第22話 商会と剣
事務所にはいつもと違う雰囲気の客が大勢訪れていた。武装していたり、様々な道具を持参している。
「それでは、各々自己紹介して特技を教えてください」
アルスが言うと、まずは一番端にいた男が大きな声を上げた。
「シメオンといいます。傭兵をしていました。斧を使った戦いが得意です。用心棒や討伐なら任せてください!」
「ヒルダです。この町のあらゆる所を知り尽くしているので、探し物なら任せてください」
「ロージィと申します。薬師をしておりますが、この町に来たばかりでまだ店を構えておりません。こちらで仕事を斡旋していただけると聞いて参りました」
手元の資料を見ながら、それぞれの話を聞いて補足事項を書き込んでいるのはレイモンドである。彼等はティーファ商会の面接を受けに来ているのだ。
商会を始めてみてティアナは少し動揺した。この町に根を下ろすつもりはなかったのに、ティーファ商会が町に及ぼした影響が大き過ぎたのだ。
皓の村へ向かうに当たり、商会を閉鎖してしまうのは簡単だが、それでは利用客がしばらくは不便を感じてしまうだろう。ティアナ達がこの町を去った後も商会が存続出来るような仕組みを作ろうとしているのだ。その中心人物にレイモンドを指名した。
ティアナのように万能でなくても、優秀な人材を集めて一人一人の特技を活かすことが出来れば様々な依頼に対応できる筈なのではないか、と考え、人材を集めることにしたのだ。
告知は町中に貼り出され、応募者の中から厳選して面接を行うことになった。
アルスとレイモンドが表面上は面接官となり、ツグミは鳥籠から、フィアードとティアナは奥の部屋から遠見で応募者を観察している。
面接は一度に六人ずつ、一日に三組十八人。それを三日間行った。
最終日には全員が朦朧となって、もう誰でもいいや、という気分になっていたが、商会の評判をあまり落とす訳にも行かないので、選考は慎重に行われた。
「まあ、どうしても用心棒と討伐が中心になるわね。アルスの知り合いも沢山来てくれたし」
ティアナはパンをかじりながら書類を見る。確かに一番実力が分かりやすい。一方で探し物や手紙などは難しくなる。特殊な能力を使っていたのだから止むを得ないのだが。
「……ヨタカに声を掛けてみないか?」
アルスの提案に、ティアナは大きく頷いた。碧の魔人と人間の混血であり、風の魔術も使える上に傭兵もしていた。彼以上に後釜に相応しい人材がいるだろうか。
「そうね、ヨタカなら丁度いいじゃない!」
「でも、ヨタカにはコーダ村や碧の村にも仕事があるんじゃないのか?」
フィアードの言うことも尤もである。が、ヨタカをよく知る者達は揃ってこの提案に賛成したのだ。
「ヨタカはなぁ、コーダ村でも碧の村でも立場が中途半端やねん。自分でもどう立ち回るか悩んどる」
ツグミの言葉が決め手となり、善は急げと呼びに飛んで行ってしまった。
仕方がないので、残った四人で選考を続ける。
「でも、選考って一口で言っても難しいな……」
フィアードは書類を眺めるが、どの人物も特技があり、活躍の場を与えればそれなりの成果を出せる気がしてならないのだ。そんな可能性を摘み取るようなことをするのは気が引ける。
「……ていうかさ、全員登録会員にして、依頼内容に合わせて仲介するのって駄目なのか?」
レイモンドの提案に全員が息を飲んだ。なんという面倒なことを言い出すんだろう、とアルスは本気で嫌そうな顔だ。
「……誰が仲介するんだよ……」
フィアードの顔が引きつった。今回の面接だけで五十人以上の人物がやって来たのだ。その全てを把握して仕事を割り振るなど、手間が掛かって仕方ない。
「だから、俺が仲介するんだ。俺は別に特技らしい特技はないさ。でも、適材適所に人材を派遣するのなら出来ると思うんだ」
レイモンドのやる気にフィアードは絶句した。ティアナですら呆れ顔である。予め人材を揃えて、それに合わせた依頼を受ける方が遥かに簡単だと言うのに。
「いや……留守を任せるんだから、お前がそう言うならそれでいいけどさ……」
「任せてくれ。俺が商会をもっとデカくしてやるさ!」
レイモンドは胸を張って兄を見た。
