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第149話 成婚の儀

本日1回目の投稿です。

 幻獣の王、ドラゴンと女帝の間に幻獣と人間の相互不可侵条約が締結されて一年が経過した。


 女帝の叔母の喪が開けたある晴れた日、帝都はこれまでにない程の賑わいを見せていた。

 女帝ダイナと筆頭宮廷魔道師フィアードとの成婚の儀が執り行われようとしているのだ。


 各地から多くの人が帝都に押し寄せ、それを目当てに商人が集まり、地方から帝都に向かう宿屋は何処も満員御礼。街道沿いに無数の天幕が立ち並ぶ異様な状態になっていた。


「ダイナ様ー! フィアード様ー!」

「ダイナ様万歳!」

「帝国万歳!」


 世界を救った神の色彩を宿す美しい新郎新婦を一目見ようと、宮殿前の広場は人で溢れかえっていた。




 神官の装いで儀式を取り仕切るのは文官のランドルフである。

 かつて冒険者協会(ギルド)の創始者であり女帝の父親であるアルスが挙式した形式はいつしか結婚式の正式な形式となり、立会人は神官の装いをするようになっていた。


「筆頭宮廷魔導師フィアード、汝はこの者を妻とし、生涯愛し抜くことを誓いますか?」


 宮殿の謁見の間に設えた即席の神殿には近隣から多くの有力者やそれぞれの血縁者が参列し、二人の結婚を祝福している。


 フィアードはチラリと自分の隣に立つ少女に視線を送る。

 純白の花嫁衣装に身を包むティアナは清楚で可憐。そして鍛え上げた肉体は充分にしなやかさをたたえ、凛とした佇まいは思わず息を飲んでしまう程の美しさだ。


「……はい。誓います」


 フィアードの言葉を聞いて、前方を見据えていたティアナの頰がカアッと上気するのが分かる。その反応の愛らしさに思わずその場で抱き締めたくなるが、ぐっと拳を握り締めて耐えた。この後は祝宴があり、それが終わると二人で過ごす時間がたっぷりと与えられているのだ。焦ることはない。


「神聖帝国皇帝ティアナ・デュ・ダイナ。汝はこの者を夫とし、生涯愛し抜くことを誓いますか?」


 真名に加え、「神」の意を含む「デュ」を称号とし、通称の「ダイナ」を含めた名前を女帝の正式名としたのはちょうど一年前の事だ。

 今後、ティアナの子孫は「デュ」という称号を与えられる事になる。


 ティアナはハァッと大きく息を吐いた。その色違いの双眸で隣のフィアードを見上げた瞬間、ハシバミ色の目と視線が絡んでビクリと全身を硬直させる。


 ーーは……恥ずかしい……! 何でそんな事……みんなの前で言わなきゃいけないのよっ!


 フィアードの前では女帝の威厳も何もあったものではない。


 一年前、あの死闘から目覚めてから此の方、フィアードは可能な限りずっと寄り添い、やたらとティアナを甘やかし、優しく扱ってくる。まるで真綿で包むかのように大切に大切にされ、ティアナはどう振る舞ったらいいのか分からずにオロオロするばかり。

 そして慌てふためく姿にフィアードからは蕩けるような微笑みを向けられ、落ち着かない。


 振り向いて欲しい、思いが伝われば……と一方的に思っていた時には感じなかった、このこそばゆい感触に耐え切れず、ティアナは思わずプイッと顔を背けて消え入るような声で呟いた。


「……誓い……ます……」


「それでは……誓いの口づけを……」


 ランドルフの言葉にティアナはギョッとした。そうだ、そう言えばそんな流れだった。日常の雑務に追われ、儀式の段取りを確認しなかった事を悔いながら、ギシリギシリとぎこちない動きで向きを変えると、目の前にフィアードの柔和な顔があった。

 ずっと焦がれてやまなかった彼が、熱を帯びた蕩けるような目で自分を見つめている。

 ゾクリ、と身体を震わせるようなその目付きに驚きを禁じ得ない。


 過去の繰り返しの中で一度だけ彼と挙式したが、その時はこんな目付きではなかった。若干の諦めを含んだ、妹を見るような目で見つめられ、優しく唇を重ねただけだったが……。


 ハシバミ色の目はどことなく潤んでいて、その目に映り込んだ自分が不安げにこちらを覗いているのが分かる。


 スッとその顔が近付いてきたかと思うと、唇に彼の唇が押し当てられた。


 ーーえっ?


