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第1話 プロローグ

 実りの季節。小鳥の囀りを聞きながら、少年は森を歩いていた。


 何か目的があるらしく、その目線は常に上を向いている。


「あった!」


 たわわに実る木の実を見付けた彼はスルスルと木を登り、腰に携えた籠に次々と放り込む。籠の半分ほど木の実を入れると、辺りを見渡した。


 少し先に拳くらいの大きさの赤紫色の実がぶら下がっている。あれは弟達の大好物だ。鳥たちよりも先に見付けられた幸運に、少年の口元が弛む。


 一旦木を降りて、目当ての木を探すと、眼下の崖の中腹から枝葉を拡げる大木であることが分かった。これでは直接木に登ることは難しい。


 少年は周囲を見渡して、人の目が無いことを確認すると、両手を木に翳した。


 一瞬、少年と木の間に蜃気楼のような歪みが生じたが、まるで気のせいだったかのようにすぐに元にもどった。


 少年は両手に乗っている赤紫色の実をそっと籠に入れた。


 ◇◇◇◇◇


 しばらく歩いていると、茂みを掻き分ける音が聞こえてきた。少年は慌てて近くの木に登った。この季節、冬眠を控えて気の立った動物達に襲われることも珍しくない。


 案の定、しばらくすると草食獣の群が次々と森を駆け抜けて行く。


 少年は巻き込まれないように木の上の方に登り、草食獣が逃げてきた方向を見、息を飲んだ。


 見慣れない皮鎧を着た集団が、武器を携えて動物達を追い立てているのだ。明らかに狩猟目的ではないその出で立ち。


 ついに来てしまった! 少年は早鐘を打つ胸を抑え、村の方角に向き直った。


 あと小一時間もすれば、あの集団が村を見付けてしまう。それまでになんとかしなければ。


 考える余裕はない。思い切り魔力を高めると薄緑色の髪がふわりと舞い上がる。行き先となる村を強く念じると、身体を強く引っ張られるような感覚が襲って来た。

 身体が引きちぎられそうな感覚を歯を食いしばって耐えると、急に身体が軽くなった。


 ◇◇◇◇◇


 ドサッ!


「……っつう……!」


 乱暴な転移をしたため、少年は村外れの畑に投げ出された。畑仕事をしていた村人が驚き、少年に駆け寄る。


「どうした! フィアード!」

 

 フィアードと呼ばれた少年は全身の痛みに顔を顰めながら身体を起こす。ゆっくりしている暇はない。手短に先ほど見たことを伝えた。


「……ついに来たか!!」


 表情がさっと硬くなる。もう少し時間が稼げたら良かったが、致し方あるまい。


 すぐに村の戦士達が武器を持って集まり、村の入り口を封鎖する。女子供は村の裏から森に逃げる。こんなこともあろうかと、常に用意してきたのだ。慌てることではない。


「フィアード、お前も逃げなさい」


 父親が厳しい顔で告げる。


「でも……」


 初めて転移を行った為に魔力を使い果たし、身体が悲鳴を上げている。戦うことも出来ないし、逃げ切れる自信もない。


お前が(・・・)逃げなくてどうする。今はまだ(・・・・)戦える訳でもないだろう!」


 父の言葉が沁みる。分かってはいるのだ。自分に向けられている村人たちの期待を裏切ってはならない、と。


 鍵となるのは色彩。創造神と同じ薄緑色の髪。そして漆黒の右目、白銀の左目。全てを併せ持つ存在。

 フィアードはその欠片を持つ。そして一族の希望である鍵を守るのが彼の宿命。


「フィアード! 早く!」


 避難誘導をしていた女戦士に強引に腕を引かれた。


「父さん……! 俺……」


「鍵を守るんだ! 彼奴に見つかってはならない! お前は、鍵が生まれた意味(・・)を知らなければならない! そして、何故お前が(・・・・・)欠片持ちなのかも……!」


