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第31話 作戦会議

 もしもサーシャがダルセルノに付き添っていて、こちらに向かっていれば戦闘になるのは間違いない。

 前回はティアナが止めてくれたが、今回はそれも期待出来ないのだ。分かる範囲で対策を立てておきたい。


未来見(さきみ)ってのは、どの程度、どんな形で発動出来るんだ?」


 アルスは難しい顔でフィアードに問う。かつてのフィアードのように、能力の発動に時間が掛かるなら敵ではない。


「俺が見たことがあるのは占う時ぐらいだ。戦いの時にどう使うのかは分からない。ただ、同じ程度の戦士相手でも負けなしだったから、かなり有利になるのは間違いないと思う」


 実際、村では負け知らずだった。一時は仮面をかぶって修行に出て、傭兵をしていたようだ。


「……剣筋が見える、次の行動が読まれる、と思っておいた方が良さそうだな」


 アルスは少し考え込んだ。


「ああ。歴代の白銀(ぎん)の欠片持ちが戦士として強かったのは確かだし、それは考えられるな」


「行動を読むのが基本で、こちらに直接影響を及ぼす能力がないなら……俺ならなんとかなるか……」


 前回戦った訳でもなはないが、遠目にその身のこなしを見た限りでは、アルスには充分勝算がありそうだった。


「相手が女でも大丈夫なのか?」


 フィアードは実力よりもそちらが心配だ。サーシャは美人だし、この男の女癖の悪さを熟知してしまった以上無理もない。


「……状況によるがな」


 アルスは馬鹿にするな、という顔でニヤリと笑った。


「そうか……。じゃあ、サーシャは頼む」


 フィアードは少し安心した。戦いに関してはこの男は信用できる。


「任せておけ。……ただ、不気味なのがダルセルノか……」


「ああ。記憶の操作や思考誘導……。明らかに相手に作用する能力だよな」


 今度はフィアードが考え込んだ。


「重症なんだろ? こいつがどの程度戦えるかで、俺達の命運が決まるな」


「もともと戦士ではなくて、学者みたいな人だったから、直接戦うなら大したことないと思う。でも、呪術を使うから、サーシャの支援に回られるとキツい」


「確かにな」


 どのような手を使ってくるのか検討もつかない分、非常に恐ろしい。今も監視が着いていないとは言い切れないのだ。

 そして、気掛かりがもうひとつ。


「それに、せっかく連れて来た患者を攻撃したりしたら、俺達が村に入れなくならないかも心配なんだ」


 場合によっては(しろ)の村に向かう予定の術師から患者を奪って殺すことになる。


「術師は白姫ヒバリのお袋さんだから、それは大丈夫だろ。……いくら何でも、娘婿には協力してくれるさ」


 そこは確信しているらしい。人懐こい彼らしいところだ。フィアードは溜め息をついた。


「本気で婿を名乗るのか……?」


「あんな不毛な職業から足を洗わせた恩人なんだからな。俺のことはちゃんと連絡してくれてる。それに、いずれは孫の父親になるべく頑張ってるんだぞ」


 ニヤリと好色な笑みを浮かべる。そして、すぐに何か思い出して口元を緩めた。フィアードは眉を顰めた。


「頼むから頑張り過ぎるなよ。七日間のうち二日間……な」


 商会の休日に合わせて通い婚することになった。この馬鹿は下手をすると日参してしまうので、ちゃんと規則を作っておかねば、いざという時動けなくなってしまう。


「おう。ただ、長く会えなくなるのはあいつ的に厳しいからな……。他の男を連れ込む前に帰らないとな」


 どうやら彼女の欲望にも波があるらしい。男欲しさに村中を荒らされると問題だ。フィアードは頷いた。


「分かってる。ダルセルノ達の問題が片付けば、もし村に長期滞在することになっても俺とティアナだけで行く」


 さほど離れている訳でもなく、戦いの必要がなければ問題はないだろう。


「悪いな。子供が出来たら合流する」


 アルスの顔はすでに父親になっている。この男にはきっとすでに何処かに子供がいるんだろうな、とボンヤリとフィアードは考えた。

 白姫(ヒバリ)本人に確認すると、やはり子供を産むと欲望が安定するらしい。ただ、最初の子供は純粋な(しろ)の魔人であったため、父親に奪い取られてしまって今は(しろ)の村にいるのだと言う。


