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第23話 対価と情報

 ペガサスに乗って目的地の湖に近づいた一行の眼下にこの世のものとは思えない美しい光景が広がった。辺り一面に淡い桃色の花が咲いているのだ。


「うわぁ~! 綺麗~!」


 ティアナは初めて見る光景に感動して空いた口が塞がらない。ツグミも余りの美しさに、ペガサスの高度を下げた。

 ティアナがどうしてもと言うので、ペガサスを降りて、その花畑を歩くことにした。


「……この花、何処かで見たことあるな……」


 アルスは首を傾げた。


「こんなに沢山咲いてるなんて、よくある花なんじゃないのか?」


 フィアードの疑問にアルスは首を振った。


「いや、すごく珍しい花だった気がするんだ。なんでこんなに……?」


 よく見てみると、自然に咲いている訳ではなさそうだ。キッチリと区画が整理され、整然と植え付けられている。


「誰かが栽培してるんだ……」


「こんな大規模に栽培するなんて……この花、そんなに価値のあるものなのかしら? 確かに綺麗だけど……」


 天然の花畑ではないと知るや否や、ティアナの興奮は冷め、実業家の顔になった。栽培の目的に興味があるようだ。フィアードは花畑の向こうに小さな集落があることに気付いた。


「おい、あそこの人達が栽培してるんじゃないか?」


 花畑の手入れをしている人影も見える。ペガサスから降りて正解だったかも知れない。


「それじゃ、あの人達に話を聞いてみましょう」


 ティアナは意気揚々とその人影に近づき、いかにも好奇心旺盛な子供を装って話しかけた。


「綺麗な花~! なんて花なの? いっぱい咲いてるね~!」


「あらお嬢ちゃん、こんにちは」


 手入れをしていた老婆が振り返って微笑んだ。フィアードはティアナに駆け寄って会釈する。


「すみません、勝手に入ってしまって。あまりに綺麗な花だったもので……」


 フィアードが話しかけると、老婆は嬉しそうにティアナの頭を撫でた。


「お嬢ちゃん達は何処かへ旅をしているの?」


 一目で分かる旅装束の一行だ。アルスはいつもの通り兄妹の護衛、という役どころで後ろに控えている。ツグミは鳥の姿だ。


「……そうなんです。病気の妹がいるので、(しろ)の魔人に会いたくて……」


 フィアードはあえて本当の事を言った。(しろ)の村への行き方が分からない以上、湖の周辺での聞き込みしか方法がないのだ。


 老婆は心底気の毒に思ったらしく、悲しそうな表情でフィアードとティアナを見つめた。


「そうかい……。わしはよく知らないけどね、集落の誰かなら会ったことがあるかも知れないよ。もうすぐ日も暮れるし、うちに泊まって、明日集落の仲間に聞いてあげようね」


「ありがとうございます」


 フィアードは頭を下げた。

 親切な老婆は三人と一羽を集落の自分の小屋へと案内してくれた。


 ◇◇◇◇◇


 美しい花畑とは裏腹に、集落は大変貧しかった。

 小屋は雨漏りがしてすきま風が吹きそうな程に痛んでいて、中の家具などもボロボロである。食事は薄焼きのパンのみであった。


 老婆は集落について話してくれた。

 この辺りでは一般的な作物は育たず、あの花だけがよく育つので、芋や小麦と花を交換してもらって、なんとか暮らしているらしい。

 さほど珍しくもない話であったが、ここの住人達はあの花を珍しい花だと思っていないようなのが気になった。


「すみません、あの花はなんという花なんですか?」


「さあねえ……、ここらでは珍しくもないから名前はよく知らないねえ」


 老婆は首を傾げた。アルスも首を傾げている、何か思い出したのだろうか。


「夢想花……に似てる気がしたんだが……」


 名前を思い出したらしい。アルスは非常に居心地の悪そうな顔をしている。

 老婆はその名前を何度か呟いて、うん、と頷いた。


「そう言えば、交換に来る奴がそんな名前を言っていたね」


「そうですか……。今日は泊めていただいて本当にありがとうございます。夕飯までご馳走になってしまって」


 アルスは笑顔を浮かべて気まずい雰囲気を誤魔化した。

 老婆は名前を思い出せたことで満足したらしく、一言挨拶をすると自分の寝台のある奥の部屋に行ってしまった。


「夢想花って?」


 老婆の姿が見えなくなると、フィアードは消音結界を張ってアルスに尋ねた。アルスは難しい顔をしている。


「いや、とにかく珍しくて、俺が見た時は一株が金貨一枚くらいだったぞ」


「え……?」


 フィアードは息を飲んだ。一面の花畑。その一株一株が金貨一枚ならば、この集落の貧しさは異常だ。


「夢想花って、確か幻覚作用のある薬になるんちゃうかったか? あんな綺麗な花やったんや……」


 ツグミの言葉に全員が確信した。この集落の人間は夢想花のことを何も知らないで交換に応じている、ということに。


「酷い奴がいるわね! そいつはすごく儲けてるでしょ? 殆ど詐欺じゃないの!」


 ティアナは憤慨している。


「でも、問題なのはそこじゃないよな」


 フィアードは考え込んだ。この集落にとって、食べられる作物を手に入れることが何よりも重要だ。

 この地では珍しくもない花を食べ物と交換することができたのはある意味幸運なことである。


「対価の問題だ……」


 この集落の人間は花の価値を正しく知って、交換相手と交渉しなければならなかったのだ。


「世間が狭すぎるのね……」


 ティアナが言った。価値のある物は土地によって異なる。他の土地のことを知らなければ容易く騙されてしまうのだ。

 物々交換では特にこういった問題が起こりやすい。そして恐らく、フィアード達が花の価値を伝えたところで、食べ物をもたらさない以上、この集落に取っては余計なお世話なのである。


