表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/153

第35話 説明と報告

 水車小屋の隠し部屋に入ると、フィアードはティアナを子供用の寝台に寝かせた。

 寝台にヒバリとアルスが座り、向かいの長椅子にグラミィ、フィアードは食卓から椅子を運んで来てそこに座った。


「……ティアナちゃんは何者なの?」


 フィアードが腰を下ろすのを見計らって、ヒバリが尋ねた。


 ヒバリは自分が蘇生されたことに気付いていた。激痛と失血による寒気の中、アルスの腕の中で確かに息を引き取った筈だった。

 ボンヤリと虚空を漂っていた所をティアナの呼び掛けに引きずられて、気が付くとまたアルスの腕の中だった。胸の傷は綺麗に消えていて、身体中が暖かな力で満ちていたのだ。


「……今は目くらましで俺と同じ色彩だけど、本来の色彩を見れば、すぐに分かると思う」


 ヒバリとグラミィが息を飲んだ。ダルセルノ、サーシャ、フィアード、それぞれが欠片持ちであることは分かった。そんな彼等をも凌ぐ能力を持つということは……。


「欠片じゃ……なくて……」


「俺達は『鍵』って呼んでいた。いわゆる神の化身だよ」


 二人は同時にスヤスヤと眠る幼女を見た。その目は驚きに満ちている。


「あの男……猊下と呼ばれていたけれど……、彼は自分は神の化身の父親だと言っていたわよ?」


 グラミィの声は低い。


「……確かに、あのダルセルノはこの子の父親です」


 来たな。とフィアードは構えた。ティアナの記憶が無い以上、この流れは当然と言えよう。


「待って……、フィアード、貴方とティアナは兄妹ではないの?」


 ヒバリが眉を顰める。


「……ああ……」


「じゃあ……どうして貴方がティアナと一緒にいるの? おかしいじゃない? こんなに幼い子供を親から引き離すなんて……!」


 ヒバリは自分の子供を奪われた悲しみを思い出して感情的になっている。兄妹だと思っていたから、何の疑問も持たずに接して来たのだ。


「俺は、こいつの母親から、赤ん坊のこいつを託されたんだ」


 フィアードは記憶を辿り、何故自分がティアナをおぶって戦っていたのかを思い出す。


「でも、父親が現れたならば返すのが普通でしょ?」


 ヒバリは譲らない。彼女は子は親が育てるものだ、と誰よりも思っているのだ。


「……俺達の前には現れてないんだ。村が襲撃されてから今日まで、ダルセルノとは会ってなかった」


 そう言えば、人攫いに扮した連中に襲われたが、あれは正当防衛だ。父上が待ってる、とかそんな話は聞かなかった。サーシャが迎えに来たことはあったが……。


「村が襲撃?」


 グラミィが眉を顰めた。初耳だ。ヒバリは神族の村が襲われたという話を聞いたことがあったかも知れない、と記憶を辿った。


「火の国とか言う武装集団に、村が滅ぼされた。俺は女子供をまとめて他の村や集落に逃がしたんだ。男達はみんな戦って死んだと思ってた。

 俺とティアナは髪の色が目立つから他の仲間とは別行動を取ったんだ。まだ目くらましも出来なかったし……」


 語ってみて、思った以上に凄惨な体験をしたのだと実感する。現に、先ほどまで批判的だった母娘は黙り込んでいる。


「……その割には、最初から母さんの患者が敵だって決めつけてなかった?」


 ヒバリが少し考え込んでから顔を上げた。フィアードは少し狼狽える。


「……ある筋からの予言……みたいなもので、ダルセルノの関与の予測はしていたけど……」


 ティアナの時間跳躍については出来るだけ伏せておきたい。特にヒバリの事はダルセルノの狂言であったと思って欲しい。


「……その予言というのが、ダルセルノの言っていた話と関係あるのかしら?」


「……?」


 グラミィの言っている意味が分からず、ヒバリが首を傾げる。


「あくまでもそういう未来があったかも知れない、ということだ。気にすることじゃない」


 アルスが自分に言い聞かせるように言い、ヒバリを抱き寄せた。グラミィもそれ以上は言わなかった。


「あのね、あたしがお兄ちゃんと一緒にいたいって言ったの。だから、一緒にいてくれてるんだよ?」


 いつから起きていたのか、ティアナは大きな目で女性達を見つめていた。目くらましが解けている。色違いのその目には強い意志が感じられて、二人はゴクリと息を飲んだ。


「……本人の意志……なのね……」


「……そういうことだ」


 フィアードは複雑な思いで頷いた。結局ティアナに助けられてしまった。記憶の有る無しに関わらず、やはりティアナはティアナだ。


「じゃあ、あの女戦士がダイナと呼んでいたのは?」


 グラミィの疑問にフィアードは頷いた。


「ティアナのことです。敵の目を欺く為に襲撃直後に母親に名前を付け替えてもらいました。

 サーシャ……彼女は……襲撃で死んだ筈でした。多分、ダルセルノが蘇生を……。だから、ティアナという名前を知らない筈です」


「蘇生……」


 つい今し方目撃したばかりなので、それが神族の能力だと信じることは出来る。


「欠片持ちなら蘇生が可能なの?」


 ヒバリの言葉にフィアードは首を振った。そんなに簡単に蘇生できる訳がない。


「いや……多分、何らかの方法で漆黒(くろ)の治癒を増幅して可能にしたんだと思う」


 ティアナの受け売りだが、一応自分なりに研究もしたので、仮説として話してもいいだろう。


「魔力増幅の呪術……ね……。あれは……」


 グラミィが不愉快そうに顔を顰めた。


「知ってるんですか?」


「五歳以下の子供を生贄にするのよ。子供の持つ生命力を魔力に変換するの……」


 重苦しい沈黙が横たわった。


 ◇◇◇◇◇


 フィアード達は例の酒場に来ていた。多くの客で賑わう店内を見渡して、ヒバリが感嘆の声を上げた。


「そうよ……! 一度店内で食べてみたかったの! 嬉しい!」


 込み入った話になるのは分かり切っていたので、そのまま水車小屋の隠し部屋で話す筈だったが、予想外に早く目覚めたティアナの希望により、この店に来ることになってしまった。重苦しい雰囲気から逃れたかったのも理由の一つである。


