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第150話 エピローグ

本日2話目の投稿です。

 宮殿の奥深く、いつもは夫婦の寝室となっている部屋は物々しい雰囲気に包まれていた。


 寝室の前には女帝に近しい者達が集まり、そわそわと来るべき時を待ちわびている。


「お……どうだ。生まれたか?」


 自分と同じ髪色の小さな子供を抱いた赤毛の大男がのっそりと顔を出し、集まった面々に問い掛ける。


「いや……まだだ」


 多忙なはずの茶髪の青年が両手を組み合わせてジリジリと閉ざされた扉を睨み付けている。


「おい、フィアードはどうした」


「とっくに産屋の中ですよ。僕は摘み出されました」


「じゃあ、中にいるのはリュージィとヒバリか。それにフィアードがいるなら大丈夫か」


「そうみたいです」


 白髪の少年が肩を竦め、赤毛の男から小さな男の子を受け取った。どうやらフィアードは、可愛い妻の出産に他の男が立ち合うことをよしとしないらしい。例えそれが優れた治癒術師だとしても。


「殿下……、もうすぐ弟君か妹君がお生まれですよ」


「えっとね。女の子だよ! それでね、母上の大好きなおばさんのえとえと……生まれ変わり? なんだよ!」


 モトロの言葉にキラキラと白銀の目を輝かせて答えるのは齢三歳のこの帝国の皇太子である。


「……本当ですか、アルスさん……」


 聞き捨てならない事を聞き、モトロの背中に冷たい汗が流れた。


「ああ。ずっとそう言い続けてるからな。多分そうなんだろ」


 アルスは肩を竦めた。初孫の発言にはいつも驚かされるが、親が親だけに仕方がないと半ば諦めている。


「……てことは、また欠片持ち……なのか……」


 ハァッとレイモンドが溜め息をつく。本来、欠片持ちは遺伝しないと言われてきた。しかし、女帝の第一子は白銀(ぎん)の欠片持ち。そして今まさに生まれようとしている第二子が、かつて白銀(ぎん)の欠片持ちであった叔母の生まれ変わりだと言うのなら……。


「……もう……訳が分からんな」


 レイモンドが呟いた途端、扉の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「オギャァ! オギャァ!」


 元気そうな声に一同はホッと胸を撫で下ろし、黒髪の美女が扉を開けると同時に部屋に雪崩れ込んだ。


「おめでとう……ティアナ……!」


 一番最後に部屋に入り、寝台で横になっている親子の元に歩を進め、レイモンドはギクリと足を止めた。


「……え……?」


 産着に包まれ、ティアナの隣に寝かされている嬰児の髪の色に釘付けになり、思わず枕元に立つ兄を見た。


 生まれたばかりの赤ん坊の髪の色は……虹色だった。


「……これって……?」


 一見銀色に見えるが、角度によってその色彩を変える。真珠のような虹のような……見た事がない色彩だ。このような色を持つ存在は魔人にも、亜人にもいない。


「あれ……でも……どこかで……?」


 レイモンドは記憶をまさぐり、この色彩の髪の事を思い出す。何で見たのだろう。


「……そうか! 神話かっ!」


 レイモンドの言葉に呆然と二人目の孫を見ていたアルスは顔を上げた。


「何の話だ?」


「この髪色。神話で読んだんですよ。ほら、協会(ギルド)で絵本を作ったじゃないですか。確か……創造神の娘がそんな髪色で……」


 そこまで言ってハッとする。ゆっくりと目を開けた赤ん坊に視線は釘付けだ。


「虹色の髪と虹色の目。……全てのものに祝福を与える……神の娘……祝福の女神……!」


「ね。驚きよね。サーシャの魂が、そんな形で巡ってくるなんて……」


 くすくすくす。面白くてたまらない、と今出産を終えたばかりのティアナは笑いながら虹色の髪を撫でた。


「それって……(あお)の魔人と駆け落ちした……神の娘か!」


 ふと思い出し、アルスが声を上げる。ティアナとフィアードが頷くと、それまで無関心だったヒバリがピタリと片付けの手を止めた。


「えっ……? て事は……もしかして……」


 タラリ、と冷や汗がこめかみを伝う。


「ねぇ……、私やお父さんの体質って……もしかして……呪いじゃなくて……祝福(・・)だったのかしら……」


 ポツリと呟いた言葉にそれまで飄々としていたフィアードがギョッとした。ヒバリとその父親の体質。近くの異性を尽くその気にさせて交わってしまうというあの恐ろしい体質。あれが呪いでなくてなんだと言うのだ。


