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第42話 誓いの言葉

 会場の机や椅子には美しい布が掛けられていた。窓や壁からは布が吊るされ、風を受けてヒラヒラと舞っている。

 所々に可愛らしくまとめられた花束が飾られていて、その香りが優しく会場を包み込んでいた。

 着飾った人々が入ってくると同時に、食欲をそそる香りと共に実りの季節を象徴する見事な料理が次々と運ばれて来た。


「すごいな……」


 アルスはその光景に思わず感嘆の声を上げた。左隣には美しく着飾った乳白色の髪の花嫁、右隣には黒髪の従兄が立っている。

 ヒバリは親友の老婆と話し込んでいる。まさか老体に鞭打ってこの町まで来るとは思わなかったが、夢想花の行商ついでだと言っている。


「ヨタカ、ツグミはいいのか?」


「ああ、彼女にも色々付き合いがあるからな」


 アルスは控え室からピッタリと自分に貼り付いている従兄をチラリと見た。


「お前とツグミがなぁ……」


 意外そうに自分を見る従弟に、ヨタカは肩を竦めて見せた。


「まあ、商会の風紀の為だとよ。所長命令だから仕方ない」


「……風紀?」


 アルスは首を傾げた。ヨタカはそんな従弟の様子に吹き出す。


「お前は気にしなくていいさ。それにしても、よく親父を呼べたな……」


 ヨシキリは三人の後ろに控え、心底嬉しそうに二人の子供を見守っている。


「お前達がいれば無害だからな。あんまり離れるなよ。大混乱になるからな」


 アルスは少し厳しい顔でヨタカに念を押した。この場にいる全ての女性が危機に晒されるかも知れないのだ。

 ヨタカも息を飲んだ。


「……恐ろしい招待客だな」


「いや、本当はフィアードに結界を張ってもらおうと思ってたんだが……、直前にやっぱり無理だって言ってな」


「……あいつは来てないのか?」


 ヨタカの眉が上がる。多分来ないだろうとは思っていたが。


「ああ。家族の所に行っちまった。ちょっと……具合が悪くてな……」


 アルスはヨタカに気を遣って言葉を選んだ。ヨタカはその気遣いが嬉しくてニヤニヤしてしまう。


「ツグミに会いたくないだけだろ」


「お前、知ってたのか?」


 弾けるように従兄を見る。一応その話を避けるつもりでいたのだ。


「いっつも俺の事をフィアードって呼ぶからなぁ。あいつは会いたいみたいだぞ。どのツラ下げて会うんだって聞きたいけどな」


 何時、とは言わなくてもアルスには伝わる。ヨタカは酷く意地悪な顔をしてツグミの後ろ姿を見ている。アルスはその様子にますます首を傾げた。ツグミはフィアードを忘れようと必死なのだろうが、抱かれながら他の男の名を呼ぶ女と結婚しようとする割には彼女に対する優しさもないヨタカが謎だ。


「アルス! ヨタカ!」


 人ごみをかき分けて、いかつい男の集団が二人の前に集まって来た。


「おお! 来てくれたのか!」


 コーダ村の傭兵仲間である。その中でも比較的付き合いの深い男が二人に祝いの言葉を掛けた。


「アルス、お前が結婚するとはなぁ……たまたま近くに来てたから寄ってみたが、中々立派な宴だな。親父さんは来れなかったのか?」


「商会が乗合馬車を手配してくれたんだけどな。この季節は色々忙しいから仕方ないだろ」


 アルスが昔馴染みと談笑しているので、ヨタカはようやく姉に声を掛けることが出来た。


「はじめまして姉上」


 ヒバリはアルスの腕に絡めていた手をほどいて微笑み、ヨタカに歩み寄った。


「ふふ、貴方がヨタカね。ツグミから聞いたわ」


 何を、とは言わない。ヨタカは眉をピクリと上げる。ヒバリの表情は少しも変わらない。


「何の話かな……?」


「今夜は一緒にどうかしら?」


 ヨタカは目を細めた。流石に自分の姉だ。何を言おうとしているのか分かる。


「俺としては歓迎だが……アルスがそれを認めるとは思えないな」


「ふふ……それもそうね。あれで意外と独占欲が強いから……」


 何かを思い出してウットリしている。ヨタカは冷ややかな目でそれを見て、その細い手首を掴んだ。


「今夜とは言わず、今からでも俺は構わないぞ」


「あら、じゃあそうする?」


 ヨタカの空色の目には剣呑な光が宿っている。ヒバリはそれを楽しんでいるようだ。


「おいおい、何を考えてるんだ。主役が出て行ってどうする。それに、お前らの親父を野放しにするんじゃないぞ」


 アルスの言葉で二人は振り返った。そこにいた筈の父親がいない。気が付くとヨシキリは女性冒険者に取り囲まれていた。ヒバリが慌ててその輪に入っていき、ヨシキリを連れ出す。


