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第44話 闇に紛れて

 神話の時代、神の下には精霊を宿す魔人が四人使えていた。その中で風の精霊を宿す魔人が神の娘と恋に落ち、神の目を盗んで下界に下った。

 他の魔人達は神の命で娘を取り戻す為に下界へと下ったが、時すでに遅く、娘は魔人の息子を産み落とし、世を去っていた。

 神はその息子に愛娘の血が絶えることがないようにと呪いを掛け、姿を隠したという。


「だから(あお)の魔人は性に関して奔放なのか……生殖本能が強いってことだな」


 アルスは妙に納得した。そう言えば(あお)の村には子供も多かった気がする。それにしても、とヒバリは難しい顔で父を見た。


「お父さんは特にその血が強く出たってこと?」


「時々わいみたいなんが産まれるんやけどな、大抵は子供が生まれて落ち着くねん」


「ああ……成る程ね」


 ヒバリは自分といる時のヨシキリを思い出した。他の魔人達が何と言っても、彼女にとっては優しい父親だったのだ。


「でも、わいはな……最初の子を死なせてもおたんや……」


 その場の全員が言葉を失った。


「助けを求めに(しろ)の村へ行ったんや。そこでグラミィに会うてしもうて……ヒバリが生まれて。結局(しろ)の村を追い出されて(あお)の村へ戻ったら……もうわいの居場所はなかったんや……」


(あお)の村の子供のことを忘れてたの?」


「いや……死んだってミサゴから報告されたんや……。(しろ)の村に着いたその日にな……」


 自暴自棄になって、(しろ)の村で勝手気儘に振る舞った挙句、生まれてきたヒバリの側にいることも許されずに追放されたのだ。

 ようやく戻った故郷にも彼の居場所はなくなっていて、放浪する羽目になってしまった。


 神話によると、呪いを掛けられた息子は一所に留まることを許されずに放浪することになったと言う。ヨシキリにはその呪いが強く出てしまったのかも知れない。


 重苦しい沈黙の中、ずっと考え込んでいたフィアードが顔を上げた。


「じゃあ、ヒバリの呪いが解けたのはティアナが神の化身だからですね」


「……さあな」


「じゃあ、貴方の呪いもティアナならば解ける……と」


 フィアードは頷きながらなおも考え込む。


「かつて魔人は神に使えていたんですか……」


「魔人に伝わっとる神話やからな……。何処まで信じられるかは分からんど」


 魔人に伝わる神話と人間に伝わる神話ではきっと内容が異なっている。それぞれに都合のいい解釈がなされている筈だ。

 フィアードは人間に伝わる神話については母親から御伽噺として聞いてきた。


「知っていることで構いませんから、神話について教えてください」


「なんでや?」


「俺の知っている神話と照らし合わせたら何か分かるかも知れません。ティアナが生まれてきた意味を……知りたいんです」


 どうせ馬車での移動は時間がかかる。話す時間はたっぷりある筈だ。

 そう思って聞く体制を整えようとした時、馬の嗎と共に急に馬車が止まった。車輪が軋む音がする。


「何や? 宿に着いたにしては乱暴な止まり方やな」


 剣戟と御者の悲鳴が聞こえた。アルスの目が光る。フィアードはすぐに周囲を見た(・・)。彼の能力ならば夕闇の中でもその姿を捉えることはできる。


「賊だな……数は……三十……」


「乗合馬車を襲うにしてはえらく周到だな」


 老婆が言う。行商に出るとよくあることらしい。しかし、この馬車は乗合馬車であり、金品の強奪には向いていない筈だ。何者が乗っているか知らない限りは……。


「三十か……。舐められたものだな」


 アルスは剣に手を掛けて呟いた。この車内にいる面子を思えば、明らかに相手は劣勢であろう。戦力外なのは眠っているティアナと老婆だが、ヒバリとヨシキリがいれば防御は充分だ。フィアードが腰を上げかけたアルスを制止した。


「いや、ここは俺が行く。ティアナを頼む」


 フィアードは眠っているティアナを老婆に預け、素早く扉を開けて外に身を投げ出した。アルスは単純に乗っている位置が悪かったのですぐに飛び出せずに歯噛みした。


 馬車を飛び降りると、御者が事切れている。それを確認する間もなく御者に手を掛けたと思われる男が背後からフィアードに斬り掛かってきた。


「……っ!」


 フィアードは振り向くより早く突風を起こして男を弾き飛ばす。男は防御する事も出来ずに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