 男二人が話し込んでいると、寝台で眠っていたティアナが寝返りを打った。

 おや、と思ってフィアードが窓の外を見ると、既に日が高い。いつもは彼女の目覚めを待って食事に行っているのだが、少し遅い気がする。


「ティアナ?」


 フィアードは幼女に近付いた。目くらましが解けている。そして、心なしか頬が赤い。


「……まさか……」


 フィアードは慌てて額に手を当てた。ゴクリと息を飲んだ。


「熱い……」


「熱か!」


 アルスが慌てる。ティアナは三歳児だ。子供の発熱などどう対処したらいいのか分からない。

 フィアードは寝間着に触れて汗の状態を確認し、すぐに手拭いを水差しの水で濡らして額に当てた。


「アルス、水を貰って来てくれ。それから薬師の手配を」


 アルスが頷いて部屋から出て行くのを見送った。弟達の世話に慣れていて良かった、と思いながらもフィアードの不安は拭えない。

 この歳頃の子供はふとした発熱で死んでしまう。たまたまフィアードの弟妹達は今まで無事だったが、子供の生存率は高くはない。


「頑張れ……」


 もし今ティアナが命を落としたらどうなるのだろう。また彼女は繰り返すのだろうか。今度は記憶を持たずに。

 それとも、これで彼女の果てしない人生が終わるのだろうか。


「これで終わるわけ……ないよな」


 それでは儚過ぎる。せっかく今までにない将来が見えてきているのに。さっさと記憶を取り戻して自分を治してしまえ。フィアードは歯痒い思いで、その小さな身体を拭いてやった。


