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第43話 宴の後で

 夕暮れに染まる丘を数台の馬車が走っていた。宴の参加者を送り届ける為に商会が手配していた馬車だ。

 その一台の乗合馬車の車内はすし詰め状態であった。


「……なんで帰りは乗合馬車なのよ……」


「仕方ないだろ。我らがフィアード様が抜け殻なんだから……」


 結婚式の後、思う存分お楽しみするつもりだった二人は狭い馬車で身を寄せ合って喋っていた。

 天井に痞えないように身を屈める赤毛の大男の隣に座る少年は、膝の上に眠った幼女を抱えて呆然としている。

 その向かいには老婆が座り、何故かその隣に空色の髪と目の中年男性がニコニコと笑って座っている。


「ていうか、何で叔父貴がいるんだよ!」


「久しぶりにグラミィに会いとなったんや。ええやろ?」


「馬車は狭いんだ! 飛んで行け!」


 アルスは馬車の外を指差す。ヨシキリが降りればもう少し余裕を持って座れる。


「わいのかわいいヒバリが、お前に好きにされとるかと思うと腹立ってなぁ……。しばらく邪魔したるから覚悟しときや」


「なんだと……! この腐れ外道が!」


 一番言われたくない相手に言われた。アルスはギリギリと歯軋りする。


「……アルスってお父さんと仲がいいのね……。ていうか、アルスを好きにしてるのはワ・タ・シ! この逞しい身体は私の物よ。邪魔しないでね」


 ヒバリの手がアルスの胸筋を撫で回す。狭い車内など気にもせずにヒラリと身体を反転させて膝の上に跨った。


「おい! こんな所でやめろ!」


「あら、いいじゃない。狭い所っていうのも燃えるわよ」


 囁きながらヒバリがアルスの耳朶を甘噛みする。


「こらアルス! ヒバリから離れんか!」


「……騒がしいな……。御者が覗いとるぞ。事故になるから止めな。我慢出来るんだろ、ヒバリ」


 我慢出来なかった頃なら見逃してくれた筈の老婆に睨まれて、ヒバリは渋々座り直す。


「残念だったわね、リュージィ。結界を張る前のお父さんなら貴女の相手もしてくれたのに」


「余計なお世話だよ」


 老婆は顔を顰める。全く、何時迄も若い魔人というのは始末に負えない。ヨシキリはその名を聞いてギョッとしている。


「え……お前……あのリュージィか……! おお……こんなになってもおて……!」


 ヨシキリの手が老婆の顔を恐る恐る触る。


「悪かったな」


「あの……わいの可愛いリュージィが……白い肌に……桃色の……」


 ヨシキリは涙を流しながら老婆を抱き締めた。


「あら、お父さん、今のリュージィでも大丈夫なの? じゃあ可愛がってあげて」


「阿呆! 早く辞めさせろ! 殺す気か!」


 老婆の訴えで、ヨシキリは泣きながら身体を離した。


「残酷や……時間は残酷や……」


「……叔父貴……、叔母さんには会ったか?」


 アルスはその姿に自分達を重ねて将来が不安になる。村で寂しい思いをしている叔母を思い出したので言ってみたらヨシキリはコクコクと頷いた。


「……そうやな……会いに行ってやらんとな……」


 ヨシキリはそう言って遠い目をした。人間と魔人の時間の流れ方を思うと切なくなる。やはりここはコーダ村に行くべきか、と腰を上げた時、今まで何を言っても反応がなかった少年が口を開いた。


「……待って下さい。聞きたいことがあります」


 その声は酷く掠れていたが、有無を言わさない力があった。


 ◇◇◇◇◇


 宴の後は混沌としていた。ハッキリと終わりを宣言しなかった為に、多くの参加者がそのまま店に残ってしまったのだ。

 レイモンドは客の合間を縫って走り回り、片付けに追われながら自分の詰めの甘さに溜め息をついた。


「お疲れ様です、レイモンドさん」


 せっかくの衣装をボロボロにしながら片付けを手伝っている暗褐色の髪の少女がニコリと笑いかけた。飾り付けに使った布を回収しているらしい。

 壁や窓に吊るしている布を外す為に椅子の上に乗っていたが、小柄な彼女にはとても届きそうもない。そのすぐ脇で危なっかしいな、と見ていたレイモンドは椅子の上でふらついた彼女を慌てて抱きとめた。


「大丈夫か? 俺がやるよ」


 レイモンドは少女をそっと床に下ろし、自分が椅子に乗って布を外し始めた。


「すみませんレイモンドさん……」


 シエラは恐縮して手元の布をクルクルと巻いた。事務仕事ばかりなので他の冒険者達に比べると色も白く線も細いが、彼は本当によく気がつく優しい少年だ。


「気にしなくていいよ。やれることをしたらいいんだからな」


 レイモンドはテキパキと高い位置の飾りを外してシエラに渡す。シエラはそれを巻いたり畳んだりしてまとめていく。思った以上に息の合った動きで、飾り付けはあっという間に片付けられた。

