバリの息が荒くなるので、グラミィが横から治癒を掛ける。

 老婆は足元に周り、中を覗き込んだ。


「見えてきたよ! 頑張れ!」


 老婆が手を添えてその出口を確保する。フィアードは胎児の身体をゆっくりと押し出す。


「頭が出たよ! あとは肩だよ!」


「ヒバリ! 頑張って!」


 グラミィと老婆の声が産室に響く。


 あと少し……! フィアードは焦らずに丁寧に空間を操り、胎児をこの世に送り出した。


 ズルリ、と子供が生まれ落ち、それを老婆が受け止めた。グラミィがすかさずヒバリに治癒を掛け、フィアードの魔術が生まれたばかりの赤ん坊の身体を清める。


「オギャー!」


 元気な声が響き、ヒバリの手を握ってただ祈り続けていたアルスが弾けるように顔を上げた。


「……立派な男の子だね……」


 老婆が顔に喜びの皺を刻み、布に包んだ赤ん坊をアルスに抱かせた。

 目を覚ましたヒバリの白い指がその小さな頬に触れた。


「お疲れ様……。ありがとう……」


 アルスは涙声で言って妻の横に子供を寝かせ、汗に濡れた乳白色の髪を撫でた。


 待っていたティアナとヨシキリが入って来て、ヒバリの元に駆け寄った。


「ヒバリ……よかったなぁ……」


 ヨシキリは号泣している。

 ティアナは興味深げに赤ん坊を観察し、その小さな手を見て驚きの声を上げた。


「凄い! こんなに小さいのに爪があるよ! ね、お婆ちゃん! あれ?」


 ティアナが振り向くと、老婆はヒバリの足元に座り込んでいた。


「大丈夫? お婆ちゃん……」


「ああ……、ちょっと疲れただけだよ……」


 顔色が悪い。いくら経験豊富な産婆でも、長時間に及ぶ出産の補助は体力的に厳しい筈だ。フィアードが慌てて治癒を掛けようとすると、ティアナが素早く老婆の手を取った。


「あたしが治してあげるね!」


 最近、自分の意思で能力を使えるようになって得意げだ。ティアナの目くらましが解け、全身に溢れた光が老婆に向けて注ぎ込まれて行く。


「ちょ……ティアナ……やりすぎ……!」


 フィアードが慌てて止めようと手を延ばすと、瞬く間に光は消えてしまった。


「あ……!」


 その場の全員が息を飲んだ。


 ヒバリの足元には、艶やかな黒髪に神秘的な紫色の目の絶世の美少女が座っていた。

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