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第3話 焼け跡にて

 村の様子を見たい、というフィアードの意見はすんなりと通った。ティアナも何か思う所があったのだろう。

 フィアードは少し大きめのマントを羽織り、紐を使って器用にティアナを背負った。


「大丈夫か? まだおぶるには早いか?」


「……くっ。なんとか耐えるわ。両手を塞ぐわけにもいかないじゃない」


 背中で苦しそうな声がする。やはり厳しいか。どんなに生意気でも、身体は驚く程軽くて小さい。本来ならば連れ歩く時期ではないはずだ。だからと言って、彼女を残して狩猟に行くのも心配だ。

 フィアードはふと思いついて、結界を応用してティアナの身体を支えるように優しく包み込んでみた。


「あ! 楽になった。流石ね~! これなら雨風も平気ね!」


「そうか。良かった」


 何が流石なんだかよく分からないが、フィアードは前回までも彼女の近くに仕えていたらしいので、色々世話を焼いていたんだろう。

 髪の色をごまかすために、大きめの布で頭を覆うと、念のために護身用の剣を腰に下げた。

 ゆっくりと魔力を溜めて、空間を歪める。村との距離を少しずつ縮めようとすると、ふと空間が繋がった。ティアナが手伝ってくれたのだとすぐに分かった。すかさず繋がった空間に身体を滑り込ませる。


 家屋や屍を焼くような鼻を突く匂い。眼前に広がる焼け跡からはところどころまだ煙が立ち上っていた。遠見(とおみ)では感じなかった、胸を締め付けられるような喪失感がフィアードを襲う。


「……ごめんなさい……」


 まさかこんなことになるなんて……。ティアナは自分の思い付きが村の未来を摘み取ったことを痛感した。失われた命の重さに背中で震えている気配が、フィアードの心を返って冷静にした。


 家屋は焼け、田畑は荒れている。男手を失ってしまった以上、そう簡単に村人が戻ることは出来ないかも知れない。フィアードは辺りを見渡してふと、あることに気付いた。


「誰か……来たみたいだな」


 戦いの形跡はあるものの、遺体は村外れに集められて丁寧に埋葬されていた。


「……誰もいない?」


 村の隅々まで見渡しても、自分たち以外に動く物は見当たらない。


「……(あお)の魔人が来たみたいね。風の精霊の気配が残ってる」


 ティアナが呟いた。言われてみれば、風の気配がいつもとは少し違う気がする。


「じゃあ、埋葬してくれたのも?」


「多分彼らね。もう少し早く来てくれたら良かったのに……」


 どうやら、ティアナが情報を流したのは隣国だけではなかったようだ。


「何度か彼らにお世話になったから、どう動くか興味があったのよ。村を調査した後で、彼らの所に行きましょう」


 簡単に言ってくれる。魔人など、先日遠見(とおみ)で初めて見たのに……そもそも言葉が通じるのか不安だ。フィアードは溜め息をつきながら、土を盛り上げただけの墓を見渡した。


 墓の数は五十を超えていた。敵味方分け隔てなく……それぞれに身に付けていたものが置かれ、小さな花が添えられていた。


 サーシャの墓を見付け、ティアナは泣いていた。

 フィアードは偶然にも丘の上に一つだけ別に墓が作られている事に気付いた。見覚えのある剣が刺さっている。

 出で立ちからその立場を知ったのか、あるいは埋葬したのが知り合いだったのか知る由もないが、ここが父の墓だろう。ゆっくりと跪き、祈るように目を閉じた。


 その時、ふと背中の赤ん坊が何者か思い出し、フィアードはゴクリと息を飲んだ。


「なあ……もしかして、蘇生って出来るのか?」


 神に通じる力を持っているのだ。死者を蘇らせる事など造作もない事ではないのか。

 スッと背中から冷たい空気が漂ってきてフィアードは息を飲んだ。


「あのね……神の力は万能でも、それを使うのは私よ。そう簡単に蘇生出来るとか言わないで」


 ティアナの有無を言わせぬ迫力にフィアードは自分がとんでもなく軽率な発言をした事に気付いた。


「……ごめん……」


 フィアードの素直な謝罪で、ティアナは気配を和らげた。軽く嘆息してから口を開く。


「出来ない訳じゃないの。でも……魂にね、これまでの繰り返しの記憶が全部刻まれてるの。そのまま蘇生したら、混乱して壊れちゃう。だからって、私が記憶を勝手に整理していいとは思えないし……」


「……そっか……そうだよな。悪かった。忘れてくれ……」


 一瞬でも期待した自分を恥じ、フィアードは墓を後にした。


 ◇◇◇◇◇


「そうだ……! 魔術書の復元ってできるか?」


 屋敷跡に入り、フィアードの居室の場所に辿り着いたが、全てが炭化していて何が何か分からない。この部屋に残してきた心残り。もし復元できるのであれば、自分ももう少し役に立てるかも知れない。


「書斎にあったやつかしら。現物覚えてるから多分大丈夫……」


 背中から凄まじい魔力が迸ると、フワリと炭化した紙が舞い上がり、渦を巻くように集まり始める。

 クルクルと舞いながら、炎を纏い次第に形を変えていく。

 時間を巻き戻すような現象が収まると、三冊の本がフィアードの手に吸い寄せられるかのように舞い降りて来た。


「すご……!」


 感謝を述べようかと思ったら、背中から規則正しい寝息が聞こえてきた。そう言えば、今日はずっと起きていてくれた。悪いことをした、と反省する。頭を覆っていた布で魔術書を包み、たすき掛けにする。これは財産だ。