「お父さん、もう! 油断も隙も無いんだから!」


「お前に言われたないなぁ……。平気そうやな、こんなに男がおるのに……」


 ポリポリと頭を掻く父親に向き直って、ヒバリは至極真面目な顔をした。


「私は治してもらったの。だから本当に好きな人と一緒にいられるようになったのよ」


「……お、噂をすれば……」


 ヨタカは目ざとく人ごみの中から一人の少年を見付けた。幼い女の子が当然のように少年の傍に立っている。


「あれ? 来たのか?」


 アルスは意外そうに年下の友人に駆け寄った。冒険者達が遠巻きにその姿を見て口々に何か囁きあっている。商会の創始者が揃ったのだ、無理もない。


「母さんに怒られた……」


 フィアードは罰が悪そうな顔でアルスに耳打ちした。それはそうだ。私情は抜きにして常識で考えると、アルスの友人として、商会の創始者として、この宴には必ず参加しなければならないだろう。


「レイモンドがこの為に走り回ってたらしいしな……。ちゃんと労ってやれって」


 フィアードは会場をぐるりと見渡し、その華やかな様子に溜め息をついた。遠方からも招待客が大勢来ている。これは商会の名を広めるにも大きな好機となるだろう。


「ちょうど良かったわ、フィアード! 父を紹介するわ」


 ヒバリは父親をフィアードの前に引きずって来る。ヨシキリは気まずそうにフィアードの前に出て、すぐ隣にいるティアナに目を止めた。


「おっ! 可愛らしい(かえらしい)お嬢ちゃんやなあ! あと十年もしたらさぞかし……」


「……貴方がヨシキリさんですか……。成る程……」


 フィアードは呆れ顔でヨシキリを見た。ヒバリが頭を下げた。


「お願いします!」


「えーと、じゃあ、いいですね?」


 フィアードは確認を取るまでもなく、ヨシキリの周りに結界を展開させた。


「お?」


 ヨシキリは自分の身体が軽くなるのを感じた。常に体の奥にあった疼きのようなものが収まり、身体の火照りも落ち着いている。


「どう? お父さん。私もこうして治して貰ったのよ」


 ヒバリは清々したという表情でヨシキリの肩を叩き、踊るようにアルスの腕を取って自分の身体を滑り込ませた。


「これでお父さんを放しても大丈夫ね」


「わいは犬か!」


「犬より始末に負えなかったからな。感謝する、フィアード」


 ヨタカは冷たい目で父親を見ると、フィアードに向き直った。

 フィアードはその空色の目に見つめられてゴクリと息を飲んだ。(あお)の村にいた時もヨタカとは殆ど喋ったことはない。むしろ苦手だった。その上、ツグミとの結婚の話だ。平常心でいられる訳が無い。


「ツグミには会ってないのか? お前を探しに行った筈だが……」


 フィアードの表情が強張る一方、ヨタカの態度には余裕さえ伺える。アルスはいたたまれなくなってヨタカの肩を叩いた。


「やめてやってくれ。ここに来るだけでキツい筈だから……」


 アルスはフィアードがツグミの件で傷付いていることを知っている。この純粋な少年をこれ以上虐めないで欲しい、と目で訴えている。


「我が従弟殿はお優しいな……」


 ヨタカは吐き捨てるように言ってアルスを睨みつけると、控え室の方に消えて行った。アルスは突然向けられた敵意のようなものに呆然としてその後ろ姿を見送っていた。


 ◇◇◇◇◇


「フィアードが来てるぞ」


 ヨタカは控え室で座り込んでいる花嫁に声を掛けた。彼女は力なく頷いた。


「知っとる……」


「声は掛けなかったのか?」


「見付けたら……怖なって……」


 ヨタカはツグミの震えている両肩を掴んで無理やり立たせた。


「とりあえず、会場に戻るんだ」


「……でも……」


「お前はちゃんと現実を見ろ」


 ヨタカはツグミを引きずるように会場に戻った。

 二人が会場に入ると、大きな拍手が沸き起こった。可愛らしく着飾ったシエラが二人を誘導して、会場中央の舞台に連れて上がる。舞台にはすでにアルスとヒバリが立っており、その仲の良さを見せ付けていた。


