表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/153

第18話 新天地

 サーシャが来てから二日目、ミサゴ達には目覚めたティアナに事情を説明してもらった。フィアードは余計な事を言いそうだったので口を噤んでいたのだ。

 事情を知ってなお、親身になってくれるミサゴ達には本当に感謝している。だが、フィアードはある決断を迫られていた。


「やっぱり、移動した方がいいだろ」


 アルスはティアナの居所がダルセルノに通じてしまうことを懸念していた。

 このままでは村に迷惑が掛かる上に、新たに監視される危険がある。


 フィアードとアルスはティアナを交えて今後のことを夜通し相談し、ついに結論を出した。



「明日、この村を出立することにしたので、ご挨拶に伺いました。本当にお世話になりました」


 翌朝、フィアードはミサゴに頭を下げた。

 この村に来て二年間、アルスは村の民と狩りに出掛けたりして暮らしを支えていたが、フィアードは修行に明け暮れ、ティアナは無事に三歳の誕生日を迎えることが出来たのだ。


「もっとおってもええねんで。ティアナ様はもう少し大きくなった方が旅も楽やろうし……」


「いえ、俺達がここにいたことが知れてしまいましたから、これ以上滞在するとご迷惑になります」


 確かに三歳のティアナを連れての旅は厳しい。背負うには重く、歩かせるには身体が小さすぎる。とても魅力的な話だが、やむを得ない。

 フィアードは後ろ髪引かれる思いでその申し出を断った。


「そうか……。で、これからどうすんねん?」


「ティアナの父親……ダルセルノの居所と安否も気になる所で……」


「……あの女戦士と(しろ)の治癒術師が待ち合わせる場所は聞いてるで。治癒術師にはもう連絡してあるし」


 ミサゴの言葉にフィアードは身を乗り出した。


「……でもきっと、あんたらとうちらの繋がり知ってもうたし、向こうも警戒するやろうから……無駄やなぁ」


「いえ、場所だけ教えて下さい。俺が遠見(とおみ)で監視します」


 恐らくサーシャはそこに現れる。彼女の律儀な性格は知っている。そしてダルセルノを治療するのが今の彼女の最優先事項の筈だ。


「ほな、後で教えるわ。でも直接行かへんのか?」


 監視だけで済ませるというのがよく分からない。


「あちらも欠片持ちです。しかも呪術を使う。ティアナを無闇に近付ける訳にはいきません」


「成る程な。あんたらが有利になるには距離を置く方がええっちゅうことか」


「はい。……それにティアナは色々な地域や暮らしを見たいと言っていますし、俺も他の魔族に会って加護が得られるなら得たいと思ってます」


 ひどく漠然としているが、明確な目標が無いのは確かだ。ティアナは今の所自ら帝国を築くつもりはない。ただ、今まで見ることが出来なかった人々の暮らしを見てみたいと言っているので、それを叶えてやりたい。

 そして彼女を守る為には力がいる。出来ることは全てやって、出来るだけ力を付けたいと考えるのは当然だろう。


 ミサゴは腕を組んで考え込んだ。他の魔族について、どこまで教えたものか……。魔族総長には教えて問題ない筈だが、仮にも彼は欠片持ちである。


「とりあえず、(しろ)に会いに行ってみるか?」


「例の治癒術師ですか?」


 ダルセルノの治療に当たらせるという(しろ)の魔人のことかと思い、フィアードは首を傾げた。ダルセルノの居所を知る為には確かに会っておいて損はないかも知れないが……。


「いや、村の場所を教える」


「……!」


 フィアードは驚いて目を見張った。いくら魔族同士でも、その所在を明らかにして良いものなのだろうか。


「普通なら絶対行けないところやからな」


 フィアードの心中を察してか、ミサゴは意味深な笑みを浮かべた。


(しろ)の村は湖の底や」


 ◇◇◇◇◇


 (あお)の村を出立してから一週間、森の木々は葉を落として冬支度に入っている。冬になる前にどこかに落ち着かないといけない。

 フィアード達はかつてこの地域を訪れた時に抱いた思いを忘れてはいなかった。


 ーー鍛冶屋を探して鉄製の武具を手に入れる


 (あお)の村に滞在している二年間、ほぼ人間達との交流はなかったのだ。もちろん村には武具の簡単な修理を行える者はいたが、所詮根無し草。鍛冶屋とは呼べないお粗末なものであった。

 アルスはボロボロの青銅製の剣を修理しながら、狩猟には慣れない弓矢を使っていたのである。


 そんな彼らは最初に見付けた人間の村に意気揚々と入っていったのだった。


「おおっ! 何だあれ!」


 フィアードは溢れんばかりの人々と、活気のある声に驚いて目を丸くする。田舎育ちの彼にとって、村とは狩猟、若しくは農耕の基地であって、商いの場ではなかったのだ。


「ありゃあ露店だな」


 逆さにした木箱の上に衣類や武具、加工した食物などを並べ、金銭でやり取りしている様は一種独特の活気を生み出していた。

 アルスにとっては珍しくもないのだろう。横を歩く幼女もそれほど驚いていないが興味はあるらしく、アルスによじ登って視界を確保していた。

 だが、フィアードよりも驚いた声を上げた者がいた。


「なんなん~! すごい~! 何やってるん~! 見たい~!」


 耳元で大騒ぎしている小鳥……ツグミだ。

 フィアードの魔術の修行のためと言って、当然のように旅に加わって来たのだ。

 フィアードとティアナは目くらましを掛けているので、二人とも淡い金髪とハシバミ色の目、歳の離れた兄妹に見える。しかし魔人の外見は目立つ。目くらましにも限界がある。基本的に人目のある所では鳥の姿になってもらう、という条件でティアナが同行を許可したのだ。