「ほら……子孫繁栄の祝福だったのかもって……」


 ペロリ、と舌を出したヒバリを見て、フィアードはスウッと青ざめた。

 確かに、そう考えると辻褄が合う。自分が愛した一族に、子孫繁栄の祝福を与えた。そしてその結果、ひたすら子を作る行為を繰り返すような特異体質の魔人が生まれてしまったのではないか。


「ティアナ! サーシャには常識をちゃんと叩き込め! 本人は良かれと思っていても、勘違いから祝福を与えられたら大変だぞ!」


「……ほ……本当ね。そんな大それた祝福の与え方をされたら大変だわ。気を付けないと……!」


 わたわたと新しい家族への教育方針を固め出した夫婦の耳に、可愛らしい声が響いた。


「ねぇ父上母上……僕も妹に触っていい?」


 いつの間にか枕元に来ていた皇太子のお願いにティアナはふわりと笑みを浮かべて頷いた。


「ええ。勿論よガーシュ」


「わーい!」


 皇太子は屈託無く笑い、小さな妹の虹色の髪を優しく撫でた。


「僕がお兄ちゃんだよ。サーシャ、仲良くしようね」


 ◇◇◇◇◇


 神聖帝国は神の化身により建国された。

 帝国は小さな村や町をまとめ上げ、共通の通貨を設けることで各地の交流を容易にした。また、学校を設置し、子供達の読み書き計算などの能力を引き延ばし、社会の発展の礎を築いたと言われている。


 また、宮廷魔導師によりそれまで魔人のみが使えた魔術を詠唱により再現し、人間でも同等の効果を得られる「魔法」が編み出された。

 簡単な治癒魔法や攻撃魔法などは各地の学校でも教えられるようになり、やがて魔法学校も建設され、優秀な人材を集めてより高度な教育を施せるようになった。


 帝国軍は志願制で、入隊すると一定の教育期間を経て、各地の警邏や要人の護衛などの任に着く。魔物や魔獣などの討伐も任務に含まれるが、依頼は地域単位でしか引き受けられない。


 帝国のお抱え醫師(いし)であるリュージィによって、麻酔薬の調合、傷口の縫合、体内の病巣の切除、など新たな治療法が確立された。治癒魔法と相まって、多くの病人や怪我人を救う事が出来るようになった。


 女帝が見出した「切り離された大地」は「魔大陸」と名付けられた。幻獣の住処をはじめ、魔人とも異なり、人間に似て非なる複数の亜人が暮らしている。かつて技術の最先端であったが、現在では帝都が技術の最先端を走っている。


 帝国と同時期に発達した冒険者協会(ギルド)も無視できない存在だ。

 軍に属さない優秀な人材が、依頼次第で何でも引き受ける。

 単純な人探しから護衛、魔物や魔獣の討伐、魔石や素材の収集など、依頼は多岐にわたる。


 また、医学の発達で寿命が延び、爆発的に人口が増加するのも時間の問題だ。

 冒険者は未開の土地を切り拓くことも仕事として協力してくれるので、新たな居住区を作る上では冒険者の協力が無くてはならないものになっている。




 初代皇帝ティアナは女帝ダイナと呼ばれ、各地の守りをその類稀なる魔力で一手に引き受け、世界を滅びに導こうとしていた魔王(デュルケス)を滅ぼし、幻獣の王との相互不可侵条約を締結した。

