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第38話 天翔る……

 早めの朝食を済ませ、一行は湖岸にやって来た。足元を朝露が濡らす。


「……それで、村は本当に湖の底なんですか?」


 フィアードはおぶっていたティアナを下ろした。息が弾んでいる。やはり小さな身体は大人の歩みに合わせるのは難しく、すぐにおぶることになってしまった。


「入口が二つあるのよ。その内の一つが湖の底ってこと」


 グラミィの言葉にフィアードは納得したが、すぐに難しい顔になった。つまり、湖に入らなければいけないということか。


「もう一つは?」


 グラミィは湖を指差した。湖面は朝日を受けてキラキラと輝いて、美しい水平線を描いている。


「対岸に入口があるわ」


「対岸って……、全然見えないじゃないか。舟でも出すのか?」


 アルスが首を傾げた。グラミィは地面に簡単な絵を描きながら説明する。


「基本的に私達は湖底の入口から入るけど、食料や衣類を運ぶ時は対岸の入口から回り込んで入るの」


 対岸はこちら側からは見えないが、崖地のようになっていて人が住むことは出来ないと言う。


「……そこまで人間を警戒してるのか……」


 フィアードは腕を組んだ。(しろ)の魔人が人間に狙われる理由はよく分かるが、それにしても警戒が過ぎるのではなかろうか。


「族長には連絡したから大丈夫よ。門前払いされることはないわ」


 アルスと共に見送りに来たヒバリは約束通り連絡してくれていたようだ。


「湖底の入口は、基本的に魚に変身して行くんですよね?」


 湖の深さは分からないが、泳いだ事など殆ど無いので、それが如何に難しい事なのか検討もつかない。


「そうね。貴方はともかく、ティアナ様を連れて行くのは難しいわね。対岸に回るしかないかしら?」


「上空からは入れないんですか?」


「……入れるけど、ちゃんと入口から入らないと敵対してると思われても仕方ないわよね」


 村はどうやら湖底ではなく地上にあるようだ。グラミィは鎌をかけられたことに気付いたが、特に嫌な顔はしなかった。

 ヒバリが連絡を取ったと言っていたことと、水の魔術に連絡を取る手段がない、と言っていたことを合わせても、村が地上にあるだろうと予測できるのだから。


「じゃあ、対岸の入口まで飛んで行きます。グラミィ、道案内お願いします」


 フィアード達の周りに不可視の繭が現れて、フワリと浮き上がった。


「お! 凄いな、それ!」


 アルスが感嘆の声を上げると、フィアードは少し照れ臭そうに頭を掻いた。


「ペガサスは恥ずかしいし派手過ぎるだろ? 結界ごと運んだら楽だし安全だからな」


 繭はグラミィ、フィアード、ティアナを包んで浮かんでいる。


「じゃあ、行ってくる。ヒバリ、何かあったら連絡してくれ。アルス、新婚生活もほどほどにな!」


 フィアードが言うと、繭はフワリと舞い上がり、湖面を滑るように移動した。


 ◇◇◇◇◇


 空色の翼が大きく羽ばたいてその巨体が上空に舞い上がる。ある程度の高さまで上がると、ゆっくりと水平に移動する。空色の髪の少女と暗褐色の髪の少女はその天翔る馬(ペガサス)の上でいつもの作業に入った。