 気がつけば残っていた参加者も自主的に片付けを手伝っていた。残った料理なども全て下げられ、机や椅子も通常の位置に戻っている。店の従業員が床掃除を始めていた。


 レイモンドは少し考えてからシエラを席に座らせた。


「俺はほとんど何も食べてないんだけど、シエラは?」


「わ……私も……です」


 二人とも会場の設営から客の案内、料理の調整、宴の進行などと休む間も無く働いていたのだ。無理もない。

 二人が席について注文しようとすると、従業員が料理を運んできた。今日出された料理が全て机に並べられる。


「あれ、まだ頼んでないけど……」


「皆様と私達からですよ」


 従業員に言われて見渡すと、参加していた冒険者と従業員達が一斉に杯を二人に向けた。


「レイモンド、お疲れ様! いい仕事だったぜ!」


「そこのお嬢ちゃんも、お疲れ様! 楽しい宴をありがとよ!」


 口々に労ってくれる声に二人は驚きながらも嬉しくて破顔した。手元の杯を高く掲げて彼らの好意に応えると、店全体が打ち上げに突入した。


「……驚きました……」


 シエラは溜め息をついた。新参者の自分も暖かく迎えてくれる冒険者の優しさに心が和む。


「ああ。粋なことしてくれるね……」


 レイモンドはシエラの杯に自分の杯を合わせた。


「本当にありがとう。いい宴ができてよかった」


「商会の名前も広がりましたか?」


「そこまで考えてくれてたのか……。君、やっぱり凄いね……」


 レイモンドは感嘆したが、シエラは恐縮して黙り込んでしまった。

 二人は料理を口に運んだ途端、空腹を思い出してただひたすらに黙々と食べ進んだ。

 シエラはデザートをつつきながら、ふとレイモンドを見上げた。


「あの……一つ聞いていいですか?」


「……何?」


 レイモンドは口元を手の甲で拭った。


「私は辺鄙な田舎のしがない絵描きです……」


 デザートの梨が小さく刻まれていく。


「ああ……そうだったね」


 レイモンドは水を飲んで喉を潤した。


「どうして、私なんかに声を掛けて下さったんですか?」


 シエラは食器を置いて、レイモンドを正面から見つめている。レイモンドはその迫力に気圧されながら、ゆっくりと口を開いた。


「えーと、俺はさ……各地の地図を集めてたんだ。ヨタカさんや他の冒険者達に頼んで、行った先々で地図を手に入れて持って帰ってもらってたんだ。それをまとめてより広い範囲の地図にしようと思って……」


 シエラは身を乗り出して聞いている。


「でも、やっぱりそれぞれ全然描き方が違ってるんだよね。凄く適当だったり、やたらと象徴的だったりして、地図として役に立たないのが多くて……」


 レイモンドは手を上げて従業員を呼び、食べ終わった食器を下げさせた。


「で、たまたま君が描いた地図を見て、君に全部描いてもらったらいいなって思ったんだ」


「私の……地図ですか……」


 絵師は小遣い稼ぎに似顔絵を描く者が多いが、シエラは村や森などの地図を売っていた。聞いた話から地図を作る事も得意で、自分の知らない洞窟や森も、探検者の言葉や情報を頼りに地図にしていたのだ。


「とにかく正確で見やすい地図だったし、自分で見なくても地図に出来るって聞いたから、お願いしたんだ……。まさかこんな、俺と同い年くらいの女の子だなんて思いもしなかったけど……」


 レイモンドは苦笑した。ヨタカに依頼してもらったので、後日町に到着した彼女を見て唖然としたものだ。

 だが、仕事ぶりを見てすぐに彼女を見直した。やはりこの企画は彼女なしには成し得ないのだ、と。


「故郷を離れて、よく来てくれたね。ありがとう……」


 レイモンドはシエラに感謝の気持ちを込めて笑い掛けた。少年の白い歯がチラリと見えてシエラは少しドキッとした。


「こちらこそ……こんな大きな仕事を与えて下さって、本当にありがとうございます」


「じゃあ、もう故郷(くに)に帰るとか言わない?」


 レイモンドは青緑の目に縋るような気持ちを込めてシエラを見つめた。シエラは少し戸惑った。帰りたいと言ったのは仕事が嫌だった訳ではない。


「……はい」


「凄く時間が掛かると思うよ? 俺としては終わりとかないんだけど……それでもいいの?」


 地形図の次はそれぞれの町、村、森、といくらでも地図は必要だ。きっとレイモンドは次々と新しい地図を作って欲しいと言ってくれるだろう。そして、終わりがない、と彼は言った。……シエラは顔を真っ赤にして俯いた。


「はい。末長く……よろしくお願いします……」


 ◇◇◇◇◇


 フィアードはティアナを抱いたまま、ヨシキリに向き直った。静かに消音結界を展開する。


「ヨシキリさん、貴方の体質は治ってません。俺が結界で閉じ込めてるだけです」


「お……おう。そうらしいな」


「でも、ヒバリは違います」


「え?」


 その場の全員が息を飲んでフィアードを見た。てっきり同じ結界で守られているのかと思っていた。


「彼女は一度……敵に殺されました」


 ヨシキリと老婆が目を見張る。


「そして、このティアナの能力で蘇生したんです。……その時、体質も変わりました」


「……その子は何者なんや? いや、お前もや。そんな結界聞いたことないで?」


 フィアードは目くらましを解いた。念のためにヨシキリの動きも封じておく。この狭い車内で暴れられても厄介だからだ。


「っ! 薄緑(みどり)の……!」


 案の定、身構えようとして体が動かずに愕然としている。老婆はそれに関しては無関心なようで、ただ頷いている。


「俺は欠片持ちです。魔族総長でもあります。そしてこの子は……神の化身です。その能力でヒバリは蘇生しました」


 しばらくの沈黙の後、ヨシキリが大きく息を吐き出した。心を落ち着けているのかも知れない。

 フィアードは再び目くらましを掛けてヨシキリの体を自由にした。ヨシキリはそれに気付いてフィアードを睨みつける。


「……わいに聞きたいことってなんや……」


「その体質のことです。いくらなんでも異常ですよね。呪いか何かじゃありませんか?」


 ヒバリが驚いて顔を上げた。考えてもみなかったことだ。だが、そう考えると得心がいく。


「……わいも聞いた話やからな……」


 ヨシキリは観念したようにポツリポツリと語り出した。

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