 実父である将軍アルス、生涯の伴侶となった宮廷魔導師フィアードらと共に国の基礎を築き、そして三男二女の子を産み落とした。


 二代目皇帝ガーシュは、教育と軍部に更に力を入れ、爆発的に増加した人口を上手く活かして、農地拡大、技術革新をもたらした。


 その妹、祝福の女神サーシャは、各地を回って祝福を与え、不毛の地を豊穣の地へと変えて、国民を幸せに導いた。

 彼女自身は、宮廷魔導師として出仕して活躍していた、初代皇帝の遠戚に当たる(あお)の魔人の青年と恋に落ち、幸せな結婚生活を送ったとされている。




「……それじゃあ……、女帝は何度も何度もやり直して、それで今のこの世界を作ったんだね」


「女神様を産むためにやり直したんじゃないの?」


「ええ〜? そうなの?」


「だって……魔術士の夫と結ばれる為に繰り返したんだったらそういう事よねぇ」


「女神様の祝福のお力なんじゃないの? 想う人と結ばれるようにって」


「ええ〜? それで無理やり繰り返させるって祝福かしら? きっと自分が生まれたかっただけなのよ」


「やだぁ、女神様に対する暴言だわ!」


 一通りの話を終えた語り部の周りに少女達が輪を作って思い思いに喋っている。

 この辺りは確か、サーシャがかつて祝福を施して豊穣の地になった筈だ。通りで女神贔屓な訳だ。語り部はクスリと笑った。


「ねえねえ、冒険者協会(ギルド)の生みの親と女帝のロマンスって本当?」


 一人の少女がたまらずに語り部に質問した。どうやらこの語り部は、今までにこの地を訪れた者達とは違い、本物のようだ。少女の目は期待に満ちていた。

 語り部はクスリと笑い、その少女の問いに答えた。


「いいえ。あれは協会(ギルド)マスターの片想いでした。女帝の放浪の旅の供でもあった彼は、彼女の剣の師匠でもありましたから……。様々な憶測が飛び交ったんでしょうね」


「それじゃあ、女帝のお父さんは? 魔人と結婚してたんでしょ? 異種族間結婚の草分けよね。女神様もそうだったけど、どうされたの? ホラ、魔人の方が長生きじゃない!」


 興味津々の質問に、一瞬語り部の表情が強張った。だが、すぐに気を取り直して質問した少女に笑いかける。


「将軍アルスの妻は、夫が亡くなった直後、女帝に残りの寿命を魔力として差し出したんです」


「それって……女帝が殺したってこと?」


 眉を顰める少女に向かって語り部はゆるゆると首を横に振った。


「そもそも、彼女は女帝によって一度失った命を取り戻した存在でしたから……。愛する夫と結ばれ、四人の子供に囲まれ、そして夫と共に埋葬されたんですよ。幸せな人生だったと思いますけどね」


「へぇ〜。女帝って、死んだ人も蘇らせたり出来たんだぁ。流石神様だね。女神様も凄いと思ったけど」


「それで? 女帝は皇太子が成人するとすぐに退位したわよね。どうして? 死んだの?」


 一人の少女が不安そうに語り部の水色の目を覗き込む。


「いいえ……。陛下は幸せな人生を送りましたよ。早くに退位されたのは、在位中はゆっくりと各地を廻れないからです。

 退位後は夫と二人で各地を巡り、その土地の守りの強化や転移魔方陣の設置などに尽力されていました。もともと、内政向きではない方でしたから、旅の中に平穏を見出されていたのでしょう。

 老後は愛する子供達と沢山の孫達に見守られ、少し先に旅立った愛する夫の元に向かわれました……」


 語り部は少女のような美しい顔に少し影を落とし、乳白色の髪をかき上げた。


 歴史に興味のある者達に話を聞かせて回るうちに、一体どれだけの時が流れたのか。語り部は手元の機械仕掛けの時計から目を上げると、不夜城と呼ばれる街並みを見下ろした。


      ーー完ーー

最後までお付き合い下さいまして、ありがとうございました。


まさかここまでの大作になるとは思いもせずに書き始め、至らぬ所も多々あったかと思いますが、なんとか完結させることができました。

しかも、150話というキリのいい話数で完結の運びとなり、その偶然に驚いております。

これでようやく倉原の異世界ファンタジーの舞台が出来上がった……という訳で、いずれ、この出来上がった設定を使ってまた別のお話を書けたらと思っております。


最後になりますが、この作品を書くにあたって様々なご助言を下さった方々、感想を下さった方々への感謝の言葉をもって、御礼へとかえさせていただきます。

本当にありがとうございました。


倉原 晶

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