「卵焼き~!」


 ティアナは席に座ると給仕係に注文する。この酒場でしか食べられないお気に入りなのだ。

 ヒバリが嬉しそうにお品書きを見ていると、老婆がやって来た。


「すごいね、本当にヒバリだ。よくまあ、こんな所に……!」


 フィアードの目くらましでヒバリとグラミィの髪は人間でも珍しくない白金髪になっているが、老婆にはすぐに分かったようだ。


「フィアードのお陰よ。貴女には心配ばかり掛けてごめんなさいね。幸せになるわ」


 ヒバリはアルスの肩に手を置いて老婆に笑い掛けた。アルスは優しくヒバリの腰に手を回す。老婆はその仲睦まじさに呆れ顏だ。


「はいはい。じゃあ、今日はわしの奢りだね」


「ありがとう! リュージィ!」


 ヒバリの満面の笑みに老婆の顔が明らかに紅潮する。今の姿には余りにも不似合いな名前が気恥ずかしい。


「……久しぶりに名を呼ばれたね。結婚祝いさ」


 プイと後ろを向いて、老婆は厨房に入って行ってしまった。入れ替わりに料理が運ばれてくる。


「リュージィ……って」


 フィアードは思わず吹き出してしまい、アルスに睨まれた。嫁の大事な親友を笑われて不愉快らしい。


「……悪かった……。えと、消音結界張ってるから、安心して喋って下さい。今度は俺から質問してもいいですよね?」


 グラミィとヒバリは頷きつつ、果汁で喉を潤した。


「ダルセルノ達がいた場所、その組織の規模とか、分かる範囲で構わないので教えて下さい」


「火の国って言ってたわね、さっき」


 フィアードは料理を取り分けながら目を上げた。


「そういう国名を名乗っている国があるの。戦い好きな(あか)の魔人の中でも血の気が多い連中が何人か協力しているって話ね」


「そう言えば、村の襲撃にも(あか)の魔人が何人か加わってた!」


 アルスが食べる手を止めて声を上げた。フィアードは遠見(とおみ)で見た魔人の姿を思い出す。


「その国は特定の土地を持たない集団みたいで、略奪を繰り返して少しずつ勢力を拡大していたの。

 それが、……四年程前からかしら、急に統制が取れてきて、誰か優れた指導者が現れたんだねって話になってたの」


 ヒバリの情報網は侮れない。風の魔術もある上、商売柄、かなり特殊な情報も入手できていたのだ。

 彼女が料理を口に運ぶと、今度は母親が口を開く。


「私があの女戦士に連れられて行ったのは……大きな火山を超えて向こう側の大きな町よ。そこに立派な屋敷があって、あの男が数人の薬師の治療を受けていたわ」


「火山……か。何か地形が分かるものがあればいいんだけどな……」


「ごめんなさい、私も彼女に連れられて馬と徒歩で行ったから、よく分からないのよ。もともとあまり道を覚えるのは得意ではないし……」


 グラミィは難しい顔で考え込んだ。女性にはよくあることだが、彼女は一度通っただけの道を戻る事が苦手なのだ。


「屋敷には大体三十人くらいが詰めていて、彼女が号令を掛けると百人は動いていたわ」


「そこが本拠地と考えて間違いなさそうですね……でも、場所が……そんな場所なら地図もないしな……」


 自分が行ったことのない土地については距離感も全く分からない。フィアードは腕を組んだ。

 地図も限られた地域で限定的な物しか作られておらず、そもそも正確な距離など分からない。


「商会で今、大規模な地図を作らせてるらしいぞ」


 自分の前の皿を空にしたアルスが言うと、フィアードが首を傾げた。そのような報告は受けていない。


「なんでお前が知ってるんだ?」


「あ……」


 アルスはまずい、と目を逸らす。


「……なんで、お前が知ってるのに、俺がその話を聞いていないんだよ?」