「何故って……?」


 フィアードの頭の中を疑問符が埋め尽くす。何を言われたのか意味が分からない。父親は彼に背を向けるとスラリと剣を抜き、颯爽と去って行った。


「フィアード!」


 呼ばれてハッと我に返った。村の外では戦いの音が響き始めている。一刻の猶予もない。女戦士にすがりつきながら、もつれる足で走り出す。先に村を出て、森に潜んでいる筈の生まれて間もない鍵を守るために。


 ◇◇◇◇◇


 森の洞窟で子供達と合流した。村から火の手が上がっている。もしもの時は村人自ら火を放つことになっていた。鍵の存在を無かったこととするために。


 フィアードは籠から木の実を出して子供たちに分け与えた。とりあえず、しばらくここで身を潜めておかなければならない。


「兄ちゃん! 良かった! 無事だったんだね」


 フィアードの腕にすがりついたすぐ下の弟に赤紫色の実を渡すと、彼は丁寧に実を割いて自分より小さな子供達に配り始めた。


 一番下の妹が駆け寄り、大粒の涙をこぼしながら長兄を見上げる。


「お兄ちゃん!!」


「レイチェル! 良かった……無事だったんだな。母さんは?」


 優しく涙を拭ってやる。ふっくらとした頬が少し汚れていた。

 妹は兄にすがりつきながら、洞窟の奥を指差す。


「あっちだよ」


 母親は洞窟の奥から幾つか袋を出して来て、各家庭に必要そうなものを分けて整理していた。

 洞窟には非常用の食料や水が蓄えてあるが、まだそれに手を出すわけにはいかない。ここから出て、いずこかに落ち着くまで、まだ時間が掛かる。


「母さん……」


 作業がひと段落したことを確認し、母親に声を掛ける。村長であった父親の代わりとして、欠片を持つ者として彼にできることは何か。


「フィアード……。あなたのお陰で、最悪の事態は避けられました。ありがとう」


「でも、もう少し早ければ……父さんだって……」


「それは……。まだ分からないじゃない。敵の目的だって」


 ただの略奪かも知れない。それならば、交渉の余地はある。村の様子が分かるだろうか……。

 フィアードは魔力が少し戻ってきたことを確認し、ゆっくりと眼を閉じた。


 炎に包まれた村を物色しているのは襲撃者達だ。何かを探しているようだ。早く諦めて帰ってくれないとこちらは動くことも出来ない。

 彼等の中に何人か赤い髪を持つ者の姿が見える。


「赤い髪……?」


 思わず呟いた途端、誰かに肩を掴まれた。驚いて眼を開ける。


「魔人がいるのか!」


 女戦士が険しい顔でこちらを見ていた。


「あれが魔人……! 燃えている村の中で、何かを探してる……」


 フィアードの訴えに、女戦士は舌打ちする。魔族ーー魔人は精霊を纏い、属性に応じた魔術を使う。


「赤い髪ということは……火の魔術を使う。村を焼いたのはまずかったかも知れない……」


 彼らにとって、炎などでは探索の妨げにもならない。


「魔人が人間と手を組むことなんてあるのか?」


「村の外のことだ……私には分からない。ただ、鍵を狙っているのは人間だけではない、ということは確かだ」


「奴等は……何のために鍵を狙うんだ? 俺は何も知らない。このままじゃどうしたらいいのかも分からない。教えてくれ、サーシャ」


 サーシャは溜め息をつき、白銀の目を伏せた。


「村をいくつかまとめて国、としていることは知っているか?」


 気が付けば、若者達が集まって来ていた。洞窟の奥では生まれたばかりの赤ん坊を抱いた母親を中心に女子供が身を寄せ合っている。


「国の長達が、更に領地を広げようと画策している……開拓するならまだいいが、近隣の村を次々に抱え込んだり、奪ったりしながら……。より豊かな土地を求めて。そして、そのために戦力を拡大している。魔人を取り込んだのもその一環かも知れない」