 地下室への扉を開け、フィアードは階段を下りた。どうやら連中は地下室には気付かれなかったようだ。


 非常用の食物、衣類、普段は使わない儀式用の武具、以前使っていた家具の数々……。

 地下室の隅にあった揺りかごにティアナを寝かせ、内部を物色する。母親が着ていた冬用のマントとブーツがあったので、身につけてみる。どちらも問題なさそうだ。

 一番下の妹が着ていた子供服も少し残っていた。オムツもある。


 フィアードは古い机の上に燭台を置いた。木箱を椅子にして腰掛け、机の上を片付けて魔術書を広げる。

 彼がよく使う空間転移の他にも空間の魔術について、様々な研究と考察が書かれていた。もちろん研究者の自筆である。復元できてよかった……。


 フィアードは次の魔術書の頁をめくり、魔術の実践について調べ始めた。

 結界の応用で光の屈折を応用して内部を隠す、目くらましの結界の練習しはじめた。

 これは使える……。だが、恐ろしく集中力がいるため、すぐに疲れてしまう。


「……ふぅ……」


 フィアードは大きく息をついて結界を解く。これでは常に目くらましをかけられるようになるのは随分先になりそうだ。


 先ほどの転移ですらティアナに手伝ってもらった。欠片を持っていても、魔力も中途半端、剣もろくに使えない。このままではティアナを守ることもままならない。


 フィアードは三冊目の魔術書を開いた。これは欠片持ちや鍵に関する役割などが記されているようだ。これでティアナが生まれてきた意味を知ることが出来るかも知れない。フィアードはその本を読み進める。


 しかし、その記述では化身は神そのものとして書かれているが、ティアナの感覚は普通の女の子である。そもそも鍵が生まれたという記録もなく、その内容に神妙性があるかどうかは微妙な所だ。


 魔術書を閉じ、自分に出来ることは何だろう、とフィアードは自問する。

 彼女は自由に生きたいと言っていた。だが、その存在を知る者に見つかれば、その希望が叶う事は難しいだろう。

 いくら神の力を持っているとは言っても、一日の半分以上の睡眠が必要な赤ん坊の体では限界がある。こんな自分でも、せめて彼女が自分で身を守れるようになるまでは守ってやらねばならない筈だ。


 フィアードは地下室の隅に祀られている儀式用の剣を手に取った。名のある鍛治師が作った業物である。本来ならば成人の儀式で使われるものであり、来年フィアードも成人の儀式で身に付けるはずであった。


 フィアードは柄に手を掛けて一気に抜き放とうとした……。


「……あれ?」


 どうしたことか、剣は鞘と一体化しているかのようにピクリとも動かない。


「うーん……」


 手を変え品を変え、あの手この手で必死に剣を抜こうとするが、全くと言っていい程反応が無い。


「……何してるの?」


 呆れた声に驚いて顔を上げると、ゆりかごに寄りかかるようにしてティアナがこちらを見ていた。


「いや、この剣が……」


 フィアードは剣をティアナに見せる。


「……私の知ってるフィアードは、そんな剣、持ってなかったけど?」


「えっ? でも、成人したら俺が身に付けるって……」


「ただの飾りじゃないの?」


 ティアナは首を傾げた。実戦向きではなさそうな装飾だ。そう考えるのが妥当だろう。


「いや、飾りでも普通は抜けるだろ?」


 もう一度柄に手を掛けるが、やはりピクリとも動かない。


「……ああ……魔剣ね、それ」


 ふと何かを思い出し、ティアナはウンウン、と頷いた。


「魔剣?」


「使い手を選ぶ、意志のある剣ってこと」


「じゃあ、俺は選ばれなかったのか……」


 フィアードはがっかりして剣を元の場所に戻そうとした。


「え? でも貴方の剣(・・・・)なんでしょ?」


 ティアナの言葉に反応するように、フィアードの手の中の剣がビリリと震え、そしてその重さが消えていった。


 カラン、と鞘が転がった。フィアードの手に抜き身の美しい剣が握られていた。


「よかったわね、選ばれたみたいよ……」


 ティアナは苦笑して某然と立ち尽くすフィアードを見た。


「じゃ、行くわよ!」


 ティアナはニヤリと笑い、勝手にフィアードの背中に舞い戻った。


「えっ! おい!」


(あお)の村に行かなくちゃ!」


 ティアナは少し眠って元気になったのか、テキパキと荷造りをし始めた。

 干し肉や干した果物といった保存食、着替えや天幕など、旅に必要な物が次々と宙に浮き、袋詰めされて行く。見覚えのない物も何処かから取り寄せ、袋に放り込まれて行くのをみて、フィアードの背中に冷たい汗が流れた。


「ティアナ、さっき袋に入れた帽子って……」


「髪の色隠すのに便利でしょ?」


「いや、何処から取り寄せたんだ?」


「さあ? 誰かの衣装箪笥じゃない?」


 鼻歌を歌いながら次々と袋に詰め込む。明らかに荷物は許容量を超えているが、袋は一向に一杯になる気配はない。


「ティアナ、あの袋は……?」


「ちょっと加工しちゃった」


 エヘ、と可愛らしく笑う声にフィアードは顔を引きつらせた。


「後は……必要になれば取り寄せたらいいわね」


 フィアードは一見まだ余裕のある袋を恐る恐る担いだ。


 驚くほど軽い。


 しかし、袋に手を入れると中はギッシリと詰まっており、自分の着替え、と念じるとそれが出てくるのだ。


「あ、これ……便利だな……」


「でしょ?」


「なんか……無敵かも知れない……」


 自分が守るなどおこがましいのかも知れない……フィアードは深い溜め息をついた。

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