 フィアードは剣を抜いた。馬車を取り囲んでいた男達は魔術を警戒してそれ以上は近寄れないようだ。

 夕闇の中でその顔はよく分からないが、なんとなく見覚えがある。やはり宴に来ていたコーダ村の傭兵達だ。


「……お前が……フィアードだな……」


 狙いはティアナか。コーダ村の傭兵が来たということは、サーシャがザイールを頼った可能性が高い。

 フィアードは苦々しい気持ちで男達を見る。男達は馬車の様子を伺って頷いた。


「アルスが出てこない所を見ると、町であの嫁とお楽しみ中ってとこか……」


 アルスの性格を知っていれば、この場に出てこない筈が無いと思うのは無理ないことだ。

 フィアードはこのアルスの古い仲間達をどうするか頭を悩ませた。風で吹き飛ばしてしまえば簡単だと思い、皆を巻き込まぬように馬車にとどまらせたが、早計だったかも知れない。


 フィアードが少しでも魔力をためようとすると、賊の数人がピクリと反応する。流石コーダ村の傭兵だ。僅かな隙も見逃さない。

 このままではアルスを馬車から出してやることも出来ない。自分が気絶するか、ティアナが起きて結界を破ってくれない限りは無理だろう。


「……まずいな……」


 ◇◇◇◇◇


「なんで開かないの?」


 ヒバリはフィアードが出た後、反対側の扉を開けようとしたが、まるで外から鍵が掛けられているかのように扉はビクともしない。


「フィアード一人じゃ無理よ! アルスの馬鹿! 貴方が扉側に乗らないからこうなるんでしょ!」


「叔父貴が乗るから悪いんだ!」


 悪態をつきながらアルスも扉を開けようとするが、全く開けられる気配がない。フィアードは魔術で敵を殲滅するつもりで巻き添えを避けようとしているのだろう、と容易に想像できる。


「あの馬鹿……!」


「相手に心当たりあるんか?」


「だから焦ってるんだろ!」


 宴に来たコーダ村の連中。どう考えても自分を牽制に来ていた。

 ヨタカによると、サーシャは父ザイールと懇意らしい。手を組んだと見てまず間違いないだろう。

 ただの賊なら三十人でもフィアードの敵ではないが、コーダ村の傭兵は魔術や呪術を封じる戦い方を知っている。フィアードが複数のそんな傭兵を相手に魔術抜きで戦える訳がない。


「くそっ! 冗談じゃないぞ……」


 ◇◇◇◇◇


 フィアードは剣を構えて結界を張った馬車を背にジリジリと間合いを測る。近くにいた男が地を蹴った。


 ガキィ! と音がして、男の剣を自らの剣で受け止めた。

 なんとか反応出来たものの、思った以上に力強く、剣を返すことが出来ない。ギリギリと刃が音を立てて迫ってくる。

 歯を食いしばって耐えていると見せかけ、瞬時に魔力を放つ。風刃が男の体を切り刻んだ。

 大規模な魔術を使うだけの魔力をためる隙もない。一対一が精一杯だ。一斉に掛かって来られたらどうしようもない。

 朱に塗れて倒れる男を見向きもせず、額に玉のような汗を浮かべながら残った男達を見た。一人一人が手練れなのがその構えでも分かる。自分から斬り込みに行くことは絶対に無理だ。

