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第40話 天高く

 (しろ)の魔人達が集まる中、アナバスに呼ばれて一人の大柄な青年がフィアードの近くに歩み出た。


「わしの息子、ノビリスだ。この者がお主に魔術を指導する」


「よろしくお願いします。フィアード殿」


 フィアードはその立派な体躯に息を飲んだ。流石、族長の息子である。


「こちらこそ、お願いします。ノビリスさん」


 挨拶しながら、この人物と打ち解けられるのか心配になって来た。ノビリスはニコリともせず、無表情だ。フィアードは基本的には人見知りである。今までは、たまたま周りに人当たりの良い、遠慮なく付き合える人物がいてくれたお陰でなんとか乗り切れていたのだ。


「フィアードに部屋を与えてやれ。思う存分研究出来るよう、ペンと紙、書棚も用意してやるように」


 アナバスが控えている者達に告げると、波が引くように全員が部屋から出て行ってしまった。残ったのはアナバスとノビリス、そしてフィアードとティアナであった。その絶対的な存在感に圧倒される。

 父親は慕われるタイプの村長であったし、(あお)の族長ミサゴはまるで一族のお母さんのようだった。敢えて言えば、コーダ村の村長ザイールに近いが、ここまでの迫力は無かった気がする。


「加護を与える前に、一つ気がかりなことがございます」


 ノビリスはアナバスの前に進み出て、その肘掛け椅子の横に跪いた。


「ふむ」


 アナバスは肘掛け椅子に座り直し、顎に手をやった。


「フィアード殿は既に風の精霊の加護を受けておいでです。その同じ身体に水の精霊が加護を与えるのかどうか……ということです」


「複数の精霊の加護か。問題あるまい。ヒバリは風も水も加護を受けとるではないか」


 アナバスの言葉にノビリスは首を振った。フィアードを値踏みするように見る。


「彼女は色彩を帯びておりますゆえ。フィアード殿は色彩を帯びておりませぬ。しかも、身体中至る所に風の精霊による刻印が見受けられます」


「……ふむ……。しかし、複数の精霊の加護を受けた魔族総長も何人かおった筈だ」


 アナバスは腕を組んだ。どうやらノビリスはフィアードが気に入らないようだ。欠片持ちなのだ。致し方あるまい。


「それは父上の方がよくご存知でしょう。私は存じませぬ」


「大丈夫だよ」


 それまで黙っていたティアナがいきなり口を開いた。目くらましはかけていない。

 ノビリスはその色違いの目に見つめられて言葉を飲み込んだ。


「お兄ちゃんは大丈夫だよ。だから、よろしくね」


 ニコリと笑い掛けた。ノビリスの身体が小刻みに震える。魔力も何も込めずにただ見つめられただけなのに。抗うことを許さないその意志の強い目から視線を外せない。


「ティアナ殿、それではいかが致しましょう」


 ノビリスの様子を見てアナバスは幼女に語りかける。ティアナはフィアードの腕にしがみついて、目くらましを掛けた。


「わかんない……」


 知らんぷりである。中途半端な提案だけして丸投げか。フィアードは相変わらずの態度に苦笑した。


「……ご自分で目くらましを……。流石ですな……」


 アナバスが関心している。この程度で関心してもらえるのなら、記憶がある頃のティアナを見ていたらどう思ったのだろうか。


「加護を受ける時には、風の精霊を切り離せばいいんですよね」


 フィアードは少し考え込む。風の精霊が身体中を駆け巡ったあの感覚。あれをまた……。

 溢れる力を制御できずに意識を手放してしまったのだ。同じ轍を踏むわけにはいかない。


「場所はどうするんですか? 風の精霊の加護を受けた時は雪の残る山頂でしたが、制御が出来ずに、雪崩を起こしてしまいました……。幸いにも大きな被害はなかったのですが」