やがてこの町は『ティーファの町』と呼ばれるようになる。この登録会員達は後に『冒険者』と呼ばれるようになり、この町は『冒険者協会発祥の地』として、レイモンドはその創始者として歴史に名を刻まれるのであるが、それはまだ先の時代のことである。
◇◇◇◇◇
アルスは歩きながら一振りの剣を惚れ惚れと眺めていた。
「俺がずっと探してたのはこいつだったんだ……!」
まるで運命の恋人に出会ったかのような台詞を呟きながら、その美しい刃に指を添わせていた。フィアードはその姿に苦笑する。
「……良かったな……念願の剣が手に入って……」
一行が町を出発したのは春が訪れてから大分経った、初夏の頃であった。
レイモンドとヨタカに商会の業務を説明したり、今までの書類を引き継ぐのに必要以上に手間取り、またフィアードの弟妹達が別れを惜しんだため、中々出立出来なかったのだ。
彼等はまず、町から少し離れた一件の小屋を訪れた。商会を通して知った、凄腕の鍛治師の工房である。
そしてそこで、アルスは運命の出会いを経験した。扉の上に掲げられていた剣を一目見て、アルスは釘付けになってしまったのだ。
「あの……、あちらの剣は売り物ではないんでしょうか?」
アルスは他に陳列されている品々には目もくれず、ただその一振りの剣を指差して店主に聞いた。
「あ~すまんな。あれは魔除けの剣だ。売る訳にはいかないんだ」
工房から出てきた店主は渋い顔をしている。よくある話のようで、店主は次々と他の剣を出して来て説明を始めた。
アルスは真摯にその話に耳を傾けつつも、やはりチラチラとその剣を見ていた。
「……しかし、店主、俺はあんなに素晴らしい剣を見たことがない。例え売ってもらえないにしても、手に取らせてもらえないだろうか?」
あまりにも熱心なその様子に、店主は遂に折れた。渋々と言った体で剣を台座から下ろしてアルスに渡した。
「あのな、それは先代が鍛えた剣で、持ち主を選ぶ魔剣なんだ。下手に使うと大怪我をするから、こうして魔除けとして置いておくしかなかったんだ」
店主はヴァンホフと名乗った。アルスは剣を鞘から抜いて、その刃を眺めて陶酔している。
「持ち主を選ぶって、どんな風にですか?」
フィアードは何となく不安を覚える。ヴァンホフはその不安は正しい、と言わんばかりに大きく頷いた。
「気に入らん者が使うと、周りにいる誰でも闇雲に攻撃したり、いざという時に動けなくしたりするんだ。周りもいい迷惑だ」
フィアードはすぐにでもその剣を返したい気分になったが、何せ相手はアルスである。奪い返せる訳もなく、彼が動き出すまで店の中を眺めて待つことにした。
「あ、それから、この剣の手入れをしてもらえますか?」
ふと思い出して腰の剣を渡した。ヴァンホフは受け取った途端に表情を一変させる。
「あんた、この剣をどこで?」
そう言えば名の通った鍛治師の作品だった筈だ。フィアードは自分ごときが持っていていい物なのか不安になり、少し恥ずかしくなった。
「……父は、成人したら身に付けるように、と言っていましたが……父が亡くなって、故郷を旅立つ時に持って出たんです……」
ヴァンホフは深く頷きながら話を聞いていた。
「そうか……。奇妙な縁もあるもんだな。この剣は先先代の作品だ」
フィアードは驚いてヴァンホフを見た。彼は頷いて剣を抜き、その刃の状態を見始めた。
「さっきの魔剣と同じで、こいつも持ち主を選ぶ。あんたが今までこいつで身を守ってこられたのなら、間違いなくあんたを認めてるんだな。……そうか、ガーシュは死んだのか」
フィアードはゴクリと息を飲んだ。ティアナの助けを借りて無理矢理持ち主になったようなものだ。本来の持ち主は他にいるのかも知れない。
「父が選ばれてたんですよね?」
「いや、あいつは一度も抜いていない筈だ。この剣に認めさせてみせるって、常に腰に二本の剣を下げてなかったか?」
フィアードは頭を振った。父がこの剣を身に付けているのを見たことはない。父はいつも飾り気のない大振りの剣を身につけていた。
この剣は何かしらの儀式の時に飾られていて、成人したら身に付けていい、と言われてきただけだ。