 その唇の熱さと、貪るような性急さに驚きすぎて動けなくなったティアナの頰をそっと両手で包み込み、調子に乗ったフィアードが顔の角度を変えて更に深く口付ける。


 淫靡な水音が響き、参列者はゴクリと息を飲んだ。まだ幼いティアナの弟妹達はその親によってクルリと向きを変えさせられてしまった。


「……んっ……!」


 口中を貪られ、動揺しすぎて呼吸もままならない。膝から力が抜けたティアナは涙目でフィアードを見上げながら、震える手で彼の腕を掴んだ。


「……おい……いい加減にしろ」


 最前列にいるアルスから低い声で野次が飛び、ようやく顔を離して唇に付着した紅を指先で拭うフィアードは実に嬉しそうで色っぽく、ティアナは乱れる息を整えながらその顔に思わず見惚れてしまった。


「……続きが楽しみだな……」


 ポソリと耳元で囁かれ、ドキンと胸が弾む。


 ーー続きって……続きって……やっぱり……アレよね……! ど……どうしよう……!


 この後に及んで慌てふためく女帝の姿はあまりにも初々しい。普段の堂々とした姿からは想像できない愛らしさに、その場にいた殆どの参列者は生温い目で新郎新婦を見守っていた。




 神殿での挙式はつつがなく終わった。宮殿のバルコニーから広場に向かって結婚の宣言をする段になった。ようやく落ち着きを取り戻したティアナだったが、人々の祝福を受けながら、フィアードに腰を抱き寄せられ、半身を密着させられてまたクラクラしてしまった。

 その恥じらう姿がいつにも増して愛らしく、この日、ティアナは集まった民衆の心をしっかりと掴んだのであった。


 そしてその後、宮殿内では盛大な宴が催され、町ではそれに便乗した大規模な祭りが開かれた。




 この日、帝都だけではなく各地で女帝の成婚を祝う祭りが執り行われた。それ以降もこの日は幸せな結婚ができる良き日として、毎年、各地で恋人同士を讃える祭りが執り行われる事となったのである。


 ◇◇◇◇◇


 宴の後、ティアナは侍女達に湯殿に連れ込まれ、全身隈無く丁寧に洗い上げられた。香油を塗られ、薄手の夜着に袖を通していると、ドキドキと胸が高鳴るのを止められない。


 ーーど……どうしよう……。


 覚悟はしてきた筈だが、それが目の前に近付いて来ていると思うと、いたたまれなくて裸足で逃げ出したくなる。


 今日から新しく夫婦の寝室となった部屋に足を踏み入れると、その真ん中に大きな天蓋付きの寝台が鎮座していた。


 フィアードはまだ来ていない。


 フラフラと寝台に歩み寄り、モゾモゾとその中に潜り込んだ。そうだ。眠ってしまえばいいんだ。


 眠ってしまおう、とギュッと目を瞑った瞬間、キィと音がして部屋に誰かが入って来た。


 フィアードだ。気配で分かる。


 ティアナは目を瞑って眠ったふりをする事にした。何も今日でなくてもいい筈だ。時間はたっぷりある。心の準備をさせてもらおう、そうしよう。


 心の中でぶつぶつと呟いていると、ギィと寝台が傾いだ。フィアードが乗ったのだ。


「おい……狸寝入りは誰に習った? 新婚初夜にずいぶんな出迎え方だな」


 耳元で囁かれ、ついでにふぅっと耳に息を吹きかけられる。


「……ん……」


「ティアナ」


 彼の口からこんな切なげに自分の名を呼ばれるとは思わなかった。ティアナは高鳴る胸を抑えきれずに思わず目を開けて身を起こし、すぐ側にある潤んだハシバミ色の目を覗き込んだ。