 フィアードの言葉にノビリスは目を見張った。そして注意深くフィアードを観察すると、重々しく口を開いた。


「フィアード殿……、魔力を出来るだけ解放していただけぬか?」


「ここでですか? 地下ではちょっと……」


 フィアードは躊躇する。万が一ということがあっては良くない。アナバスは溜め息をついて冷ややかな目でノビリスを見た。


「お主は相手の魔力も測れぬのか……。まだまだ未熟だな。やはりグラミィがよいか……」


「母上は流行り病を抑えに行かれたとか。私しかおりますまい!」


 フィアードは驚いてノビリスを見た。アナバスとグラミィの息子だったらしい。力ある両親から生まれ、相当な重圧を感じていたのかも知れない。


「しかし、フィアードより弱いお主では役者不足だな……。すまぬ。この村の手練れはみな、外に出ておるのだ。残った者ではこのノビリスぐらいしかおらぬでな……」


「それでは……とりあえず地上に出ませんか?」


 二人が頷くと、フィアードは魔力を瞬時に練り上げて空間を繋げた。四人の真ん中に空間の歪みが発生して広がり、気がつくと地上の茅葺屋根の小屋の前であった。


「あ、そっか。ここにも小屋があるのか……」


 フィアードは周囲を見渡して考え込む。ここで加護を受けたら甚大な被害を出してしまうかも知れない。二人の魔人は何が起こったのか理解出来ずに呆然としていた。


「これは……」


薄緑(みどり)の空間魔術です。真上に移動しただけですので、転移、という程ではありませんが……」


 ティアナは迷わず小屋に入って、中にいたモトロの手を引いてきた。モトロは地下にいるはずの面々がいきなり地上に現れて瞠目している。


「お兄ちゃん、この人がいいよ」


 確かにこの場で一番魔力が高いのはモトロだ。ティアナが無邪気に言ったが、その顔を見てノビリスの表情が明らかに強張った。

 フィアードはこの三人の関係を考え、どうしたものかと腕を組んだ。

 ノビリスはアナバスとグラミィの息子で、モトロはヒバリの息子……。そうか、モトロの父親はノビリスの可能性が高いから、アナバスが引き取ったのか。三人の間の微妙な空気がそれを物語っている。

 狭い集落などでは異父兄妹の間に子供が生まれても然程問題ではないと思うのだが、種族によっては禁忌なのかも知れない。


「えーと、俺としては……加護を受けられるのであればどなたからでも構いません。でも、場所だけは考えないと危険を及ぼしてしまうかも知れませんので……」


 それよりも早く加護を受けなければ、フィアードの焦る気持ちが判断を鈍らせていることにアナバスは顔を顰めた。


「フィアード、誰から加護を受けるかは重要だぞ。お主に宿る精霊の多寡を決めるのだからな。

 ノビリスは魔力の量は多いが経験不足ゆえ、風の精霊を恐れてお主に与える水の精霊の量を少なくしてしまうやも知れん」


 アナバスの言葉にノビリスは口を噤んだ。モトロは状況が分からずにオロオロしている。


「あの……事情が分からないんですけど……。義父(ちち)上、何処から出て来られたんですか?」


 モトロの呑気な言葉にノビリスは苛立ちを隠せない。


「モトロの方が魔力量は多いですが、明らかに経験が不足しています! 是非私に!」


 どうやら魔族総長に加護を与えるというのは名誉なことらしい。ノビリスは必死に父親に食い下がっている。フィアードはノビリスのやる気に水を差す気にもなれず、その滑稽なやりとりを見ていた。


「ていうか……早くして欲しいんだけどな……。レイチェルが心配だし……」


「別に急がなくてもレイチェルは大丈夫だよ?」


 ポツリと呟くと、意外にも反応があった。ティアナがフィアードを見上げている。そのハシバミ色の目を覗き込んで、フィアードは目を細めた。


「……本当か?」


「うん。だって、ちゃんと止まってるもの(・・・・・・・)