「これより、誓いの儀式を執り行います」


 レイモンドが拡声器を片手に舞台に上がり、進行表と思われる紙を片手に大声を張り上げた。


「まずは、我がティーファ商会の初代所長であるアルス殿。ヒバリ嬢を妻とし、愛し抜くことを誓いますか?」


「はい。誓います」


 アルスは力強く言い、ヒバリを抱き寄せた。冒険者達の歓声の中、二人はそのまま抱き合い、唇を重ねた。

 歓声と悲鳴が会場を包み込み、一気に熱気が高まる。二人はそんな声など聞こえないらしく、激しくお互いを貪りはじめた。

 最初の内は盛り上がっていた観客も、二人の熱がどんどん高まるにつれてざわめき出し、そして静まり返った。粘着質な音が響く。このまま放っておくと、とんでもないことになりそうだ、とゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてくる。ヒバリが身体をアルスに押し付け、アルスの手がヒバリの腰をいやらしくさすり出した所で、ヨタカが思い切りアルスの頭を殴りつけた。


「いい加減にしろ」


 こめかみに青筋を立てている従兄を見て、アルスは我に返ったようだ。殴られた事など全く気にしないように咳払いして、ヒバリを隣に立たせた。


 会場が落ち着きを取り戻すのを待って、レイモンドは再び拡声器を構えた。


「えー、続きまして、ヨタカ殿。ツグミ嬢を妻とし、愛し抜くことを誓いますか……?」


 レイモンドは探るような目付きで二人を見ると、ツグミが一点を凝視していることに気付いた。

 彼女の視線の先には兄の姿があった。レイモンドは息を飲む。宴がぶち壊しにならないことを祈るしかなかった。



 フィアードはツグミの視線を痛いほど感じていたが、そちらを見ることが出来ない。


「お兄ちゃん、お嫁さんがこっち見てるよ」


 ティアナの声に力なく頷く。


「ねえ、もっと見たいよ!」


 ティアナに言われてノロノロと彼女を抱き上げる。小さな両手が首に回された。


「花嫁さん綺麗だね!」


 ティアナの声にそちらを見ると、ツグミの空色の目と目が合った。全身が震えるように硬直し、音が遠のいて行く。



 フィアードがティアナを抱き上げる姿を見て、ヨタカはそっとツグミの肩を抱き寄せた。


「よく聞け。ツグミ」


 風を操り、他の誰にも聞こえない音量でツグミにだけ声を届ける。


「あいつはただの欠片持ちでも、ただの魔族総長でもない。お前なら分かるだろ?」


 ツグミはゴクリと息を飲んだ。フィアードが秘めている魔力を感じて鳥肌が立つ。


「あいつは神の化身の片腕になる男だ。俺達みたいな半端者がついて行ける相手じゃない。お前はそれを感じて身を引いたんだろ?」


「ヨタカ……」


 ツグミは肩に置かれたヨタカの手を震える手で握った。ティアナと一瞬目が合った。身体が竦む。


「……誓いますか?」


 レイモンドの声が再び聞こえてきた。


「誓います」


 ヨタカは迷わずに誓いの言葉を口にした。ツグミはその横顔を食い入るように見つめ、そして消え入りそうな声で言った。


「……誓います……」



 フィアードは自分の耳が信じられなかった。目が合った瞬間、気持ちが通じたと思ったのに。


 歓声が上がり、その野次に促されるようにヨタカがツグミに口付けする。ツグミは抵抗することもなく、ヨタカを受け入れていた。


 フィアードは心にポッカリと穴が空いた気がした。


「お兄ちゃん……? どうしたの?」


「いや……何でもないよ……」


 フィアードは深く息を吐いてティアナの髪に顔をうずめた。

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