「ツグミうるさい……」


 ティアナの冷ややかな声にも気付かず、フィアードの肩でキャアキャア騒いでいる。


「おいツグミ、ちゃんとした消音結界張ってないんだから喋るなよ」


 フィアードが小声で話し掛けると、ツグミはシュンとして黙り込んだ。


「でも、せっかくだから、良さそうな武器を売ってる露店を探して来てくれ」


 その言葉を聞いて、ツグミは嬉しそうにフィアードの肩から空へ飛び立った。その姿を見送りつつ、ティアナを肩車しているアルスににじり寄る。


「ところで……アルス……」


「ん?」


「金……って持ってるか?」


 世界共通の通貨というものは存在しない。地域間の流通も殆どなく、地域毎に物の価値が大きく異なっているからだ。

 フィアード達はこれまで自給自足、物々交換の生活を送って来たので、殆ど金を持っていないし使っていない。アルスは傭兵時代にそこそこ稼いでいる筈だ。


「あ……そういや、この辺りの金はないなぁ……」


 アルスは気まずそうに懐を探る。


「え~、お金持ってないの? せっかくこんなにお店があるのに~! フィアードの籠とか矢とかでもそれなりで売れるんじゃないの?」


 ティアナが口を尖らせる。


「いや……売れる程持ってないし……、ここじゃ材料の竹が手に入るかどうか……」


 よく考えたら宿も取れるかどうか分からない。鍛冶屋どころではなかった。


「そうよねぇ……やっぱり……流通とお金よね……通貨……か」


「まぁ、今日明日の宿くらいならなんとかなるだろうけど……」


 ティアナの呟きを聞いて少し怖くなったのか、アルスは取り繕う。


「でも困ったな。金か……」


 まさか金策で悩むとは思わなかった。換金出来る物も殆ど持っていない。フィアードは露店を一つ一つ覗いては頭を抱えていた。


「あら、大丈夫よ。アルスは用心棒でもしてもらいましょう。それにフィアードならすぐに稼げるわ。そうね、ツグミも使えるし、私も手伝ってあげる」


 ティアナはニヤリと悪徳商人のような笑いを浮かべた。愛らしい外見に不釣り合いなことこの上ない。


「……俺に何をさせる気だ……?」


 ティアナの提案に乗って恥ずかしい思いをしたことを忘れてはいない。お陰でアルスという心強い味方も出来たが、一歩間違えば大変なことになっていた。

 フィアードは顔をひきつらせ、冷や汗を流しながらティアナの提案を聞いた。


 ◇◇◇◇◇


 この地域には竹はなかったが、麦藁がそこ彼処に積まれていたので、それを大量に譲って貰った。

 フィアードは宿でせっせと籠を編みながら、ティアナの作戦を整理した。


「つまり、普段はアルスは狩りに行って、俺は籠を売る」


「そして看板を掲げておくわけよ『失せ物探し、用心棒、何でも請け負います』ってね」


 フィアードは苦い顔になりながらも籠を編む手を休めない。商品がないと話にならないのだ。ティアナはイキイキとしているが、ツグミは我関せず、といった風にあまり聞いていない。しかし話を聞いたアルスは呆れて呟いた。


「何でもって……」


「あら、私は万能よ? 占いだってできるし、治癒だって。ただ、目立ちすぎると良くないから、失せ物探しと用心棒を全面に出した方がいいでしょ?」


「お前……、神の化身の力で金稼ぎって……」


「何言ってるの?こういう町ではお金が無いと何も出来ないのよ? 宿も取れないしご飯も食べられない! 可愛い服だって着られない! せっかく持ってる力を使って何が悪いのよ!」


 ティアナの剣幕に男達はドン引きである。どうやら、商売というものに並々ならぬ好奇心があったようだ。あの父親(ダルセルノ)がそれを許した筈も無いので、自由に商売できる現状が嬉しくて仕方がないのだ。


「あー、でも、あんまり遠見(とおみ)を使ったら、サーシャと治癒術師の監視が疎かになるし……」


「は? そんなの無駄よ、どうせ」


 籠を編む手が止まる。ティアナはフィアードの鼻に指を突きつけた。


「あの用心深いお父様が、治療後もそこに留まると思う? さっさと拠点を移すに決まってるわ」


 これまで幾度となく煮え湯を飲まされてきたのだ。相手のことを彼女以上に知っている者はいない。


「で、うちは何したらええの? 探し物?」


 金についてあまり執着のないツグミは能天気だ。鳥の姿ならば宿も食事も何とでもなるのだろう。


「貴女は営業時間外は基本的にフィアードの魔術の先生! フィアードが店を出してる間は監視と偵察。依頼を受けたら動く!」


 ツグミにも指を突きつける。そしてアルスとフィアードを目の前に座らせた。


「店番は基本的にフィアード。私は看板娘。二人で籠を編みながら店を出す。籠を売る微笑ましい兄妹の姿にきっと財布の紐も緩むはず!

 アルスは狩りに行って食材と素材の調達。もちろん私達で消費しきれない物は売るわよ。

 依頼を受けたらアルスが対応。これは舐められない為よ。内容次第で仕事は割り振るわ。

 用心棒や討伐はアルスが主軸。フィアードとツグミは補佐ね。

 失せ物探しはフィアードと私。ツグミは上空から補佐。

 その他、手紙はツグミ、占いや治癒なんかがあったら、私が対応するわ。目立たないように、フィアードが私を連れて行ってね」


 ティアナは凄まじい迫力で命令する。先日の少女の姿も迫力満点だったが、幼女の姿で指示を出すのも勇ましい。


「せっかくだから、この店に名前を付けましょう! そうねぇ……ティーファ商会! なんてどう?」


「……お任せします……」


 幼女に仕切られ、大人達は雁首揃えて頷くしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