「厄介なことを抱え込んじゃったわ……」


 ティアナは気付かなければ良かった、と言わんばかりに溜め息をついた。


 ◇◇◇◇◇


 翌朝、老婆は約束通り仲間を集めて話を聞いてくれた。


(しろ)の魔人は時々湖の畔に現れるって聞いたぞ」


 一人が言うと、他の連中も口々に知っていることを教えてくれた。


「湖で捉えた魚が魔人に変身したことがあったぞ! あれは驚いた!」


「私の友達は魔人に殺されたぞ。奴らには近付かない方がいい!」


「わしの祖父は子供の頃、魔人に怪我を治してもらったと言っていたぞ」


「湖畔の村の近くには魔人の隠れ家があると聞いたことがある」


 思った以上に情報が集まった。やはりこの辺りで情報を集めるのが正解であろう。


「すみません、魚ってどんな魚でしたか? その魔人はどうしたんですか?」


 フィアードは変身した魚の話をした中年の男性に向き直った。


「普通のドジョウに見えたけどな。食われちゃたまらんと思ったんだろうな。みるみるデカくなって、真っ白の魔人になって湖にドボン! さ」


 (あお)の魔人が鳥に変身出来るように、どうやら(しろ)の魔人は魚に変身出来るようだ。

 だから湖の底が村なのか。フィアードは妙に納得した。他所者を一切受け入れる気がないのがハッキリと分かってしまう。

 果たして、(しろ)の村に入ることが出来るのであろうか。


「湖畔の村はここからどのくらいですか?」


「あそこの川が湖に続いてるから、大人の足で川に沿って歩いて三日くらいだな」


 村の話をした青年が、花畑の向こう側を指差した。そちら側から水の音が聞こえる気がした。

 フィアードとアルスは無言で頷き合った。まずはそこを目指してみよう。


「皆さんありがとうございました。お忙しいのに時間をいただいてありがとうございます」


 フィアードはティアナを伴って礼をした。希少な花を栽培している心優しい人々の集落……この集落の問題は今の彼等ではどうすることも出来ない。間に入って儲けている者が何者なのかも気になるところであるが、それはそのうち分かるかも知れない。


 ◇◇◇◇◇


 川沿いの道を歩いていると、道を挟んで反対側には時々民家がある。そんな民家は大抵、薬草などの珍しい草花を栽培していて、その草花をあの集落と同じように作物と交換して暮らしているようだ。

 そんな民家で情報を集め、宿を取りながら、少しずつ川を下っていた。


 やがて川幅が広がり、民家が少しずつ増えてきた。どこからが村なのか境界は分からないが、これが湖畔の村かも知れない。

 対岸が見えなくなり、静かな水面には周りの景色が映り込み、無限の広がりを見せてくれる。足元には丸みを帯びた石がゴロゴロと転がっていた。


「これが……湖?」


 フィアードは初めて見る景色に言葉を失った。余りにも豊かな広がりを見せる水に、自分の小ささを痛感する。この広大な湖の底に本当に人が住んでいるのだろうか。


「なあ、ツグミ……」


 ポツリとフィアードは言った。


「なんや?」


「ずっと変身したままで生活するってことあるのか?」


 ずっと気になっていたことである。湖の底で暮らしているという話と、魚に変身しているという魔人。もしも魚の姿で水中の生活を送っているとしたら、村への訪問すら難しい。


「そうよ! 私もそれが気になってたの! そもそも村に入れないんじゃないかって!」


 ティアナはツグミに食ってかかる勢いだ。それではフィアードに水の精霊の加護を受けさせることが出来なくなる。


「いや、それはないんちゃうかな。うちかて、基本は人型やし。鳥のままやと眠ったりできへんで」


 そう言われてみれば、フィアードも変身することは出来るが、気を抜けば元の姿に戻ってしまうのであった。


「じゃあ……水の中に人が暮らせる環境があるってことなの? ミサゴは何か知ってるんでしょ? 貴女は聞いてないの?」


 湖の思いの外の大きさに、流石のティアナも弱気になっている。


「……うちは他の魔族との繋がりはないで?」


「そう? でも、私達と情報を共有するつもりはないんでしょ?」


 ティアナの言い方には棘がある。初めて会った時からツグミに対して何か思うところがあるようだったが、二人の関係はその時の少しギクシャクした状態から回復する兆しはない。


「ティアナ、ツグミにも事情がある。俺の魔術の指導の為に一緒に来てくれてるだけなんだ。そんな言い方しなくていいだろ?」


 フィアードはその空気に耐えかねて、ついツグミを庇うような言い方をしてしまった。ティアナは溜め息をつき、ツグミを見上げて言い放った。


「ごめん……でも私、やっぱり無理だわ。ツグミと一緒にいたくない」

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