 剣に風を纏わせて構え直す。汗が額から頬を伝い、顎から落ちて地面に染みを作った。


 男達が地を蹴ったその瞬間、突風が彼らを襲った。フィアードを中心に旋風のように巻き上がった風はそのまま男達を巻き上げて地面に叩きつけた。

 後ろで様子を見ていた男達には何処からともなく矢が降り注ぐ。男達は突然の奇襲に為す術もなく次々に倒れて行った。


 フィアードは突然の応戦に一瞬驚いたが、その隙を見て馬車の結界を解いた。凄まじい破壊音がして粉々になった扉とともにアルスが飛び出して来る。


 アルスはフィアードを一瞬睨んで何か言いかけたがすぐに臨戦体制に入った。

 フィアードは罰の悪い顔で頼もしい友人と背中を合わせ、頭上にいるであろう知己に感謝の視線を送る。


「……アルス……! いたのか!」


 地面に叩きつけられた男が、顔を歪めて這いつくばったまま旧友を見上げた。その鼻に剣先が向けられる。


「おい、どういうつもりだ」


「……親父さんからの依頼だ。馬車の中の子供を渡して貰おうか……」


「そのザマで何言ってる。それとも、俺とやるか?」


 アルスの目が殺気を帯びてギラリと光る。


「冗談じゃない。お前とやるくらいなら村を捨てるさ」


 男の顔が恐怖に歪む。隠居した村長よりもこの男を敵に回す方がよっぽど怖い。


「サーシャはコーダ村にいるのか?」


「親父さんに依頼した後、またどこかへ行っちまったよ。何考えてるのか分からねえ怖い女だ……」


「親父は断らなかったんだな……」


 アルスは深く溜め息をついた。傭兵稼業にとって、身内が敵になることは珍しい事ではない。


「どうせ親父さんの女だったんだろ。お前がいても気にするなってよ……。こっちはお前が出てこないかヒヤヒヤだったってのに……」


「そうか。じゃあお前は親父と女に依頼は失敗したと伝えろ」


 剣先で男の鼻をツンツンと突つく。


「いや……女は……」


「女の居場所は分かってるんだろ? 相変わらず頭の悪い奴だ」


 子供を引き渡す予定ならば居場所が分からない筈はない。アルスが剣を納めると、男は痛む身体を庇いながら立ち上がり、這々の体で逃げ出した。動ける者達はチラチラとアルスの様子を伺いながらその後を追った。


「どうする? 治療する?」


 壊れた馬車から降りてきたヒバリが倒れている数人を見てアルスに聞いた。何人かはこと切れているが、息のある者もいる。


「無理のない範囲でな……」


 ヒバリは頷いて息のある者に順に治癒を掛けていく。


「……すまない……。俺が……」


 フィアードは自分が風刃で切り刻んだ男の遺体を見下ろした。我が身を守る為とは言え、やはりあまり気持ちのいいものではない。しかもアルスの昔馴染みだ。来た時と同様に魔術で湖畔の村に戻っていれば、襲撃を避けられたのに。


「こいつらはこれが仕事だから気にするな。それより、一人でなんとかする気だったのか?」


 アルスはフィアードを睨み付けた。


「お前の知り合いだったから……。とりあえず魔術でなんとか出来ると思ったんだ……」


 馬車ごと転移するか、男達を吹き飛ばすか……。しかし、そう簡単にはいかなかった。頭上からの応戦がなければ命は無かっただろう。


「お前な、俺達は対魔術の研究もして訓練してるんだ。こんな至近距離でそう簡単に魔術を使えると思うな」


 アルスの大きな拳がフィアードの頭を小突いた。


「……悪かった」


「それから、俺は今はお前らを守るのが仕事だと思ってるんだから、遠慮するな。それで怪我したら馬鹿らしいだろ?」


 フィアードの頭をわしわしと撫でて、肩を抱き寄せて歩き出す。フィアードは自分の不甲斐なさにがっくりと項垂れた。


「……ああ……」


 ◇◇◇◇◇


「……やっぱり、あのボケ……うちのフィアードに……!」


 木上からその様子を見ていた一羽の小鳥が地団駄を踏んでいる。隣の枝には黒髪の青年が弓矢をつがえたまま、壊れた馬車の周りを警戒していた。


「お前の男には戦局を見る目がないな……」


 冷たく言い放つヨタカの頭に小鳥が止まり、その頭をつつく。


「やかましい! 経験少ないからしゃあないやろ!」


「魔術の腕は確かでも、あれじゃあアルスも気が気じゃないな……。気の毒に……」


 宴に来たコーダ村の連中があまりにも不自然だったので、二人で相談して乗合馬車で帰ることになった彼等を上空から見守っていたのだ。


「俺達がいなかったらどうなってたと思う?」


「……それは……」


 ツグミは閉口した。多勢に無勢。頼りのアルスを自ら閉じ込めるという失態。切り札の魔術も封じ込められていた。死んでいてもおかしくなかっただろう。


「まぁ、でも……、こうして知らない間に俺達に尻拭いさせるところは……案外大物かも知れないな……」


 ヨタカは無感情に言い放って、木上からその身を踊らせる。その身は瞬く間に闇に紛れるような猛禽類の姿に身を変え、小鳥と共に夕闇の中に消えて行った。

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