 何か隠している。フィアードは訝しげにアルスを見た。


「ヨタカから連絡があってな……。ツグミが絵師を乗せて、上空から俯瞰で地図を作ることになったんだ……」


「ツグミが……?」


 フィアードの表情が変わった。


「正確な地図があれば、手紙の配達も荷物の運搬も格段にはかどるからな。最初はヨタカがやることになってたんだけど、ツグミが帰ってきてやらせて欲しいって……」


「……俺には報告も相談もせずに?」


「……何か役に立ちたかったんだろ。ヨタカは人を乗せて飛ぶような事は出来ないから、ツグミがやってくれるならって……」


 フィアードは大きく息を吐いた。ツグミの居場所を探さなかったのは怖かったからだ。不幸になっていても嫌だし、幸せになっているのもなんとなく受け入れがたかったのだ。


「そっか……仕事……してるんだ」


 彼女の選択が意外だった。だが、顔を合わせることがなくても、仕事を通して繋がっている、という安心感が胸に空いた穴を埋めていった。


「地図の完成までどのくらい掛かるか分からないけどな。世界中を飛んで回るんだと。……安心しろ、絵師は女だ」


「馬鹿野郎……それはもうどうでもいいよ」


 フィアードはアルスの気遣いに苦笑した。元気でいてくれればそれでいい。


「そう……その人ね。さぞかし魅力的な人なのね……」


 ヒバリはそのやり取りで全てを察したらしい。意味深な表情でアルスの顔を覗き込む。


「そうだな……、身体だけならお前以上かもな……。何せ、色気皆無なのに、男が抱いてみたいと思う程の身体だ」


 嫁の前で他の女を褒めるとは、なんということをするのだろう、このアルス(馬鹿)は!フィアードが卵焼きを頬張るティアナの耳を塞いで身構えると、ヒバリはコロコロと笑った。


「まあ! じゃあ私と逆ね! 今度は是非三人……フィアードも一緒に四人で……」


 このヒバリ()に世間一般の女の常識は通用しなかった。確かにヒバリの身体には凹凸が少ない。あの異常な色気がなりを潜めると、寧ろ清楚にさえ見えるから恐ろしい。


「いや、俺はもういいよ……。お前らの体力には付き合いきれないからな……」


 というか、何故この二人と話しているとそういう方向に話が進んでしまうのだろう……ふと机の下を見てみると、二人の脚が絡み合って、空いている手はお互いに下半身を弄っていた。フィアードは深い溜め息をつく。

 空いた皿を下げに来た老婆がニタリと笑った。


「ヒバリ、部屋は空いてるから使ってもいいよ。今回は利用料も奢りさ」


 どうやら、姫が減ってしまって部屋が空いているらしい。その空き部屋を利用して新たな商売を始めたようだ。


「もういいよ、二人で好きにしろよ。俺はグラミィともう少し打ち合わせるから。その地図の件、俺はまだ知らないことにしておいていいからな」


 フィアードはヒラヒラと手を振って二人を追い払った。この二人がいると話が進まない。


「お、そうか? じゃあ、遠慮なく……」


「じゃあ……母さん、よろしく」


 そそくさと立ち上がる二人を見てグラミィも若干呆れ顔だ。死んで生き返ったばかりだというのに、元気なことだ。


「ええ~! ヒバリちゃん、行っちゃうの?」


「ごめんね。後で遊ぼうね」


 ティアナに優しい笑顔を向けるヒバリはいい母親になりそうだ。自分は決していい母親とは言えないな、とグラミィは自嘲する。


「良かったわね。帰りはゆっくりで構わなくてよ」


 彼女は母親の言葉を聞いているのか否か、二人は寄り添いながら赤い扉の奥に消えて行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