「ツグミさん、よろしくお願いします」


 暗褐色の髪の少女の合図でペガサスは上空で静止する。彼女はもう一人の少女の背中に大きな画板を乗せて、眼下に広がる景色を描き始めた。


「ツグミさん、この辺りに神族の村があったって聞いたんですけど、この高さからじゃよく分かりませんね」


 この絵師の少女は筆を休めずに雑談が出来るほどに、この作業に慣れているらしい。ツグミは相棒の思いがけない言葉に一瞬身を強張らせたが、すぐに落ち着きを取り戻す。


「まあ、今回は基本は地形図やろ? 村やら町やらは後で書き足したらええし。そもそも、村も名前が無いから地図に出来へんよなぁ……」


「本当ですねぇ。南の村だの東の村だのばっかり。これじゃ、区別出来ませんね」


 絵師が言うと、ツグミも大きく頷いた。


「うちらが適当に名前付けてええんやったら書き込んだったらええやろ。それとも直接そこに行って名前付けてもらうか……ま、レイモンドに相談やな」


「……そうですね。あ、少し移動してください」


 ペガサスはゆっくりと水平に移動してまた静止する。絵師は筆を進めながら、大きく溜め息をついた。


「ねぇ……ツグミさん……」


「なんや?」


 ツグミはこの絵師の少女の突飛な言動に大分慣れてきたので、大概のことならば動じない自信があった。


「ツグミさんって、モテますよね?」


「は?」


 何故いきなりそんな話になるのだ、と流石に驚いて振り返りそうになる。


「何言うてんの?」


「事務所でよく男の冒険者さんから聞かれるんですよ。ツグミさんに恋人がいるのか、とか……。相棒なら知ってるだろ、とか」


「……へえ……で、シエラは何て答えるん?」


 シエラというのはこの絵師、シエラ・ドゥ・ブールの愛称である。彼女は暗褐色の髪をグルグルと弄びながら口ごもる。


「私はいつも誤魔化してますけど、レイモンドさんともヨタカさんとも仲良いですよね……。なんか、意味深に話してたりして……。どちらが恋人なんですか?みんなが噂してます」


 どうやら、ツグミは女性冒険者の間で人気の二人と親しく、商会の初期メンバーであるが故に様々な憶測が飛び交っているらしい。


「安心しとき。うちはレイモンドともヨタカとも何ともないから。てか、シエラはどっちか気になっとるんか?」


 シエラは絵師という職業を選ぶだけあって、とても風変わりで地味な娘である。まさか人の色恋沙汰に興味があるとは思いもしなかった。


「……本当のことを言うと……、この仕事、ヨタカさんと一緒って聞いて引き受けたんです……」


 声が震えている。ツグミは溜め息をついた。成る程、そういうことか。


「あ~、そりゃ悪いことしたなぁ……」


「あ、でも、こうして直接自分の目で見て描ける方がいいから、それは全然構わないんです。ツグミさんとも仲良くなれましたし……、あれ? 仲良く……ないですか……ね」


 一人で慌てふためく様が可愛らしくて、思わず噴き出してしまう。あの仕事の虫のレイモンドとはお似合いかも知れないというのに、よりにもよって……。


「あんた、ホンマにおもろい子やなぁ……でも……ヨタカはやめときや」


「え? なんでですか?」


 筆が止まる。早めに伝えておかないと、傷ついてしまう。ツグミは身を起こし、画板を下ろした。

 相棒の緑色の目を覗き込み、真剣な顔をした。


「……あいつは女には興味無いからな」


「えっ? それって……?」


 シエラの手から筆が滑り落ちた。ツグミはそれを難なく受け止めた。


 ◇◇◇◇◇


「すごい~! 速い~!」


 ティアナは空を翔ける感覚に大喜びであるが、グラミィは体験したことのない魔術に呆然としていた。


「この魔術は……貴方が考えたの?」


「はい。薄緑(みどり)の空間魔術で作った繭状の結界を風の魔術で運んだら便利かな、と思いまして」


 グラミィは戦慄した。この少年は自らの能力と風の精霊の力で新しい魔術を生み出した。この先、魔族総長として複数の精霊の加護を受けることで、さらにその組み合わせが増えるだろう。