「ねぇ……なんで……? 私なんか……貴方にとってただの子供でしょ?」


 そう。前の結婚の時はそうだった。求められたから応えた。そういう態度だった筈だ。

 だが、今のこの彼の態度だと……まるで……。


「子供なんて思ってねぇよ。二年前から……な」


 目の奥に揺らめくのは欲情の炎。この少女を前にすると身体の芯をチリチリと焦がす熱が抑えきれなくなる。


 自分でも、生まれた時から知っているこの少女が()に見えるとは思いもしなかった。


 しかし、自分がいない間、この少女は魔力もない状態で、肉体を鍛え上げて仲間を募り、そして力を蓄えた。

 封印を解かれた瞬間に見た彼女は、その積み上げてきた努力の全てで自身の魅力を際立たせていた。そしてそのひたむきさにいつしか夢中になっていた。


 あの死闘の後、中々目覚めない少女に焦り、苦しみ、そして彼女が目覚めた後は、二度と手を離してなるものかと思うようになっていた。


「……嫌とは言わせないぞ。散々待たされたんだからな……」


 以前とは違い、しっかりと厚みのある少女の手を取り、その指先に口付ける。


「フィアード……」


 ティアナの目が泳ぐ。適当に言い逃れてこの場を逃げようとしていたのが丸分かりだ。


「お前が望んだんだろ。今更逃げるなんて……許さねぇぞ」


 フィアードはククッと笑い、自分の夜着をスルリと脱ぎ捨てた。

 フィアードが先に脱いだ事で、かつての初夜のやり取りを嫌でも思い起こされ、ティアナの顔にパアッと朱が刺す。


「……フィアード……」


「随分……回り道をしたもんだな……」


 かつては傷だらけだったその身体は傷一つない綺麗な肌を晒している。フィアードは握っていたティアナの手の甲にそっと唇を押し当てた。


「ティアナ……俺の妻になってくれるか?」


 ティアナはフィアードの存在を確かめるように胸元に震える手を添え、真っ赤な顔でコクリと頷く。恥ずかしさで今にも心臓が飛び出しそうだ。


 フィアードの手がそっとティアナの夜着をはだけ、うっすらと上気した白磁の肌に触れた。




 ◇◇◇◇◇




「陛下のご成婚を祝して……乾杯」


「はいはい。お疲れ様」


 渋々杯を合わせた途端、既に泥酔している連れは一気に酒を流し込んだ。


「……おいおい……」


「付き合ってくれてもいいじゃないですか、将軍」


 クダを巻く男をなだめながら、アルスは深い溜め息をついた。切れ者と言われ、多くの冒険者から慕われる協会(ギルド)マスターが、兄の結婚に打ちのめされている図は中々愉快ではあるが。


「お前も結婚すればいいだろうが」


「余計なお世話ですよ」


 アルスは苦笑した。娘とこの男が旅をしていた七年間、二人の関係に気を揉んでいたものだが、娘は思った以上に一途だったらしい。


「本当なら、俺が慰めてもらう筈なんだがなぁ。可愛い娘を嫁にやって……」


 その言葉にレイモンドはギリと歯を食いしばって憎々しげにアルスを睨みつける。


「だったら相手は誰でも良かったはずでしょうが。俺には手を出したら殺すって言っておきながら、兄貴に託すってどういう事です? 理不尽だ! 不公平だ!」


 ああ……今頃、あの可愛らしい愛弟子は兄に組み敷かれ、甘く啼かされているんだ。想像するだけで身体が熱くなり、切なさが増す。

 彼女から師匠として慕われ、それなりの信頼関係を築いても、男女の関係に進めなかったもどかしさで杯が進む。


「まあまあ……。他にもいい女はいるだろ? ほら、以前付き合ってた女はどうした?」


 またもや地雷を踏むアルスを恨めしそうに睨み付ける。


「この度六人目を出産しましたよ! どうせ……俺なんて……」


 アルスは慌てて口を覆い、所在無さげに自分も杯を重ねた。そして、最近よく耳にするこの男の噂を思い出す。


「まあ……妙な噂もあるから……仕方ねぇな」


 ピクリ、とレイモンドの眉が吊り上がった。


 その噂とは、冒険者協会(ギルド)協会(ギルド)マスター・レイモンドと、美貌の宮廷魔導師・モトロのアブナイ関係である。

 一見美少年にしか見えないモトロと、頭が切れて剣の腕の立つ美青年のレイモンド。女性達の間ではその組み合わせが話題になり、様々な憶測が飛び交っているのだという。


 そしてその噂に拍車をかけたのがモトロの一言。


『まあ……、レイモンドは僕がもっとも心を許している相手なのは確かですね』


 ……であった。


「モトロの奴……あいつが中途半端に肯定しやがるから……! くっそ、腹立つ……! ヒバリさんに言ってお仕置きして貰ってくださいよ!」


 レイモンドが食ってかかるが、アルスは眉を顰めてうーん、と唸った。

 最近知った事だが、モトロは大層したたかでしぶとい性格をしているのだ。あのヒバリですらドン引きするくらいだ。


「あいつがそんな程度で態度を改めるとは思えないがな……。ま、変な女が寄って来ないならそれでもいいんじゃねえか?」


「それこそ余計なお世話ですよっ!」


 心の傷に塩を塗りたくられ、レイモンドはダラダラと涙を流しながら酒瓶から直に酒を喉に流し込んだ。

寸止めからの失恋レイモンドで失礼いたしました。


次回、エピローグは本日19時に更新します。

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