「じゃあ……鍵は……?」


「全ての国の人間がその存在を知っているわけではないだろうが、切り札となるのは間違いないだろう」


 鍵の持つ力……。それは彼らの一族ですら分かっていない。欠片を持つ者ですら、異端とも言える特殊な魔術を使えるのだ。神の色彩全て併せ持つ鍵……それが誕生してしまったことで世界は動き出したのである。

 鍵が生まれた意味……、サーシャの未来見(さきみ)ならば何か分かるだろうか。


「サーシャ、これからどうすればいいんだ? 何が見える?」


「……」


 サーシャは小さく頭を振り、目を逸らした。


「!!」


 フィアードは弾かれたように洞窟入り口に目を向ける。洞窟近くの結界に反応があったのだ。


「見つかったか!?」


 サーシャは腰の剣に手を掛け、ゆっくりと入り口に向かう。慌てて動き出す若者達を片手で制する。


 白銀の目に宿る未来見(さきみ)の力……。未来が見えなくなるということの意味を彼女はよく知っている。


「お前達は洞窟を抜けるんだ。奴等は鍵のことをよく知らない。私が時間を稼ぐ」


「サーシャ……」


「フィアード、姪を……ダイナ様を頼む」


 サーシャは言うと、長い栗色の髪を切り落とし、予め用意していた薄緑色の鬘をかぶって一気に駆け出した。彼女が洞窟を出ると仕掛けが働き、洞窟の入り口は塞がれる筈だ。


 彼女の役目は鍵の護衛であり、そして囮でもある。

 フィアードは村一番の強さを誇る彼女がそう簡単にやられる訳が無い、と自分に言い聞かせ、洞窟の奥の壁を調べた。

 丁度彼の腰の位置辺りに小さな水晶が不自然に壁から突き出している。


 水晶は彼等がよく使う魔力の媒体だ。触れてみるとかなり強い魔力を感じる。

 恐らく、先人が万が一の為に用意した仕掛けだろう。


 フィアードは自身の魔力をその水晶にそっと流し込んだ。


 水晶はみるみる溶けるように形を変え、やがて洞窟の壁に黒い小さな穴が生じた。

 そしてそれがゆっくりと渦巻くように広がっていく。


 壁には人一人が通れる大きさの黒い大きな穴が穿たれた。


 穴を覗き込んでみると、少し空気が違う。どうやら別の洞窟と繋がったようだ。しばらくするとこの道は消え、追手の心配はなくなる筈だ。


 こうして考えると、自分がいなければ逃がすこともままならないのだと分かる。戦えないが、守ることはできる。


 サーシャによく似た女性が抱いている赤ん坊……。彼女が自分で考え、行動できるようになるまで守り通すこと。国や世界のことなど分からない。だが、この赤ん坊を利用させる訳にはいかない。