 今まで魔人達の専売特許であった魔術に新しい風が吹き込まれる予感がする。それが彼らにとってどのような影響となるのか。


 グラミィがフィアードの横顔を見ながら考えていると、ふとそのハシバミ色の目と目が合った。


「対岸が見えてきました。どこですか?」


 対岸は切り立った崖だ。その崖の上から轟音と共に一筋の滝が湖に注いでいた。

 崖を上がろうとすると、グラミィが轟音に負けないように声を張り上げた。


「滝の裏よ! そのまま進んで!」


「えっ?」


 フィアードは驚いたが、グラミィが力強く頷いたので、ゆっくりと滝の中を進んだ。水が繭に当たって弾け、 凄まじい音を立てる。

 ティアナはフィアードの脚にすがりついたが、水の中を進む不思議な光景に釘付けになっていた。


 ふと、水が途切れ、眼前には苔生した岩肌が見えてきた。滝の裏には大きな空間が出来ており、その岩肌に大きめの舟でも入れそうな裂け目があった。

 対岸の崖の下を舟で進み、岩肌に沿って行けば滝の裏側に回り込めるようだ。


「……あの裂け目ですか?」


「そうよ。流石に直線距離で来ると速いわね」


 グラミィの返事は素っ気ない。しかし、これほどまでに外界と接触しないように徹底されると、フィアードは正直どう言っていいのか分からない。が、どうしても気になることを思わず口にしてしまった。


「あの~、ヒバリのお父上とはどこで会ったんですか?」


 途端にグラミィの顔が変わった。眦を吊り上げ、憤怒の形相で睨みつける。


「はぁっ? そんな事、あんたに関係ないでしょ!」


 地雷を踏んでしまったらしい。フィアードがその剣幕にすっかり萎縮してしまったのは言うまでもない。


 無言のまま裂け目から繭を進めて行くと洞窟に通じていた。途中に地底湖があったので、湖底と通じているのはここであろう、と予想されたが、グラミィに確認を取る余裕はなかった。


 洞窟内には外から帰ってくる同胞を導くように光苔が植え付けられていた。枝分かれしている道も、光苔を頼りに進んでいくと間違いがないようだ。


 やがて光苔は無くなり、外部からの光が射し込んで来ていることに気付いた。

 洞窟の出口付近はシダのような植物がその出口を覆い隠すように生えていて、振り返っても何処から出て来たのかよく分からない。

 これでは村から出るのも難しいな、と思いながら繭を解き、周囲を見渡した。遠見(とおみ)を使って俯瞰で見てみる。

 巨大なすり鉢のような地形。その底に村があった。成る程、これでは外部からの侵入は上空以外は難しいだろう。


 フィアードはティアナの手を引いてグラミィの後を追う。ぬかるんでいて足元が悪い。気を付けないと滑ってしまいそうだ。


「ティアナ、大丈夫か?」


「うん! べちゃべちゃしてて楽しいよ!」


 ティアナは楽しそうにワザと大きな音を立てて歩いていた。グラミィは仕方なさそうに足を止めてティアナが追いつくのを待った。

 村の周囲は畑になっており、様々な作物が植え付けられている。誰も手入れしている気配は無いが、どの作物も問題なく育っているようだ。


「……あの……変なこと聞いてごめんなさい……」


 フィアードはグラミィに追いつくと素直に謝った。彼女は溜め息をつく。


「まぁ、まだ子供だから許してあげるわ。ヨシキリ(あいつ)はね、堂々と上空から来たのよ。鳥の姿で」


 そうか、(あお)の魔人だったな。とフィアードは納得した。その後、堰を切ったようにヨシキリの所業を語り出したが、最初にティアナに消音結界を張っておいて良かった、と胸を撫で下ろすほどに酷い内容であった。


「で、生まれて来たヒバリがアレな訳よ。もう本当、最悪だったら……」


 娘に男を寝取られた話になり、流石に聞くのが辛くなってきた。


「いや、でも、アルスと出会えた訳だし……」


「ていうか、どうやってあの手癖の悪さを押さえ込んだわけ? あの子が周りの男を手当たり次第に触るから、どれだけ迷惑したと思ってるのよ」


「空間遮断の結界を張ってやっただけですよ……」


 フィアードの言葉にグラミィは眉を顰めた。よく意味が分からなかったのかも知れない。


「でも、蘇生後は何もしてませんよ」


「……?」


「ティアナがあの体質も改善したみたいです」


 グラミィは信じられない思いで、フィアードの横を歩く幼女を見下ろした。ティアナは足元の感触を楽しみながら、嬉しそうに歩いている。


「村が見えてきましたね」


 フィアード達の目線の先に茅葺屋根の小屋がすり鉢の中心に身を寄せ合うように集まっていた。

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