 ティアナの表情は自信に満ちている。まるで以前の彼女のようだ。フィアードは深呼吸した。


「アナバス様……流行り病が落ち着いたら、グラミィさんを呼び戻して加護を与えてもらう事は出来ますか?」


 その場の魔人達は一斉にフィアードを振り返った。


「急がぬならばそれが一番良いな。ヒバリもおるし、流行り病さえなければあの村の治癒術師は一人で充分だ」


 ノビリスは悔しそうに舌打ちした。グラミィが出てくるならば自分に出番はない。モトロはまた祖母に会えることに喜びを隠せない。


「それではそうして下さい。それから……場所なんですが……」


 フィアードはこの周辺の土地を思い出す。このすり鉢状の土地はとにかく危険だ。精霊の暴走を受けても周りに被害が及びにくい地形は……。


「ふむ……では、湖が凍るのを待つか……」


 アナバスは高い空を見上げた。秋の訪れは近い。


 ◇◇◇◇◇


「そろそろ着いた頃よね……」


 ヒバリは夫の料理に舌鼓を打っていた。アルスは仕事帰りの妻を手料理で迎えてくれる。村では流行り病が出始め、外で遊ぶ子供達の元気な声が聞こえなくなっていた。


「結局、患者は何人だったんだ?」


 今朝、三人を見送った直後に呼び出され、ヒバリは子供達の治癒に当たっていた。


「今日は六人。明日はもっと増えるかしら……。帰れるといいんだけど……」


 ヒバリの場合は仕事後に風の魔術で飛んで帰って来る事ができるが、あまりにも消耗が激しいと村で寝泊まりすることになってしまう。

 ヒバリは溜め息をついて料理を運んで来た夫の脚に白い腕を絡ませる。アルスはその乳白色の髪を優しく撫でた。


「ちゃんと食わないと仕事に支障が出るだろ。我慢出来るようになったんだから、少し我慢しろ」


「もう!」


 ヒバリは頬を赤く染めて食事に戻った。アルスは意外に真面目であった。それが嬉しい。


「フィアード達は村に着いた頃なのか……」


 アルスは自分の分の料理も配膳してヒバリの隣に座る。ヒバリは少し椅子を近付けて自分の太腿を密着させ、その顔を覗き込んだ。


「真っ直ぐ進んだから、半日で到着よ。舟で迂回したら三日はかかるけど」


「族長とはちゃんと話せそうか?」


「そうねぇ……義父(ちち)は気難しい人だけど、新しい物は好きだから……。それに他ならぬ私の頼みだもの」


 ピクリとアルスが食事の手を止めた。始めて聞いた情報だ。


「……族長って、グラミィの旦那なのか」


「そうよ。それで、私の息子の養父」


 アルスは混乱する頭を整理しようとして諦めた。考えるより聞いた方が早い。


「息子の父親は?」


「さあねぇ? 村の誰かでしょ」


 事も無げに言う。その左手はアルスの太腿の上に載せられている。


「……だな……」


 聞くだけ無駄だった。アルスは溜め息をついた。ヒバリは更に続ける。


「まあ、一番可能性が高いのは、同じ屋根の下にいた兄と義父(ちち)だけど……」


「そか……同じ屋根の下なら仕方ないな……」


 事故だな……アルスが少し困った顔で呟くと、ヒバリはいきなりアルスに抱きついた。


「そんな風に言ってくれるなんて……!アルス、やっぱり貴方が大好きよ!」


 家族間での肉体関係については魔人でも嫌悪する者が多い。それをサラリと流してくれるアルスの態度が嬉しかった。


「お前の場合、不可抗力だからなぁ……。でもまぁ、それじゃ村には居られなくなるな」


「……お陰で貴方に会えたわ……」


 世間一般と二人の貞操観念にはかなりの隔たりがあるが、それを許し合えるからこそ、良い関係を築けるというものだ。

 アルスは新妻の柔らかい感触を楽しみながら、ゆっくりと椅子に座らせた。


「とりあえずは食事だ。デザートはその後で……な」


 赤い唇に人差し指をあてて、その瞼に口付けした。ヒバリは恥ずかしそうに微笑んだ。

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