 フィアードは歳の近い者を集めて今後の方針を立てた。未来見(さきみ)の能力者がいない以上、村長の息子であり欠片を持つ自分が仕切るしかない。


 欠片を持たない村人は普通の人間と外見は変わらない。あえて散り散りになることで追っ手の目を欺く事にしよう。


「でも……兄ちゃんは?」


 心配気に見上げる弟の髪をくしゃりと撫でる。母親譲りの茶色い柔らかい髪だ。


「一緒には行けないよ。お前達と違って、すぐに神族だとバレるからな。母さん達を頼んだぞ」


 逃走の問題になるのは欠片を持つ自分と鍵だけだ。明らかにそれと分かる外見をどうにかしなければならない。

 鬘くらい用意しておくべきだった、とため息をつきながら支度を整える。


 家族ごとに非常用の食料と水を分け与える。出口から次々と出て行く村人を見送り、フィアードは溜め息をついた。


「 ……やっと、行ったわね」


 いきなり聞こえた声にフィアードは驚いて辺りを見渡す。隣に立つ女性も同じようにキョロキョロしている。


「ここよ。ここ!」


 母親の腕の中で眠っているはずの赤ん坊が喋っていた。生まれてからまだ一月も経っていない、首も座らない小さな命。その小さな口が言葉を紡ぐ。


「フィアード、私の声が聞こえているわね。お母様、私に名前を付けて」


 漆黒と白銀の双眸が母親を見つめている。その目は落ち着いていて、大人びた表情と合間って、異様な雰囲気を醸し出していた。

 母親であるはずなのに、その心には畏怖が芽生えてしまい、抱いている腕が小刻みに震える。


「……お父様が付けたお名前では駄目ですか?」


「村人が何人か捕らえられているわ。私の名前などすぐに知れてしまう」


 名前は魔術においてある程度の拘束力を持つと言われている。幸い、正式な名付けの儀式は生後半年までと決められていて、彼女はまだ正式な名付けを済ませていない。

 名を替えることで追手の目を逸らす……。神の力を持つということはこういうことなのか。二人は赤ん坊をまじまじと見つめた。

 母親は何か言いたげにしていたが、少し考え込んだ。


「じゃあ……ティアナ……。あなたはティアナよ(・・・・・・・・・)


「……ありがとうお母様」


 ニコリ、と笑い掛ける。今、正式な名付けが言霊により為された。

 ティアナ、という名前が魂に刻まれたのを感じ、赤ん坊は満足気に頷いた。


「それからお母様……、お身体の加減はどうですか?」

 

 気遣うような言葉に母親は息を飲んだ。体調が優れないことを見透かされているようだ。


「このまま無理をなさると……お母様の命に関わります。どうか、私の事はフィアードに託して、一番近くの村で療養して下さい」


 労わるように母親を見つめると、フッと赤ん坊の顔に戻った。そしてみるみる表情を曇らせると、顔を真っ赤にした。


「オギャア!」


 大音響が洞窟に響き渡る。母親は慌てて抱き直し、背中をさする。胸をはだけて母乳を与えようとするが、すぐに吐き出して大声で泣き続け、ついには必死で指をしゃぶり始めた。

 母親は娘を抱きしめ、涙をこぼしながら訴えた。


「フィアード……さっきこの子が言った通り、私にはこの子を連れて逃げる力がないの……。サーシャがいてくれたら……」


 言葉が続かない。普通の親子として過ごせないやるせなさ。何故、自分の子供がこのような宿命を背負って生まれなければならなかったのか……!


 言われて見れば彼女の顔色は悪く、足元も覚束ない。産後の肥立ちが良くないとは聞いている。育児だけでも重労働なのに、逃亡しながら育児をするような生活に耐えられるとは思えない。


 フィアードはしばらく赤ん坊を見つめていた。父は彼女が生まれてきた意味を知るべきだと言った。そして自分が欠片持ちである理由も。

 その言葉に含まれる意味はよく分からないが、自分は鍵と共にあるべきだと言うことは分かる。

 何よりも神の化身である本人がそう言ったのだ。恐らく自分と二人でもなんとかなるのだろう。


「……ティアナ様は俺が守ります。ご安心下さい」


 フィアードの言葉を聞いて、赤ん坊は急に落ち着きを取り戻し、小さな口を大きく開けて欠伸をするとあっという間に眠ってしまった。


「……この子を任せても大丈夫?」


 始めての育児で疲れ果て、挙句に襲撃だ。母親はその自覚を養う間も無く身も心もボロボロになってしまっていた。


「育児に必要な物もある程度揃ってますし、追っ手が落ち着いたら必ず連れて行きます。早く良くなって下さい」


「ええ……ありがとう……」


 フィアードはティアナと名付けられた赤ん坊を受け取り、フラフラと洞窟から出て行く母親の背中を見送った。

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