 ◇◇◇◇◇


 夜になってもティアナの熱は下がらない。薬師は例の老婆しかいなかった。彼女はティアナを診察して難しい顔をした。


「これは……薬では治せないね。ヒバリに治癒して貰いな」


 アルスを睨んで吐き捨てると、部屋から出て行った。フィアードが後を追う。


「あ……夢想花の集落は、俺達がなんとかします。弟が町で商会をしているので、花の流通の方法を模索してくれていますから……」


 フィアードの言葉に老婆は目を見張った。


「ヒバリから聞いてたけど、本当にそんなことが出来るのかい?」


「また状況を連絡します。それより、ティアナの病気は……」


「あれはこの辺りでよくある流行り病さ。小さい子が突然熱を出して数日で死んじまう。お腹も下してるんだろ?」


「……はい」


「明日にでも熱が引いて、それから発疹が出るなら大丈夫だが、耳の下が腫れてるしね……。ヒバリかグラミィに治癒して貰いな。それが確実だ」


「グラミィと言うのが白姫のお母さんですか」


「ああ。あいつが居るから、この村では薬師は商売あがったりさ。ヒバリの母親じゃなけりゃ、喧嘩ふっかけてるとこだね。……これは熱冷ましだから、苦しそうなら飲ませな」


 老婆は懐から薬を投げ渡した。フィアードはそれを受け取って頭を下げる。


「……ありがとうございます」


「……あの男に伝えてくれ。ヒバリを幸せにしてやってくれ……ってな」


 そう言えば、白姫(ヒバリ)とこの老婆は親友だったな、と思いながら頷き、その後ろ姿を見送った。


 部屋に戻ると出掛ける仕度を済ませたアルスがティアナを抱いていた。フィアードに荷物を投げつける。


「ヒバリの所に行く。お前もついて来い」


「分かった」


 非常時だ。会わせられないなどと言っている場合ではない。

 アルスは宿から出ると夜道を駆け出した。フィアードがその後を追う。


「隠れ家だろ。目立たない方がいいのか」


 なんとか追いついて併走しながら声を掛けた。アルスは渋い顔をして頷く。隠れ家という位だ。理由がある筈だ。


「出来ればな。……頼めるか」


「分かった」


 フィアードは三人の周りに大きめの目くらましの結界を展開した。これで他の村人からは見えない。ぶつからないように走らなければならないが。


 民家の多い地区を抜け、例の酒場の近くで湖の方へ進路を変える。途中で老婆を追い越したが、気付かれなかったようだ。

 しばらく行くと湖から村へ水を引く為の水車小屋が見えてきた。アルスはその扉を開いた。


「……ここか?」


「この下だ」


 この水車小屋では水車の回転を利用して穀物の加工をしている筈だ。

 内部には大きな歯車が組み合わさり、粉を引く石臼や脱穀の機械などが所狭しと並んでいた。

 夜中だからか人気はないが、機械達は休むことなく加工を続けている。


 アルスは心なしか足早にその地下収納の階段を降りて行く。収穫済みの穀物がギッシリと積まれているその奥に、目立たない扉があった。


 アルスはフィアードにティアナを預けると、その扉を叩いた。


「ヒバリ……俺だ」


 少し間をおいて、カチリと音がして扉が開いた。中から乳白色の髪の少女が素肌に羽衣を纏って出てきて少し困った顔をした。


「アルス……」


 アルスも部屋を見たまま動かないので、不審に思ったフィアードが肩越しに室内を覗き込み、その顔を引きつらせた。


 全裸の男が二人、その床に干からびたように伸びていたのだ。


「……ごめんなさい……あの……」


 ヒバリは目線を彷徨わせる。


「おかしいと思ったんだ。作業に二人は残る筈なのに……ってな」


 アルスは溜め息をついて部屋に入って行く。ボロ雑巾のようになった男達に水を掛け、落ちている服を投げつけた。どうやら、水車小屋の作業員だったらしい。


「明日が待てなかったのか……」


 モタモタと服を着る男達を尻目に、アルスはヒバリを抱き寄せた。ヒバリはその胸にしなだれかかる。そのまま情事に突入しそうな勢いに、フィアードは焦った。


「おい!アルス!」


 腕の中のティアナの息が荒い。また熱が上がっている。

 ヒバリはその声で始めてフィアードに気付き、その腕の中の幼女を見た。


「あ、貴方がフィアードね。その子は……」


 潤んでいた空色の目がスッと平静に戻る。ペタペタと裸足のままフィアードに歩み寄った。

 アルスは指に絡ませていたヒバリの髪を解き、フィアードを見て軽く頷くと、まだ立ち上がれない男達を二人とも抱えて彼の横を通り、部屋を出て行った。


 階段を上がる音が聞こえる。目前に迫る少女の濃厚な女の匂いがフィアードの身体を硬直させた。成る程、この女は危険だ。フィアードは腕の中のティアナのお陰でなんとか理性を保っていた。


 細くて白い手がティアナの額に当てられる。彼女に似つかわしくない清浄な気配がその手からゆっくりとティアナの身体を包み込んだ。

 フィアードはハッと我に返ると集中力を高めてその魔力の流れと精霊の動きを捉える。

 彼女からティアナに流れ込んだ水の精霊がゆっくりと全身を巡り始め、少しずつ身体を清めていく。やがて小さな身体を蝕んでいた病の源は収束され、小指の先ほどの黒い球体となってその口から外へと排出された。


「これで大丈夫」


 ティアナの身体はいつもと同じくらいの体温に戻っている。呼吸も安定しているようだ。寝顔もとても安らかだ。


「あ……ありがとう……」


 フィアードの礼を聞いて花のように笑うその顔は無垢で、彼はその艶やかな赤い唇に釘付けになってしまった。


「しばらく寝かせておせば、元気になるわ」


 歌うようにそう言うと、少女はふわりとティアナを抱き上げ、部屋の奥に消えて行った。フィアードは慌ててその後を追う。

 部屋には机と椅子、箪笥など、生活に必要なものは全て揃っている。なんとなくその生活感に安心しながらも、情事の残り香に顔を顰めた。


 壁際には何故か子供用の寝台があり、ティアナはそこに寝かされていた。

 その寝顔を確認してホッと息をつくと、肩に白い手が回された。ギクリと身体を硬直させる。甘い香りが鼻につく。


「貴方は何者? アルスのお友達ってだけじゃないわね」


 ヒバリが耳元で囁く。熱い吐息が耳に掛かり、フィアードの心臓が跳ねた。

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