「へえ……じゃあ、あんたが選ばれたのに気付いたんだな。それで諦めたんだ」
ヴァンホフは愉快そうに剣を持ったまま工房に入って行き、砥石や皮で剣の手入れを始めた。
フィアードは引きつった笑みを浮かべ、少し後ろめたい気持ちでそれを見る。
「ガーシュの奴、丁度、そこの赤毛みたいにずっと剣を眺めて、最終的に買っちまいやがったんだ。俺がガキの頃にな」
フィアードは若い頃の父を知るこの鍛治師ともっと話したくなり、工房に入って二人で楽しそうに談笑し始めた。すっかり打ち解けて、昔からの友達のような気がしてきた。
男達の会話はティアナには退屈らしい。彼女は大きな椅子に身を投げ出して眠ってしまっている。
アルスは相変わらず剣を眺めたまま動かない。と、その扉が突然乱暴に開いた。
「おいおい、ヴァンホフさんよ! 俺達に売る武器は無いってどういうことだ!」
見るからに下品な男が部下らしい男数人を引き連れて店に入ってきた。ヴァンホフは慌てて工房から出ようとしたが、フィアードが止めた。
ここはアルスに任せた方がいい。幸いティアナは男達から死角になっている。ツグミも鳥の姿で、ティアナの肩に止まっているから、彼女達は大丈夫だろう。
案の定、男達は目の前で抜き身の剣を眺める大男にギクリと脚を止めた。アルスはその気配に気付き、ギロリと男達を睨みつける。
「なんだお前達? ……客……じゃなさそうだな」
明らかに、その不埒な輩を試し斬りの相手に認定した目だ。
これでアルスが魔剣を使いこなせたら、恐らく彼は最強の相棒を手に入れることになるだろう。
フィアードは念のため、店とその商品に結界を張った。売り物に傷を付けては申し訳ない。
「なあ、ヴァンホフ、あいつがあの剣を使いこなせたら、売ってやってくれないか?」
「構わないが、選ばれなかったら、あんな下衆どもに殺されちまうかも知れないんだぞ?」
ヴァンホフは心配そうに店を見るが、アルスの様子を見てフィアードは何も心配しなくていいと思った。アルスが自分の剣を見間違う筈がないじゃないか、と妙に納得するほどにアルスと剣は一体となっている。
ヴァンホフの言うところの下衆どもはそれぞれボロボロの武器を構えていた。アルスが以前使っていた剣も酷かったが、成る程、あれでは新しい武器が欲しい訳だ。
「なんだお前……、ヴァンホフが雇った用心棒か!? だったら遠慮なく!」
男が剣を振りかざした瞬間、左肩から右脇に掛けてスッと光が走った。驚いて立ち竦んだ男の身体はズルリとずれて、そのまま床にゴトリと落ちた。
「ひぇっ!」
目の前で頭が殺され、後ろに立っていた部下達は取り乱して逃げようとしたが、それを見逃すアルスではない。
鮮やかに剣を一閃すると、その場にいた男達はあっという間に身体を二つに斬り分けられ、物言わぬ肉塊となって床に倒れた。
フィアードは全てが終わったのを確認すると店の方に行き、死体一つ一つを消していった。店の外に転移させたのだ。もちろん血の汚れも残さないように注意する。気が付いたら目くらましが解けていた。
アルスは剣についた血糊を落とそうとしたが、何も付いていない相変わらず美しいその刃に目を見張っていた。
ヴァンホフは腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「店の状態はこんな感じで大丈夫か?」
フィアードはヴァンホフから手入れの終わった剣を受け取って笑った。ヴァンホフはコクコク、と頷く。まさか一生の内で欠片持ちに会えるとは思っていなかった。
「それから、あの剣だけど……」
「お代は結構です! どうぞお持ちください!」
ヴァンホフの態度にフィアードは苦笑した。やれやれ、と目くらましを掛けると、懐から金貨を五枚渡す。
「これで足りるかな? もし足りなかったら、ティーファ商会に請求してくれ」
フィアードはティアナを起こすと、アルスに声を掛けた。未だ平伏しているヴァンホフに一礼する。
「父さんの話を聞かせてくれてありがとう。会えて嬉しかった。今度はあんたの作った剣を買いに来るよ!」
「あ……ああ」
ヴァンホフはノロノロと身体を起こして不思議な一行を見送った。




